UNAMASの新作はジャズドラマー沢口耕太による2ndリーダー作『Under The Spell Of The Blues』

2022/07/29

大手レコード会社にはないユニークな発想とアプローチで、世界の音楽ファンを楽しませているUNAMASレーベルからまた、注目のニューアルバムがリリースされました。ジャズドラマー沢口耕太が放つ2枚目のリーダー作『Under The Spell Of The Blues』は、タイトルのとおり、名うてのジャズミュージシャンが“ブルース”への接近を大胆に試みた意欲作。川久保典彦(key)、田中洋平(CB)とのピアノトリオで沢口耕太が提示する、ジャズの根本にあるブルース感覚とは?

文・取材/写真:山本 昇


★UNAMASレーベルからの新作は
沢口耕太による2ndリーダー作

Under The Spell of the Blues
Kota Sawaguchi Trio



ジャズの枠にとらわれないセッション仲間とのレコーディング


 後に『Under The Spell Of The Blues』(ブルースに魅せられて)という示唆的なタイトルを冠することになる本作の録音現場を訪れると、ピアニストの川久保典彦はエレクトリックピアノ(FENDER RHODES)を弾いている。しかも、多くの曲でディストーションを大いに効かせているし、コントラバスを操る田中洋平の足下にはワウペダルがある。なにやら一筋縄ではいかない雰囲気が漂うレコーディングが行われたのは2022年4月6日、レーベルマスターでエンジニアを務めるミック沢口が惚れ込む東京・渋谷のSTUDIO TANTAだ。その後、ミックスも完成したとの報を受け、沢口耕太とミック沢口にリモートでインタビューを行うことができた。両氏とともに本作の聴きどころなどを掘り下げてみたい(敬称略)。


 まずは、今回のトリオをこの布陣とした理由から聞いてみよう。年齢は沢口耕太と田中洋平が40代前半、川久保典彦が40代半ば。いずれもミュージシャンとして脂に乗った素敵なお年頃である。

「ベースの田中洋平とは、20代の頃からのいわゆるセッション仲間で、一緒に切磋琢磨し合ってきた間柄です。そんな彼が自ら組んでいたトリオのピアニストが川久保さんだったんです。川久保さんとはその頃、私もセッションをご一緒することがあり、どんなピアニストなのかはけっこう昔から知っていました。川久保さんを最初に見聞きしたときの印象は、“行きたいところに迷わず行く人”という感じで(笑)。力強さを持ったピアニストですね。洋平はボトムのベーシックな部分をしっかり支えようとしてくれるベーシストで、音が太くてデカいのが特徴です」(耕太)


本作のリーダーでドラマーの沢口耕太さん


ピアニストの川久保典彦さんが演奏するのはFENDER RHODES SUITCASE 73


ブース内でコントラバスを演奏するベーシストの田中洋平さん



 コンタクトした決め手はさらに、二人の音楽に対するこんな姿勢も大きかったらしい。

「川久保さんも洋平も、ジャズという枠にこだわっていません。“ジャズミュージシャンだから「ジャズ」をやらないといけない”とは考えていない人たちです。そうした観点から、今回はこの二人が合うはずだと考えました」(耕太)

 沢口耕太のプロフィールも簡単に触れておこう。「中学生の時に、ふとドラムを叩いてみたいと思った」のをきっかけに、高校時代はブラスバンド部でドラム/パーカッションを担当。部活の先輩や、父・ミック沢口の影響もあってジャズに傾倒するようになり、上智大学でジャズ研の門を叩いたのは本人としても自然な流れだったという。その後、「ジャズドラムをちゃんと理解するには誰かに教わるしかない」と考え、原大力のレッスンを受けるようになる。大学卒業後は原のローディをやりつつ、東京のライブハウスを中心に演奏活動を深めていく。

「ポップスやロックにも興味はあったのですが、気が付いたらジャズにどっぷり浸かったままここまで来てしまいました。うちの家族はみんな音楽好き。そう言えば、父も昔はドラムをやっていたはずですよ」(耕太)

 おや、それは初耳だ。本作の話からは逸れるが、ぜひご本人にお話しいただこう。

「学生時代に、渋谷ヤマハのスクールでジョージ大塚さんにジャズドラムを習っていたことがあるんです。当時、新宿のピットインやタローなどのライブハウスに入り浸っていたのですが、中でもジョージ大塚トリオは素晴らしいなと思っていました。あるとき、ジョージ大塚さんにお話を伺っていると、“興味があるなら僕のスクールの生徒になりなさい”と勧誘されて(笑)、しばらく通っていたんですよ。僕の学生時代は60年代の終わりから70年代の初頭ですが、あの頃の新宿は新しい文化が雑多に芽吹いて面白かったですね」(ミック)


コンソールルームのAPI Legacy AXS 48chを操るミック沢口さん



ジャズの根本にあるブルースの感覚を掘り下げる


 さて、ブルースを中心としたカバーが並ぶ本作のコンセプトはどのように決めていったのか。自ら選曲を担当した沢口耕太は次のように説明する。


「今回の録音はわりと急に決まったこともあったので、複雑なことをやるよりは、分かりやすいコンセプトにしたかったのですが、そこで頭に浮かんだのがブルースだったんです。普段はジャズをやっている僕らが古いブルース系の曲をやったらどうなるんだろうと。いわゆるブルースの人たちはもちろん上手いのですが、当然ブルースにしかならない。じゃあ、ブルースが大好きなジャズ屋がやったら何ができるのか---僕としても興味がありました。そして、選曲に関しては、いわゆる本当のブルースからもう少し範囲を広げて、ブルースロックやリズム&ブルースもラインアップしたら面白そうだなと。いわゆる「ジャズ」の世界にも、ブルースやR&Bのシーンにも、どちらに向けてもアンチテーゼとなるようなものを作ってみたかったんです。
 ジャズにとってブルースの感覚はとても重要で、それがあるかないかで全然違ったものになると思っています。でも、普段はそこを掘り下げる機会はあまりないし、ブルース好きを公言するジャズミュージシャンに出会うことも意外と少ないんです。以前、大学の後輩にブルースが好きでギターを弾いていて、その流れでジャズ研に入ってきたというのがいました。今回取り上げた曲には、そんな彼に教えてもらったものも含まれています」

 ジャズの源流にはブルースがあったし、R&Bやゴスペルも隣接する音楽として互いに影響し合っていたわけだが、我々はいつしか、ジャズの人がやっている音楽がジャズ、ブルースの人がやるからブルースと思いがちだ。様式と化した音楽に反定立をぶつけて本質を問う。そんなシンプルで明解な試みは、ブルースフィールを持つ3人だからこそなしえるのであり、音を聴けばその成果が自然と見えてくるだろう。

「ブルーノートの4000番台とか4200番台で出てくる人たちって、はっきり言ってブルースですよね。根本にブルースがあると感じられる人が多い。その事実を、いまの時代のジャズファンにも思い出してほしいという気持ちはあります。華美で派手だったり、あるいは都会的ですっきりしていたりするのもいいのですが、どろどろとした沼地をもがいたりあがいたりしながら、一歩ずつ進んでいくようなフィーリングが昔のジャズには確かにあったよねと。ただ、日本人がそこだけにフォーカスしてしまうと演歌になってしまうので、それを避けるために選んだ曲も今回は入っています。選曲は、アルバムとしての全体像をイメージしながら考えていきました」(耕太)

 こうした自由度の高いコンセプトに、プロデューサー/エンジニアのミック沢口はどんな印象を持ったのかを聞いてみると、こんな回答が。

「UNAMASレーベルの基本ポリシーはアーティスト優先主義。売れることだけにこだわらず、アーティストが本当にやりたいことを音として収めることが大事だと考えています。その意味で、今回もレーベルカラーに沿ったアルバムができました」


ステレオと5.1chを想定して行われたレコーディング


 では、サウンドについてはどんなものを目指したのだろう。そのあたりのビジョンについて、ミック沢口はこう説明する。

「今回はピアノトリオと言っても、ピアノがアコースティックではないので、いわゆるイマーシブな多チャンネルミックスは難しいのですが、最大5.1chまでのミックスができるようなマイキングを考えました。そこで、ドラムをスタジオのオープンフロアに設置して、その場の空気感をたくさん録っています。ブースに入れて、“ビシバシ”とタイトなサウンドを狙うのではなく、かつてブルーノートでルディ・ヴァン・ゲルダーがやったように、オープンなスペースにドラムを置くとシンバルでも何でもすごく伸びやかな音になるんですね。ラインで録ったエレピは、ミックスでフロントにも置けるしリアにも置けるので、水平方向のサラウンドまでなら大丈夫だろうというのが僕のほうでのアプローチです」



STUDIO TANTA(STUDO A)のメインエリアに設置されたドラムセット。
床にはルームチューニング材のAGSが置かれている。
「AGSは、低音が反射して濁るのを防ぐためにも有効です」とミックさん






ドラムのトップにはMICROTECH GEFELL M300(写真上)、アンビエンスにMICROTECH GEFELL M221、スネア用にAKG C452を使用。「今回はドラムのチューニングを通常のジャズの設定よりも下げていて、
ビッグトーンがより際立つようにしています」(耕太さん)



 本作のサウンドを強く印象付けているのが川久保によるエレピだ。先述のとおり、その音はいわゆるメロウ一辺倒ではなく、曲によってかなりの歪みが効いている。そして、コントラバスの田中は2曲ほどでワウペダルを踏んでいて、まるでシンセベースのような効果も生んでいる。

「スタジオに入る前のリハで、エレピの音についてはいろいろ試したものの、今一つしっくりこなかったんです。そこでRATのディストーションをかましてみたらどうかとやってみたら“あ、これだね!”という話になって。そんなふうに3人でいろいろやっているうちに、ウッドベースでワウペダルを踏んだ楽曲の話になったりして、せっかくだからそれもやってみようと」(耕太)


FENDER RHODESに歪みを加えるディストーションはPROCO RAT2。
「ディストーションをかけることで“狂気”の部分を引き出したい。優しいイメージのあるRHODESの表の顔と裏の顔、またはその中間を出せればと思っています」(川久保さん)


エレピのラインアウトは通常のLRと別系統(ディストーション経由)の3チャンネルとなっている


ワウペダルはもちろんCRY BABY(Jim Dunlop GCB-95)。
「ワウは初めての試みで、ライブでも使ったことはありません。さて、どうなることやら(笑)」(田中さん)



 ちなみに、田中がワウを使用する際はピックアップからのライン出力をペダルに送り、そのアウトをDIで受けている。

「このダイレクトボックスはスタジオの備品で、ADL 300Gという真空管を使ったモデルです。TANTAはこのようにこだわりの機材がたくさんあるスタジオで、それが使えるのも楽しみの一つなんですよ」(ミック)


コントラバスのライン出力用に使用したダイレクトボックスは真空管を内蔵したADL 300G



ドラムやベースで試された独自のマイキング・アプローチ


 UNAMAS作品のサウンドを特徴付けている大きな要素の一つがミック沢口のマイキングだ。作品ごとに試される、定石にとらわれないアプローチこそ、我々リスナーの楽しみなのだが、さて今回はどんなチャレンジがあったのだろうか。

「先ほども少しお話ししたように、今回はドラムをオープンフロアに置いて空気をいっぱい録ることにこだわりました。そして、もう一つのチャレンジはキックの音なんです。ジャズのバスドラムをどう表現するか。60年代頃の録音は、いまほどEQなどで作り込んだりしていないはずなんだけど、すごくいい音してますよね。太鼓の皮が空気を振るわせているのが目に見えるかのような音と言いますか。現代のジャズ作品では、そんな感じの音が少ないんですね。では、どうすれば狙った音が録れるかと考え、今回はリボンマイクをたくさん使ってみることにしました。写真をご覧いただければお分かりのように、バスドラの前にマイクが3本立っています。ROYER(ロイヤー)のR121を2本、もう1本はイギリスのブランドSONTRONICS(ソントロニクス)のAPOLLO 2というステレオマイクです。これでバスドラの空気感を出そうというチャレンジです」(ミック)


バスドラの前の3本はすべてリボンマイク。ROYER R121(2本)とステレオマイクのSONTRONICS APOLLO 2。
「SONTRONICSはイギリスのベンチャー企業で、APOLLO 2はそんなにびっくりするほど高いマイクではないのですが、僕はこの音をとても気に入っています」(ミックさん)



 このアプローチには、耕太自身も「確かに、SONTRONICSのステレオリボンマイクはすごくいい音でした」と評価する。さらに、ミック沢口はコントラバスのマイキングでも、5.1chミックスのために3チャンネルでの録音にトライしている。

「コントラバスというと……例えば僕の好きなアル・シュミットもそうですが、弦に1本、fホールに1本というのが普通で、ステレオミックスであればそれで十分です。では、5.1chならどうするか。同じくTANTAで録音した原朋直さんの『Circle Round』でもコントラバスをマイク3本で録っていい感触があったんです。今回も、弦に向けては2本のマイクをステレオで、fホールにも1本というマイキングです。5.1chミックスではそれをフロントのL-C-Rで振り分けています。これにより、アーティストの表現がよりリアルに見えてくると感じます」


コントラバスを狙う3本のマイク。弦に向けた2本のMICROTECH GEFELL M300、
fホールにはMOJAVE AUDIO MA301fetをチョイス



 5.1chでは、ステレオとは次元の違う世界が広がっているというわけだ。さて、ここからは各収録曲について、その聴きどころなどを含め沢口耕太本人による解説をお届けする。ぜひとも、試聴を楽しむための参考にしてほしい。



沢口耕太による楽曲解説と聴きどころ


① アイ・プット・ア・スペルオン・ユー( I Put a Spell on You)

 1956年に発表されたスクリーミング・ジェイ・ホーキンスのボーカルで知られるこの曲を、僕が最初に聴いたのはバディ・ガイの『ブリング・エム・イン』というアルバムでした。ドラマーでもあるスティーヴ・ジョーダンがプロデュースしたこのアルバムは、ブルース曲のヒットパレード的な作品です。「アイ・プット・ア・スペルオン・ユー」はいろんな人にカバーされていて、好きだったCCRのベスト盤を買ったらそこにも収録されていました。だから、僕の中ではCCRバージョンのイメージが強くて、当初はもっとロックっぽくやろうと思っていたのですが、メンバーがジャズ屋ですので結局はこのような感じに。結果的に、スクリーミング・ジェイ・ホーキンス的な世界観に近づいたかと思います(笑)。狂気じみた部分とパワー感が共存する様子を感じていただけると嬉しいですね。この1曲で、「”いわゆるジャズ”じゃないぞ」という部分を強く印象付けたかったので、内容は盛りだくさん。思い付いたことは何でも放り込んでいます。ローズのエレピもディストーションが深めだし、ベースにワウもかけて、僕の手数も多めとなっています(笑)。


② 雨のジョージア(Rainy Night in Georgia)

 これは実は父のリクエストで追加したものです。1曲目の攻めた感じから、うって変わってローズの音色も含めてきれいな感じの演奏で、あえてこれを2曲目とすることでそのギャップを楽しんでいただけるかと思います。エレピを弾く川久保さんは、ジョン・コルトレーンやキース・ジャレットが好きな人。キースは「カントリー」という有名曲があるように、カントリーフォークのようなアプローチをすることがあります。1テイク目を録ったあとだったか、川久保さんが「キースのイメージが降りてきた」とか言って(笑)。そこで、キースのトリオでジャック・ディジョネットがやりそうなドラムソロを終わりに入れてみました。あくまで“イメージ”ですよ(笑)。ちなみに、作曲はトニー・ジョー・ホワイトという白人のシンガー・ソングライターですが、ブルース界の人たちに愛されてきたという珍しい曲ですね。


③ ブーン・ブーン(Boom Boom)

 今回の選曲は最終的に、ブルースが商業的に成功した時代の曲が多くなっています。「アイ・プット・ア・スペルオン・ユー」も、できたのは古いのですが、後にニーナ・シモンやCCRが歌うことでヒットして広く知られるようになりました。そうした中で、この「ブーン・ブーン」はジョン・リー・フッカーによる本当の“どブルース”。僕らの“ブルース愛”をここで一気に示しています(笑)。ただ、元々はギター弾き語りのこの曲を、ピアノトリオでやるには工夫が必要でした。古いブルースは、リフとメロディのコール&レスポンスが曲の構造に有機的に組み込まれていることが多いのですが、その両方をエレピでやると、コール&レスポンスっぽくならないのです。そこで今回はテーマの部分はベースに委ねることにしました。

④ 土曜日のタマネギ

 この曲と6曲目はいわば“味変”です。僕の個人的な嗜好として、全体を一色で統一するより、何かアクセントを入れたいというのがあるんです。この曲は斉藤由貴が1986年にリリースしたシングル曲で、作詞は谷山浩子です。谷山浩子は自分自身もシンガーソングラーターですが、この頃の斉藤由貴に曲や詞を多く提供していたんですね。谷山は演歌的な感傷を、ヨーロッパの童話を思わせる幻想的で不気味な要素で包んだような独特な世界観を持っていて、僕も若い頃はよく聴いていました。
 候補はほかにもあったのですが、これがいちばん自分たちの流儀でやりやすそうだなと。そのままやっただけでは、編成が小さくなる分ショボくなるだけですからね(笑)。谷山の曲だと思って候補に挙げたら、作曲は亀井登志夫で、彼女ではなかったというのがオチなのですが(笑)、僕の中では今回取り上げた曲は歌詞でイメージしている部分が大きいんです。コード進行はそのままですが、ちょっとゆったりめの3拍子の演奏にうまく乗るよう、僕のほうでメロディの譜割りを少し変えてみました。僕にとって斉藤由貴はリアルタイムではありませんが、谷山を通じて、あとからいろいろと聴きました。ほかにも「MAY」「SORAMIMI」「Doll House」などは谷山の作詞で、アルバム『age(アージュ)』は1曲を除いてすべて谷山の作詞ですね。

⑤ アイヴ・ガット・ドリームス・トゥ・リメンバー(I've Got Dreams to Remember)

 かつて大学の後輩が教えてくれたオーティス・レディングのナンバーで、男の悲哀を表現した、本当にいい曲ですね。オリジナルも素晴らしいのですが、実はこの曲も先ほどのバディ・ガイの『ブリング・エム・イン』に収録されていて、こちらのバージョンにも心を打たれました。シャウトやスクリームの感じが、バディ・ガイはすごく突き抜けている。ブルースシンガーって、素のままで歌っているようで、意外とカッコつけたり、斜に構えたりしている人も多いのですが、バディ・ガイはそんなところが全然なくて、心から叫びたいがままに歌っている感じが好きなんです。なので、前半はオーティスのブルーな感じで、後半に向かうにつれて振り切れていく感じにできたらなと思ってやった曲です。

⑥ マドモアゼル・シャントゥ・ブルース(Mademoiselle Chante Le Blues)

 これはシャンソンの曲です。シャンソン歌手である母が店長を務めたライブハウス「ウナマス」にはその方面の方々もよく出演していたのですが、この曲はある歌手の持ち歌の一つだったんです。日本でシャンソンというと、越路吹雪や美輪明宏を思い浮かべる方も多いと思いますが、実はもっと地に足の付いた活動をしている人たちの足跡も脈々と続いているのですね。この曲は1987年に、フレンチポップのパトリシア・カースが歌ってヒットさせたもの。ブルースのくくりでもできそうなシャンソンをやりたいなと思って、この曲を選んでみました。ただ、アドリブに入るとコード進行などは全く無視。何の脈絡もなくマイナースケール一発、思い切りジョン・コルトレーン・マナーで走っています。「土曜日のタマネギ」とこの曲は、僕”ならでは”の選曲だと自負しています(笑)。


⑦ ウーマン・アクロス・ザ・リバー(Woman Across The River)

 オリジナルはフレディ・キングが1973年にリリースしました。僕は以前、函館に住んでいたことがあるんですが、定期的なセッションってブルースセッションしかなかったんです。そこには地元のブルースおじさんたちが集まっていたんですが、そのとき可愛がってくれた人に教えてもらった曲の一つがこの「ウーマン・アクロス・ザ・リバー」。4/4と12/8拍子を行ったり来たりするような構成も印象的で、ただのブルースではない何かが欲しいと思ったときに、まず思い付いたのがこの曲で、こういうバックビートをちゃんと入れるような曲も入れたいなと思ったんです。当時のセッションもそうだったのですが、イメージとしてはオールマン・ブラザーズ・バンドがアルバム『ヒッティン・ザ・ノート』(2003年)でカバーしたバージョンに近いです。この曲も、ベースの田中洋平はワウペダルを使っていますね。


⑧ セイム・オールド・ブルース(Same Old Blues)

 「ウーマン・アクロス・ザ・リバー」に続いて、こちらもフレディ・キングで知られる有名曲。ブルースのセッションでは、腕におぼえのある人がコールするナンバーでもあります。テンポの遅い曲って、やっぱり演奏するのは難しいですからね。僕もセッションではよく叩きましたが、ハシらないで演奏すると、おじさんたちが喜んでくれる(笑)。コード進行も普通のブルースとは少し違って面白い曲です。この曲のテーマはズバリ、「スローブルースをジャズ屋がやるとどうなるのか」。本当はもっとテンポを落とした4ビートでいこうとも思ったのですが、いろいろやってみた結果、こうようになりました。僕のドラムもうまく力が抜けて、リラックスして演奏できました。ドラムの録り音もいいですね。

■多様な音楽性を示した二つのピアノトリオ作品

 沢口耕太というアーティストの今後に向けて、ミック沢口は次のような言葉でエールを贈る。

「4年前にリリースした沢口耕太の初リーダー作『Cats on the Fence』は、ライブハウス“ウナマス”でライブっぽく録ったものでしたので、次はスタジオの整った環境で録ってみたいと思っていました。この2作目が完成したいま、自ら立てたコンセプトを基に、うまくノリが作れて、いいメンバーを培っていけるのであれば、こういう方向性のアルバムを続けていければいいかなと思っています」

 せっかくなので、前作『Cats on the Fence』についてもコメントしていただこう。

「『Cats on the Fence』は、メンバー同士の友情に支えられて出来上がったアルバムでした。アメリカ在住のピアニストである平川恵悟さんは、ライブハウス“ウナマス”の近くに実家があって、たまたま帰国したときに来店してジャムセッションに参加してくれたんです。1曲弾き始めたときにもう、「ちゃんとした人だ」と。その瞬間に、彼が渡米する前にピアノトリオで1枚録ろうと決めました。ベースは、そのセッションにも参加してくれていた大学の後輩、越野振人です。いま聴いてもいい感じのアルバムに仕上がっていると思いますので、こちらもぜひお楽しみください」(耕太)

 『Under The Spell Of The Blues』のレコーディングでは1日で8曲を録り切った彼ら。テイクもそれほど多かったわけではなく、「アイ・プット・ア・スペルオン・ユー」が4テイク、「ウーマン・アクロス・ザ・リバー」が3テイク、それ以外は2テイクのみだった。

「ライブでは意識せずにできることが、スタジオでヘッドフォンをしての演奏だと妙に力が入ってしまう部分もあったのですが、最終的にはなんとかうまく形にできたと思っています。そこには、このメンバーのいいところもちゃんと入っている。選曲も含めて全体的に面白いものになったと自負しています。そして、今回はブルースをテーマとしたことで、オリジナルではギターがソロを取る曲も多かったのですが、この編成に合わせるためにいろいろと考え工夫することで、その曲が持つ魅力を別の角度から出せた面もあったかと思います」

 本作での手応えをこう振り返る沢口耕太(歌舞伎役者の中村七之助に似ているとの噂あり)。コメントを発するその口ぶりは非常に理知的で、冷静にプロダクトを眺めている印象だが、これまで数々のセッションを繰り広げてきたジャズドラマーとして、スティックを握れば鋭さと同時に熱さも感じさせる。多様な音楽を吸収しながら彼らが吐き出したこの音が、一人でも多くの音楽ファンに届いてほしいと思う。
 では最後に、世界のUNAMASファン、そしてe-onkyo musicリスナーへのメッセージをお願いしよう。

「はたしてジャズなのかブルースなのか、分からないようなアルバムになりましたが、そんな“よく分からなさ”をお楽しみいただきたいと思います。一口にジャズミュージシャンと言っても、ジャズだけしか聴いていないわけではありません。このアルバムでは、メンバーそれぞれの指向性や幅の広さみたいなものもうまく出せたと思いますので、そのあたりも受け取ってもらえたら嬉しいです」(耕太)

「アーティストは誰しも、その時々に何を考え、どんなことをやったのかと、区切りを持って形に残してくという作業が必要だと思うんです。ライブだけで十分だと考える人もけっこういますが、その人が亡くなってしまうと何も残らないわけですから、やはり形にしておくのは大事です。沢口耕太もこれで2枚目になり、一区切りという感じでしょうか。ただ、ここで思い出すのはマイルス・デイヴィスの言葉です。彼はいつも、評論家から“あなたのベストアルバムは?”と聞かれると“次のアルバムだよ”と答えていたんですね。レーベルを主宰する者として、僕はこの言葉を肝に銘じています。新しいチャレンジを死ぬまで続けるのが人間なのかなと思っています。
 コロナの影響で中断していたクラシックのホール録音ですが、2年ぶりの新作としてドヴォルザークの弦楽五重奏『Dvorak Strings Quintet No 2 in G major Op 77』を6月にリリースしました。今回は八ヶ岳やまびこホールでの録音です。機材はほとんど同じなのに、これまでの大賀ホールとは響きが全然違って驚きました。やはりホールも楽器なんだなということがよく分かると思いますので、こちらもどうぞお楽しみください」(ミック)


コンソールルームで記念撮影。左はアシスタントエンジニアの鈴木健太さん(STUDIO TANTA)




Available on DSD & MQA





Kota Sawaguchi 1st Album『Cats on the Fence』絶賛配信中



Cats on the Fence
Kota Sawaguchi Trio




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