「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載①

2022/06/02

e-onkyo musicにて、おすすめのMQA音源を紹介するコーナー、「麻倉怜士が厳選したe-onkyo musicのベストMQAタイトル」短期集中連載がスタート!オーディオ評論家の麻倉怜士氏が厳選したタイトルに加え、何とMQAの開発者、ボブ・スチュワート氏の推薦作品もあわせてご紹介。毎週更新の4回短期集中連載となります。


メッセージ from 麻倉怜士


 MQAはe-onkyo musicでの導入が始まって  約6年になるが、現在、約71,000ものタイトルが、ユニバーサル・ミュージック、ワーナー・ミュージックを中心に展開されている。これほどたくさんあると、何を聴いて良いが迷ってしまうが、MQAをそのスタート時点から聴き続けている私が、琴線に触れたタイトルを毎回10作品ほど、ご紹介しよう。加えて、MQAの開発者のボブ・スチュワート氏からの推薦タイトルも聴こう。毎週更新の4回短期集中連載だ。

 MQAとは何か。この3文字は「Master Quality Authentication」の略だ。「スタジオの録音エンジニアが制作したマスターと同じ音質を持つハイレゾ音源であることを、当のエンジニアが認めた」という意味だ。開発者の世界的オーディオ技術者、ボブ・スチュウァート氏はこう言う。

 「ハイレゾの進展では、これまではリニアPCMでもDSDでも、サンプリング周波数と量子化ビット数が高い方が音が良いとされていました。しかし、それを進めていくと、この先、限りなくサンプリング周波数とビット数を増加させなければならなくなり、ファイル容量がパンクしてしまいます。そこでまったく新しい切り口として"時間軸解像度を上げる"というやり方を見出して、新しいハイレゾ方式として開発したのがMQAなのです」。

 MQAのポイントは2つ。リニアPCMでは、プリエコーやリンギングなどの時間軸ノイズ(揺らぎ、にじみ)は避けられないが、MQAでは、「デブラーフィルター」により、時間軸揺らぎを最小化できる。その結果、人が持つ10マイクロ秒の時間軸解像度での再生が可能になる。これはCDの4ミリ秒とは400倍も細かい値だ。人は音楽演奏も含めて、自然界の音を10マイクロ秒の単位で認識している。CDみたいに単位が長ければ、その間隔の間にある音は、再生できない。MQAなら、時間的に細かな刻みの音を再生音として人に認識させることができる。それこそが、MQAの音の生々しさ、生命力、音場感の濃さの秘密だ。2つめが、小さな容量で伝送できること。これは折り紙処理という。ハイレゾの大容量を、CDと同じ程度のサイズまで折りたたみ、メディアで伝送、再生時に展開して元のサンプリング周波数、ビット数に戻す。

 MQAの音の特徴を私はこう聴く。

①響きの量と質がひじょうに上質。
MQAでは響きの空間に包み込まれるよう。オーケストラコンサートにて、ステージにだけ音が留まっているのがリニアPCM、客席まで響きが到達して、輝かしい、そして生々しい音楽の息吹を味わえるのがMQA---という違いだ。空間に飛び散る音の粒子の数が明らかに増え、みずみずしい響きが部屋にいっぱいに広がる。弦がしなやかに弾け、ピアノの高音の一粒一粒がホールの空間に消えゆく様が再現される。

②低音の表現力。
ベース部分の音像がしっかりと描かれ、低音域ではなかなかスピーカーからの正確な再現が難しい音階の一音一音が、明確に聴ける。低音は音楽の基礎なので、低音再現がしっかりするということは、音楽が安定的に、剛性感高く聴けるというだ。

③楽器から音が発せられるメカニズムが感じられる。
ヴァイオリンは弓が弦を擦る、ピアノはフェルトハンマーが弦を叩いて音を出す。そんな微細なメカニズムの動きが、そのまま音に反映される様子のイメージが、MQAでは濃い。ヴァイオリンで弓と弦の振動が本体に伝わり、音となって発する一連の動きの流れが、超高速撮影のように明瞭だ。基音と共に倍音が豊かに発せられる様子も伝わってくる。

 では、e-onkyo musicで聴けるMQAタイトルから、新旧のジャンルレスの傑作をお届けしよう。さらに毎回ひとつ、ボブ・スチュウァート氏の推薦タイトルを、私のインプレッション付きでご紹介しよう。




麻倉怜士が厳選 ベストMQAタイトル


 



John Williams in Vienna
Anne-Sophie MutterWiener PhilharmonikerJohn Williams


 ジョン・ウィリアムズとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は初顔合わせ。あのウィーン・フィルが「スターウォーズ」!という意外性が愉しい。ムジークフェライン・ザールで、2020年1月に録音と、コロナ禍直前の滑り込みライブだった。
 「スターウォーズ」は映画サウンドトラックのロンドン交響楽団バージョンが有名だが、さすがはウィーン・フィル。柔らかく、しなやかで、艶に満ちたサウンドだ。ハリウッド流の華やかさと、ヨーロッパの伝統が融合した音調であり、ウィーン・フィルの起用は、大いなる成功を収めている。ムジークフェライン・ザールの豊かなソノリティとウィーン・フィルのグロッシーさが相俟って、映画音楽に深い意味合いを与えている。後にリリースされたベルリン・フィル版より、遙かに柔らかい。
 第1曲「フック」のテーマ。冒頭の木管と弦の導入の直ぐ後にホルンが朗々と、右奥から響かせるシーン。木管と弦がまるで浮力を与えられ空中に浮遊しながら、その場所から音を発している様子が感じられるのがMQAの空間性だ。ホルンの調べも深く、さらに横に広い。
 第4曲「E.T.のテーマ」は、右側のピッコロの鋭い高音と中央奥の金管の鮮明なファンファーレから始まる。このようなシーンではMQAは、高域をシャープに伸ばし、たっぷりと放出された倍音が高域に表情を付けている。トランペットのファンファーレは煌びやかで堂々。くっきりとした輪郭が与えられる。フレーズで登場してはすぐに消える弦、木管、金管の位置関係が面白く、まさに音場のスペクタクルだ。MQAはムジークフェライン・ザールの豊かなソノリティにも負けない、音場解像度を聴かせてくれる。ひじょうに細かな響きの粒子が、音場全体に広く拡散し、きれいなホールトーンを描くのは、まさにMQAで聴くライブの醍醐味といえよう。2020年1月18&19日、ウィーン、ムジークフェライン・ザールで録音。



 



Beethoven: Menuets, WoO 7, 9 & 10
Hans Ludwig Hirsch


 ハンス・ルートヴィヒ・ヒルシュ指揮フィルハーモニア・フンガリカによるベートーヴェン:舞曲集。1975年のアナログ録音だが、最新のデジタルにもまったく引けを取らないハイクオリティだ。ひじょうに透明度が高く、音場の空気が澄んでいる。小編成なので、楽器ごとの鳴りっぷりもよく解像している。特に弦の倍音の多さは、感動的だ。
 「12 Minuets, WoO 7: No. 2 in B-Flat Major」の冒頭の弦楽合奏。弦パートが表面に一列に並ぶのでなく、奥行きを持って奏者達が配置されていることが、MQAでは聴き取れる。奏者の位置の違いによる、音のごくわずかな遅延も再現し、それが豊かな空間感を演出している。空間から音が湧き出すような出音感もMQAならでは。 音色もグロッシーで美しい。最新作品でもここまでクリヤーで、粒立ちが細かな録音は稀有だ。1975年3, 10月にドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州マールにて、録音。



 



Mozart: Piano Concertos Nos. 25 & 27
Friedrich GuldaWiener PhilharmonikerClaudio Abbado


 ウィーンの名ピアニスト、 フリードリヒ・グルダのモーツァルト:ピアノ協奏曲。冒頭のウィーン・フィルの合奏が素晴らしい。、自然にしずじすと音場空間にて、音が沸き立ち、ウィーン・フィルらしいみずみずしくも、チャーミングな音色がたっぷりと楽しめるのが、MQAの豊かな表現力だ。弦から立ち登る豊富な倍音が空間に拡がり、響きがふわっと拡がっていく。ヴァイオリンの高音の表情がコケティッシュで、愉しく聞けるのもMQA的だ。音場の奥からの木管の端正な合奏も、ウィーン的。
 ピアノはまさに美の極致的なサウンドだ。珠玉がころころ転がるような弾力に富んだ、ピアノの音。ここでも倍音が、基音に色を与え、きらきらと煌めく様子が明瞭に聴き取れる。MQAは音場に拡がる響きを彩色し、美のグラテーションを与えている。グルダの完璧なピアニズムと、クラウディオ・アバド/ウィーン・フィルの名調子の伴奏も貴重。ファンタジックな響きの美を堪能。素晴らしい!!!



 



Beethoven: Violin Concerto, Op. 61
David OistrakhAndré Cluytens, etc.


 ソビエト(当時)の名ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフとアンドレ・クリュイタンス指揮フランス国立管弦楽団の世界遺産的アルバム。冒頭のティンパニ連打から、この演奏、録音はただものでないという緊張感が伝わってくる。フランス国立放送管弦楽団の音は典雅で、繊細。ヴァイオリンが入ると、オイストラフのこの曲に対する暖かな眼差しや精神性の気高さが聴ける。ロマンティックや華美に走らない、峻厳で清涼なベートーヴェンだ。第2楽章のバリューションの悠々迫らずのテンポ感は、聴く者を幸せにしてくれる。第3楽章のカデンツァも圧倒的だ。
 MQAは実にすがすがしく、滑らかで質感が高い。冒頭の4音のティンパニの叩音が広く音場の左右方向に拡がる。前奏での弦部のトゥッティでは、多くの倍音が放出されていることが聴き取れる。レンジが広く、透明感が高く、音場の隅々までクリヤーに見渡せる。 本録音の価値のひとつは、弦パートの倍音感にあり、それはMQAで、より明瞭に感じることができる。ソロヴァイオリンの存在感も圧倒的。音像的なボディ感が豊潤で、オーケストラを睥睨するオイストラフの音調は、まさにヴァイオリンの帝王と呼ぶにふさわしい。1958年、録音。2017年に、オリジナルマスターテープより24bit/96kHzリマスター、さらにMQA化。



 



Dvorák: Cello Concerto
Mstislav RostropovichRoyal Philharmonia Orchestra


 1957年にロンドンで録音されたロストロポービッチ+サー・エードリアン・ボールド指揮ロイヤル・フィルのドボルザーク:チェロ協奏曲ロ短調。2017年にリマスターされたファイルだ。リニアPCMはflac 96kHz/24bit、 MQA Studio 96kHz/24bitを比較した。
 リニアPCMでは、いかにもアナログ録音らしい音調。音の器量感が大きく、伸びやかで、会場の空気感が伝わってくる。チェロの朗々感、スケールの雄大さも印象的だ。MQAでは、音の重心が低い。冒頭のクラリネット、弦の音像位置が低くなり、弦、木管、金管の各プルトのポジションが地を固め、そこから音がすっくり屹立するような、位置的な臨場感だ。各プルト間の旋律、和声のやり取りも、より生々しく、緊密に。音色感もよりボキャブラリーが増えた。
 冒頭のクラリネットには、憂色感の表情が感じられ、高弦の畳みかけるようなロ短調の哀愁の響きには、より実体感が加わった。 チェロの体積感、剛性感、輪郭の切れ味、音の肉付き感……などの表現でMQAは非凡だ。音符のひとつひとつに生命力が漲り、はちきれんばかれの勢いで、価値ある音を鳴らす。アナログ時代の傑作録音がMQAで見事に甦った。



 



Schubert: 4 Impromptus, Op. 90, D. 899: No. 3 in G-Flat Major
Alexandre TharaudFranz Schubert


 フランスのライジングスター・ピアニスト、アレクサンドル・タローが弾くシューベルト作品90の即興曲の第3曲「変イ長調」。MQAでは響きが断然多い。冒頭の右手で旋律とアルペジォ、左手がバスという構造にて、右手の目まぐるしい音の羅列から発せられる響きと倍音の、まさに饗宴状態になる、右手のトップノートの旋律も実に豊かな倍音を伴う。注目は左手のバス。スケールの大きな音の体積感が、右手の華麗さを支えている。音調的に伸びはとても良いが、それはメタリック的なくっきりな鮮明さというより、ソノリティ的なクリヤーさだ。音が豊かなアンビエントの中に、きれいな弧を描き、拡散していく。変イ長調の暖かくも、かそけき潤いを、MQAは豊かな表現力で、心に響かせる。



 



Chopin: 12 Études, Op. 25 & 4 Scherzi - 12 Études, Op. 25: No. 12 in C Minor
Beatrice RanaFrédéric Chopin


 イタリアのピアニスト、ベアトリーチェ・ラナのショバン集。12の練習曲第1曲「エオリアンハープ」の冒頭のEbの単音からして、MQA的なヒューマンなサウンドだ。単音だが、そこから立ち登る倍音の色彩感とその伸びやかさは、まさにMQAの表現だ。そこから、右手のトップノートでたおやかな旋律が奏され、それを左と右の繊細な三連のアルペジォが細かな刻みで支えるという構図。旋律の立ち方、その輝き、アルペジォの響きの色彩感からはMQAならではの音楽への慈しみを感じ取ることができる。暖かな響きと、一音一音が緻密な体積感を持って奏される右手小指の旋律の輝きとの対比もダイナミックだ。



 



Singles 1969-1981
The Carpenters


 カーペンターズの有名なハイレゾ、「Singles 1969-1981」をMQAで聴く。実に華麗で伸びやか。カレンの声がひじょうに滑らかで美麗。ヴォーカルの粒子が細かく美しく、その分、表情の細やかさが表出される。楽器の質感も高い。MQAにてカーペンターズが目指した音楽の世界観がより明瞭、明確な形で表現されるのだ。フォルテの表情も、より音楽的な濃密が加わる。音の粒子感が細やかに、各楽器の音の特徴が空間で合わさり、より高密度な音世界になる。それはつまり、カレンの声のすべらかな細やかさ、ハーモニーの美しさ、多重録音の深み、ピアノの輝きと軽妙さ……などが総合されたカーペンターズ・サウンドが、より耳に、そして心に分かりやすい形で浸透するということに他ならない。



 



The Look Of Love
Diana Krall


 ダイアナ・クラールの天下の名盤だ。冒頭のロサンゼルスセッション・オーケストラのフルートと弦楽がファンタジックにして、いっきょに、ダイアナ・クラールの世界観に引き込まれる。'S Wonderful♪と歌い出すダイアナ・クラールのアルトなヴォーカルがゴージャス。音粒子の表面がきれいな波を打ち、そこに豊かな感情が湛えられる。MQAは気持ちを濃く描き、歌詞のニュアンスが丁寧に表現される。リバーブの深さや、それが音場に拡散する様子もリッチだ。ヴォーカルからもオーケストラからも、色気の素がキラキラと放出されている。間奏と後奏のダイアナ・クラールのピアノもヒューマンで美しい。




MQAの開発者、ボブ・スチュワート氏セレクトによるベストMQA音源



 



Chopin: Complete Nocturnes
Jan Lisiecki


 1995年、ポーランド人の両親のもと、カナダで生まれた天才ピアニスト、ヤン・リシエツキ。13歳&14歳の時の音楽祭での演奏が、ポーランド国立ショパン協会からリリースされCDデビュー、15歳でドイツ・グラモフォンと契約し、17歳でショパン:練習曲集(全曲)をリリースしている。

 豊かなニュアンス、悠然としたテンポにて、これほど感情豊かで、心に突き刺さるノクターンが聴けるとは。作品9-1の変ロ長調のノクターンは、この名盤の代表曲だ。冒頭の感情的な緩徐旋律が、MQAで聴くと途中で止まってしまうのではないかと思えるほど、ゆっくりと、弱音の中にダイナミズムを込めた、まるで宝石の様な輝きで聴ける。ひとつとひとつの音から立ち上がる倍音の響きがたいへん豊潤で、連続する基音のそれぞれきが空間で融合するだけでなく、倍音たちも融合して、豊饒な色彩感に溢れたアンビエントを形成するのである。
 音符のひとつひとつ、些細なアーティキュレーションに魂が籠もり、ロマンの香りがリスニングルーム全体に拡散する。ピアノの音像は物理的に2つのスピーカーの間に、存在しているのだが、まるでそれは機械的、電気的に、人工的に再生された音ではなく、スピーカーの間の空気そのものが、ピアノになり、そこから音を紡ぎ出しているように出音する様子は、MQAならではの音場再現の魔法だ。かなりホールトーンを潤沢に取り込み、直接音に比べると明らかに間接音が多いが、でも、その美しさは格別だ。ショパンの世界観にふさわしい美的な響きだ。
 MQAで聴くノクターンは、ロマンティシズムの極致と言っても過言ではない。有名な作品9-2の変ホ長調では、MQAでは奏者が籠めた感情の揺れ動きに、ハイレスポンスで応える。2020年10月、ベルリンのマイスターザールで録音。




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