【8/5更新】音楽ライター原典子の“だけじゃない”クラシック「女王陛下の音楽」

2022/08/05

MUSIC BIRD「ハイレゾ・クラシック」連動企画!e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。

"だけじゃない" クラシック 8月のテーマ


女王陛下の音楽



今年はイギリスのエリザベス女王が即位70周年を迎え、6月には「プラチナ・ジュビリー」を祝う華やかなパレードや行事の様子が伝えられた。クラシック音楽の歴史においても、「女王」の存在感は大きい。個性的な女王が登場するオペラ、実在する女王のために捧げられた音楽など、今月は女王をテーマにさまざまなアルバムをご紹介していきたい。



 

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『レッスンズ~ジョン・ダウランド:リュート作品集』
ユーナス・ヌードベリ(lute)

現在のイギリス女王はエリザベス2世だが、史上もっとも有名な女王といえばイングランドの黄金時代を築いたエリザベス1世だろう。ロンドンではシェイクスピアの演劇が上演され、人々はリュートやガンバ、ヴァージナルといった楽器で音楽を楽しんでいた時代、エリザベス1世もリュートやダンスを愛していたという。そんなエリザベス1世の宮廷リュート奏者を夢見たものの叶わず、失意のなか国を去った作曲家がダウランド。ヨーロッパ各地を巡り、デンマーク王の宮廷リュート奏者を務めるなどして帰国。ようやくイングランドの宮廷リュート奏者に就任するも、そのときすでにエリザベス1世は世を去った後だった。ここにご紹介するユーナス・ヌードベリによるアルバムには、ダウランドの息子ロバートが1610年に出版した『さまざまなリュート練習曲集からの音楽』が収録されている。ダウランドというと憂鬱(メランコリー)のイメージがあるが、ここに聴く《エリザベス女王のガリアード》は華やいだ雰囲気だ。

 


『チューダー朝の女王たち(ドニゼッティ:オペラ・アリア集)』
ディアナ・ダムラウ(S)アントニオ・パッパーノ指揮
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団、合唱団


ドニゼッティは「女王三部作」と呼ばれる3作のオペラを残した。イングランド国王ヘンリー8世の2番目の妃にしてエリザベス1世の母、アン・ブーリン(アンナ・ボレーナ)が、不貞の濡れ衣を着せられて断頭台の露と消えた悲劇を描いた《アンナ・ボレーナ》。イングランドに亡命してきたスコットランド女王、メアリー・ステュアート(マリア・ストゥアルダ)が、ライバルであるエリザベス1世の命によって処刑されるまでを描いた《マリア・ストゥアルダ》。エリザベス1世の寵臣であり恋人、エセックス伯ロバート・デヴルー(ロベルト・デヴリュー)を題材にした《ロベルト・デヴリュー》。いずれも史実を基にしながら、ロマンティックで悲劇的なストーリーのオペラに仕立て上げられている。このアルバムには、3つの作品の重要な山場となる最終場面が収録され、ディアナ・ダムラウが3人の女王の役を見事に歌いこなしている。あるときは威厳に満ち、あるときは嫉妬に身を焦がす……女王のドラマティックな生涯の裏にある生身の女性の姿が、彼女の表現から浮き彫りになる。



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【もっと聴きたい!女王陛下の音楽】




『バロック・オペラの女王達』
ジョイス・ディドナート(Ms)アラン・カーティス指揮
イル・コンプレッソ・バロッコ

ヘンデルの《アルチーナ》や《ジュリオ・チェーザレ》、モンテヴェルディの《ポッペアの戴冠》、ハイドンの《アルミーダ》をはじめ、バロック・オペラに登場する女王たちの愛と哀しみが詰まったアリアの数々を、アメリカ出身のディーヴァ、ジョイス・ディドナートが歌う。


『アン・ブーリン ソングブック:
16世紀の作曲家らによる曲集』
アラミレ

侍女でありながらヘンリー8世を虜にしたアン・ブーリンはしたたかな悪女というイメージが強いが、フランス宮廷に仕えて身につけたマナーや知性は、イングランドでもひときわ輝きを放っていたという。『アン・ブーリン ソングブック』は、そんなアンが処刑されるまでずっと持っていたと言われる曲集。お気に入りの曲たちからは、音楽を愛する少女のような一面が伝わってくる。




『バード:鍵盤楽器のための音楽集』
フリーデリケ・シュレク(cem)

ウィリアム・バードはトマス・タリスとともにエリザベス1世の手厚い庇護を受けていたが、イギリス国教会が優位になったイングランドにおいて、カトリック教徒だったため弾圧を受け、晩年は中央から退いた。フリーデリケ・シュレクによる演奏は、或りし日の宮廷の優雅な日常を伝えてくれるようだ。


『パーセル、ロック:管弦楽作品集』
ロレンツォ・ギルランダ指揮ヴォックス・オーケストラ

ヘンリー・パーセルはシェイクスピアよりおよそ1世紀後のイングランドに生まれたが、シェイクスピアの『夏の夜の夢』を自由に翻案してセミ・オペラ《妖精の女王》を生み出した。このアルバムにはパーセルの《妖精の女王》《アーサー王》《ダイオクリージャン》、マシュー・ロックの《テンペスト》といったオペラからの管弦楽組曲が収録されている。




『女王の音楽~17世紀イギリスの二重唱と三重唱』
エマ・カークビー、スサンネ・リュデーン(S)
ラーシュ・ウルリク・モルテンセン(cem)ほか

17世紀スウェーデンのクリスティーナ女王はスウェーデンの文化水準を高めた人物として歴史に名を刻んでいる。このアルバムはイングランドの在スウェーデン大使、ブルストロード・ホワイトロックに贈られた写本の中から、女王が関わった曲が収録されている。


『ピーター・ブレイナーの編曲によるチャイコフスキー:
管弦楽組曲』
ピーター・ブレイナー指揮ニュージーランド交響楽団


チャイコフスキーがロシアの国民的作家アレクサンドル・プーシキンの中編小説をもとに作曲したオペラ《スペードの女王》。この作品が書かれた時代はエカチェリーナ2世が治めていたロシア帝国の全盛期で、オペラのなかでも舞踏会に現れたエカチェリーナ2世を讃える合唱のシーンがある。

 




24bit衛星デジタル音楽放送MUSIC BIRD「ハイレゾ・クラシック」

■出演:原典子
■放送時間:(金)14:00~16:00  再放送=(日)8:00~10:00
毎月ひとつのテーマをもとに、おすすめの高音質アルバムをお届け。
クラシック界の新しいムーヴメントや、音楽以外のカルチャーとのつながりなど、いつもとはちょっと違った角度からクラシックの楽しみ方をご提案していきます。出演は音楽ライターの原典子。番組HPはこちら



“だけじゃない”クラシック◆バックナンバー

2022年07月 ◆ レーベルという美学
2022年06月 ◆ 今、聴きたい音楽家 2022
2022年05月 ◆ 女性作曲家
2022年04月 ◆ ダンス
2022年03月 ◆ 春の訪れを感じながら
2022年02月 ◆ 未知なる作曲家との出会い
2022年01月 ◆ 2022年を迎えるプレイリスト
2021年12月 ◆ 2021年の耳をひらいてくれたアルバム
2021年11月 ◆ ストラヴィンスキー没後50周年
2021年10月 ◆ もの思う秋に聴きたい音楽
2021年09月 ◆ ファイナル直前!ショパン・コンクール
2021年08月 ◆ ヴィオラの眼差し
2021年07月 ◆ ピアソラ生誕100周年
2021年06月 ◆ あなたの「推し」を見つけよう
2021年05月 ◆ フランスの響きに憧れて
2021年04月 ◆ プレイリスト時代の音楽



筆者プロフィール








原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。

2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。

 

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