「高品位なDSDレコーディング」をポリシーとし、チェリスト・新倉瞳、ギタリスト・河野智美、ピアニスト・横山幸雄などの魅力的なアーティストの音源を配信するアールアンフィニ・レーベル。
12月2日には、好評企画の第2弾コンピレーション『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz Vol.2』も、e-onkyo music独占先行にてリリースされたばかりです。
そのアールアンフィニ・レーベルから、12月7日、『チェルニー: 12の前奏曲とフーガ 作品400』が新たにリリースされました。
『チェルニー: 12の前奏曲とフーガ 作品400』
アトリエ・アッシュ
アトリエ・アッシュ/秦はるひ/伊藤順一/黒岩航紀/小菅綾/小林えりか/齊藤一也/増田達斗/高橋ドレミ/中平優香/中田雄一朗/鈴木隆太郎/小山田桃
カール・チェルニー「12の前奏曲とフーガ」作品400は、このサロンの共同主宰者である上田泰史氏の著書『「チェルニー30番」の秘密--練習曲は進化する』(春秋社 2017)の中から見つけた作品である。主に練習曲においてでしか知られていないチェルニーという作曲家であるが、この作品には、ピアノという楽器ならではの効果を駆使した秀逸な書法、音楽に深みを与える洗練されたハーモニー、明晰なコントラストと無限のアイデアが満ちている。19世紀の「前奏曲とフーガ」の白眉であることは明らかだ。チェルニーは、より多くの音楽家たちに注目して欲しい作曲家である。
──アトリエ・アッシュ 主宰 秦はるひ(ピアニスト)
収録曲
チェルニー: 12の前奏曲とフーガ 作品400
(全24トラック)
カール・チェルニー(1791-1857)は、今日では「ツェルニー30番」などのピアノ練習曲の作曲家として有名ですが、生前は非常に多作な作曲家としても知られ、作品番号にして861もの作品を世に残しました。幼少期にはベートーヴェンに師事し、のちにフランツ・リストを育成した功績も知られています。近年では「練習曲以外」の作品も再評価が進み、交響曲、室内楽曲、ピアノ・ソロ曲などの新しい録音がリリースされています。
そのチェルニーの希少な作品を、近年ピアニストから高い評価を受けている「ファツィオリF308」を用いて、12人のピアニストが「前奏曲とフーガ」1曲(2トラック)ずつを演奏したのが本録音です。
去る11月14日にファツィオリジャパンのショールームで開催されたショーケース(新作発表会)には、本作に関心を持つ大勢の研究者やジャーナリストが来場し、さまざまな質問が飛び交う盛況な場になりました。
オーディオ評論家の山之内正氏からも、「ファツィオリならではの透明度の高い響きのなかから浮かび上がる陰影豊かな音色の変化をとらえた優れた録音」「鑑賞の前と後でチェルニーのイメージが少なからず変化」という高評価が寄せられています。
ALBUM REVIEW:山之内正
ピアノ学習に欠かせない練習曲30番、40番などを通じてその名に親しんでいても、CDや演奏会でチェルニーの作品を聴いたことがある人は少ないのでないか。同じような音形が延々と続く練習曲をマスターすれば指が回るようにはなる半面、チェルニーの作品が鑑賞の対象としてプログラムに乗ることはめったにないからだ。
そんな経験と先入観からいったん離れて、作曲家としてのチェルニーの作品に光を当てる注目の録音が登場した。チェルニーが生涯に残した作品は1000曲を超えるとされ、その全貌はいまだ解明されていない。ベートーヴェンに弟子入りし、リストの師匠でもあったチェルニーが、学習者のためだけでなく、聴衆のために力を注いだ作品がもっと残っていても不思議ではない。
アトリエ・アッシュを主宰する秦はるひ氏がウィーン楽友協会のアーカイヴで出会った「12の前奏曲とフーガ 作品400」はまさにそんな作品の一つだった。特に第1番ハ短調は和声の響きが新鮮で美しく、前奏曲とフーガの対比も鮮やかで、演奏技法の面からも独自性が感じられたという。その好印象を受けて全曲の楽譜をデータで入手し、好印象は確信に変わったとのこと。そこまで優れた作品にも関わらず、現代の演奏家に向けた楽譜は出版されておらず、もちろん録音も存在しない。なんとかCD化できないものか。
秦氏に相談を受けたアールアンフィニ・レーベルの武藤敏樹氏がその企画に興味を抱き、2022年4月にホールでのセッション録音が実現した。チェルニーの幻の作品が世界初録音としてデビューすることになったのだ。
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この録音の聴きどころは作品の希少性だけではない。第1番から第12番まで全12曲を12名のピアニストが弾き分けるという、きわめて珍しい取り組みがまずは目を引く。秦はるひが声をかけた若手の精鋭たち一人ひとりがそれぞれ個性豊かな演奏を行うことで、作品の奥の深さが浮かび上がってくるに違いない。壮大なプロジェクトの背景にそんな狙いもうかがえる。
楽器にも強いこだわりがある。ホール常設の楽器をあえて使わずに秦はるひ氏お気に入りのファツィオリF308を搬入し、2日間にわたるセッション録音中はファツィオリのピアノを熟知する調律師のアッティラ・フェケテ氏が、12名のピアニストそれぞれの個性を意識しながら音をきめ細かく追い込んだという。素材から構造まで細部にこだわり抜いたファツィオリのピアノは世界中のピアニストから熱い視線を浴びていて、録音やコンサートに同社のピアノを指名する例が続出している。筆者もコンサートや録音の現場で何度か接したことがあるが、明るく張りのある高音と澄んだ低音の響きは一度聴いたら忘れられないものだ。
アールアンフィニの武藤氏が録音を手がけ、同レーベルの他の録音と同様、最高品質のDSD11.2MHzで収録。DXDフォーマットによる編集を経てマスターが完成し、2022年12月7日にブルースペックCDでのリリースとDSD配信がスタートする。「12名のピアニストそれぞれの音色や響きの違いをぜひ聴き分けていただければ幸いです(武藤氏)」。
これまで聴いたことのない作品に接するのはとても刺激的なことだし、埋もれた名作かもしれないと聞けば、さらに期待は高まる。
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ハ短調の第1番から順番に聴き進めていく。12曲すべて調性が異なり、フーガは曲によって2声、3声、4声と書き分けていて、曲ごとの書法は予想したよりも変化に富み、起伏も大きい。もちろん練習曲でおなじみのチェルニー様式とでもいうべき書法は隠しようがない。精緻に組み立てられた構造物を思わせる音形は随所に登場するが、それ以上にハーモニーの特徴やリズムの工夫が曲ごとの個性を強く発揮する。左手の力強い低音と右手の輝くような高音の鮮やかな対比、豪快な低音による力強い推進力など、ベートーヴェンの影響を感じさせるフレーズが出てきたり、フーガの展開にバッハを研究した成果を見つけたりといった具合に、退屈する間もなく12曲を聴き通すことができた。
ピアニストごとの音色の変化は録音からもはっきり聴き取ることができる。ファツィオリのピアノは通常よりも1つ多い4本のペダルがあり、音色を変えずに音量だけを小さくする特殊なペダルを使うことで、アーティキュレーションをきめ細かく弾き分けたり、響きをコントロールすることが可能だ。もちろんそのペダル技法は楽譜に書かれているわけではなく、ピアニストの判断に任されているため、タッチの違いとペダル操作の工夫によって、音色と響きに思いがけず大きな違いが生まれるのだろう。
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ファツィオリならではの透明度の高い響きのなかから浮かび上がる陰影豊かな音色の変化をとらえた優れた録音もあいまって、作品の面白さ、奥の深さに強く引き込まれた。演奏と録音それぞれ聴きどころが豊富なことに加え、鑑賞の前と後でチェルニーのイメージが少なからず変化したこともお伝えしておきたい。(山之内正)
配信はDSD11.2MHz、DXD384KHzほか。アールアンフィニのこだわりのDSDレコーディングで、12人の精鋭ピアニストたちの奏法の妙を聴き比べてください。
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プロフィール
山之内 正(やまのうち ただし)
神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。
◆Phile Web連載:山之内正のデジタルオーディオ最前線
https://www.phileweb.com/magazine/digital-audio/