これまで3回に渡ってアールアンフィニ・レーベルのコンピレーション『ザ・ウルティメイト・シリーズ』に関する対談をお届けしてきたが、今回はリニアPCMの最上位フォーマット「DXD」にフィーチャーした対談企画をお届けする。既に配信リリースされている『ザ・ウルティメイト DSD 11.2MHz Vol. 2』と同内容の384kHz/24bit と96kHz/24bitフォーマットの音源を、オーディオ評論家・麻倉怜士氏とアールアンフィニ代表・武藤敏樹氏に麻倉邸で試聴していただいた。そもそもDXDとは何なのか?96kHzに勝ち目はあるのか?同音源は『ザ・ウルティメイト DXD384KHz Vol. 2』、『ザ・ウルティメイト・アールアンフィニ Vol. 2』として配信開始している。ぜひチェックしていただきたい。
対談:麻倉怜士、武藤敏樹(アールアンフィニ代表)
文・構成:竹田泰教(e-onkyo music)
写真:ナクソスジャパン
DXDとは何か
麻倉:DXDとは何か。DXDはリニアPCMの超高級版384kHzのフォーマットなので、基本的にはリニアPCMの世界の中で、よりシャキッとするとか、より粒子が細かくなるとか、より音が伸びるとか、そういったところが特徴になります。ところがDSDになると世界がまったく異なる。DSDの魅力については過去の記事でもたくさんお話をしましたが、DSDになると、音場感、音質感、空間感、臨場感などが加わるのです。ただ一般的に、最終的なフォーマットがDSDであっても、元の録音はDSD録音ではなくDXD録音であることが多い。DXDで録ったものをDSDや他の色々なフォーマットに変換する、いわば「DXDスタート」です。一方アールアンフィニは元の録音がDSD録音なのですね。「DSDスタート」だから、最終的なフォーマットにかかわらず音が良いのではないか。私の解釈ですが、アールアンフィニの音が素晴らしい理由のひとつはこれではないかと思っています。
さらに細かい話をすると、DSDはそのままでは編集ができないので、DAWソフト「Pyramix」の内部で自動的にDXDに変換されたものを編集して、DSDや他の色々なフォーマットに出力することになります。つまりDSD録音といっても基本的には一度DXDを経ることになるのです。それを踏まえると、この『ザ・ウルティメイト DXD384KHz Vol. 2』は、ある意味で「元データ」に一番近い作品であると言うことができるかもしれません。

レーベル名の「ART INFINI(アールアンフィニ)」はフランス語で「永遠の芸術」の意味。
麻倉:それでは各曲のDXDと96kHzを聴き比べましょう。まずは横山さんのチャイコフスキーです。聴き比べると全然違いますね。DXDは音の粒子が緻密になって、それがたくさん充填されているといった印象です。またオーケストラの厚みや響きの高さがしっかり出ている。「384kHzや192kHzと言ったって1/2の周波数なんだから人間の耳で聴こえるわけないじゃん」と思うかもしれませんが、実際に聴き比べると違いが分かります。DXDで聴くと、高域の伸びが良い。特に冒頭のピアノの「シャキシャキシャキ」というところは、「シャキ」が2乗、3乗になってぐっと伸びていく感じです。高域だけではなく、低音のスケール感も違います。また旋律はオケが担っていますが、こちらもより悠然とゆったり歌っているように聴こえます。シャキッとしたピアノとの対比がよりはっきりと感じられる。
武藤:ピアノはスタインウェイのフルコンサートグランドですが、スタイウィンウェイらしさがよく録れていると思います。響板もフルで鳴っているし、鉄骨の唸っている響きがリアルに録れています。
麻倉:音の粒子の緻密さに加えて、艶が出ています。声で艶が出ているというよりは、声が空気中に拡散している時に、空気の作用でグロッシーな雰囲気が出ているといった感じです。96kHzだとストレートでくっきりした感じなのですが、DXDだと艶感が出てきます。声の体積が大きくなるというか、声が伸びていくことによって天井が高くなるイメージです。それを客席の一番良いところで聴いているような印象です。
武藤:96kHzと聴き比べると、DXDは砂川さんの声の生々しさをよりダイレクトにキャッチできている感じがしましたね。
麻倉:これだけ音楽的な表現が違ってくるのですから、DXDやDSDで聴いた方がより生に接近できるということですよね。
武藤:そうですね。大元の録音はDSDの11.2MHzという超ハイフィディリティのスペックで録っているので、お客様にもできれば同じハイレゾリューションのDSD11.2MHzもしくはDXD384KHz で聴いていただけると嬉しいです。
3. 新倉瞳[チェロ] / 伝承: 鳥の歌(カタロニア民謡)
麻倉:96kHzと比べると、DXDは空気の澄み方が違います。澄んだ空気の中をストレートに音が迫ってくる感じです。
武藤:まさに、適切な表現ですね。今DXDの音が出た時に空気がきれいになった感じがしました。
麻倉:雑物がないので、音が何にも遮られることがなくストレートに来ます。音の出方が明晰でダイレクトに伝えられるのはDXDの強みですね。96kHzでも感情の振幅の大きさは感じますが、DXDでは振幅の大きさだけではなく、振幅の中にまた小振幅があって、という細かな音楽的表現の濃淡がより出てきます。
4. 久末航[ピアノ] / メンデルスゾーン: 無言歌集 第4巻 Op. 53 - 第1番 変イ長調 「浜辺で」
麻倉:96kHzはブロードなところからピアノの音が出ている印象ですが、DXDで聴くと音像が引き締まった感じがします。引き締まったところから拡散して、われわれの耳に聴こえてくるという、そういった意味での立体感が96kHzとはずいぶん違うように思います。変な表現ですが、音がひとつの塊になって空中に浮いていて、それがまた放射状に広がっていくという感じがしました。
5. 椿三重奏団[ピアノ三重奏団] / ブラームス: ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op. 8 - I. アレグロ・コン・ブリオ
麻倉:96kHzと比べるとDXDは質感が格段に上がります。質感というのは、チェロがしっとりしているとか、ピアノが明瞭になるとか、ヴァイオリンがよりナチュラルになるだとか、ひとつひとつの楽器が持っている特質がよく出ているということです。そして質感の上がった3つの楽器の音が融合して、ひとつの楽器の音のように聴こえてくるのです。もうひとつのポイントは、質感とも関連しますが、粒状性がひじょうに細やかなことです。音の粒の直径が小さく細かいことが、音の緻密さや綿密さ、抜けの良さといったことに根本的に関わっているように思います。
6. 河野智美[ギター] / タレガ: アルハンブラの思い出
麻倉:一音一音くっきりとギターの音が立っているのが96kHzの良さです。トレモロが一音一音聴こえてきて、なおかつ連続性がある。そして伴奏のアルペジオもしっかりとした音でそれを支えている。これがこの曲の96kHzの良さなのですが、DXDはさらに、立っている音と音との繋がりが良い。これは空気感をうまく捉えられているからではないでしょうか。トレモロの音と音の間の微細な空気を捉えられている。とてもスムーズな印象を受けます。またトレモロとアルペジオとの融合性についても、96kHzはそれぞれの音が独立している印象なのに対して、DXDはひとつの楽曲として、トレモロとアルペジオが不即不離の状態にある感じがしました。
武藤:初期のデジタルの時代、CDフォーマットの時代にまさに同じような印象を持っていました。当時は16bit/44.1kHz以上のスペックがなかったのですが、ローファイになるほどパッと聞きはケバくて派手目になるんです。そして同時にザラザラ感が出てくる。もちろん96kHzは当時のスペックに比べればハイレゾリューションなのですが。
麻倉:今言ってるのは相当レベルの高い話ですからね。
武藤:今麻倉さんが仰ったように、DXDになると、滑らかになってコクが出てきて、少し大げさに言うとキャラクターとしてはアナログに近くなる感じがします。
麻倉:冒頭でも話しましたが、アールアンフィニは録音自体をDSD11.2MHzで録っています。これがまさに効いているのだと思います。フレーバーというか、因子として、音が滑らかになることに作用しているのではないでしょうか。
7. 三浦文彰[ヴァイオリン] / プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調 Op. 94bis - II. スケルツォ: プレスト
武藤:96kHzとDXDどちらも生々しいのですが、96kHzは音の尖り方が生々しく、DXDは音の尖り方を含めた空気感が生々しいという違いがあります。DXDは会場の響きの豊かさのようなものが入っているので、より生で聴いているような雰囲気があります。
しかしこれは聴く側も相当なテンションがないと聴けませんね。すごい曲であり、すごい演奏であり、すごい録音であるという三拍子が揃っています。
麻倉:(笑)。そうですね。プロコフィエフなので体力がないと負けちゃいますよね。
武藤:モーツァルトぐらいだったらBGMでもいいんだけど。
麻倉:ご飯を食べながらは聴けないですね。消化不良を起こしそうです(笑)。
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(左)麻倉怜士氏 (右)武藤敏樹氏
8. 塚越慎子[マリンバ] / 吉松隆: アトム・ハーツ・クラブ・デュオ Op. 70a(塚越慎子編) - I. アレグロ・モルト
麻倉:96kHzはひとつの単位でぐっと突き上げる感じがあるのですが、DXDの場合は空気感が全体を包んでくるという感じです。単にパルシブで生々しくダイナミックレンジが広いというオーディオ的なところだけではなくて、その会場の空気感とか臨場感とか、そういうものが出ている。そのパルシブ+空気感というところで美味しい音になっている感じがします。
9. デュオ・パッシオーネ[ヴァイオリン&ギター] / ファリャ: 歌劇「はかなき人生」第2幕 - スペイン舞曲第1番(コンラート・ラゴスニック、フリッツ・クライスラー、河野智美編)
麻倉:生々しい音が飛んでくるのですが、粒子が細かく緻密です。96kHzの方はホールトーンというよりは直接音の方がぐっと迫ってくる感じですが、DXDはホールトーンと直接音のバランスがすごく良いので、緻密な音がします。
10. 平尾祐紀子[サウルハープ] / ナポリ民謡: ベニスの謝肉祭変奏曲
麻倉:96kHzは鮮明で直接音が立っている印象です。「このハープはこういう特徴ですよ」という、シャキッとした鮮明さがあります。一方DXDはそれに加えて音の深みや艶感が出ています。なおかつ一音一音の立ちがすごくいい。これがDXDの良さですね。「空気のヴェールが剥がれる」というと変な表現かもしれませんが、それまでの空気感ではない新鮮な空気が来たような空気感、現場感が出ていて、その結果、音に深さが与えられているように聴こえます。
11. スーパーチェリスツ[チェロ・アンサンブル] / ピアソラ: リベルタンゴ(小林幸太郎編)
麻倉:素晴らしい録音です。DXDになると空気の振動のヴィジュアリティがより分かります。音の立ちがくっきりして、倍音がより明瞭に出ている。こういった音楽的な部分がDXDではより分かるようになります。
▶︎曲解説(別記事)
オリジナル収録アルバム
『ザ・スーパーチェリスツ』
スーパーチェリスツ[チェロ・アンサンブル], 江口心一, 大宮理人, 奥泉貴圭, 小林幸太郎, 佐山裕樹, 中条誠一, 西方正輝, 古川展生, 森山涼介, 山本大
12. 樋口達哉[テノール] / プッチーニ: 歌劇「トゥーランドット」 - 誰も寝てはならぬ
麻倉:鮮明さが印象的ですが、DXDではさらに抜けが良くなって天井が高くなった感じがします。またボーカルの体積感が大きくなっています。また音像自身も大きいのですが、よりタイトにフォーカスが合った感じがします。
13. 石田組[弦楽アンサンブル] / R. ブラックモア/D. カヴァデイル/J. ロード/I. ペイス: 紫の炎(ディープ・パープル)(近藤和明編)
麻倉:最後は石田組さんです。DXDの方は質感が良く、粒子が細かく音の立ちが鋭いのですが、重たさは96kHzの方がある感じがします。
DXDは天井が高くなって、容積感が増す。96kHzはエッジが立って輪郭が鮮明
武藤:DXDの全体的なキャラクターとして、「天井が高くなって、容積感が増す」と麻倉さんが表現されていましたが、私も同感です。一方で96kHzには96kHzの魅力があります。96kHzはエッジが立って輪郭が鮮明に出てくるので、トラック13の石田組のようなものは96kHzがかえってお好みのリスナーもいらっしゃるのではないでしょうか。ハイレゾリューションになればなるほどソノリティが緻密になるので、「荒いぐらいのほうがパンチがあって良い」という考えのロックのアーティストは、あえてローレゾリューションを好む方も決して少なくありません。私がソニーミュージックにいてSACDを推進していた時もDSDレコーディングを積極的に使い続けるロックのディレクターはどちらかというと少数派でした。彼らは、「ロックの持っているパンチ、ゴリゴリとした雑味のようなものがなくなってしまう」と言うんです。
麻倉:どちらかというと雑味を無くしたのがSACDだからね(笑)。
武藤:そういうものかと。なのでPCMの96kHzのようなものが悪いということではなくて、制作者やアーティストのマインドに寄り添ったものをチョイスしていけばいいのではないかなと思います。
麻倉:96kHzも音の本質的なところはしっかりと捉えられています。しかしホールトーンとか、天井の高さとか、鳴りの微小な緻密さとか、そういったところはやはりDXDが素晴らしいなと思いました。今日聴いた音源はすべてクラシックでありアコースティックであるということを考えると、DXDで聴くことで制作者の意図が伝わりやすかったように思いますが、今回われわれが比較して試聴したように、どちらも聴くと面白いと思うんですよ。マニアは比較したいじゃないですか。比較こそマニアですから。DSDとDXDと96kHzがどう違うか、それぞれのフォーマットを買って聴いてほしい。決してどっちのフォーマットがいいという話ではなくて、96kHzにもDSDにもDXDにも良さがあるので、ぜひ聴き比べてほしいです。

麻倉怜士(あさくら れいじ)
津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表。 日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。 『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。 1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。
武藤敏樹(むとう としき)
アールアンフィニ・レーベル代表、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア
4歳からピアノをはじめ、第31回全日本学生音楽コンクールピアノ部門中学校の部全国第一位。東京藝術大学附属高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部ピアノ科卒業。㈱CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社後、多数のクラシック・アーティストのCDアルバムをプロデュース。
プロデュースしたCDで「日本レコード大賞・企画賞」、「国際F.リスト賞レコードグランプリ最優秀賞」「文化庁芸術祭優秀賞」を受賞。アールアンフィニ・レーベルにおける横山幸雄の全てのCDにおいて、レコード芸術誌「特選」、他多数のアーティストのCDにおいて「特選」、並びに音楽専門誌において優秀録音賞を多数輩出している。2000年にリリースしたコンピレーション・アルバム「イマージュ」は、170万枚の大ベストセラーを記録した。30年の歴史を誇るドイツのクラシック音楽情報誌「KlassikHeute」において、「福間洸太朗/FranceRomance(2019年Naxos)」のCD録音評で10点満点を獲得。
現在、ソニー・ミュージックソリューションズとミューズエンターテインメントのパートナーシップによるクラシック専門レーベル「アールアンフィニ」を主宰。株式会社ミューズエンターテインメント代表取締役。葉山で1日1組のイタリアン・レストラン「ラサーラ葉山」オーナー、自家農園での手作り野菜が人気を博している。
公式HP:lasalahayama.jp
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