【9/3更新】音楽ライター原典子の“だけじゃない”クラシック「アニバーサリー作曲家2022」

2022/09/03

MUSIC BIRD「ハイレゾ・クラシック」連動企画!e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。

"だけじゃない" クラシック 9月のテーマ


アニバーサリー作曲家2022



「生誕何周年」「没後何周年」と作曲家のアニバーサリーをお祝いするのは、歴史の長いクラシックならではの慣習かもしれない。アニバーサリーを機に、それまであまり光の当たらなかった作品が録音されたり、コンサートで取り上げられることも多々あり、ファンにとっては新たな出会いのチャンスとも言える。というわけで今月は、2022年にアニバーサリーを迎えた新旧さまざまな作曲家のアルバムをご紹介していきたい。

 


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『シュッツ:十字架上のキリストの最後の7つの言葉、ヨハネ受難曲』
ポール・ヒリアー指揮アルス・ノヴァ・コペンハーゲン ほか

まずは没後350年を迎えたハインリヒ・シュッツ(1585- 1672)。「ドイツ音楽の父」と呼ばれ、J.S.バッハのちょうど100年前に生まれたこの大作曲家のことを、皆さんはどのぐらいご存じだろうか? ドイツの田舎町に生まれ、ヴェネツィアに留学したシュッツは当代最高の教会音楽家として活躍していたジョヴァンニ・ガブリエリに学んだ。その後、ドイツに戻ってドレスデンの宮廷楽長に就任するものの、翌年の1618年に三十年戦争が勃発。この宗教戦争によりドイツは人口の約3分の1を失い、社会と人々の心は荒廃し、ドレスデンの音楽活動も凋落の一途を辿った。楽長としての仕事ができなくなったシュッツにとっては苦難の時代だが、彼はこの時期以降に次々と名作を生み出していく。
このアルバムに収録された《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》は、戦争末期の1645年頃に作曲された、シュッツの最高傑作と名高い作品。《ヨハネ受難曲》は晩年の1665年の作品で、無伴奏合唱とふたりのソリストによる敬虔なる祈りの音楽である。「最後で最大の宗教戦争」と呼ばれる悲惨な三十年戦争の時代を生き抜いたシュッツは、どのような気持ちで神に捧げる音楽を書いていたのだろうか。


『メシアン:幼子イエスに注ぐ20の眼差し ほか』
ベルトラン・シャマユ(p)


没後30年を迎えたオリヴィエ・メシアン(1908-1992)もまた、信仰と向き合った作曲家であった。独奏ピアノのための組曲《幼子イエスに注ぐ20のまなざし》を9歳のときに聴いたベルトラン・シャマユは、この作品との出会いが音楽家としての成長に多大な影響を及ぼす啓示となったと語る。もとはクリスマスに放送するラジオ番組の付随音楽として書き始められたこの作品は、「父の眼差し」「聖母の眼差し」「十字架の眼差し」といった20の曲からなる。メシアンならではの語法があらゆる場面に散りばめられた名曲だが、もし何の予備知識もなしに聴いたならば、最初は硬質な響きがとっつきにくく感じられるかもしれない。
それが、シャマユのアルバムでは《幼子イエス〜》の前後にメシアンに捧げられたほかの作曲家の作品が置かれていることで、すんなりとメシアンの響きの世界に入っていくことができる。それらの作品とは、武満徹の《雨の樹素描II〜オリヴィエ・メシアンの追憶に》、トリスタン・ミュライユ《別離の鐘とほほえみ〜オリヴィエ・メシアンの追憶に》、クルターグ・ジェルジュ《オリヴィエ・メシアンに注ぐささやかな眼差し》、ジョナサン・ハーヴェイ《メシアンのトンボー》など。あらためてメシアンが現代の作曲家に与えたインスピレーションの多大さを知る。



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【もっと聴きたい!アニバーサリー作曲家2022】




『ラフ:管弦楽作品集Vol.1』
ネーメ・ヤルヴィ指揮スイス・ロマンド管弦楽団


生誕200年を迎えたヨアヒム・ラフ(1822-1882)はスイスに生まれたが、1845年にバーゼルの演奏会でリストに出会い、ドイツに渡ってリストの助手をしていた。ドイツで作曲家として成功したラフは、標題つきの交響曲がR.シュトラウスらに影響を与えたことでも知られるが、このアルバムに収められたのは1866年に作曲された標題のついていない交響曲第2番。


『フランチ・プレイズ・フランク』
エリザベート・フランチ(fl)アルベルト・ギノバルト(p)

セザール・フランク(1822-1890)の生誕200年を記念してリリースされたアルバム。ヴァイオリン・ソナタの傑作として知られるフランクのヴァイオリン・ソナタも、フルート編曲版で聴くとまた違った美しさと趣きが感じられる。エリザベート・フランチは数々の国際的な賞に輝くフルート奏者で、これがソニー・クラシカルからのデビュー盤となる。




『Paysage』
内藤晃(p)

生誕150年を迎えたデオダ・ド・セヴラック(1872-1921)は、郷里である南仏ラングドック地方の伝統音楽に根づいた作品を創作した作曲家。ピアニスト、内藤晃のセルフ・プロデュースによるこのアルバムには、セヴラックの《セルダーニャ》より 第2曲「祭~ピュイセルダの思い出~」という曲が収録されているが、セルダーニャとはラングドックからさらに南へ下った、フランスとスペインの国境に跨る地域のこと。



『スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集』
イリヤ・ラシュコフスキー(p)

アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)も生誕150年。このアルバムは、没後100年の2015年に武蔵野市民文化会館小ホールで行なわれた『アレクサンドル・スクリャービン/ピアノ・ソナタ全10曲演奏会』のライヴと翌日のセッションの音源を収めたもの。2012年の第8回浜松国際ピアノコンクールの優勝者、イリヤ・ラシュコフスキーの演奏は明晰でピアニスティックな魅力にあふれている。




『ヴォーン・ウィリアムズ:ヴァイオリンとピアノのための作品全集』
小町碧(vn)サイモン・キャラハン(p)



同じく生誕150年を迎えたレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)にも、素敵なアルバムが登場した。ロンドンを活動拠点とし、ヴァイオリニストとしてだけでなく、作曲家、研究者、翻訳家、ライターとしてマルチに活躍する小町碧によるヴォーン・ウィリアムズの作品集。82歳のときに書かれたヴァイオリン・ソナタは、これまで多くの人が抱いていたであろう作曲家のイメージとは違う面を見せてくれる。


『クセナキス:シルモス、モントリオールのポリトープ、メデア、クラーネルグ、オレステイア』
マリウス・コンスタン指揮アンサンブル・アルス・ノーヴァ、フランス国立放送音楽研究グループ


ヤニス・クセナキス(1922-2001)の生誕100年を記念し、1968-1969年に録音された音源がデジタルリリースされた。ギリシャのアテネ工科大学で建築と数学を学ぶが、第二次世界大戦中に反ナチの地下運動に参加、パリに亡命し、ル・コルビュジエのもとで建築に従事するかたわら、オネゲル、ミヨー、メシアンに師事した作曲家、クセナキスの音楽を当時の熱気そのままに感じることができる。

 



『ウォルトン:交響曲第1番、ヴァイオリン協奏曲(1943年改訂版)』
タスミン・リトル(vn)エドワード・ガードナー指揮BBC交響楽団

生誕120年を迎えた、20世紀イギリスを代表する作曲家、ウィリアム・ウォルトン(1902-1983)。このアルバムは、イギリスの指揮者、オーケストラ、レーベルによる鉄壁の布陣での録音。ウォルトンの名声を決定づけた交響曲第1番は、「カッコいい!」と叫びたくなるような輝かしいエネルギーに満ちている。


『別宮貞雄:ヴァイオリン協奏曲、高橋悠治:非楽之楽、入野義朗:轉』
若杉弘、田中信昭、尾高忠明指揮NHK交響楽団 ほか)


生誕100年を迎えた別宮貞雄(1922 - 2012)は、パリ音楽院でミヨーやメシアンに師事したが、十二音音楽や無調には批判的で、調性と旋律を重視した作曲家。それでも「前衛の影響をまったく受けなかったわけではない」、と作曲者本人が述べており、その影響をもっとも受けた作品として、このヴァイオリン協奏曲を挙げている。現代的な要素と、別宮本来の叙情的な要素が見事に融合した作品。

 




24bit衛星デジタル音楽放送MUSIC BIRD「ハイレゾ・クラシック」

■出演:原典子
■放送時間:(金)14:00~16:00  再放送=(日)8:00~10:00
毎月ひとつのテーマをもとに、おすすめの高音質アルバムをお届け。
クラシック界の新しいムーヴメントや、音楽以外のカルチャーとのつながりなど、いつもとはちょっと違った角度からクラシックの楽しみ方をご提案していきます。出演は音楽ライターの原典子。番組HPはこちら



“だけじゃない”クラシック◆バックナンバー

2022年08月 ◆ 女王陛下の音楽
2022年07月 ◆ レーベルという美学
2022年06月 ◆ 今、聴きたい音楽家 2022
2022年05月 ◆ 女性作曲家
2022年04月 ◆ ダンス
2022年03月 ◆ 春の訪れを感じながら
2022年02月 ◆ 未知なる作曲家との出会い
2022年01月 ◆ 2022年を迎えるプレイリスト
2021年12月 ◆ 2021年の耳をひらいてくれたアルバム
2021年11月 ◆ ストラヴィンスキー没後50周年
2021年10月 ◆ もの思う秋に聴きたい音楽
2021年09月 ◆ ファイナル直前!ショパン・コンクール
2021年08月 ◆ ヴィオラの眼差し
2021年07月 ◆ ピアソラ生誕100周年
2021年06月 ◆ あなたの「推し」を見つけよう
2021年05月 ◆ フランスの響きに憧れて
2021年04月 ◆ プレイリスト時代の音楽



筆者プロフィール








原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。

2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。

 

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