麻倉怜士厳選!ソニー・クラシカル 世紀の名演奏・名録音 交響曲25

2021/12/17

オーディオファンから絶対的な支持を得る評論家、麻倉怜士のセレクト企画。今回は待望のソニー・クラシカルがついに登場!世界に誇る豊富なカタログから「世紀の名演奏・名録音 交響曲」と題して珠玉の25作品をセレクト。
ソニー・クラシカルが誇る、オーディオファン必聴のハイクオリティな音と超一流の演奏を解説と共にご堪能ください!

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 ソニー・クラシカルは、ソニー・ミュージックエンタテインメントのクラシック部門。アメリカのクラシック界を代表する名門レーベル、コロンビア・マスターワークス作品と、RCAのRED SEAL作品をアーカイブとして継承し、80年代後半からは自社制作を行っている。

 アーカイブでは主にアメリカを舞台に活躍していたアーチストを擁する。コロンビア音源ではブルーノ・ワルター、ユージン・オーマンディ、ジョージ・セル、レナード・バーンスタイン、アイザック・スターン、パブロ・カザルス、グレン・グールド、ヴラディーミル・ホロヴィッツ……などの名演奏家たち。そのステレオ録音の優秀さは、LPジャケットには「360 SOUND STEREO」というロゴマークで示されていた。

 RED SEALのステレオ音源には「LIVING STEREO」ロゴが与えられていた。アルトゥーロ・トスカニーニ、シャルル・ミュンシュ 、フリッツ・ライナー 、ユージン・オーマンディ(コロンビアと重複)、アルトゥール・ルービンシュタイン、ヴラディーミル・ホロヴィッツ(コロンビアと重複)……など世界遺産級のアーカイブだ。

  本特集ではそれらの貴重な演奏遺産と、21世紀に制作されたソニー・クラシカルのオリジナル作品から、名演奏にして傑作録音をセレクトした。ぜひダウンロードして、聴いて欲しい。感動は必至だ。

麻倉怜士



【概要】
◆対象:本ページで紹介の25タイトル(アルバム購入のみ対象です)
◆プライスオフ期間:2021年12月17日~2022年1月31日



■ブルーノ・ワルター

 

 ブルーノ・ワルター[1876-1962]が最晩年の1957年~61年にかけて遺したステレオ録音は、まさに貴重な人類の音楽遺産だ。今回はそこから4作品をピックアップした。オーケストラはロサンゼルス・フィルやハリウッド・スタジオのメンバーから特別に編成された「コロンビア交響楽団」。ワルターの『英雄』としては生涯3度目のセッション録音だ。

 冒頭の変ホ長調のトゥッティ和音の凝縮感、それからのチェロの第1主題の確実な造形と暖かな眼差しに刮目しない人はいないだろう。悠々としたテンポ感にて、スケールの大きさと、細部への繊細な目配りが両立する。凄まじいエネルギーを秘めた、まさに畢生の名演だ。

 リマスターによって、まるで昨日録ったような新鮮で透明度の高い音調に蘇生した。堂々と安定した低域に、分離と解像感が際立って高い弦楽パートが乗る。弦に艶と色気あり、金管は尖鋭だ。右の低弦、左の高弦の対比も空間的に鮮やか。響きの滞空時間も長い。ステレオ初期の録音だが今、聴いても、まったく古色を感じないのは、ソノリティと直接音のバランスが良いからだろう。ホールの豊かな響きの中に、オーケストラ音が明瞭に浮かび上がる。艶艶した音調は、ハリウッドの楽士が多いからだろうか。コロンビア交響楽団の名手たちが、ワルターの薫陶を受けられることを何よりの喜びと感じていることが分かる、熱き『英雄』だ。1958年1月20日、23日&25日、ハリウッドのアメリカン・リージョン・ホール(在郷軍人会ホール)で録音。コロンビア音源。

 

 『田園』ならブルーノ・ワルターに限ると、LP時代から定評のある名演だ。第1楽章の、ベートーヴェン指定の「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」が、心底の真実の感情として感じられる、暖かく、朗らかで愉悦に満ちた『田園』だ。雄大なスケールで奏される低弦の上に、しっとりした中弦、煌びやかな高弦が乗るというピラミッド的なF特構造を基調とし、あらゆるパッセージにこまやかな感情の動きが聴ける。

 それはワルターのこの曲に対する深い共感の表出であり、そんなワルターを尊敬の眼差しで見つめる奏者からすると、この畢生の大指揮者の元で、『田園』を演奏できる喜びの表現でもある。それは同時に聴く者に「愉快な感情」をかきたてる。第2楽章「小川のほとりの情景」の高弦の艶艶した歌いもたいそうチャーミング。

 1958年の録音だが、ハイレゾでのリマスタリングは、細部の描写の確かさ、レンジの広さというハイレゾ的な記号性と同時に、煌びやかで、音の芯が確実な造形を持ち、暖かい感情が横溢するというアナログ的なテクスチャーをも引き出すことにも成功している。1958年1月13、15、17日、カリフォルニア、アメリカン・リージョン・ホール(在郷軍人会ホール)で録音。コロンビア音源。

 

 冒頭からして、ホルンの偉容さと優しさ、弦のトレモロの暖かなざわめき、大トゥッティに向かう木管、金管、弦の明晰なクレッシェンド曲線……と感動要素は多い。各パート、各楽器の描きもひじょうに明解だ。響きという厚い雲を通してブルックナーを見つめるのでなく、明瞭な細部を積み重ねて、ブルックナー的な大伽藍を作っていくという構築法だ。でも決して学術的、分析的ではなく、ブルックナーへの暖かい共感も嬉しい。

 アメリカン・リージョン・ホールの優秀で高解像度なアンビエントと共に、ディテールまでの直接的な響きがひじょうにクリヤーだ。音数がどんなに増えても、弦も金管もくっきり立つ、鮮明な音描写。強音であっても、音の表面がざらつくことなく、実に円滑であり、その内実には音の粒子が濃密に詰まり、音楽的感興が充る……という、二律背反的な本物的な表現性こそ、『ロマンティック』の音の美質だ。音に艶があり、尖鋭感とソノリティの暖かさが両立する。1960年2月13、15、17、25日/アメリカン・リージョン・ホール(在郷軍人会ホール)で録音。コロンビア音源。


 ブルーノ・ワルターの『巨人』は中学生の時に私が初めて買ったマーラーのステレオLPだ。芸術祭参加のレコードで、布張り豪華ジャケットにも惚れた。そのあまりの素晴らしさに、寝ても覚めても盤を回していた。私のマーラー熱は、まさにワルター/コロンビア交響楽団から始まったのだ。 師のマーラーへの畏敬と愛が痛切に感じられる瑞々しくも感情豊かな演奏で、スコアの複雑なテクスチャーを白日の元に魅せて、聴かせてくれるという意味では、『巨人』の最高峰であり続けている。とても臨時編成のオーケストラとは思えない、綿密なアンサンブルだ。大袈裟にいうと、あらゆる楽器のあらゆる旋律にカンタービレを持つ。第1楽章の第1主題の伸びやかで、健康的、そしてチャーミングなこと。 第2楽章のレントラーは力感に溢れ、躍動的でハイテンション。 この時、ワルター85歳。若い!第3楽章の不気味なロマンティックさも、ワルターの独壇場。クラリネットの突出ぶりも特筆だ。中間部のポルタメント的な弦はウィーン風で素敵。

 録音も素晴らしい。新鮮でクリヤーで、艶艶としている。特に弦の美しいことには感嘆。第1ヴァイオリンのピッチカートが驚くほど立つ。 同時にひじょうに細部まで解像力が高く、弦が手前で、その奥に響きをもった木管が、そして金管が積極的に音を突き出す。フルートやホルンなどの奥行き感も明確に認識できる。ワルターの他のハイレゾ・リマスタリングと共通するのは、低音の豊穣さ。ティンパニは大地を揺るがす。第3楽章最後のコントラバスのピッチカートでは、低周波の空気の振動が"見えた"。 1961年1月14日、21日、2月4日、5日、ハリウッド、アメリカン・リージョン・ホール(在郷軍人会ホール)で録音。コロンビア音源。



■ジョージ・セル


 これぞザハリッヒ(主観を排した)で直裁的なベートーヴェンだ。キビギヒと進み、ロマン的な感情や感傷の入り込む余地のない、快速でストレートな豪腕演奏。そもそもステレオ環境でのモノラル再生は、二つのスピーカーから同じ音を出し、ファントム・センターとして音場中央に凝縮させ、定位させるわけだが、それに加え、演奏自体の凝縮感も実にハイテンションなのだ。特に第3楽章後半の低弦の速いパッセージからピッチカートを経て、第4楽章になだれ込む部分の緊張感は劇的だ。第4楽章フィナーレの凄まじいアッチェランドと高揚感も迫真。

 ホールトーンは少なく、録音も直接、直裁的。それだけ楽器の音が明瞭、明確に聴ける。歴史を感じさせる音調だが、比較的解像度は高く、弦は意外にグロッシー。1955年11月26日、オハイオ州クリーヴランドのセヴェランス・ホールでモノラル録音。コロンビア音源。

 

 細部まで磨き込まれ、研ぎすまされ、快速テンポで進む強靱な前進力の『英雄』だ。楽章。鮮烈なリズム感で、まるでゴム鞠が勢いよく弾むような緻密な弾力感と緊張感が聴ける。3拍子が踊りのように躍動する。第2楽章は過度な感傷を排し、ザハリッヒに徹している。第4楽章の激速の導入から、ピチカートで始まるバリエーションは緊張感が漲る快速進行。弦の表情がたいへん豊かだ。一度しか出ない弦の歌謡的旋律では、速さと歌いが両立している。コーダの猛速も、見事。 音質も素晴らしい。同じセヴェランス・ホールだが、モノラルの『運命』とは大きく異なり、ステレオの本録音はホールトーンが豊かに入り、ホールの一階席中央で聴いているような豊かな空気感だ。響きの滞空時間が長く、オーケストラは2つのスピーカーいっぱいに拡がる。切れ込み感は『運命』が勝るが、細部までの丁寧な響きが楽しめる。セル/クリーヴランドの音は決してドライではなく、豊潤なソノリティも持つのだ。

 1931年に開館したフランチャイズのセヴェランス・ホールはギリシャ新古典様式の外観とアールデコ的なインテリア内観が美しい会場。「アメリカで最も美しいコンサートホール」と称されている。日本音響家協会の機関誌「音響」(1982年9月)に指揮者の大町 陽一郎氏が、当時の東京文化会館がいかに音響が悪かったかという文脈の中で、「クリーヴランドのセヴェランス・ホールという音響がいいことで有名なホールの客席で聴いたときに、実にいい音をしているという印象が強かった」と述べている。本ホールは、1970年代に音響的な改修が施された(大町氏の体験はそれ以降と思われる)。本録音はそれ以前だが、でも適度に響き、透明なソノリティが収録されている。1957年2月22,23日、セヴェランス・ホールで録音。コロンビア音源。

 

 室内楽的なラブリーな交響曲を、室内楽的な緻密さと潔癖さで聴かせてくれる。正確な拍動に乗った確実な進行感が心地好い。冒頭の鈴の音が豊かなホールトーンを発し、広い会場にひろがっていく。この時代の特徴的な直接音主体でなく、豊潤なアンビエントの中に、オーケストラが明瞭なサウンドを聴かせている。奥行きの距離感も見事に再現される。弦も木管も金管も、とてもチャーミング。第1楽章17分のホルンとチェロの合奏音の音色は濃密で、セクシーだ。第2楽章のコケティッシュな不気味さもおしゃれ。音調は超ハイファイというわけではないが、十分にクリヤーで、ヨーロッパ的な趣味の良い響き。各楽器間のバランスも好適な名録音だ。1965年10月1日&2日、セヴェランス・ホールで録音。コロンビア音源。



■レナード・バーンスタイン


 レナード・バーンスタインは、1958年にニューヨーク・フィルの音楽監督に就任し、1969年までそのポストを務めた。本作はニューヨーク時代の代表作。研ぎすまされたナイフのようにシャープで尖った『運命』だ。キレ味が凄まじく、一触で血潮があたりに飛び散るような尖鋭さ。テンポは現代的に爽快でスピーディだが、音調バランスはハイキーではなく、むしろ重心の低い堂々としたピラミッド的構築だ。

 第1楽章中盤のオーボエソロは意外なほどゆったりと、たっぷりと感情を込めている。弱音のカンタービレ部分は、優しくチャーミングに、トゥッティのフォルテ部分はハイテンションで力感を込める---という対照が、いかにもこの時代のバーンスタインらしく、実にダイナミックだ。第2楽章の歌いの振幅も大きい。第3楽章のコントラバスの躍動こそ、まさに『運命』の快感だ。第4楽章の金管の凱歌の爆発的な弾け。コントラバスの激しい上行旋律が明瞭に聴ける。第1テーマの繰り返しも嬉しい。バーンスタインの初期のニューヨーク・フィルとのベートーヴェンはこうだったのかと、後期のウィーン・フィルとのそれと比較して、あまりの対照感に驚く楽しみもある音源だ。

 音調は透明度が高く、この時代のコロムビア録音の特徴である、ブリリアントにして生命感溢れるサウンド。ホールトーンは豊かにして、オーケストラの音の鮮明さ、鮮鋭感が巧みに捉えられている。鋭い輪郭を持った楽器音がホールに広く拡散する時も、なまらずに鋭いままの間接音として拡がる。1961年9月25日、ニューヨークはマンハッタン・センターで録音。コロムビア音源。

 トラック5の『How a Great Symphony Was Written - Leonard Bernstein Talks About the First Movement of Beethoven's Fifth Symphony』は教育者としてのバーンスタインの面目躍如。短いスケッチがスコアになるまでの、本曲が生まれていく過程を解き明かし、ピアノとオーケストラでレクチャーしてくれる。「正しい旋律」「正しいリズム」「正しいハーモニー」「正しいオーケストレーション」の「正しい運命の動機」が開発(バーンスタインはDEVELOPMENTと述べている)されるまでのエピソードはたいへん面白い。ボツになった楽譜をコロンビア交響楽団が演奏してくれる贅沢さ。この解説はテレビでも放映され、そのエアチェックテープは私の宝物だ。


 バーンスタインがニューヨーク・フィルの音楽監督に就任した1958年の録音。副指揮者のバーンスタインが急病のワルターの代役で登場、衝撃的なデビューを果たした1943年から、1958年の音楽監督就任まで14年間も掛かった。この間、嫉妬、引き抜き、師匠との対立……など、さまざまなことが起こり、それらの末に、ついに1958年に栄光の音楽監督の座を獲得したのである。

 本『イタリア』は、そんなバーンスタインの新時代が始まったことを、高らかに宣言した生命力に満ちた勝利の凱歌なのだ。高輝度で明晰、快速。強い陽光を浴び、ハイテンションでイタリアの素晴らしさを朗々と歌い上げる、太陽のような賛歌だ。録音は低音のノイズが全楽章で認められるが、しかし、演奏と同様にひじょうに明瞭、明晰な音質であり、音の価値は高い。直接音も豊かだが、同時にみずみずしく、輝かしいソノリティに満つる。1958年1月27日(ハイドン)、1958年1月13日(メンデルスゾーン)、ニューヨークのセント・ジョージ・ホテルで録音。コロムビア音源。


 中学生の時に、今は無き新宿コタニでステレオLPを買って愛聴していた。私にとって初めての『新世界より』だ。後に、これはバーンスタインならではの決然とした個性的な爽快演奏で、多くの『新世界より』は、これより遙かにのどかで牧歌的であることを後に知ったことだ。

 鮮烈でコントラストの効いた『新世界より』と当時から認識していたが、このハイレゾでは、まさにそれは間違っていなかったと再発見。第1楽章の主部の急流を勢いよく下るが如くのハイテンポ、音の輪郭強調、メリハリが効いた直裁的な表現……まさに若きアメリカンな生命感溢れる『新世界より』だ。フィナーレは唖然とするような,ダイナミックな追い込み。第2楽章は対照的に情を聴かせる。ゆっくりと歌うところは、たっぷり時間を掛けるのもバーンスタイン流の懐の深さ。第3楽章は爆速で、豪快無比。切れ込みの鮮明さは、あらゆるボヘミア的な演奏と一線を画す。、第4楽章は冒頭は俊速だが、メインテーマは威風堂々と。録音も古さを感じさせない伸びのクリヤーさと透明感、スピード感が聴ける。1962年4月16日、マンハッタン・センターで録音。コロムビア音源。


 冒頭の右チャンネルのチェロ+コントラバスと左チャンネルのヴァイオリンの見事に左右に分離した音場が、ステレオ時代の到来を高らかに告げている。それはニューヨーク・フィルを手中にしたバーンスタインの凱歌であり、同時にソ連公演を大成功させた凱旋の雄叫びでもあった。

 バーンスタインがニューヨーク・フィルの音楽監督に就任したシーズンの最後を飾る大イベントが1959年8月から約2カ月にわたるヨーロッパ演奏旅行。そのハイライトが冷戦時代における、アメリカのオーケストラによる初のソ連ツアーだ。9月11日、モスクワ公演で感激したショスタコーヴィッチがステージに上がって演奏を讃えたのは有名なエピソードだ。LPのジャケットにはショスタコーヴィチがステージに駆け上ってバーンスタインと握手する写真が印刷されていた(e-onkyo musicのサイトでも確認できる)。

 本録音は帰国後の10月20日、ボストン・シンフォニー・ホールにて、夜の公演の前に、すべてをセッション収録。ソ連での興奮と感動がさめやらぬうちでのもの凄い熱い演奏が繰り広げられている。第2楽章も冒頭のコントラバスとチェロの強調が生々しい。語尾を強調した颯爽なアーティキュレーションが、諧謔性とコケティッシュさを強調している。「強調」と何度も書いてしまったが、まさにショスタコーヴィッチが体験した、ソビエトの過酷な冷えた空気を体現しているような、厳しく、鋭いナイフのような研ぎすまされた輪郭感なのだ。第4楽章の驚速ぶりにも驚く。このスピードにショスタコーヴィッチは惚れたに違いないと思わせる、本曲の本質を衝いた速さだ。ティンパニの連打も衝撃的。最大限の緊張感と尖鋭感をメッセージとして謳った希代の名演だ。

 録音も、鋼のように硬質な音調にて楽曲の世界観をリアルに捉えている。豊かな響きで知られるボストン・シンフォニー・ホールだが、ホールトーンは最小限で、メカニカルな直接音が主体だ。1959年10月20日、ボストン、シンフォニー・ホールでの録音。コロムビア音源。



■ユージン・オーマンディ


 ユージン・オーマンディはハンガリー出身の大指揮者。1938年、ストコフスキーの後任として、フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任、膨大な録音を遺した。艶艶した音調は、「オーマンディ・サウンド」「フィラデルフィア・サウンド」として東西のクラシックファンの耳を虜にした。当初はRCAで録音、44年コロムビア・レコードに移籍。68年にRCAに復帰した。ソニー・クラシカルでは、コロムビアもRCAの両方をアーカイブしている。本作はコロムビア時代の1950年のモノラル録音。

 チャイコフスキーの交響曲は、オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団が繰り返し演奏・録音している、定評ある定番のレパートリー。交響曲5番が持つカラフルさ、輝かしさは、まさにフィラデルフィア管弦楽団のそれと資質的に共通する。アクセントをしっかりつけ、冴え切ったリズムにて、メリハリが効いた快速演奏。楷書風のチャイコフスキーだが時折、弦がしゃくりあげるポルタメントを効かせるのが、チャーミング。第2楽章の悠々としたテンポ、濃い感情移入は感動的だ。第4楽章フィナーレの快速加速も刮目。モノラル録音だが中域が充実し、高域がキラキラと輝く、ブリリアントなフィラデルフィア・サウンドが聴ける。1950年11月19日、フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージックで録音。コロムビア音源。


 オーマンディのレパートリーはひじょうに多岐に渡っているが、シベリウスには特別な思いを持っていた。フィラデルフィア管の音楽監督就任直後に交響曲第2番を演奏し、交響曲、交響詩の録音も多い。1955年にはオーケストラメンバーを引き連れて、フィンランドにてシベリウスと面会している。交響曲第2番は3種類のスタジオ録音があるが、本作は1947年に、フィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックで録音された、最古のもの。もちろんモノラルだが、音はとてもよい。明瞭で、輝きに満つ。ホールトーンは目立ったほどはなく、ストレートなダイレクトサウンドが聴ける。 フィラデルフィア管の艶と北欧の清涼な空気が融合した、たいへん魅力的なシベリウスだ。テンションの張った弦と輝かしい木管、押し出しの強い金管といった各パートの名人芸が、まさに隈取りされたように明確に聴ける。第2楽章開始のコントラバスのピチカートは雄暉で力強い。バスーンの入りも絶妙だ。第3楽章冒頭の緊張感と中間部の木管ののどかさとの対比も、音楽的だ。4楽章は輝かしく、前進力に溢れる。溜とその後の高揚も、さすがの演出。低弦の蠢きを背景にした木管の謳わせ方も上手い。輝かしきフィナーレも満足感が高い。1947年11月1日、フィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックで録音。コロムビア音源。



■デイヴィッド・ジンマン


 冒頭の右側の低弦のfffのアレグロ・マエストーソ(荘厳に速く)の入りを、迫力満点に頑張る演奏が多いが、デイヴィッド・ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管は、まったく力まず、自然体そのものだ。それからも強調感や無理な輪郭感を与えず、生成りのナチュラルな進行が続く。熱血なマーラー像とは無縁な、清涼にして上質なマーラーといえよう。これまでマーラーの交響曲を複数、録音し、実演でも数限りなく指揮しているジンマンの辿り着いた崇高な境地ではないか。肌触りが上質で、輪郭にアールが与えられ、弦がポルタメントし、潤いに満つ。強奏トゥッティでも優しく、しなやかな表情だ。

 ひじょうに空間性を重視した本録音では、録音会場のチューリッヒ・トーンハレの豊潤なソノリティが、たっぷり聴ける。オンマイクでの直接的なサウンドではなく、離れた客席で聴いているような広い空間感だ。出音が空気を伝わって、会場のあちこちにて、材質感も含んだ響きが付与され、耳に届いてくる。咆吼とは無縁の潤いに満ちた金管の調べが、心地好い。

2006年2月10-12日、チューリヒのトーンハレで録音。



■クリスティアン・ティーレマン


 ティーレマンのベートーヴェンは、ドイツ系としてのオーソドキシーを持ちながらも、かなり個性的だ。基本的には大地にしっかりと根を張った、安定感の高い、腰低の音楽だ。大排気量の大型サルーンが、アウトバーンを”重く疾走”する姿が思い浮ぶ。それもここぞというところで、速度を落とす。輪郭を過度に立てずに、音の内実を濃密に描く。

 ウィーン・フィルでティーレマンでしかもムジークフェライン・ザールという三題噺なのだから、この分厚い、そして艶と光沢に満ちた輝かしい響きこそ、本作品の白眉だ。細部まで解像力を磨き込むという構成ではなく、豊かで厚いホールアンビエントの中にウィーン・フィルのしなやかで、暖かな音を位置させている。2010年4月、ウィーンのムジークフェラインでライヴ収録。ユニテル音源。


 ティーレマンはブルックナーの交響曲第4番を、さまざまに録音している。2008年に当時、音楽総監督であったミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団と、映像作品を残している。2015年にはハース版をシュターツカペレ・ドレスデンで録音。今回は2020年8月21日&22日のザルツブルク音楽祭でハース版をライヴ録音。この組み合わせで推進しているブルックナー・プロジェクトの第3弾という位置づけだ。暖かく、スケールが大きく、包み込むようなマッシブさ。ウィーン・フィルの特質を見事に活かした雄大で、壮大なブルックナーだ。

 ライヴ収録ということもあるが、細部まで徹底的に解像させるのではなく、鳥瞰し、全体像を抱擁力の大きさで包む。潤いと輪郭の優しさは、まさにウィーン・フィルの記号性だ。第3楽章の狩りのホルンは見事な音場芸。左のホルンから始まり、中央のトランペットが加わり、次に左右一杯に金管隊が拡がるさまは、ダイナミック。第4楽章のマッシブな音の爆発力はまさに音響の快感。2020年8月21日&22日、ザルツブルク祝祭大劇場でライヴ録音。ウィーン・フィル音源。




■テオドール・クルレンツィス


 ラディカルなクルレンツィスに掛かると人口に膾炙したポピュラーなチャイコフスキー『悲愴』が、まるで昨日作曲された新曲のように聞こえる。リズムがこれほど躍動する『悲愴』なんて聴いたことがない。「悲愴性」ではなく「舞踏性」が表に打ち出され、実に新鮮だ。第1楽章第2主題の五音音階旋律が、これほど心を打つとは。大袈裟なアゴーギクや揺らしはないかわりに、透明な深遠さがある。第2楽章の表情の抑揚のレンジの大きさ、第3楽章の生命感の高揚、低減のピッチカートと高弦の揺れ動く音符の対比感、第4楽章の透明な哀しみ……すべて新鮮な驚きだ。録音はマッシブな響きが充実している。2015年2月9-15日、ベルリン、フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセで録音。


 人口に膾炙したポピュラー曲を、まるで昨日作曲された新曲のように聴かせるクルレンツィス。恐ろしいまでの迫力と推進力に溢れた『運命』だ。ベートーヴェンの指定速度での演奏ということだが、まさに今、この曲がベートーヴェンの手で書かれたその瞬間に立ち会っているようだ(実際には山のような書き直し、加筆、訂正の末に完成したわけだが)。鋭いバネのような弾力性、躍動と快速、たたみ込むような激しさ……という力感係の特徴に加え、ひじょうに細部まで強弱の抑揚が効き、ここでそう来るかと、驚きの連発だ。

 普通は慈愛と優しさが語られる第2楽章も軽妙なスタッカートの連発。まるで軽快なドイツ行進曲のよう。第3楽章の低弦のバッセージはあまりに速く、聴く方も認識が追いつかない。ベートーヴェンの指定はここまで速かったのかと、驚くばかり。第4楽章のフィナーレも、フルトヴェングラーの第九のフィナーレのように驚速になるが、そのままなだれ込んで終わるのではなく、最後の最後の8つのハ長調和音は、きちっとマルカート(1音1音をはっきり奏する)して、ちゃんと最後の落とし前をつけるところなん、素晴らしい芸人だ。

 まさに息もつかせず……というより、あまりに特異なので、息を飲む……というより、息をするのも忘れる演奏だ。あまりの衝撃に動悸が高まり、脈が乱れそうだ。クルレンツィスの音楽は、耳でなく体全体で、その凄さを受け止めて体感するというのが正しい。余りにも演奏自体が凄まじいので、音量は下げて聴く(?)のがいい。音量が大きいと、余計、体に刺激だ。

 かつてサントリーホールで、クルレンツィスとムジカエテルナをライヴで聴いたが、この時、これは決して鑑賞ではなく、「体験」だと思った。指揮者とオーケストラと聴衆の三位が熱く共鳴しあって、ライヴをさらに昂奮させる。まさにロックコンサートのクラシック版。自宅での観賞でもまったく同じ感想を抱く。ソノリティが豊かで、ディテールまでバランス佳く録られた音も、いい。2018年、ウィーンのコンツェルトハウスで録音。


 聴き手に衝撃を与えるテオドール・クルレンツィスとムジカエテルナ。ベートーヴェン『運命』も凄かったが、ベト7はさらに凄い。それはまさに物理的な衝撃。冒頭のトゥッティでのティンパニの一撃は鋭角的で雄大だ。スコアに忠実にして、底知れぬほど生命力と推進力、そして爆発的なエネルギーを聴かせる---というより体験させる衝撃のベト7だ。 こまかなフレージングのひとつひとつに溌剌とした生気が宿り、大トゥッティでは衝撃的な切れ味と俊敏さ、前進力を聴かせる。第2楽章ではメインメロディと対比する副旋律との対位法的な面白さを堪能。第4楽章最後のドミナント部分のフレーズは、抑揚が凄い、フィナーレはまさに火の玉になって、大団円を迎える。ベト7には天下の名盤が溢れているが、まさにワン・アンド・オンリーの過激作だ。

 録音もこれまでの中で、もつとも高解像度。細部まで明瞭に記録されているので、クルレンツィスのディテールまでの解釈が、手に取るように分かる。ウィーンコンツェルトハウスの長い響きが、俊速演奏に潤いを与えている。録音でもこの昂奮なのだから、生はさらにエキサイティングだろう。彼らは立って演奏しているが、観客もオールスタンディングで、踊り出しそう。2018年、ウィーンのコンツェルトハウスで録音。



■ニコラウス・アルノンクール


 まさに衝撃のモーツァルト。ピリオド奏法の先駆者ならではの、こんな解釈があったのか、こんなアーティキュレーションがあったのかと感嘆する。本録音の2012年の時点では、こうしたキレ味が鮮明で峻厳な『ハフナー』交響曲は決して不思議ではないが、1980年代には、たいへんな衝撃だったに違いない。一音一音にエネルギーが凝縮し、極めてブリリアントで、躍動感に溢れ、しかも鮮鋭感が高い。まさに昨日、生まれた新曲を初めて聴くようなフレッシュな気分だ。鮮鋭な中にも、一瞬のタメがあるのが愉しい。

 音質も素晴らしい。ウィーン・フィルらしい軽妙で洒脱さが、この録音ではたっぷり堪能できる。ムジークフェラインザールのソノリティが特筆的に美しい。明度が高く、きらきらと輝く音の粒子が飛翔し、会場のあちこちで反射し、美しい響きとなり、爽やかで、リッチな空気感を形成している。2012年12月1,2日、ウィーンのムジークフェラインザールで録音。



■ジョルジュ・プレートル


 ジョルジュ・プレートル(Georges Prêtre, 1924年8月14日 - 2017年1月4日)は、フランスの名指揮者。2008年、2010年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートで、健在ぶりをアピールしていた記憶がある。

 細部まで丁寧に描かれた、上品で上質なシベリウスだ。北欧の風土を荒々しく歌い上げるのではなく、都会的でスマート、そして絵画的だ。弦の情熱的なフレーズでは、たっぷり旋律線を歌わせ、その響きのみずみずしさも、その歌いと共に感動的だ。金管の咆吼も大迫力だが、でも上質だ。第2楽章の冒頭のコントラバスのピッチカートは、過度に強調されず端正。それに乗る、木管が神秘的だ。第3楽章の金管の鋭利なテンション感も印象的。第4楽章は悠々としたテンポで、凱歌を高らかに歌う。

 2つのスピーカーいっぱいにオーケストラが拡がり、奥行き方向の空気感情報、楽器音情報もひじょうに豊かだ。1969年のアナログ録音だが、音に新鮮味が溢れ、まるで最新録音のような鮮明さ。それと共に、アナログ的なしなやかさも嬉しい。現代のオーケストラ録音につながる、レコーディングの極意がある。1967年録音。RCA音源。



■アラン・ギルバート


 かつてのブルックナー演奏のように分厚い響きで音場を覆い、ゆったりとした抱擁力で聴かせるという行き方ではなく、キレ味の良い細部を積み上げ、結果としてひじょうに細部まで目配りの行き届いた綿密さと同時にスケールの雄大さも獲得した、音楽的エネルギーが漲った現代的なブルックナー像だ。過度のロマンティックさは排しているが、第2楽章の歌いの振幅の大きさには、刮目。フィナーレの雄大さ、悠々さ、そして音の凝縮感、緻密さには、新しい指揮者を迎えるオーケストラの期待と矜持も聴ける。

 エルプフィルハーモニーホールの音響も聴きどころだ。清涼で透明度の高いホール音響に支えられ、各パートがひじょうに明晰で、音像的なセパレーションに優れる。そのため各パートが合わさり、重層化する過程も鮮鋭に追え、アラン・ギルバートのブルックナー解釈が、リアルに識れる。ブルックナーへの深い洞察と、エルプホールの緊張感の高い現代的でクリヤーな音響の合わせ技だ。flac 48kHz/24bitだが、高水準の音質だ。2019年6月25-27日にハンブルクのエルプフィルハーモニーにて録音。2019年9月にNDRエルプフィルの首席指揮者就任の直前の演奏だ。



■バーゼル室内管弦楽団


 世界的なオーボエ奏者のハインツ・ホリガーがバーゼル室内管弦楽団を指揮した『未完成』。バーゼル室内管というが、それは言葉の意味での「室内」などではなく、音楽的にはひじょうにスケールが雄大で、歌いの表情がダイナミックだ。『未完成』という人口に膾炙し、クラシック入門的なピースから、これまで聴いたことのないような峻厳さ、精神性の高さが聴けるのは、まさに「ハインツ・ホリガー」体験」というより他に言葉はない。7分からの展開部の悠然たるテンポ、抑揚の大きさ、ティンパニの豪打、トランペットの咆吼……は、まさにデモーニッシュとも形容できるほど。実に厳しい『未完成』だ。音質も素晴らしい。オーケストラのすみずみまで、音楽的なカクテル光線が照射され、各プルト、楽器の解像度が格段に高い。音の立ちも新鮮だ。2020年8月21~28日、スイスはバーゼルのドン・ボスコ教会で録音。

  


 リコーダー奏者、指揮者のジョヴァンニ・アントニーニとバーゼル室内管弦楽団が2004年からスタートさせたベートーヴェン交響曲全曲録音は、この2016年録音の『第9』で完結。まるで踊るように躍動する俊速な第九だ。スタッカートはゴムまりのように弾み、しゃきしゃきと音楽が進み、キレ味が鮮明。HIPな第九もさまざまなスタイルがあるが、舞踏的な第9としては最右翼だろう。第4楽章の否定の低弦も、思いを入れる間もなく、あっという間に完結。でも強弱の抑揚は確かに与えられている。

 音調はまことにクリヤーで清涼だ。演奏スタイルと同様に、後に引き摺ることなく、快感的な時間進行だ。つまり音の立ち上がり、立ち下がりが俊速ということ。ホールトーンも豊かだが、各楽器の見渡しもよい。第4楽章の喜びの旋律をオブリするファゴット音はひじょうに明瞭に立つ。その旋律は軽やかで、まるでスキップしているような軽快さ。2016年9月5日~7日 ポーランド ヴロツワフ 国立音楽フォーラム 大ホールで録音。



■ミュンヘン室内管弦楽団


 昨今の室内オーケストラでは、ピリオド、HIPでないものは存在価値がないような雰囲気で、その勢いはロマン派にも及んでいるようだ。このミュンヘン室内管弦楽団も、アレクサンダー・リープライヒが2006年に音楽監督、首席指揮者に就任し、ピリオド奏法を積極的に取り入れたと資料にあるが、本メンデルスゾーンは、ピリオドとは無縁にして、ロマンティックな香りが濃厚だ。第7曲の『結婚行進曲』の冒頭のトランペットファンファーレが快感的スピードで奏され、躍動感に溢れるヴィヴットな音進行だ。交響曲第4番『イタリア』冒頭の、木管の細かな音符に乗る弦の音の清涼さも聴きどころだ。音場の響きがみずみずしい。教会での録音らしく、ソノリティの豊かな美しい響きが聴ける。それも、あまり大きな会場ではないので、適切な(直接音を阻害させない)量だ。見通しの良さ、音の飛翔の華麗さ、俊速さが愉しい。2014年10月、ミュンヘンの聖母被昇天教会で録音。



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