『ザ・ウルティメイト DSD 11.2MHz Vol. 2』発売記念対談 麻倉怜士×武藤敏樹(アールアンフィニ代表)―音楽を愛するということ2

2022/12/07

初のコンピレーションアルバム『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』がe-onkyo music総合チャート1位を記録。高品位なDSDレコーディングをポリシーとし、高い評価を受けるクラシックレーベル・アールアンフィニが、コンピレーションアルバムの第2弾をリリースする。『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz Vol.2』と題されたこのコンピレーションは、オーディオ的な魅力はもちろん、前作よりさらに深い音楽的魅力にあふれるアルバムとなった。

今回も発売に先駆けてレーベル代表の武藤敏樹氏とオーディオ評論家・麻倉怜士氏との対談が実現。アルバム収録曲全曲の解説に加えてDSDの魅力について語っていただいた。対談は今回も麻倉邸で実施された。

 

文・写真・構成:竹田泰教(e-onkyo music)
写真:ナクソスジャパン





01. 横山幸雄[ピアノ] / チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調
      Op. 23 - I. アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ
02. 砂川涼子[ソプラノ] / プッチーニ: 歌劇「ジャンニ・スキッキ」 - 私のお父さん
03. 新倉瞳[チェロ] / 伝承: 鳥の歌(カタロニア民謡)
04. 久末航[ピアノ] / メンデルスゾーン: 無言歌集 第4巻 Op. 53 - 第1番 変イ長調 「浜辺で」
05. 椿三重奏団[ピアノ三重奏団] / ブラームス: ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調
      Op. 8 - I. アレグロ・コン・ブリオ
06. 河野智美[ギター] / タレガ: アルハンブラの思い出
07. 三浦文彰[ヴァイオリン] / プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調
      Op. 94bis - II. スケルツォ: プレスト
08. 塚越慎子[マリンバ] / 吉松隆: アトム・ハーツ・クラブ・デュオ
      作品70a(塚越慎子編) - I. アレグロ・モルト
09. デュオ・パッシオーネ[ヴァイオリン&ギター] / ファリャ: 歌劇「はかなき人生」第2幕
      - スペイン舞曲第1番(コンラート・ラゴスニック、フリッツ・クライスラー、河野智美編)
10. 平尾祐紀子[サウルハープ] / ナポリ民謡: ベニスの謝肉祭変奏曲
11. スーパーチェリスツ[チェロ・アンサンブル] /  ピアソラ: リベルタンゴ(小林幸太郎編)
12. 樋口達哉[テノール] / プッチーニ: 歌劇「トゥーランドット」 - 誰も寝てはならぬ
13. 石田組[弦楽アンサンブル] / R. ブラックモア/D. カヴァデイル/J. ロード/I. ペイス:
      紫の炎(ディープ・パープル)(近藤和明編)

▲クリックすると各曲のパートにジャンプすることができます


 

 

エモーショナルで、アーティストが音楽と一体化しているような演奏

 

麻倉:前作(ザ・ウルティメイト・シリーズVol.1)の経験を踏まえて、今回はどういう形で選曲されたのでしょうか?

 

武藤:お陰様で大変好評をいただいたVol.1で特に評判の良かったアーティストを残しつつ、ただ前作の刷り直しにならないように、少しキャラクターを変えて、前作を聴いていただいている方にも新鮮な気持ちで聴いていただける構成にしました。万雷の拍手で終わる石田組のディープ・パープルまで、通して聴いていただきたいですね。





レーベル名の「ART INFINI(アールアンフィニ)」はフランス語で「永遠の芸術」の意味。





  • 1.  横山幸雄[ピアノ] / チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 23 - I. アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ

 

 

麻倉:それでは聴きましょう。横山さんは、前作(Vol.1)ではラフマニノフでしたが、今回はチャイコフスキーです。ピアノ協奏曲第1番。この曲を聴くと「これが序奏なのか」といつも驚きます(笑)。主部の第一主題がはじめから出ているような、すごい曲です。オケも前回と違いますね。

 

武藤:はい、オーケストラは東京都交響楽団、指揮は大御所の小泉和裕先生です。

 

麻倉:オーケストラもピアノもスケールが大きく量感があって実に堂々とした演奏です。ピアノで面白いと思うのは、冒頭のオケのメロディーを和音で伴奏する箇所で、「シャキ、シャキ、シャキ」とキレが良い演奏をする一方で、メロディーを弾く時は柔らかくなって、明らかにアーティキュレーションを変えているところです。最初の強靭さ、キレの良さからガラッと変わって、メロディーはたっぷりと歌わせているという、その指のマジックが印象的です。

 

武藤:硬質なフォルテシモの部分と、柔らかく歌うピアニッシモの対比は、横山さんならではのテクニックの素晴らしさ、彼のピアノのコントロールの成せる技ではないかなと思います。

 

麻倉:レコーディングに関してはいかがでしょうか。

 

武藤:前作のラフマニノフ同様、この録音はライブ・レコーディングです。「一期一会のライブならではの凄みを狙って録る」というのが私のライブ・レコーディングのポリシーなのですが、前回もお話しした通り、編集においてはライブだけでなくゲネプロやリハーサルの音源をミックスすることもあります。その際どのような基準でテイクを選ぶのか。私は、より「音楽的な」テイクを採用するようにしています。言い換えると、エモーショナルで、アーティストが音楽と一体化しているような演奏です。もしリハーサルでそのようなエモーショナルで熱のこもった演奏が録れていれば、あえてそちらを採用するということもありますが、基本はライブの演奏を採用するようにしています。この音源もライブが主体です。

 





  • 2.  砂川涼子[ソプラノ] / プッチーニ: 歌劇「ジャンニ・スキッキ」 - 私のお父さん

 

 

麻倉:ピアノと声のバランスがたいへん良いです。収録会場である五反田文化センターのホールの持っている質の良いソノリティ、音のクオリティの高さと、その響きの中でさらに浸透してくる声の力を感じます。

 

武藤:ありがとうございます。透明感があって、レッジェーロなんだけど力強さもあって、さすが当代一流のソプラノの方だなと改めて思います。

 

麻倉:「私のお父さん」を歌うに相応しい、「女性の感情」のようなものが細やかによく出ているなと感じます。

 

武藤:そうですね。彼女はこういったプッチーニのようなイタリアのオペラから、フランスものや日本の歌曲まで幅広く歌われるのですが、声に透明感があって、重くないので、プッチーニは本当にドンピシャですね。特にこの曲は最高です。

 

麻倉:まさに最高ですね(笑)。抜けが良く、艶やかさが感じられます。そしてピアノはまろやかで安定感があり、両者のバランスもとても良い。そしてホールトーンが美しい。

 

武藤:美しいですね。ちなみに砂川さんとは次のアルバムの打合わせをしているところで、来年2023年に5年振りのアルバムをリリースする予定です。

 


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3. 新倉瞳[チェロ] / 伝承: 鳥の歌(カタロニア民謡)

 

 

武藤:新倉さんと初めてご一緒させていただいた2015年のアルバムから選曲しました。アルバムのメインはエルガーのチェロ協奏曲なのですが、今回は敢えて、モデラートなカタロニア民謡「鳥の歌」を選びました。静かで深い、新倉さんらしい楽曲です。

 

麻倉:すごく感情に訴える音ですね。1音1音に感情がこもっているという感じです。

 

武藤:長いフレーズを濃厚に「歌う」のが新倉さんの持ち味です。その良さがとてもよく出ているトラックではないかと思います 。

 

麻倉:録音もチェロをメインにしているのですが、バックのオケとのバランスもとても良い。変な言い方かもしれませんが、音色的には、「チェロとオケの統合体」のような印象を受けます。

 

武藤:そうですね。マイキングとしては、まずLRのメインマイクが全体を支配していて、次にチェロのオンマイクが支配している。さらにオーケストラの各パートごとに立てたオンマイクも少し入れています。そのブレンド感という意味では、ワンポイントマイクの美味しいところとマルチマイクの美味しいところをうまくミックスして良い塩梅に仕上げているつもりです。

 

麻倉:ワンポイントマイクは響きはきれいに録れるけれども、細かい音が少し遠くなってしまう難点があると前回伺いました。ただマルチマイクは位相管理が難しいですよね。単に両者を合わせればいいという訳ではないですし、テクニックが必要です。

 

武藤:そうですね。ただ、その難しさこそがマイキングの醍醐味だと思います。



 





4. 久末航[ピアノ] / メンデルスゾーン: 無言歌集 第4巻 Op. 53 - 第1番 変イ長調 「浜辺で」

 

 

武藤:久末航さんは日本とヨーロッパの両方で活躍されているピアニストで、ヨーロッパで最難関のひとつと言われるミュンヘン国際音楽コンクールにも入賞されている方です。今改めて聴くと、音色の変化やフレージング、アーティキュレーションにヨーロッパ本流の香りを感じます。

 

麻倉:素晴らしい演奏です。ピアノの盤石な安定感に加えて、ホールの響きをうまく使って自分の音作りに活用している印象を受けました。響きが多いですが、過剰に多いわけではなく、自然に広がるような響きです。

 

武藤:仰る通りです。例えばホールでピアノを「ポン」と弾くと、間接音が飛んで散っていく。そしてそれがまた自分の耳に戻ってきます。その音をキャッチして、どういうコントロールをすれば次に出る音がいちばん最上の状態になるかを考えて、実際にダイナミックスの表現や倍音の変化に反映させていく。これは鋭敏な耳と鍛錬されたテクニック、その両方がないとできません。彼はそれを完璧にやり遂げています。

 

麻倉:フィードバックですね。耳で聴いてまたそれを活用するのですね。

 

武藤:最近思うのですが、日本の伝統建築はデッドな空間です。畳にしても障子や土壁にしても、「ポン」と弾いた時に音が「ストン」と止まってしまう環境です。でもヨーロッパだと石の家が基本です。これは日本の家と響き方が全く異なる。日欧において、その環境の差はあると感じています。畳や土がベースになっている日本の伝統建築と、石というヨーロッパ古来の建築文化の差。彼はヨーロッパ歴が長いので、そのような環境が音作りにも表れているのではないかと私は感じています。

 

麻倉:あとヨーロッパは基本的に教会ですからね。

 

武藤:そう、教会なんです。キリスト教というそちらの文化から来ていて教会が原点なので、響くことが前提の音作りなんですよね。日本とは違います。

 

麻倉:そういう意味で言うと、この録音のように良い響きを持っているホールで録ると、久末さんの真価が発揮されるというわけですね。

 


オリジナル収録アルバム

『ザ・リサイタル

久末航[ピアノ]

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制約がない状態でゼロから考えると、録音のために最善を尽くすことができる

 

 

5. 椿三重奏団[ピアノ三重奏団] / ブラームス: ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op. 8 - I. アレグロ・コン・ブリオ

 

 

麻倉:前回(Vol.1) はメンデルスゾーンでしたが、今回はブラームスです。前回の対談でも伺いましたが、この録音の際にピアノの蓋を取ったそうですね。

 

武藤:そうなんです。通常ヴァイオリンとチェロとピアノのトリオのレコーディングは、ピアノの蓋がお客さんの方に開いていて、楽器の方にメインマイクを向けてレコーディングをするのですが、そうするとどうしてもピアノの音が遠くになって弦楽器の音が手前に来てしまいます。それを避けるために、この録音では、ピアノの蓋を取ってしまって、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの3つの楽器を三角形の配置にして、三角形を覆う最上部にメインマイクを設置しています。3つの楽器の音像や距離感をそれぞれ均等に狙いたかったのです。セッション・レコーディングをする際には、このようにその編成にとって最適なマイキングを追求することがあります。

 

麻倉:確かに、ライブを前提とした制約がない状態でゼロから考えると、録音のために最善を尽くすことができますし、その結果普通と別のことをやってもいいという発想になります。今回のようなピアノ三重奏だけじゃなく、他の編成やコンテンツでも色々と考える余地がありそうです。

 

武藤:そうですね。クラシックでも様々な編成の形がありますから。

 

麻倉:この録音を聴いて感じるのは、「融合」です。昔だったら3つの楽器の音が、左・真ん中・右と、それぞれバラバラに出てきていたのですが、この録音はそうではなく、しっかりとセンターに「広く」融合している。それがこの曲の持っているコンセプトと合っているように感じます。



 



 

 

6. 河野智美[ギター] / タレガ: アルハンブラの思い出

 

 

麻倉:すごくしっとりとして気持ちが良いですね。

 

武藤:やはり河野さんのギターは歌いますね。すごくカンタービレな演奏です。

 

麻倉:そうですね。しかもトレモロとアルペジオのどちらの音も歌っている感じです。

 

武藤:トレモロの弱音の粒がすごく揃っているので、トップのメロディーがものすごくきれいに立ち昇ってくるんです。それが素晴らしい。

 

麻倉:素晴らしいですね。この曲のオリジナル収録アルバムはどのような内容なのでしょうか。

 

武藤:『ザ・スペイン』というアルバムで、スペインに由来する作曲家の楽曲を収録したアルバムです。河野さんは他にも『ザ・バッハ』というアルバムがあったり、アールアンフィニからたくさん作品を出されています。

 

麻倉:そのタイトルを聞くだけで、ギタリストというのはレパートリーが広いのだなと感じます。

 

武藤:そうですね。ただギターよりもピアノの方が楽曲としては恵まれていると思います。ギターはロマン派の時代に誰でも知っているような有名な作品があまりなくて、バロックから古典の時代と近現代が中心なので。ロマン派の時代は、ピアノが発展する一方ギターはそうではなかった、ギターにとっては少し寂しい時代です。

 

麻倉:チェンバロの時代だったら、チェンバロ自体にそんなに表現力がないからギターの方が優勢だったのに、ピアノが出てきてしまったと(笑)。

 

武藤:(笑)。チェンバロがピアノに発展しましたからね。そしてピアノは一大発展。ベートーヴェンからロマン派にかけて発展したんです。ただギターも技術革新の動きはあって、たとえば8弦や10弦、何十弦という多弦ギターもあったのですが、結局定着しなかったんです。

 

麻倉:弾きにくいもんね。

 

武藤:まぁ多分弾きづらいのでしょう(笑)。



 





7. 三浦文彰[ヴァイオリン] / プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調 Op. 94bis - II. スケルツォ: プレスト

 

 

武藤:これはセッション・レコーディングですが、典型的な演奏会と同じスタイルで録音しています。ピアノが奥にあって、その前で三浦さんがヴァイオリンを弾いて、そのヴァイオリンの前にマイクを置いているので、ピアノの残響が少し多くてヴァイオリンの残響は少なめにタイトに仕上げているというマイキングになっています。

 

麻倉:それはヴァイオリンをよりダイレクトに録るという発想があってそうされているのですね。ヴァイオリンがひじょうにくっきりとしていて生々しい一方、ピアノがまろやかなので、ピアノがリッチに響いている上にヴァイオリンがものすごくシャープに躍動しているという印象です。火傷するような、エネルギッシュな演奏です。

 

武藤:これは実は三浦文彰さんのデビュー盤なんです。今では辻井伸行さんと一緒にデュオを組んで日本全国を回る超売れっ子のヴァイオリニストになってしまいましたが、彼のデビュー盤はアールアンフィニから出ているんです。この時はまだ全く無名だったのですが、彼の生の演奏を聴く機会があって、「とんでもない天才だな」と。本当に録っておいてよかったなと思っています(笑)。

 そしてピアノはイタマール・ゴランという、ソリストとしてももちろん一流なのですが、共演者としても当代一流、引く手数多の世界的な超人気ピアニストです。これは三浦さんから強い共演の希望がありました。結構ギャラも高いんですが(笑)、来日する時を狙って録音しました。

 

麻倉:でも、そこまでやった甲斐があるのではないでしょうか。

 

武藤:ありましたね。アーティストって、やはり本当に心からノっていないと演奏に出てしまうんです。この場合は逆に、共演者がゴランだったから三浦さんもやる気満々で(笑)。その後ふたりでツアーを行うなど相思相愛のコンビネーションでした。

 






  • 評論家・麻倉怜士氏


オーディオライクでリファレンス音源にできそうです

 

 

8. 塚越慎子[マリンバ] / 吉松隆: アトム・ハーツ・クラブ・デュオ Op. 70a(塚越慎子編) - I. アレグロ・モルト

 

 

麻倉:これは日本の曲ですね。元は弦楽器のために作曲された曲ですが、それを塚越さんがマリンバのために編曲されたと。

 

武藤:はい。吉松隆さん作曲です。わかりやすいポップな良い曲ですね。

 

麻倉:前回の対談で、武藤さんはもともとマリンバがお好きだったというお話をしていただきました。

 

武藤:私はもともとオーディオフリークだったので、オーディオのソースとしてマリンバはすごく魅力的だなと感じていました。パルシブな立ち上がりやエネルギー感やレンジ感も含めて、マリンバはオーディオに向いているという実感があります。

 

麻倉:この録音もオーディオライクでリファレンス音源にできそうです。武藤さんが仰っていた通り、ポイントのひとつは音の立ち上がり立ち下がり。あともうひとつは、小さい音と大きい音のレンジ感です。録音も大変だったのではないですか?

 

武藤:そうですね。マリンバのワイドなダイナミックレンジを、限られたデジタル・フォーマットのスペックの中に収めないといけないのですが、これをやるのはなかなか難しいです。数本のオンマイクとメインマイクの音をミキシングでブレンドして、できるだけ音痩せしないで、レンジも確保しつつ、エネルギー感を出せるように調整しています。

 

麻倉:すごくディテールが出ています。そのようなマイキングが効いているわけですね。スピーカーやアンプの特性を包み隠さず出してしまう、「怖い」音源だと感じました(笑)。立体感があり、ダイナミックレンジが格段に広いところに感心しました。

 


 

オリジナル収録アルバム

『ディア・マリンバ』
塚越慎子[マリンバ]

 




 

9. デュオ・パッシオーネ[ヴァイオリン&ギター] / ファリャ: 歌劇「はかなき人生」第2幕 - スペイン舞曲第1番(コンラート・ラゴスニック、フリッツ・クライスラー、河野智美編)

 

 

麻倉:前回(Vol.1)はブエノスアイレス組曲でしたが、今回はヨーロッパのラテンです。ディオ・パッシオーネという名称にふさわしい、パッションあふれる演奏です。

 

武藤:スペインのマヌエル・デ・ファリャという有名な作曲家の代表的な「スペイン舞曲第1番」です。編曲も良いですよね。いろいろなバージョンの編曲の美味しいとこ取りをして、最終的には河野さんがご自身で編曲されています。

 

麻倉:名曲なのでいろいろなバージョンがあるのですね。これはヴァイオリンとギターがうまく合っています。ギターはどちらかと言うとひとつひとつはじく独立した響き、他方ヴァイオリンはずっと伸びていく。そこがうまくブレンドしているように感じます。

 

武藤:ヴァイオリンとギターは広い見方では同じ弦楽器なので相性が良いんです。ギターは弦をはじきますが、ヴァイオリンは弦を擦ります。それぞれ撥弦楽器と擦弦楽器で、奏法は違いますが同じ弦楽器です。なので4つの弦と6つの弦ということで、アルバムには「4弦+6弦=10弦が奏でる、パッションとカンタービレの音の万華鏡」というキャッチコピーを付けています(笑)。

 

麻倉:基本的なDNAは同じですよね。例えばパガニーニにもギターとヴァイオリンの曲があります。あれもすごく気持ちの良い響きです。

 

武藤:仰る通りパガニーニはギターとヴァイオリンのデュオの曲をたくさん書いていますね。

 

麻倉:スペインもの、ラテンもの、ということで、まずひとつは色彩感がある。カラフルな音色が聞こえてきます。また音の立ち上がり立ち下がりがひじょうにシャープなので演奏のすごさがクリアに伝わってきます。たいへん音が鮮明です。この曲はオンマイクの配分が大きいのでしょうか?

 

武藤:はい、オンマイクのブレンドの比率が高いです。録音の際には、LRのメインマイク、ヴァイオリンのLRのオンマイク、ギターのLRのオンマイク、この6本に加えて別途ホールの客席側にLR のアンビエンスマイクを立てています。もちろんメインマイクが主体とは言え、結果的にオンマイクの比率もかなり高くなっています。

 

麻倉:音像が立っていて、この曲に合っている感じがします。

 

武藤:そうですね、スペインものなので、響きの多いホールトーンというよりは、もっと生々しい感じをリアルに録りたいという意図がありました。



 

 

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10. 平尾祐紀子[サウルハープ] / ナポリ民謡: ベニスの謝肉祭変奏曲

 

 

麻倉:珍しい楽器ですね。サウルハープという楽器は小さいのですか?

 

武藤:はい。グランドハープというオーケストラで使用される普通のハープと比べると一回りどころか二回りぐらい小さくて、片手で運べるぐらいの大きさです。

 

麻倉:音域も狭いのでしょうか?

 

武藤:グランドハープと比べて音域も狭いです。低域の方がありません。

 

麻倉:その分高音のくっきり感があります。グランドハープは低音があるのでもう少し柔らかい音ですが、これは一音一音がしゃっきりと立ってくる。

 

武藤:あと昔の竪琴に似ているように感じます。チャーミングですよね。グランドハープにはない可愛らしさがあって。

 

麻倉:素朴な感じもあります。曲も良いですね。「ベニスの謝肉祭変奏曲」、大好きな曲です。演奏されている平尾祐紀子さんはサウルハープの専門家なのでしょうか?

 

武藤:サウルハープだけではなくて、もちろんグランドハープもご専門なのですが、実は

私自身ご本人に聞くまでサウルハープという楽器を知らなくて、平尾さんに実際に音を聴かせていただいて、「わぁチャーミングな音がする!」とファンになってしまいました。この曲が収録されているアルバム『華音 KANON』は前半がグランドハープ、後半がサウルハープの演奏で構成されていて、楽器の音を聴き比べるのも面白いです。

 

麻倉:クリアで、立っていて、くっきりしているというのはサウルハープの元の音だと思うのですが、それを上手く録っている感じがします。

 

武藤:不思議なもので、今音を聴いていたら、録音していた風景を思い出してきたのですが(笑)、マイキングの観点で言うと、メインマイクが主体です。もちろんオンマイクも使っていますが、全体のホールの響きをしっかり録った上で、粒立ちを大切にするためにオンマイクでサポートするというマイクバランスになっています。

 


 

オリジナル収録アルバム

『華音 KANON』
平尾祐紀子[サウルハープ]

 



 

マイクをどこに立てるか決める時、まず生の音を聴きます

 

 

11. スーパーチェリスツ[チェロ・アンサンブル] / ピアソラ: リベルタンゴ(小林幸太郎編) 

 

 

武藤:これは出たばかりの新譜なのでこのコンピレーションに入れるのは少し迷ったんですが、新譜もお聴きいただきたいなということで収録することにしました。東京都交響楽団の首席チェリストの古川展生さんが率いるチェロ軍団、スーパーチェリスツです。

 

麻倉:最大10人で演奏されると伺いました。最大ということは曲によって変わるということでしょうか。

 

武藤:そうですね、9人になったり8人になったりするケースもあります。

 

麻倉:演奏も素晴らしいですが、録音も素晴らしい。空気の振動が伝わってくるような録音です。どのようなマイキングで録音されたのでしょうか?

 

武藤:このマイキングはすごいですよ。10人いるチェリスト全員にオンマイクを10本付けています(笑)。今録音をお聴きになってお分かりのように、曲のパートごとにメロディーを取るチェリストが違うのですが、誰がメロディーを取っているのか、メロディーが今どこにいるのかという定位が目に見えて、聴いていると楽しいです。

 

麻倉:それは10本のオンマイクの効果なのでしょうか?

 

武藤:メインマイクだけでも音像定位は分かりますが、オンマイクがあった方が、どのチェリストが今メロディーを取っているのか、リアリティを持って如実に分かります。メインマイクからの距離を均等にするために演奏者の方にはステージに半円状に並んでいただき、各演奏者の真前にオンマイクを立てています。そしてオンマイクはチェロの左右のf字孔の真中辺りを狙っています。

 

麻倉:楽器によって狙うターゲットの位置は変わるのでしょうか。

 

武藤:変わります。マイクをどこに立てるか決める時、まず生の音を聴きます。たとえばチェロだったら、演奏者の目の前でしゃがんで、ボトムからf字孔、もっと上のハイポジションや横に行ったりして、「どこが一番リアルで生々しい音がしているか」をまず自分の耳で確かめて、その場所にマイクを置くんです。

 

麻倉:今回はそれを10人やっているのですね。

 

武藤:そうです。背が高い人も背の低い人もいるので、それぞれ違うんですよ。チェロの大きさも違いますし。

 

麻倉:この曲は編曲も素晴らしいです。

 

武藤:そうですね。これはスーパーチェリスツではほぼ専属の編曲者と言ってもいいぐらいの小林幸太郎さんが素晴らしい編曲をされています。

 

麻倉:最初のピチカートがすごい。低音のピチカートが空気を震わせて、ゆらゆらと波形を描きながらこちらまで近づいてくるというのが分かる。全体としては、10人がお団子にならずにひとりひとりの個別の音がちゃんと聴けるという鮮明性と、あたかもひとつの楽器のようであるという融合性が共存しているという点で、演奏も素晴らしいのですが、録音も素晴らしいと思いました。しかし聴いていて改めて思いましたが、チェロという楽器はすごく人間の心に訴えかけますね。

 

武藤:そうですね、トラック3の新倉瞳さんもそうですが、ハートにドーンとダイレクトに来ます。

 

麻倉:皮膚に来るような感じです。ヴァイオリンはもう少し耳で聴いているような感じなのですが、チェロは本当に体に染み込んでくるという感じです。

 

 

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12. 樋口達哉[テノール] / プッチーニ: 歌劇「トゥーランドット」 - 誰も寝てはならぬ

 

 

武藤:次は樋口達哉さんの「トゥーランドット」ですが、これは贅沢にも仙台フィルのフルオーケストラのセッション・レコーディングなんです。樋口さんを応援してくださる方がいらっしゃって、その方のご支援のもとにレコーディングすることができました。オーケストラバックの録音って大抵はライブ・レコーディングなんです。セッション・レコーディングはフルオーケストラを2日間から3日間お買い上げになるので、普通ではあり得ないです。

 

麻倉:その成果か、ものすごく鮮明で、音像の立ち方がくっきりしています。音の鮮度感が高くてボーカルが立っています。

 

武藤:これは樋口さんのオンマイクが割とリアルに出ています。

 

麻倉:バックとのバランスも良いです。

 

武藤:ライブだと時間との勝負なので、そんなにゆっくりとベストポジションを取る時間がないのですが、これはセッションなので、じっくりとマイキングをやる時間がありました。ライブだと当然空調も点いたままなのですが、そういった環境面もセッションだとベストなものを探れますし、S /Nの良さもあります。あと何よりオーケストラの仙台フィルの皆さんがとても協力的で、すごく気持ちの良いセッション・レコーディングができました。

ただライブにはライブの醍醐味もあって、セッションにはない針のむしろの緊張感があります。それはアーティストも同じで、その時に火事場の馬鹿力が出ることがあるんです。「ここぞ一期一会の凄み」というのが録れた時は「やったぜ!」という気持ちになります(笑)。

 

麻倉:それが出せるのが名演奏家でしょうね。

 

武藤:なのでライブならではの良いところや面白みがあるし、セッションにはセッションの醍醐味があるということです。



 

 



 

13. 石田組[弦楽アンサンブル] / R. ブラックモア/D. カヴァデイル/J. ロード/I. ペイス: 紫の炎(ディープ・パープル)(近藤和明編)

 

 

麻倉:すごい音、そしてすごい演奏です。石田組さんはロックも含めたノンジャンルをやってらっしゃいますね。

 

武藤:もちろん純粋なクラシックも演奏するのですが、この曲のようにロックナンバーを編曲して弦楽器だけで演奏するという個性的なこともやっています。

 

麻倉:特にこのディープ・パープルは驚くような音です。

 

武藤:弦だけでここまでのエネルギー感とパッションとマッシブなサウンドにできるというのは驚きです。

石田さんはユニットの中でリーダーシップを取って全体のプロデュースをされていますが、メンバーから「組長」と呼ばれて慕われているんですよ。彼は立ち居振る舞いも組長という感じで(笑)、最初に打ち合わせに行った時びっくりしたんです。特攻服みたいな服を着て、足を組んで、こんな感じで(ふんぞり返って)。「この人どちらの方?」みたいな(笑)。

 

麻倉:(笑)。初対面の人でもそうなのですね。

 

武藤:ご自身を演出されているんです。石田組の組長として。なるほどなと。

 

麻倉:単に演奏だけではなく、すべての立ち振る舞いが組の長なのだと。

 

武藤:クラシックはおっとりとして上品な方が多いので、こういうキャラクターで立っている演奏家ってなかなかいないじゃないですか。多分それが受けているんだと思います。ライブも大人気で、ソールドアウトの連続。特に関東圏では絶大なる人気があります。

 

麻倉:なるほど。この音源もライブ録音ですが、ライブで石田さんはリーダとして端に座って演奏されているのでしょうか?

 

武藤:いや、全員で立って演奏をしています。それもすごいでしょう(笑)。普通弦楽アンサンブルというのは座って弾くじゃないですか。それが全員立っているんです。格好良いですよ。トラック5の椿三重奏団のマイクのセッティングの話と被りますが、座って弾かなきゃいけないというルールはないわけです。立って弾くと身も心も解放されるせいか、演奏がより能動的になる傾向があると私は思っています。

 

麻倉:クルレンツィスのムジカエテルナも立って演奏するのですが、彼の演奏はものすごくシャキシャキしている。石田組も座って演奏しないというところが、このパッションと結びついているのかもしれません。

 

武藤:マイキングとしては、先ほどの十人のチェリストのように全員にオンマイクは立てていませんが、メロディーはほぼ石田さんが受け持っているので、パッション溢れるメロディーラインはちゃんとオンマイクでも録れています。

 

麻倉:音の印象としては、轟音で突っ走る重連のSLのようです(笑)、重たいのにとにかく速いという印象ですね。

 

武藤:なるほど(笑)。

 






武藤敏樹氏(アールアンフィニ レーベル代表)



心がこもったテイクを録りたい

 

麻倉:今回は『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz Vol.2』ということなので、DSDの魅力について語っていただけますか。

 

武藤:DSDはクラシックととても相性のいいフォーマットだと思います。語弊を恐れずに言うと、上質なハイエンドのアナログに近い。量子化ビット数や標本化周波数の粗いローレゾリューションのデジタルは、エッジやその周りの輪郭がきつくて荒れた感じになるので、クラシックの場合それがかなりネガティブに作用してしまいます。例えばボーカルだと少しザラザラした感じで「ちょっと飴舐めてください」とディレクションしたくなるような音の傾向になるのですが(笑)、それがハイレゾ、特にDSDになると、粒子が細かくなって、音が濃密になるんです。体温が高くなって、流れている血の濃さが少し濃くなるような感じです。

 

麻倉:良い表現ですね。

 

武藤:そして繊細な部分まで細かく表現ができるようになるんです。私はエモーショナル音楽が好きなので、心がこもったテイクを録りたいんです。DSDだとそちらの方向に振ってくれるんですよね。アーティストが持っている魂をスポイルしないでそのままきちんと録ってくれるというところに大きな魅力を感じています。

 

麻倉:DSDの魅力を一言で言うと、「ライブ会場やスタジオにそのままいるような感じがする」というところでしょうか。 DXDは96kHz/24bitや192kHz/24bitをさらに高密度化したものなので、ものすごく緻密なのですが、それは「リニアPCMの文脈の中でより細かい」ということになります。ところがDSDはその文脈から飛び出てしまっている。何が違うかというと、温度感です。先ほど武藤さんもご指摘されましたが、DSDになると10度ぐらい温度が上がるような気がします。熱気とかパッションがダイレクトに来ると言うよりは、空気伝導のように空気が段々と熱くなってくるというイメージです。96kHz/24bitには荒い良さがあるし、DXDにはものすごく細かいという良さがある。しかしDSDは異次元のソノリティですね。

 

 

聴き比べるとフォーマットの違いが分かって楽しい

 

麻倉:今日はいかがでしたか?ご自身が選ばれた13曲を改めて聴いてみて、どういうことをお感じになりましたでしょうか。

 

武藤:不思議なものでこうやって改めて聴いてみると当時のレコーディング風景がまざまざと蘇るんですよね(笑)。仙台フィルのレコーディングなど、当時の風景が眼前に蘇ってきました。

 

麻倉:こういう企画がないとレコーディングのエピソードを語るようなことは無いですよね。そういうお話を聞けただけでもこのアルバムをダウンロードする人は嬉しいのではないかと思います。

 

武藤:96kHz/24bitなどのPCM、さらに上位のPCMすなわちDXD、そしてDSD、この3つはやはりそれぞれの魅力があります。特にクラシックの場合、上位のフォーマットはより音質に作用するので、聴き比べるとフォーマットの違いが分かって楽しいんじゃないかなと思います。ぜひ聴き比べてみてください。



◆◇◆


DXDなど他のフォーマット版は12月下旬に配信開始予定。e-onkyo musicでは配信開始のタイミングでDXDにフィーチャーした記事を掲載予定です。ご期待ください。

 




麻倉怜士(あさくら れいじ)

 

津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表。 日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。 『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。 1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。

 

武藤敏樹(むとう としき)

 

アールアンフィニ・レーベル代表、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア

4歳からピアノをはじめ、第31回全日本学生音楽コンクールピアノ部門中学校の部全国第一位。東京藝術大学附属高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部ピアノ科卒業。㈱CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社後、多数のクラシック・アーティストのCDアルバムをプロデュース。

プロデュースしたCDで「日本レコード大賞・企画賞」、「国際F.リスト賞レコードグランプリ最優秀賞」「文化庁芸術祭優秀賞」を受賞。アールアンフィニ・レーベルにおける横山幸雄の全てのCDにおいて、レコード芸術誌「特選」、他多数のアーティストのCDにおいて「特選」、並びに音楽専門誌において優秀録音賞を多数輩出している。2000年にリリースしたコンピレーション・アルバム「イマージュ」は、170万枚の大ベストセラーを記録した。30年の歴史を誇るドイツのクラシック音楽情報誌「KlassikHeute」において、「福間洸太朗/FranceRomance2019Naxos)」のCD録音評で10点満点を獲得。

現在、ソニー・ミュージックソリューションズとミューズエンターテインメントのパートナーシップによるクラシック専門レーベル「アールアンフィニ」を主宰。株式会社ミューズエンターテインメント代表取締役。葉山で1日1組のイタリアン・レストラン「ラサーラ葉山」オーナー、自家農園での手作り野菜が人気を博している。
公式HPlasalahayama.jp

 

 

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