e-onkyo musicにて、おすすめのMQA音源を紹介するコーナー、「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」!オーディオ評論家の麻倉怜士氏が厳選したタイトルに加え、何とMQAの開発者、ボブ・スチュワート氏の推薦作品もあわせてご紹介。毎週更新の4回短期集中連載、第3回目の更新です!
メッセージ from 麻倉怜士
MQAはe-onkyo musicでの導入が始まって 約6年になるが、現在、約71,000ものタイトルが、ユニバーサル・ミュージック、ワーナー・ミュージックを中心に展開されている。これほどたくさんあると、何を聴いて良いが迷ってしまうが、MQAをそのスタート時点から聴き続けている私が、琴線に触れたタイトルを毎回10作品ほど、ご紹介しよう。加えて、MQAの開発者のボブ・スチュワート氏からの推薦タイトルも聴こう。毎週更新の4回短期集中連載だ。
MQAとは何か。この3文字は「Master Quality Authentication」の略だ。「スタジオの録音エンジニアが制作したマスターと同じ音質を持つハイレゾ音源であることを、当のエンジニアが認めた」という意味だ。開発者の世界的オーディオ技術者、ボブ・スチュウァート氏はこう言う。
「ハイレゾの進展では、これまではリニアPCMでもDSDでも、サンプリング周波数と量子化ビット数が高い方が音が良いとされていました。しかし、それを進めていくと、この先、限りなくサンプリング周波数とビット数を増加させなければならなくなり、ファイル容量がパンクしてしまいます。そこでまったく新しい切り口として"時間軸解像度を上げる"というやり方を見出して、新しいハイレゾ方式として開発したのがMQAなのです」。
MQAのポイントは2つ。リニアPCMでは、プリエコーやリンギングなどの時間軸ノイズ(揺らぎ、にじみ)は避けられないが、MQAでは、「デブラーフィルター」により、時間軸揺らぎを最小化できる。その結果、人が持つ10マイクロ秒の時間軸解像度での再生が可能になる。これはCDの4ミリ秒とは400倍も細かい値だ。人は音楽演奏も含めて、自然界の音を10マイクロ秒の単位で認識している。CDみたいに単位が長ければ、その間隔の間にある音は、再生できない。MQAなら、時間的に細かな刻みの音を再生音として人に認識させることができる。それこそが、MQAの音の生々しさ、生命力、音場感の濃さの秘密だ。2つめが、小さな容量で伝送できること。これは折り紙処理という。ハイレゾの大容量を、CDと同じ程度のサイズまで折りたたみ、メディアで伝送、再生時に展開して元のサンプリング周波数、ビット数に戻す。
MQAの音の特徴を私はこう聴く。
①響きの量と質がひじょうに上質。
MQAでは響きの空間に包み込まれるよう。オーケストラコンサートにて、ステージにだけ音が留まっているのがリニアPCM、客席まで響きが到達して、輝かしい、そして生々しい音楽の息吹を味わえるのがMQA---という違いだ。空間に飛び散る音の粒子の数が明らかに増え、みずみずしい響きが部屋にいっぱいに広がる。弦がしなやかに弾け、ピアノの高音の一粒一粒がホールの空間に消えゆく様が再現される。
②低音の表現力。
ベース部分の音像がしっかりと描かれ、低音域ではなかなかスピーカーからの正確な再現が難しい音階の一音一音が、明確に聴ける。低音は音楽の基礎なので、低音再現がしっかりするということは、音楽が安定的に、剛性感高く聴けるというだ。
③楽器から音が発せられるメカニズムが感じられる。
ヴァイオリンは弓が弦を擦る、ピアノはフェルトハンマーが弦を叩いて音を出す。そんな微細なメカニズムの動きが、そのまま音に反映される様子のイメージが、MQAでは濃い。ヴァイオリンで弓と弦の振動が本体に伝わり、音となって発する一連の動きの流れが、超高速撮影のように明瞭だ。基音と共に倍音が豊かに発せられる様子も伝わってくる。
では、e-onkyo musicで聴けるMQAタイトルから、新旧のジャンルレスの傑作をお届けしよう。さらに毎回ひとつ、ボブ・スチュウァート氏の推薦タイトルを、私のインプレッション付きでご紹介しよう。
麻倉怜士が厳選 ベストMQAタイトル③

『Karajan conducts Respighi, Berlioz & Liszt』
Herbert von Karajan
華麗でゴージャス、天馬、宙を駆けるがごときの、爆発的にブリリアントなレスピーギ「ローマの松」。1958年の録音だから、カラヤン50歳。まさに油の乗りきった壮年指揮者ならではの躍動と生命力だ。フィルハーモニア管弦楽団の鳴りっぷりは堂々とし、快速、鮮明さはまさに快刀乱麻である。ドラマティックで大向こうを意識した見栄こそ、カラヤン節。アッピア街道の金管の進軍の大迫力には驚嘆。ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」も、躍動。冒頭の重いがキレが鮮鋭な表現はさすがはカラヤン。アンサンブルの中での主旋律のフューチャー感も、演出性に満つ。
MQAは、演奏の本質を聴かせてくれる。換言すると、MQAでは音源が持っている音楽的な方向性がより明確に、より雄弁な語法で語られる。本作品のカラフルで豪奢なサウンドは、勝手にMQAが脚色しているのではなく、この時代のカラヤン音楽の特徴である「色彩感」「スケール感」「躍動感」……を、見事に引き出した音だ。ベルリン・フィルの盤石な低音の上に、ラテンものにふさわしいきらびやかな中高域が乗る、まさにカラヤンならではの肉厚で、色気たっぷりの音が、MQAで堪能できた。MQAはカラヤンを「よりカラヤンらしく」聴かせてくれる。1958年1月、ロンドン・キングズウェイ・ホールで録音。

『Shostakovich Under Stalin's Shadow - Symphony No. 10[Live]』
Boston Symphony Orchestra, Andris Nelsons
近年、メジャーレーベルは、大規模オーケストラ作品の制作から遠ざかり、ソロや室内楽ばかり作品化しているが、このユニバーサル・ミュージックの異例の大型企画には喝采を贈りたい。アンドリス・ネルソンスのボストン交響楽団の首席指揮者就任を祝っての、ショスタコビッチの交響曲全集第一弾だ。 ライブだが、オーケストラ録音として圧倒的に素晴らしい。ボストンシンフォニーホールの豊かなソノリティが忠実に捉えられ、全体の分厚い響きと同時に解像感も高く、細部のパートや楽器のアクションも細かに再現されている。音色も美しい。強奏でも過剰や強調がなく、ひじょうにバランスがよい。弱音部でのソロ楽器も明瞭だ。透明感も高く、各パートの動きの捉えも敏捷だ。
MQAは冒頭の弦楽のトゥッティが、より位置的に深く、横にも拡がる。音色もしかなやかで、量感と質感が高い次元でバランスしている。かなり複雑で激しい音楽だが、MQAは細部への目配りがこまやかで、音色的、音場的な観点から音を再構築しているので、ショスタコーヴィッチの作曲意図がクリヤーに聴き取れる。
ボストンシンフォニーホールのソノリティも、よりリアルな形で体験できる。具体的には、弦部がトゥッティで音を発した時の、拡散される響きの粒立ちが細やかで、その集合体としての密度感が圧倒的に濃いのだ。金管も音粒子が高密度に充填され、輝かしい伸びを聴かせる。ネルソンスの音楽は、聴き手も奏者も幸せにする。聴き慣れた名曲から新しい姿が立ち現れる。2015年4月、ボストン・シンフォニーホールで録音。

『Beethoven: Complete Piano Concertos[Live at Konzerthaus Berlin / 2018]』
Jan Lisiecki, Academy of St. Martin in the Fields, Tomo Keller
ヤン・リシエツキ(JAN LISIECKI)は、1995年、カナダのカルガリーでポーランド人の両親のもとに誕生。わずか9歳でオーケストラ・デビューしたという逸話の持ち主だ。以後、世界各地の有名オーケストラとの共演、室内楽、リサイタル活動にて、主要なコンクール入賞履歴なしに、いまや世界的なスターピアニストだ。
ベルリン・コンツェルトハウスでのライブ収録だが、ライブであることを感じさせない、細部まで目配りの行き届いた録音だ。オーケストラの各声部の分離もよく、内声部まで明瞭に聴き分けられる。同時にライブらしい響きも気持ち良く収録されている。ビアノの響きがホールに広く拡散する様子が目に見えるようだ。コンツェルトハウスのホールとしての古風で柔らかな響きも素敵だ。ビアノとオーケストラのバランスもよい。
冒頭の弦楽合奏。MQAの質感は限りなく優しい。現実動作としてはスピーカーを駆動し、振動させ、音を空気中に放出させているのだが、まるで空間の音像位置から涌き出るように、ごく自然に音が出てくる風情だ。これぞMQA特有の音場表現であり、本タイトルに限らず、アコースティックな音場を持つ音楽では、こうしたMQAの音場技を味わうことができる。特に本タイトルのように、もともと豊かな音場感、楽器の音の質感の高い場合は、MQA的な綿密な音描写がより深く堪能できる。ピアノの音場内の存在感も盤石だ。弦の描写と同様、音場中央の音像から、ダイレクトに音が沸き立つようなピアノ描写が、生々しい。もうひとつMQAの特長として、充実した低音再生力があげられるが、ピアノもオーケストラも、まさにピラミッド構造のF特で聴ける。2018年12月2-6日、ベルリン、コンツェルトハウスでライヴ録音。

『Bach, C.P.E.: Flute Concertos』
Emmanuel Pahud, Carl Philipp Emanuel Bach,
Kammerakadamie Potsdam, Trevor Pinnock
エマニュエル・パユによるJ.S.バッハの次男、C.P.E.バッハ(カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ)のフルート協奏曲集。冒頭の弦楽の調べが優しく、ほっこりとする。音が発せられてから、音場へ響きが拡散していく様子も、MQAは高速度撮影のように、見事に捉えている。パユの息で管を共鳴させる発音動作が、まるで目で見えるようだ。高弦と低弦の対比も、しっとりとしたヴァイオリンと、堂々とオブリガートを奏でるチェロとのコントラストが鮮やかだ。MQAは、フルート、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ……という構成楽器の音像の立ちょ明瞭に再現するので、掛け合いの様子からも、ホールで眼前で聴いているような臨場感が得られる。2014年3月, ドイツ・エッセンのヴィラ・ヒューゲルで、録音。

『The Messenger[Extended Version]』
Helene Grimaud, Camerata Salzburg
モーツァルトとウクライナの現代作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937年生まれ)の作品を巡り、過去と現代を「使者」がつなぐ。いかにもエレーヌ・グリモーならではのこじゃれたコンセプトだ。13曲のうち、モーツァルトが5曲続き、6曲目のシルヴェストロフの「The Messenger」が使者の役目を果たし、その後の5曲がシルヴェストロフ作品だ。
演奏と録音はたいへん素晴らしい。まずモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。第1楽章のニ短調のデモニッシュさ、オーケストラの響きの峻厳さ、ピアノの哀しい輝きと、第2楽章変ロ長調の優しい安寧さの対比に刮目。グリモーのピアノは豊かな響きを伴い、音場空間のセンターに安定的に位置する。
MQAで再生すると冒頭のニ短調の和声音のアルペジォの一音一音が、しっかり屹立しながら、響きが干渉、融合し、空間にはさまざまな色合いの響きのグラテーションが放出される。鍵盤感は明瞭にして、そこから醸し出される響きが豊潤なのだ。主題旋律では、右手の単音が発する響きの色彩感が味わい深い。鮮やかに色づけされた響きの微少粒子が空間を飛ぶ様子が見えるような、カラフルなアンビエントだ。「1.Fantasia No. 3 in D Minor」の冒頭のニ短調ならではの寂寥感、絶望感が広大なDレンジにて語られる。
シルヴェストロフの「 6.The Messenger (For Piano and Strings)」は波の音から始まる。モーツァルト的な安寧な弦楽によるメジャー旋律だ。「7.Two Dialogues with Postscript - I. Wedding Waltz」も親しみやすい古典的な旋律だが、メジャーとマイナーが交錯するのがモーツァルト似。「11. 3 Bagatelles, Op. 1 - III. Moderato」は北欧的な憂愁とロマンが聴ける。響きの多いピアノがファンタジックだ。2020年1月22-27日、ザルツブルク大学講堂で録音。

『Vivaldi: The Four Seasons』
Janine Jansen, Candida Thompson, Henk Rubingh,
Maarten Jansen, Stacey Watton, Liz Kenny, Jan Jansen
オランダのヴァイオリニスト、ジャニーヌ・ヤンセンの室内楽的な「四季」だ。アンサンブルはヴァイオリンふたりにヴィオラ、チェロ、コントラバス、テオルボ(リュート族の撥弦楽器)、オルガン、ハープシコードがひとりという小さな編成。2004年5月の録音で、今や大家となったジュリアン・ラクリンが、新鋭ヴァイオリニストとしてヴィオラで参加している。
元気からしっとりまで表情の多彩さが魅力だ。ソロヴァイオリンの調べかあでやかで、色彩感に溢れる。弛緩とテンションの配分が絶妙で、誰も知っている名曲から、誰も聴いたこともない新鮮な楽調を引き出している。冒頭ののスタッカートからして実にチャーミング。輪郭が美しく、演奏に力んだところかまったくない。各パート一人ずつという最小の編成が実にヴィヴットで、進行力の強い。生命力溢れる音楽を紡ぎ出している。「嵐」の部分にアクセントを付け、強調している。
MQAの音も素晴らしい。新鮮で活気漲る音。音の浮遊力が強く、活発に空中飛翔する。MQAの空間再現性のクオリティの高さは、第1楽章「春」の50秒ぐらいの、ソロヴァイオリンと第1ヴァイオリンが小鳥のさえずりを交互に返す部分での、2つの楽器の距離感、空間への響きの飛び散り方を聴けば、すぐに分かる。低音楽器も充実。MQAは音色に音楽的なフレーバーを与え、演出意図が正確に識れる音模様だ。2004年5月20-23日 オランダ、アムステルダムで録音。

『Chopin: Preludes & Piano Works』
Aimi Kobayashi, Frederic Chopin
2021年10月、第18回ショパン国際ピアノコンクール第4位入賞で話題のピアニスト、小林愛美。3歳からピアノを始め7歳でオーケストラと共演、9歳で国際デビューを果たす。2008年、12歳でニューヨークにてレコーディングし、2010年にEMI CLASSICSから「デビュー!」でCDデビュー。2011年にはセカンドアルバム「熱情」。2018年ワーナークラシックスとインターナショナル契約。同年4月に、アルバム「ニュー・ステージ~リスト&ショパンを弾く」をリリース。本アルバムはワーナークラシックス世界専属アルバム第2作。
MQAでは、しなやかで、音の表面がきれいに磨き込まれるよう。音の粒子のひとつひとつにボディ感が与えられ、音の体積感が加わるような雰囲気だ。音の角もわずかにアールが与えられ、まろやかに磨かれる。音色もパレットの数が多く、色彩感が煌びやかだ。ピアノの複数の鍵盤の音の相互作用が有機的で、和音の鳴り方のひとつひとつが明確になり、互いの音響的関係も綿密だ。倍音のうねりの振幅が大きい。左手のバスの音の体積感が大きく、雄大で、一方の右手のトップノートの音が、さらに伸びている。2021年4月3-5日、新潟県の魚沼市小出郷文化会館で録音。

『Rachmaninov & Chopin Cello Sonatas』
Alisa Weilerstein, Inon Barnatan
アメリカの女性チェリスト、アリサ・ワイラースタインのラフマニノフのソナタ集。MQAではチェロの音が何の人為的な作為がなく、あたかも音自体に意志があり、ではそろそろ始めようかと自発的に音が空間から、しっかりとした音像を持ちながら、自然に涌き出るような雰囲気だ。もちろん、アリサ・ワイラースタインが始めようという意志を持って、腕と手指で奏でるのだが、MQAでは、音自体の自発性のような、ナチュラルな胎動が聴けるのである。
直接音と間接音の様子も独特だ。広く会場に拡散する直接音に、空気の"響きの調べ"が加わり、実に豊かなソノリティとなり、チェロの音色がよりグロッシーに、粒子感もよりキメ細かくなる。ピアノもチェロも音像の周りに漂う空気の密度が濃く、それが層として、チェロとピアノの直接音を暖かく覆う。歌いの表情の振幅も大きい。2014年11月, ベルリン、テルデックス・スタジオで録音。

『Vienna Stories』
Anneleen Lenaerts, Various Composers
2010年12月にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者に就任した、ベルギー出身のハープ奏者、アンネレーン・レナエルツのハープ名曲集。ドヴォルザーク:歌劇「ルサルカ」~月に寄せる歌、スメタナ:組曲「わが祖国」~モルダウ、ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~朝は薔薇色に輝いて、リスト:「前奏曲」、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」の主題による幻想曲、R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」~ワルツ、J.シュトラウス2世:「美しき青きドナウ」、プッチーニの「ボエーム」の主題による幻想曲……と、魅力的な選曲だ。
「月に寄せる歌」は冒頭のアルペジォと旋律のつま弾きから、心がわしづかみにされる。ウォームな響きの集積にて、心地好い音の世界観が呈示される。そもそもハープサウンドはファンタジックだが、MQAの麗しい音色の表現力と相俟って、月の光の妖しさがより強調される。音の輪郭がアールを持つようにすべらかで、和音の各弦の共鳴度が高い。結果として、深い耽溺的なハーモニーの美が聴ける。2021年3月17-20日、ウィーンのカジノ・バウムガルテンで録音。

『Schubert: Nacht und Traume』
Laurence Equilbey, Franz Schubert
フランスの指揮者ロランス・エキルベイ率いるアンサンブル「インスラ・オーケストラ」が、シューベルトの歌曲を独自の視点で奏でる。ヴィーブケ・レームクールのメゾ・ソプラノの「シルヴィアに(An Silvia)」。MQAでは冒頭のフルートと弦楽のやり取りの空気感、奥行き感がスペーシャルで、立体的だ。弦は弾力感に富み、フルートのコケティッシュなオブリガードも生々しい。ソプラノの声の響きがクリヤーで、暖かい。声音像から響きが四方八方に発せられ、音場に深く飛翔してゆく。大きなヴィブラートの山と谷のゆらしが、空気を大きく震わせている。
テノールのスタニスラス・ドゥ・バルビラックが歌う「鱒」。リニアPCMではシャープで尖ったバリトンだったが、MQAではすべらかな音の表面の所々にある突起が音楽的なフックとなり、リアルな質感を演出している。声の濃厚な直接音から、濃い響きが発せられ、それがグラテーションを描いて、弱くなりながら、音場に拡散する様子がとても素敵だ。響きの密度感がひじょうに高く、小さな会場で眼前で聴いているイメージだ。2017年4月、フランスはブローニュ、ラ・セーヌ・ミュジカルで録音。

『Mozart & The Weber Sisters』
Sabine Devieilhe, Ensemble Pygmalion,
Raphael Pichon, Wolfgang Amadeus Mozart
容姿と芸術性に類い希なほど恵まれたフランスの新進ソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエル。モーツァルトと恋愛関係にあったウェーバー姉妹(コンスタンツェは後のモーツァルト夫人)にちなんだ楽曲集だ。ウエーバー家三姉妹にまつわるアリア、「魔笛」の夜の女王のアリア、キラキラ星変奏曲として有名な、「ああ、お母さん聞いて」などを収録。ピリオド楽器オーケストラのアンサンブル・ピグマリオン(指揮はラファエル・ピション)との協演だ。
「ああ、お母さん聞いて」"Ah, vous dirais-je maman"はピアノフォルテ伴奏。透明感が高く、表情が豊か、なにより艶艶したフレッシュな輝きが、耳の快感だ。ふくよかで鋭いコロラトゥーラが耳の奥をくすぐってくれる。一方で「魔笛の夜の女王のアリア」では、キレ味満点の鮮鋭さ。登場感満点の魅惑的で、健康的なソプラノだ。
音質を述べよう。リニアPCMは透明感が高く、表情が豊か。伴奏のピアノフォルテとのバランスもよく、明瞭度が高い。MQAはどうか。声の肉付き感が豊潤になり、すっきりとヌケゆくさまがより明確になった。響きの立ち上り方がリニアPCMとはまるで違う。リニアPCMでは、発音された瞬間に響きが拡がるが、その終息も早い。
MQAは響きが立ちのぼり、ある時間がたったら落ち着くのだが、またそこから再度、エネルギーを得て、登っていく。響きの豊かなMQAタイトルで同様のそんな経験をすることは、これまでにも何回もあった。リニアPCMでは隠されていた本来の会場の響きのふるまいが、時間軸解像度が上がったために、検知できるようになったのであろうか。臨場感と音楽性表現力がMQAの本質だと分かる。
ピリオド楽器オーケストラ、アンサンブル・ピグマリオンの冒頭のモーツァルト「レ・プテイ・リアン」序曲も素敵。もともと元気溢れる躍動的な音楽だが、リニアPCMからMQAに替えると、ヴィヴットになった。ニ長調ならではの弾けるような溌剌音を高解像度とスピード感で聴かせてくれた。小編成らしく、すみずみまで音の気配感が濃密だ。ここではMQAは、音源の持つ、パリのモーツァルトらしいこじゃれた、弾むスキップ感を巧みに引き出した。オーケストラやピアノフォルテも明瞭度が高い。2015年1月、パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会でのセッション録音。

『Desperado (2013 Remaster)』
Eagles
アウトローを題材としたイーグルスのコンセプト・アルバム。グレン・フライとドン・ヘンリーの強力なタッグによって誕生した名曲「ならず者」、「テキーラ・サンライズ」を収録している(73年/第2作目)。
「 5 Desperado (2013 Remaster」を聴く。冒頭のピアノがしっとりとした、暖かな質感で奏され、もうこの段階で、音場を包む音調が、「ならず者」を見下すような上からの目線ではなく、相手に同調し、真摯に語りかけるような心構えを、MQAでは感じとることができる。
ピアノの一音一音の立ちが鮮明だ。ヴォーカルの輪郭とその中味の音調も、とても緻密だ。そこには細かな音の粒子が充填されている。MQAの表現の特徴でもあるが、声とリバーブの境目が融合しており、声が消えゆくと豊かなリバーブがそれ引き継ぎ、音場は暖かなでカラフルな響きで満たされる。後半はスネアの叩きが印象的だが、MQAではスティックの叩き、皮の振動、スナッピーの共振などの一連の音出し動作が、スローモーションで見えるような時間解像度が凄い。
MQAの開発者、ボブ・スチュワート氏セレクトによるベストMQA音源

『First Take』
Roberta Flack
1969年のロバータ・フラックのデビュー・アルバム。「The First Time Ever I Saw Your Face〈愛は面影の中に〉」が、素晴らしい。冒頭のロン・カーターのベースの音の体積が大きく、しかも丸い。ギターのアルベジオの暖かさ、やさしさ。ピアノの上昇形のリフに招かれて入るロバータ・フラッグの声のまろやかさ、磨き抜かれた輝き。そしてしずしずと入るストリングスのゴージャスな音色。……こうしたシークエンスをMQAでは、まるで時間絵巻のように眼前に展開させる。
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