世界的な評価が高まる作曲家、日向敏文が最新作『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』を発表

2022/07/30

Le Coupleの人気曲「ひだまりの詩」の作曲家として、また『東京ラブストーリー』や『愛という名のもとに』、『ひとつ屋根の下』といったドラマの劇伴やドキュメンタリー作品などの音楽でも知られる日向敏文さん。ポストクラシカル以降、そのインストゥルメンタルミュージックは国内外で再評価の気運が高まり、1986年に発表された楽曲「Reflections」は全世界で4,900万ストリーミング超のメガヒットに。そんな日向さんが13年ぶりに放つ新しいオリジナルアルバム『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』は、「Reflections」のピアノバージョンも含む全24曲からなる大作となりました。背景には、「Reflections」をきっかけに知り合った若いリスナーとの対話や、昨今の不安定な社会情勢などの影響があったと語る日向さん。早速、リモートでお話を伺いました。

取材・文:山本 昇


【New Release】
『Angels in Dystopia Nocturnes & Preludes』
日向 敏文




ダークな世相が反映されたアルバムコンセプト


――タイトルの“ディストピア”は、パンデミックや侵略戦争などここ数年で世界に起きた出来事を連想させます。アーティストとして反応せずにはいられない何かがあったということでしょうか。あるいは、もう少し長いタームで世界の人々が置かれる状況について、そのようなイメージをお持ちだったのでしょうか。


日向敏文(以下、日向): 僕が昔作った「Reflections」を、サブスクリプションなどを通じて世界中の人たちが聴いてくれているのが分かったのは今から2年半くらい前だったでしょうか。そうした折、2年くらい前からインスタグラムなどSNSを始めると、若いリスナーたちがメッセージを寄せてくれるようになったんです。そこには、今の若者がどんな悩みを持っているかも綴られていました。

――「Reflections」をきっかけに、日向さんのSNSにやってきた人たちですね。

日向:そうなんです。僕も、どうしてあんなに昔の曲が最近になって聴かれるようになったのか、不思議に思っていたんですが、メッセージにはこんなことが書かれていました。今の若い人たちは、不安な世界情勢の中で、自らの未来に対して強い不安を抱いていると。でもそんな中、僕の音楽が彼ら・彼女らの心の平和や安らぎに役立っているらしく、素直に感謝の言葉を贈ってくれる人たちもいました。そんなコミュニケーションができることに最初は驚いたのですが、いろいろと対話を重ねるうちに、そうした不安な気持ちを持っているのは、アメリカや欧州などの大国だけでなく、独裁政権が敷かれている国や貧困にあえぐ小国の若者にも多いことが分かり、心を突き動かされるものを感じました。

――そんなやりとりがあったのですね。


日向:はい。そのうちに、「今はどんな音楽を作っているのですか」とか、「次のアルバムはいつ出るんですか」といった質問も来るようになって。こうした声を受けて、「僕は今、どんな音楽を作れるのだろう」と思って始めたのがこの『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』なんです。

――曲作りはいつ頃からスタートしたのでしょうか。

日向:2021年の11月頃からです。マスタリングが今年の5月ですから、制作期間はだいたい半年くらいですね。

――そうすると、パンデミックはもちろん、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まった時期とも重なりますね。

日向:はい。かなり影響しています。

――“「夜想曲」と「前奏曲」”というのも、どこか示唆的です。

日向:そうですね。当初はピアノだけのアルバムにする予定だったので、そんなタイトルを思い付いたのですが、作っているうちにやりたいことが広がって。生のバイオリンやチェロを録音することにしたのも、最後の2ヵ月くらいのことでした。

――全24曲で、「Reflections」のピアノバージョン以外は全て書き下ろしですね。最初に手掛けたのはどの曲ですか。

日向:1曲目の「Fields of Flowers」で、これがアルバム全体のきっかけになっています。紛争やジェンダーなど様々な問題に直面する若者たちの気持ちを想いながら、2曲目以降を繋げていく感じで作っていきました。「前の曲がこれなら、次の曲はこうしよう」というふうに。そうして気が付いたら24曲になっていました。

――順番に聴いていくと、ダークなトーンや雰囲気を基調としながら、すっと光が差すような場面も用意されていて、そのあたりも大変印象的でした。






作曲のスタイルとDAWを中心とした曲作り


――日向さんは、イギリスやアメリカでの暮らしを体験され、またいろんな国を旅されていらっしゃいますが、そうした中で捉えられた風景的なイメージから曲想を得ることも多いのでしょうか。


日向:そうですね。自分がその土地ごとに経験した空気感がまずあって、そこに人々が加わったとき、情景から何が生まれてくるかを考えたりはします。

――3拍子の曲も多いですよね。

日向:どういうわけか自然にそうなりがちなところはありますね。3/4とか6/8とか、ビートの捉え方によっていろいろですが、メロディは3拍子のほうが書きやすいんです。これは僕の個人的な感覚かもしれませんが、なんとなく、4拍子よりも空間が狭まるというか、メロディを書くうえでのスペースが凝縮されるような感じになるんです。頭の中で考えたメロディを、譜面に起こしてみると「あれ、また3拍子だ」というのはよくあるんですよ。

――その感覚は、キーボーディストの方に特有のものでしょうか。


日向:うーん、どうでしょうね。ただ、作曲家って、キーボードで作ったことを白状しない人って多いんですよ。僕も昔、作曲を始めた頃にオーケストレーションを手掛けることがあったのですが、ピアノを弾きながら曲を書いていると、ピアノという枠の中に閉じ込められているような気分になったりもしました。ピアノという概念が、作曲を邪魔しているんじゃないかなと。でも、僕はいろんな人の自伝を読むのが好きなんですが、マーラーやストラヴィンスキーの本によると、彼らも結局は鍵盤で作っているんですよね。ラフマニノフもそうらしく、それを読んでちょっと安心しました(笑)。特に、スケールが大きくてかつ緻密なオーケストレーションを書くストラヴィンスキーもキーボードで作っていたと知れたことは心強かったです。

――曲作りの環境は、いわゆるDAWを中心としたシステムを構築されていることと思います。ちなみにDAWは何をお使いですか。

日向:僕はCUBASE(Steinberg)を使っていて、アイデアのスケッチから何から、全てはここから始まります。

――中でも大事なのがピアノの音源かと思いますが、これは何を?

日向:基本的にはハンス・ジマーが監修したピアノ音源「HANS ZIMMER PIANO」(Spitfire Audio)がいちばん気に入っていて、今回のアルバムでもよく使っています。場合によってほかのソフト音源も部分的に加えたりしています。ソフト音源はいまや、それぞれに個性を持った楽器と捉えることができると思っていて、状況に応じて活用するようになっていますね。実際に録音したものでなければピアノとは言えないのではと思う人もいるかもしれませんが、僕にとってはソフト音源も固有の音色を持った楽器に等しいものとなっています。

――曲によってはピアノのほかにもシンセのいい音がたくさん入っていて、例えばちょっと暗めのパッド系の音なども印象的でした。これらもアプリの音源ですか。

日向:そうです。そうしたシンセ系の音もDAWにどんどん並べていって、バランスを変えたりして作り込んでいきます。1曲目のパッドも1種類の音では満足しなかったので、低い音は別の音源から持ってきたり、CUBASEの編集機能を駆使して細かく調整したりして作っています。そのように、重ねていくことで理想とする音に近づいて行くという感じで。1曲目も、最終的には全部で50トラックくらいになっていたと思います。






バイオリニストの中西俊博とチェリストのグレイ理沙も参加


――本作では、中西俊博さんのバイオリンとグレイ理沙さんのチェロもフィーチャーされています。


日向:グレイ理沙さんはまだ20代のチェリストですが、このアルバムには若いミュージシャンにも参加してほしかったんです。中西俊博さんは僕と同世代で、過去に何度も一緒にやっているバイオリニストですが、この対比は自分でも面白いなと思っています。

 いわゆるZ世代の彼女のことを知ったのは偶然でした。僕からの連絡はインスタのダイレクトメッセージで、返事をもらえるかは心配だったのですが(笑)、ちゃんと返してくれて。去年、NHKのEテレでドキュメンタリー番組の音楽をやっていたとき、新しくなったオープニングVTRをMAで見せてもらったのですが、そこでチェロを弾くグレイ理沙さんに何かピンとくるものがあったんです。それで彼女のYouTubeチャンネルなどを観ると「あ、いいなあ」と思って、これはぜひお願いしようと。レコーディングでは、とてもフレッシュな感じの演奏を堂々と披露してくれました。「自分の音を出す」という気持ちをしっかり持った演奏者だと感じました。結果的に期待以上の演奏で、参加してもらえて本当に良かったと思っています。

 思い起こしてみると、1985年頃に中西俊博さんとご一緒したときも同じような感じでした。僕がアメリカから帰ってきてしばらくしたあるとき、浅田飴のCM音楽でオーケストラを録ったんです。音響ハウスでの録音が終わると、僕のスコアを気に入ってくれたらしい人がやってきて「良かったよ!」と声をかけてくれたのが中西さんでした。アメリカと違って、日本のオーケストラの人ってけっこう冷たいんですよね。このときも、録音中は北風ピューピュー(笑)。なんか洗礼を受けている感じで。でも、中西さんは「こんなにいいスコアを書く人が日本にもいるんだね」とまで言ってくれて、本当に救われた気持ちになり、次もやれるというエネルギーになりました。

――そんな印象的な出会いがあったのですね。

日向:はい。その後、僕のファーストアルバム『サラの犯罪』(LP:1985年、CD:1986年)で初めて参加してもらいました。彼のバイオリンは低音域でのビブラート感や重厚感に特徴があり、僕はそこがすごく好き。折に触れてお願いしています。

――今回は、「Little Rascal on a Time Machine」で演奏されていますね。

日向:頭の30秒くらいのパートは、実は30数年前に弾いてもらったバイオリンをサンプリングしたもので、それ以降は今の彼が弾いているという構成にしたのですが、彼も面白がってノってくれて、素晴らしい演奏を聴かせてくれています。

――中西さんのバイオリンと言えば、1986年版「Reflections」での演奏も印象的ですね。アーティストとしてはどんなマインドを持った方ですか。

日向:与えられたその曲に対して、どう演奏すればよりいいものになるかを開拓してくれる人、それを試してくれる人なんです。なかなかそういう人っていないんですよ。譜面を渡されて、そのまま弾く人は多いのですが、中西さんは「この辺はもっとこうしたほうがいいかな?」とか、「ここはこうしたほうが良さそうだから、もう1回録らせて」とか、曲に対して参加してくれる要素がすごくある人なんです。今回も、OKと思えるテイクが録れたあとに、「もう1テイク録ってもいいかな」と。それで「好きな方を選んでくれる?」という言い方をしてくれる。曲がさらに良くなる可能性を示してくれる演奏家です。

――今回のバイオリンとチェロは、生音として存在感を示しながらも、トラック全体に違和感なく溶け込んでいるように聞こえました。

日向:いい演奏家というのは、そのあたりもばっちり合わせてくれるものなんです。バックグラウンドに、自分の音がどう加わるか。聴く耳も優れているんです。理沙さんもすごく上手くやってくれましたね。別録りではありますが、一緒にやっているような感じで参加してくれているんじゃないかと思います。あるいは、そういう気持ちに自分を持っていけるというか。バックをよく聴いて自分の音を上手くブレンドさせるという感じで。中西さんはそれがものすごく上手いんですけれど、理沙さんもやってくれました。


デジタル領域での高音質化を目指して


――ミックスもご自身で行っているのですか。


日向:はい。過去の作品も、エンジニアの方と一緒に作ったりして、自分なりにミックスなどのノウハウも磨いてきた感じはありますね。

――高音質化などオーディオ的な部分で、工夫されたところなどあればぜひご紹介ください。

日向:生の楽器が発するハーモニクス(倍音)は、もちろん音楽を豊かにする要素でもありますが、帯域によっては歪みの原因になったりもします。アナログの時代はテープコンプレッションの効果などによってそこをやわらげてくれていましたが、デジタルだとそのまま入ってしまう。また、楽器をサンプリングした機器やソフトは特性も様々で、どんな雑音が発生するかは予測できない場合もあります。録音後、DAWで再生してみると、思いがけずノイズが多かったりして驚くことがあって、それはちょっと脅威に感じます。音楽として良ければいいのですが、不要なものは処理を施さなければなりませんからね。録音技術が進化することで、いい面ももちろん多いのですが、注意しなければならないことが増えているのも事実なので、そこは気を付けるようにしています。

――音楽家にとってハイレゾで聴くことのメリットとは何でしょうか。

日向:もちろん、僕らがマスタリングに立ち会っているときの音をそのまま聴いてもらえるというのはすごくいいことですよね。しかも、いい再生装置で聴いてくださるのは素晴らしいことだと思います。

――では最後に、e-onkyo musicリスナーへのメッセージをお願いします。

日向:音楽家はいつの時代も、できる限りいい音で録音したいと考えています。この『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』にも、音の幅とか低音の表現など僕なりに努力して録った音をハイレゾはそのとおりに再現してくれていますので、ぜひそのあたりもお楽しみください。そんないい音をリスナーと共有できるハイレゾという形態はやはり素晴らしいですね。




PROFILE

日向敏文(ひなたとしふみ)
1985年アルバム『サラの犯罪』でアルファ・レコードからデビュー。クラシックをベースとした、インストゥルメンタル・ミュージックを代表する作曲家。特にテレビドラマ『東京ラブストーリー』、『愛という名のもとに』、『ひとつ屋根の下』のサントラを手掛けたことで広く知られ、Le Coupleに提供した「ひだまりの詩」(1997年)は大ヒットを記録した。1986年に発表したアルバム『ひとつぶの海』に収録された「Reflections」が、全世界ストリーミング再生4,900万を上回るなど、国外でも評価が高いアーティスト。現在もドキュメンタリー番組の音楽を多数担当するなど幅広く活動している。



 | 

 |   |