連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第25回
2015/08/06
現在配信中のハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介する当連載。第25回は『はじめてのやのあきこ』!!
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
<第22回>『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE ~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~
<第23回>『マブイウタ』 宮良牧子 ~音楽の神様が微笑んだ、ミックスマスターそのものを聴く~
<第24回>『Nothin' but the Bass』櫻井哲夫 ~低音好き必聴!最小楽器編成が生む究極のリアル・ハイレゾ~
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『はじめてのやのあきこ』矢野顕子
~名匠・吉野金次氏によるピアノ弾き語り一発録りをハイレゾで聴く!~
■ 作品販売ページinfo欄の充実を強く要望します
最近たくさんのハイレゾ作品がリリースされ、この連載がスタートした2013年10月当初は全ハイレゾ作品を聴いてチェックしたものですが、流石に全数は無理な状況になってしまいました。嬉しい悲鳴であり、たった2年でハイレゾを取り巻く状況がここまで変わるものかと驚いています。
全部のハイレゾ作品が聴けないとなると、やはりそこはe-onkyoホームページ内のNEWSでの紹介記事や、作品販売ページのinfo欄でのアピールが鍵となってくるのは当然です。よくinfo欄が白紙の作品がありますが、これでは多くのハイレゾ新譜に埋もれ、個人的には試聴ボタンすら押さなかった作品もチラホラ。もしかしたらinfo欄白紙の作品の中に、名作、高音質ハイレゾ音源が眠っていたのかもしれないと思うと残念でなりません。
私たち聴く側は、制作側が想像しているよりも音楽に対し真剣です。そこでご提案です。レコード会社の皆さんは、このinfo欄をCDの帯のように活用してはいかがでしょうか?聴く側がinfo欄に期待しているのは、痛快なキャッチコピーではありません。エンジニアやミュージシャンのクレジット、制作側からのコメント、アーティストの意気込みなど、熱き想いでinfo欄はあっという間に埋まってしまうはず。CD盤のように帯やジャケット内の情報が無い分、ハイレゾ音源のinfo欄が充実してくれれば、各段に作品を選びやすくなります。ハイレゾ音源はレコードやCDといった形ある製品ではないだけに、info欄は重要な商品POPに成りえると思うのですが、いかがでしょうか?ハイレゾ作品を売るレコード会社の皆さんにinfo欄を重要視していただけるよう、この場をお借りしてお願いします。
■ イントロのピアノだけで、一発ノックアウト!
さて、本日の太鼓判ハイレゾ音源、実は当初、別の作品を取り上げる予定だったのですが、出会ってしまったのです・・・素晴らしいサウンドに。このピアノの音色、そして歌声を耳にしたが最後、もう心をガッチリと掴まれてしました。完全にこ惚れ込んでおります。
その日、多量に発売されたハイレゾ音源の中から、info欄を参考に、かなりの数をダウンロード購入。『はじめてのやのあきこ』は、その中の1つでした。他の仕事をしながらBGM的にチェックしていた多量のハイレゾ音源の中、他のハイレゾ作品群とは別格の、等身大とも言えるグランドピアノの音がドーンとリスニングルームに出現したのです。わが耳を疑うとは、まさにこのこと。どの作品かチェックする暇もなく、すぐにリスニング席へ移動しての本格チェックへ移行しました。
ピアノの音色はオーディオの永遠のテーマです。なんといってもピアノという楽器自体、ギターやバイオリンといった小脇に抱えられる大きさの楽器に比べて巨大。音域は広く、圧倒的物量からくる重さもかなりのもの。そして更に、音楽の授業で本物のピアノに馴染みがあるというところが曲者で、人それぞれにピアノという音色のイメージがあるのです。その巨大な楽器をマイクで収録するのは至難の業。どう記録するかはエンジニアの腕にかかっていますし、再生側にとってもシステムの能力を試される楽器がピアノといえるでしょう。
その難しいはずのピアノが、左右スピーカーの間に見事に出現しているではないですか。イントロだけで驚いていると、馴染みのある矢野顕子さんの声が。「ん?なんだか声が右に寄っているぞ。」と自分のシステムの接点不良を疑うと、なんのことはない、槇原敬之さんとのデュエット曲でした。矢野さんが右ch寄りで、槇原さんが左ch寄りというミックスです。
何度も書きますが、1曲目のピアノが素晴らしい!このサウンドはCD規格では無理だと断言しましょう。ハイレゾ音源だからこそ再現できる、沈み込むような低音の深みは格別です。このピアノ低音弦が、どうしても44.1kHz/16bitのCD規格では、全てのエネルギーが収録不可能なのです。具体的には、ガーンと弾いたときの、伸びや広がり、倍音の複雑さの表現が曖昧になるという現象が、音楽を記録する器の小ささから発生します。
もちろんピアノだけでなく、渾然一体となる歌声も素晴らしい!ピアノと歌は、間違いなく一発録りだと思います。槇原さんパートは別録りでも理論的に可能かもしれませんが、矢野さんは一発録りでなければこの生き物のようなグルーヴは出せません。
■ 録音エンジニアは名匠・吉野金次氏
録音は、あの伝説のエンジニア吉野金次さん(海外録音の7曲目を除く)。実は吉野さんとは、著書『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』で対談を予定していました。この本は、マーカス・ミラー氏やアンソニー・ジャクソン氏、日本からは今剛氏や神保彰氏といった音楽の巨匠に名盤を紹介してもらおうという企画。7人目の名匠としてエンジニア吉野金次さんを予定していたのですが、ちょうどご病気からの復帰後でしたので、体調を理由にお流れとなってしまいました。いつかお会いしたい方のお一人ですので、今でも出会える日を夢描いております。
ハイレゾ版『はじめてのやのあきこ』の注意書きにあるように、「Tr.2, 3, 6, 7,は44.1kHz/24bitマスターを96kHzにハイレゾ・マスタリングした音源」であるとのこと。さすがに44.1kHz/24bitマスターからのハイレゾは、一曲目の驚くようなハイレゾ・サウンドではありません。個人的に2曲目が気に入っており、また7曲目は上原ひろみさんとのデュオということもあり、本当に残念。マスタリングで違和感ない音質で全トラック通して楽しめますが、やはり太鼓判ハイレゾ音源であるか否かという基準では、1曲目が圧倒していると感じました。
矢野顕子さんのピアノ弾き語りシリーズからは、現代の補正や編集を繰り返した作品とは一線を画す、純度の高い大容量の音楽エネルギーを感じます。一発録りの良さ、矢野さんの歌声とピアノの素晴らしさ、エンジニア吉野金次さんのパワーなど、全てが一体となってスピーカーから押し寄せてくるようなハイレゾ音源です。
矢野さんファンでなくとも多いに楽しめる内容ということで、超豪華ゲスト多数の『はじめてのやのあきこ』を太鼓判ハイレゾ音源としてご紹介させていただきました。同時発売された『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』も、もちろん素晴らしいハイレゾ音源ですので、お薦めさせてください。
『はじめてのやのあきこ』、オーディオ好きには1曲目のピアノで大いに驚いてほしいですし、その1曲目と他の44.1kHz/24bitマスターとの音質違いを比較するのをご提案します。音楽好きには、まだハイレゾ化されていないアーティストの歌声がどのように聴こえるのか予習できるという楽しみもあることでしょう。
そして嬉しいのは、矢野顕子&吉野金次コンビによる弾き語りアルバム『音楽堂』が、11月にハイレゾ配信を予定しているとの予告が!期待して待ちたいと思います。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。音楽専門衛星デジタルラジオ“ミュージックバード”にて『西野正和のいい音って何だろう?』が放送中。