「ベルウッド・レコード」の名盤10タイトルが半世紀を経てハイレゾで甦る!

2022/10/26

1972年4月、あがた森魚のシングル「赤色エレジー」で歩みをスタートした「ベルウッド・レコード」。国内でも指折りのユニークなレーベルとして知られるベルウッドの50周年記念プロジェクトが進行中です。高田渡、六文銭、はちみつぱい、西岡恭蔵など約50タイトルのサブスク解禁に加え、その中から、はっぴいえんどを含む10タイトルがハイレゾ化! 半世紀を経て甦る日本のフォーク~ロックの名盤を高音質で楽しめるというこの幸せ……。e-onkyo musicは、今回のハイレゾ・マスタリングを手掛けたキング関口台スタジオの辻裕行さん、そして当プロジェクトの制作を担当したキングレコードの秋野美帆さんにお話を伺いました。

文・取材・写真◎山本 昇

ベルウッド・レコード50周年記念ハイレゾ10作品初配信!








辻さんの根城、キング関口台スタジオのマスタリングルーム



■過去のリイシューで反響が大きかった作品をピックアップ


――世界的なシティポップブームで益々注目度が高まっている「ベルウッド・レコード」は、キングレコードの社内レーベルとして発足してから、今年で50周年となりました。まずは今回のリイシュー・プロジェクトの概要についてご説明ください。

秋野 ベルウッド作品のリイシューは、40周年、45周年のタイミングでCDなどのパッケージを中心に行ってきましたが、50周年の節目となる今年は配信にフォーカスすることにしました。

――今回のハイレゾ10タイトルはどう選ばれたのでしょうか。そのうちの4タイトルを“はっぴいえんど”が占めています。

秋野 例えば、はっぴいえんどの『HAPPY END』は、通常配信はしていましたが、日本の音楽シーンの流れの中でも大きなタイトルでしたので、ぜひともハイレゾ化したいと考えていました。若い方も含めフォロワーも多い“はっぴいえんど”は、高音質で楽しみたいというファンの方もたくさんいらっしゃいますので、初めて通常配信されるアルバムを含め、すべてハイレゾでもリリースすることにしました。そのほかのアーティストにつきましても、海外でも幅広く聴かれていて、これまでのリイシューで反響が大きかった作品をピックアップし、特に人気のあるタイトルをハイレゾのラインアップに加えています。日本のポピュラー音楽史の中でもエポック・メイキングなタイトルが揃ったと思います。

――なるほど。マスタリング・エンジニアを務めた辻さんは、このプロジェクトをどう受け止めましたか。

 この度リイシューすることになった諸作が発売された1970年代の前半、僕はまだ中学生でしたが、ほぼリアルタイムで聴いていました。“はっぴいえんど”はもちろん、細野晴臣さんや大瀧詠一さんのアルバムは出たらすぐにLPを買っていたと記憶しています。「キングと言えばベルウッド」――そんなイメージも持っていましたね。中学生の頃に好きで聴いていたベルウッドの作品を、まさか自分の手でマスタリングできるとは思ってもいませんでしたが(笑)、今回のリイシュー・プロジェクトは僕にとっても嬉しい体験でした。

――当時、中学生でベルウッドにハマるとはなかなか早熟ですね(笑)。

 近所の大学生が聴かせてくれたのがきっかけでした。(レーベルのプロデューサーの)三浦光紀さんには「中学生でよくこんなの聴いてたね」と言われましたけど(笑)、大学生の彼には感謝したいですね。

――リスナーとして、このレーベルの特徴についてどう感じていましたか。

 どちらかというとフォーク系が多いのですが、中にはロックを感じさせる音楽もあって、当時の音楽シーンとしてはすごく新鮮でした。特に“はっぴいえんど”や“はちみつぱい”など、それまでの日本にはなかったような曲を作っていて、そこにすごく惹かれました。周りで聴いている人は少なかったんですけれど(笑)。

――ちょっと特別な感じがあったと。

 そうですね。その後も、洋楽以外では山下達郎さんやユーミン、吉田美奈子さんなどいわゆるニューミュージックに興味が向かい、のめり込んでいきましたが、ベルウッドの人たちはそうした流れの基になった音楽という印象がありました。



■DSDで行われたハイレゾ10タイトルのマスタリング


――では、今回のハイレゾ・マスタリングについて教えてください。まず、各作品のマスターテープの形式と保存状態はいかがでしたか。

 マスターはどれも1/4のアナログテープです。15ipsつまり38cm/sのスピードで録られていて、ドルビーなどのノイズリダクションは一切使われていません。保存状態は、すべてではありませんが、ほとんどはそのまま使える状態でした。ノイズやドロップアウト(音トビ)も非常に少なかったですね。今回はDSDでのハイレゾ化ということで、いわゆるレストレーション作業は一切行わず、アナログテープをそのままDSDに落とし込むという方法をとりました。



今回のハイレゾ・マスタリングで使用されたマスターテープ。
左から、はっぴいえんど『CITY』、はちみつぱい『センチメンタル通り』、あがた森魚『乙女の儚夢』


マスターテープを再生したSTUDER A820



――そのDSDが、今回のハイレゾ化のキーになりそうですね。

 今回のフォーマットをどうするか。スタッフと相談したところ、DSDなら11.2MHz、PCMなら192kHz/24bitがリスナーの皆さんのニーズが高いことが分かり、DSD 11.2MHzでいくことにしました。

秋野 そのあたりはe-onkyo musicの方にもアドバイスをいただきました。

――では、今回のハイレゾ・マスタリングのシステムをご紹介ください。

 アナログテープのマスターをSTUDER A820で再生し、アナログ信号をDSDに対応するMERGING TECHNOLOGIESのHORUSというADコンバーターを経てPyramix(DAW)に取り込んでいます。タイトルによって必要な場合のみアウトボードのEQやコンプを通しました。



MERGING TECHNOLOGIES Pyramixの本体とインターフェースのHORUS。
上はマスタークロック・ジェネレーターのAntelope Audio ISOCHRONE TRINITY


音源を立ち上げたPyramixの画面。フォーマットはDSD 11.2MHz





必要に応じて使用されたアウトボード。写真上はBettermaker Mastering Equalizer(EQ)
写真下はAVALON DESIGN AD2077(上・EQ)とPrism Sound MLA-2(コンプ)


メインスピーカーはGENELEC 1034A



――実際の作業で、特に心掛けたポイントは何だったでしょうか。

 先ほどもお話ししましたように、今回は極力、アナログマスターそのままの状態でのデジタル化にこだわりました。従来のCDでのリイシューでは、EQやコンプをかけて音圧感を出すことが求められましたが、今回はそういうことは気にせず、マスターテープが持つ音をありのままに近い状態で聴いていただきたいと思ったんです。ベルウッドの40周年、45周年のときのCDマスタリングにも携わりましたので、それとは異なるアプローチで、しかもハイレゾならではのやり方にしてみたかったんですね。結果的に、これまでとはちょっと違う感じでマスタリングできたかなと思っています。

――マスターテープの音を直に聴いたときの印象は?

 やはり当時の録音のレベルの高さを感じましたね。吉野金次さんや梅津達男さんらトップクラスのレコーディング・エンジニアが担当された仕事でもありますので、技術的にも音楽的にもすごくいいものだなとマスタリングするたびに思っていました。

――その良さは、具体的にはどんな部分に現れているのでしょうか。

 当時のレコーダーは良くて16トラックだったと思いますが、例えば楽器の録り方とかは、これこそがいまもスタジオでやっていることの基本になっていると感じるんですね。録り音のクオリティがとにかく高い。いまみたいにあとでいろいろ直せるわけではないので、もうその場ですべて決めて録っていかなければなりません。その分、しっかりと録ってあるから音がいま聴いても生々しいんです。もちろん、プレイヤーの方たちが素晴らしいのもありますが、エンジニアリングがそれと合致してすごくいい音になっていると感じます。アナログレコードとも聴き比べてみたのですが、やはりマスターテープの音はレンジ感も含めてかなりの違いがあるなと感じました。

――特に苦労したタイトルはありましたか。

 大きく苦労したものはなかったのですが、マスターテープに若干問題があって、コピーマスターを使ったものも数曲ありました。どのタイトルも、すでに192kHz/24bitでアーカイブされたデータがあるので、それを使うことも可能だったのですが、今回はあえてアナログのマスターにこだわって、コピーマスターを探して使うことにしました。コピーマスターはLPのカッティングのために用意されたもので、マスターからのコピーではあるものの、ランニング回数が少ないので、状態はけっこういい場合もあるんですね。そんなことで、今回のハイレゾ10タイトルはすべてアナログテープから上手く起こすことができました。



■マスターのクオリティをそのまま享受できるハイレゾ


――オーディオ的な視点での聴きどころは?

 同じ音楽でも、入る器が変われば見えてくる風景も変わってきますよね。マスターテープを聴くのとはまた違う音世界ではあるのですが、DSDらしい音であったり、PCMにしても44.1kHz/16bitでは表現できない音を提供できたんじゃないかと思っていますので、ぜひそのあたりをお楽しみいただきたいですね。

――DSDとPCM、それぞれの特徴をどう捉えていますか。

 よく言われることではありますが、やはりDSDは音がちょっとまろやかで、エッジが丸いというか、とれたような感じがしますよね。PCMはそのエッジが残っていますから、聴感上の違いは確かにあります。CDをずっと聴いてきた方にとってPCMは耳馴染みがいいかもしれませんが、DSDをお聴きになればかなり違った印象を受けるのではないでしょうか。
 そして、今回のPCM(192kHz/24bit)はすべてDSD 11.2MHzからのダウンコンバートです。例えば、“はちみつぱい”の『センチメンタル通り』の45周年リイシュー(デラックス・エディション)のハイレゾはダイレクトに192kHz/24bitで録っていますが、今回のPCMはそれともまた違ったものになっていると思います。

――あらためて、ハイレゾというフォーマットの良さとはどんなところにあるとお考えですか。

 現場で録音されたものを、なるべくそのままの形に近い状態で聴いてもらえるのがハイレゾです。現在、スタジオでは48kHz/24bit以上のスペックでレコーディングされることがほとんどです。でも、その音源データがここマスタリングルームに持ち込まれて、CDの場合は最終的に44.1kHz/16bitでアウトプットすることになります。そこにはどうしても差異が生じますから、補うためにマスタリング・エンジニアはいろいろ手を尽くしたりするわけです。ハイレゾなら、マスターのクオリティをそのままストレートに出せますよね。その意味でも、いちばんいい状態で聴いていただけるのがハイレゾでしょう。

――さて、秋野さんは、ベルウッドに残されたこれらの音楽遺産をどう後世に繋いでいこうとお考えですか。

秋野 今回のサブスク解禁もそこに繋がる一歩だと考えています。私のようないまの20代も、例えば“はっぴいえんど”がすごく好きだという人がいる一方で、「名前は知っているけど」という人まで様々で、興味はあってもちゃんと聴ける術がないという人も多かったのではないかと思います。アナログテープが回る作業に立ち会っていると、本当に大きな財産だと実感しますし、大切に遺していかなければならない音源だと思いました。今後も5年後、10年後と、若い世代も含めた皆さんにとっていい音楽との出会いになるような発掘を続けていきたいですね。

――ありがとうございます。では最後に、制作担当ディレクターとマスタリング・エンジニアのお二人から、e-onkyo musicリスナーへのメッセージがございましたらぜひお願いします。

秋野 50年前の音を、ハイレゾという高音質フォーマットを通して当時の空気感も込みで味わえるのはこのプロジェクトの醍醐味で、この10タイトルは特にその良さを感じていただける作品でもあると思いますので、ぜひ多くの方に楽しんでいただきたいです。そして、こうしたハイレゾのリイシューは今後も充実させていきたいと思います。

 最近はイヤフォンやヘッドフォンでお聴きになる方が多いと思いますが、皆さんにはぜひスピーカーで聴いていただきたいんですね。できればちょっといいスピーカーで聴いていただければ、何か新たな発見があるんじゃないでしょうか。



 インタビューのあと、GENELEC 1034Aが鎮座する辻さんのマスタリングルームで『HAPPY END』を聴かせていただいた。同じ曲でDSD 11.2MHz/1bitとPCM 192kHz/24bitを聴き比べてみたところ、その違いは歴然。PCMは楽器やボーカル、コーラスがパノラマのように左右に広がるのに対して、DSDは音像が立体的で奥行きを感じさせる。PCMのエッジが立った感じもいいのだが、楽器や歌など音源と音源の間が見えるようなDSDの景色も素晴らしく、スタジオの空気感をより鮮明に運んでくれるようだ。個人的には、好きなアルバムはその日の気分で選べるように両方持っていたいかも。
 ところで、名盤中の名盤『HOSONO HOUSE』のハイレゾ化は今回の50周年リイシューでも見送られた。もしそれがアーティストの意向であるならばもちろん尊重されるべきで、我々ファンはこの素敵なアルバムを今後もアナログレコードかCDかストリーミングで聴き続けよう。ただ、『シングルス・はっぴいえんど』に収録の2曲(「恋は桃色」、「福は内 鬼は外」)はハイレゾでも聴くことができますね。
 兎にも角にも、ベルウッドの貴重な音源がハイレゾのライブラリーに加わったことの意義は大きく、世代を問わず多くの音楽ファンに親しんでほしい。辻さんの言うように、「ちょっといいスピーカー」で、これらの音楽遺産を存分に楽しもう。




Profile◎辻裕行(つじ・ひろゆき)



中学~大学時代にバンド活動を通じ、自分達の演奏を伯父から譲り受けた4トラック2チャンネルレコーダーに録音していたことなどをきっかけにエンジニアへの道へ。卒業後、専門学校を経て1984年にサウンド・クリエイターズ(現・SCI)に入社。同時にキングレコード録音部にアシスタント・エンジニアとして出向し、そのまま転籍。レコーディング・エンジニアとしてはクリヤ・マコトらのジャズ作品のほか、声優・林原めぐみなどの作品を手掛ける。2000年、キング関口台スタジオ入社。02年からはマスタリング・エンジニアとしても数多の作品で腕を振るっている。



 

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