「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載④

2022/07/07

e-onkyo musicにて、おすすめのMQA音源を紹介するコーナー、「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」!オーディオ評論家の麻倉怜士氏が厳選したタイトルに加え、何とMQAの開発者、ボブ・スチュワート氏の推薦作品もあわせてご紹介。ついに最終回!第4回目の更新です。


メッセージ from 麻倉怜士


 MQAはe-onkyo musicでの導入が始まって  約6年になるが、現在、約71,000ものタイトルが、ユニバーサル・ミュージック、ワーナー・ミュージックを中心に展開されている。これほどたくさんあると、何を聴いて良いが迷ってしまうが、MQAをそのスタート時点から聴き続けている私が、琴線に触れたタイトルを毎回10作品ほど、ご紹介しよう。加えて、MQAの開発者のボブ・スチュワート氏からの推薦タイトルも聴こう。毎週更新の4回短期集中連載だ。

 MQAとは何か。この3文字は「Master Quality Authentication」の略だ。「スタジオの録音エンジニアが制作したマスターと同じ音質を持つハイレゾ音源であることを、当のエンジニアが認めた」という意味だ。開発者の世界的オーディオ技術者、ボブ・スチュウァート氏はこう言う。

 「ハイレゾの進展では、これまではリニアPCMでもDSDでも、サンプリング周波数と量子化ビット数が高い方が音が良いとされていました。しかし、それを進めていくと、この先、限りなくサンプリング周波数とビット数を増加させなければならなくなり、ファイル容量がパンクしてしまいます。そこでまったく新しい切り口として"時間軸解像度を上げる"というやり方を見出して、新しいハイレゾ方式として開発したのがMQAなのです」。

 MQAのポイントは2つ。リニアPCMでは、プリエコーやリンギングなどの時間軸ノイズ(揺らぎ、にじみ)は避けられないが、MQAでは、「デブラーフィルター」により、時間軸揺らぎを最小化できる。その結果、人が持つ10マイクロ秒の時間軸解像度での再生が可能になる。これはCDの4ミリ秒とは400倍も細かい値だ。人は音楽演奏も含めて、自然界の音を10マイクロ秒の単位で認識している。CDみたいに単位が長ければ、その間隔の間にある音は、再生できない。MQAなら、時間的に細かな刻みの音を再生音として人に認識させることができる。それこそが、MQAの音の生々しさ、生命力、音場感の濃さの秘密だ。2つめが、小さな容量で伝送できること。これは折り紙処理という。ハイレゾの大容量を、CDと同じ程度のサイズまで折りたたみ、メディアで伝送、再生時に展開して元のサンプリング周波数、ビット数に戻す。

 MQAの音の特徴を私はこう聴く。

①響きの量と質がひじょうに上質。
MQAでは響きの空間に包み込まれるよう。オーケストラコンサートにて、ステージにだけ音が留まっているのがリニアPCM、客席まで響きが到達して、輝かしい、そして生々しい音楽の息吹を味わえるのがMQA---という違いだ。空間に飛び散る音の粒子の数が明らかに増え、みずみずしい響きが部屋にいっぱいに広がる。弦がしなやかに弾け、ピアノの高音の一粒一粒がホールの空間に消えゆく様が再現される。

②低音の表現力。
ベース部分の音像がしっかりと描かれ、低音域ではなかなかスピーカーからの正確な再現が難しい音階の一音一音が、明確に聴ける。低音は音楽の基礎なので、低音再現がしっかりするということは、音楽が安定的に、剛性感高く聴けるというだ。

③楽器から音が発せられるメカニズムが感じられる。
ヴァイオリンは弓が弦を擦る、ピアノはフェルトハンマーが弦を叩いて音を出す。そんな微細なメカニズムの動きが、そのまま音に反映される様子のイメージが、MQAでは濃い。ヴァイオリンで弓と弦の振動が本体に伝わり、音となって発する一連の動きの流れが、超高速撮影のように明瞭だ。基音と共に倍音が豊かに発せられる様子も伝わってくる。

 では、e-onkyo musicで聴けるMQAタイトルから、新旧のジャンルレスの傑作をお届けしよう。さらに毎回ひとつ、ボブ・スチュウァート氏の推薦タイトルを、私のインプレッション付きでご紹介しよう。




麻倉怜士が厳選 ベストMQAタイトル④


 



『Beethoven: Symphonies & Overtures』
André Cluytens, Berliner Philharmoniker, Ludwig van Beethoven


 アナログ時代から大好きだったアンドレ・クリュイタンス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のベートーヴェン全集。数年前に再発されたSACDのディスクは、私の愛聴盤だ。ベルギーの指揮者によるベートーヴェンは軽やかで闊達、生命力に満つる。最もしっくりくる形容詞が「みずみずしい」。ベルリン・フィルらしい音の安定感、重層感に加えて、フレーズのあちこちで、おしゃれな輝きが聴ける。
 第1交響曲第1楽章。MQAでは、冒頭のフルートの合奏が明瞭な音像と、グリューネヴァルト教会に広く拡がるソノリティを有して、麗しく聴ける。続く第1主題は美しい響きのなかに、手前に低い位置で拡がる弦と、その奥に中庸の高さで位置する木管との対比、融合が、まさに空間のドラマとして、生々しく聴けるのである。録音年代は古いが、MQAは音色的な魅力、音場的な魅力にて、新鮮でリアルなサウンドにリ・プロデュースしているようだ。
 第九第1楽章の冒頭の、空虚5度のシーンも、奥深くから奏でられるホルンのサステインを背景にした、弦の存在感が生々しい。弦パートが手前にせり出し、立体的なパート構造が分かる。音場的な臨場感だけでなく、弦の音自体も、もちろんマイクで電気的に録っているのだが、言葉はへんだが、"アコースティックな録音"で聴いているような自然さだ。
 現代の第九演奏に比べ、かなりテンポは遅いが、音場空間での音の飛翔、揺らぎが実に耳に心地よく、遅いからこそ、MQAが醸し出す、さまざまな音情報が複合的に堪能できる。これほどの清涼な音が1957~60年に録音されていたのにも驚かせられる。ピラミッド的で重厚なドイツ・グラモフォンとは違う、明らかにEMIのサウンドだ。1957~1960年に、ベルリン、グリューネヴァルト教会で録音。



 



『Vivaldi: The Four Seasons』
Christian Li, Melbourne Symphony Orchestra


 クリスチャン・リのヴァイオリン、メルボルン交響楽団による、しゃっきっとし、装飾的で、尖鋭な「四季」だ。輪郭をシャープに立て、アクセントをくっきりとし、メリハリをつけて、強烈に進行する。第1楽章「春の嵐」のフォルテのトゥッティの爆発的な強音感の迫力と盛り上がりは、普通の(?)「四季」ではなかなか聴けない部類のものだ。MQAは弦楽の音色にすべらかさと、暖かさを付与し、この強靱な「四季」から滑らかさと、カラフルな表情を引き出している。MQAは強音でも、しなやかなのである。



 



『Mozart: Piano Concertos Nos.20 & 21』
Jan Lisiecki, Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks, Christian Zacharias


 ヤン・リシエツキ(JAN LISIECKI、1995年、カナダのカルガリーでポーランド人の両親のもとに誕生)は、わずか9歳でオーケストラ・デビューしたという逸話の持ち主。以後、世界各地の有名オーケストラとの共演、室内楽、リサイタル活動にて、主要なコンクール入賞履歴なしに、いまや世界的なスターピアニストだ。
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番の冒頭は、シンコペーションで引き摺る弦楽の旋律から始まる。MQA版では、各パートの位置がひじょうに明瞭に聴けた。チェロは右、リズムを刻むビオラは中央、シンコペーション旋律のヴァイオリンは左側に定位し、進行と共に奥からホルン、ファゴット、クラリネット、フルートが加わる。
 特筆すべきは、単に定まった位置から音が発せられるだけでなく、その楽器の音が加わることにより、音場内の響きの色彩感とグラテーションが時々刻々、変わっていく様子が、時間経過と共に堪能できることだ。これもMQAの得意技。ピアノソロでは、ホールに広く響きを拡散させる。オーケストラが加わると、響きはより華やかになり、垂直方向にアンビエントが立ちのぼり、スピーカーの前面と上部には響雲が形成される。それは眼前というより、ある距離を隔てて、演奏を聴いているようなイルージョンなのだ。2012年1月1日、ミュンヘンで録音。



 



『Bach, JS: Goldberg Variations』
Alexandre Tharaud, Johann Sebastian Bach


 アレクサンドル・タローが弾くピアノのバッハ:ゴールドベルグ変奏曲。高解像度、高情緒量の超優秀録音。MQAは響きの質が暖かい。リニアPCMでは伶俐な音色感だが、MQAでは温度感が上がり、人肌感覚が心地好い、ウエッティで豊かな響きだ。右手のメロディの一音一音が、リッチな体積感と響き感を持ち、輪郭にアールが付く。まるで宝石のような輝きだ。バリエーション1のように速いパッセージでは、一つの音の響きと次の音の響きが重なり、より豊潤になる。そのまろやかにして、グロッシーな音色感には、まさに今の時代のバッハを感じる。タローのタッチの繊細さ、そこから醸し出す音色美をMQAでは、たっぷりと感じることができる。2015年2月22-27日、エクス=アン=プロヴァンス、ダリユス・ミヨー音楽院で録音。



 



『Jubilo - Fasch, Corelli, Torelli & Bach』
Alison Balsom, Stephen Cleobury


 イギリスの女流トランペッター、アリソン・バルサムのクリスマスの協奏曲集。透明感あふれるバルサムのトランペットが、オリジナル楽器によるオーケストラやキングズ・カレッジ合唱団とともに繰り広げる名曲の数々。コレッリ、トレッリによる「クリスマス協奏曲」、ファッシュの「トランペット協奏曲」やJ.S.バッハのコラール、クリスマス・キャロルという選曲だ。
 MQAの威力が明白だ。リニアPCMに比べ、明らかに音調がブリリアントになった。トランペットの輝き、伸び、クリヤーさが向上し、優しい響きが、よりジェントルになり、肌触りが心地良い。会場に拡がる響きもより深く、美しく、透明感も増す。典雅なサロンにいて自由闊達な音の流れを聴くような愉しさがMQAでは加わった。芳醇な味のふるまいが愉しい。これもMQAが何か音を付け加えたのではなく、もともとの音源が持っている音楽的な語法がより明解に再現されたということだろう。2016年6月10-12日はロンドンのセント・ジュード・オン・ザ・ヒル、2015年6月はケンブリッジのキングズ・カレッジで録音。



 



『Dvorák: 4 Romantic Pieces, Op. 75, B. 150: I. Allegro moderato
(Arr. Soltani For Solo Cello and Cello Ensemble)』
Kian Soltani, Staatskapelle Berlin, Daniel Barenboim


 チェロとオーケストラのドボルザーク名曲集。MQAでは、細部まで徹底的に透明で、ごく細かい音まで解像し、音場の見渡しも実にクリヤーだ。冒頭のクラリネットのソロが音場の奥から発し、ホールに広く拡散。次のファゴット、フルート、そしてチェロと目まぐるしく、旋律の担い手が変わる。弱音の木管ソロから、強音のトゥッティまでのDレンジが広く、繊細な響きの微小信号にも翼が与えられ、音場を広く、快適に飛び交う。 
  2:12からのホルンソロのヨナ抜き主題。MQAでは音場の奥から沸き立つ濃密な吹奏音が、空気層を震わせながら、聴き手まで届くことが聴き取れる。ソロチェロは生命力が迸り、キレ味と弾力性に富む。ホルンソロは郷愁と憧れに満ち、豊かな語り口で表される。MQAは音楽的な聴きどころも、丁寧に教えてくれるのである。



 



『Handel: Messiah[Remastered 2014]』
Emma Kirkby, Judith Nelson, Carolyn Watkinson, Paul Elliot, David Thomas, Choir of Christ Church Cathedral, Oxford, Academy of Ancient Music, Christopher Hogwood


 クリストファー・ホグウッドがアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックを振った、「1754年捨子養育院版」のシンプルな『メサイア』だ。MQAは音楽への眼差しが温かい。リニアPCMが伶俐に情報量豊かに、スクウェアに描こうとするのに対し、MQAは人肌感覚の温度感で、より感情的に、情緒的に音楽を描く。それは、本作品でも痛感することだ。
29曲目の有名な「ハレルヤ」。冒頭の弦楽アンサンブルの柔らかくて、でも芯のしっかりとした響きの質感。音の粒子感がひじょうに細かい。内声部の分散和音も明瞭に聴ける。合唱は透明度が高く、各声部の分離がクリヤーだ。
 MQAの音は楽器の発音形態が時間を経過しながら、スローモーションのように聴き取れるのが美点だ。冒頭のストリングスも弓が弦に当たり、振動し、胴が共振する様子がリアルに分かる。合唱でも各パートが発した音程の異なる声が空間で合成され、美しく統合された混声になる過程の時間的な、そして空間的なドキュメンタリーが聴き取れる。声が空気を震わせていることが、リスニングルームで体感できるのもMQAの音楽的な美質だ。 



 



『Amazing Grace』
Judy Collins & The Global Virtual Choir


 崇高で上品で宗教的なAmazing Graceだ。ジュディのソロから始まり、合唱の音量が増し、最後には大合唱になる。ソロはコードが進行せず、一種類のコード(E♭)だけだが、合唱が入ると、E♭→→A♭と、通常のサブドミナント進行するのも、宗教色を強めている。MQAのジュディの声は張りがあり、温度感が高く、ヒューマンな味わいを持つ。喉から発せられた声が、音場に広く、深く拡がっていく様子が、時間経過と共に正確に描写されている。
  合唱が加わり、声の編成が大きくなるに従って、音場の横、縦、奥行きの密度が増していく。1:30からの合唱の量感の大きさと質感の細やかさの両立も、MQAの表現のショーケースだ。フィナーレの大合唱でも、声部の音程の違いや、それらの融合が生々しく語られる。


 


MQAの開発者、ボブ・スチュワート氏セレクトによるベストMQA音源




『Andrés Segovia - The Art of Segovia』
Andrés Segovia


「現代クラシック・ギター奏法の父」とされるアンドレス・セゴビア(1893~1987年)のギター名曲集。MQAの美質のひとつに「楽器から音が発せられるメカニズムが聴ける」ことを第一回の前文や本稿のインプレッションで指摘しているが、ギターはそのプロセスが分かるもっつもよく分かる楽器だ。指で弦を弾き、その振動が胴に伝わり、音となって拡声する……という過程が、このアンドレス・セゴビアのベストアルバムで、些細なまでに聴ける。撥音のメカニズムが具体的に耳で識れるばかりか、指が弦に触れる音、離す音というノイズ系の音も生々しい。ギターの音が奥行きを持ち、音場深くまで到達しているのが分かるのも、MQA的だ。加えて低弦のスケールの大きさも、MQAの美質だ。




■バックナンバー
 「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載①
 「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載②
 「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載③



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