伝説のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイをアナログ・サウンドで捉えたMAYAの最新作『Billie』のハイレゾが発売に

2021/12/08

ジャズやラテン・ミュージックに軸足を置きながら、シャンソンやフレンチポップ、さらに日本の歌謡曲にも踏み出すなど、幅広いフィールドで活動してきたMAYAさん。シンガーとして、また、近年はソングライターとしての才も発揮するアーティストが最新作のテーマに選んだのは伝説のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイ。初のセルフ・プロデュースで臨んだニューアルバム『Billie』は、ヴィンテージマシンが充実する「STUDIO Dede」でレコーディングされています。e-onkyo musicのインタビューには初登場となる彼女に、本作の録音の様子やアナログレコーダーを使用した音作り、そして、MAYAさんの音楽を支えてきた参加ミュージシャンのことなどたっぷりとお話を伺いました。なお、インタビューは東京・秋葉原の老舗オーディオショップ「ダイナミックオーディオ5555(フォー・ファイヴ)」にご協力いただき、4階の試聴室で行いました。また、インタビューには、ドラマーの松尾明さんにもご同席いただきました。

取材・文◎山本 昇 写真◎田村玲央奈(アーティスト)、山本 昇(インタビュー/機材)
取材協力◎ダイナミックオーディオ5555


Billie』/MAYA





――普段、ご自宅のオーディオではどんな音楽を聴くことが多いですか。

MAYA 家でいちばんよく聴くのは、実は環境音なんです。波の音とか鳥の声とか……、そういうのをよく聴いています。浄化されるような感じで気持ちいいんですよ。その次によく聴くのは、しっとり系のジャズ・ヴォーカルでしょうか。がなりたてるような歌ではなく、家の空間に馴染むようなジャズ・ヴォーカル作品を聴いています。ラテン・ミュージックも、ダンサブルな曲ではなく、ソンなど哀愁を感じさせる、ゆったりしたものが多いですね。

――ちなみに、現在のご自宅のオーディオはどのようなシステムなのですか。

MAYA 徐々に成長していっている感じですね(笑)。女性のオーディオファンの多くと同じように、私も真空管アンプを中心に音楽を鳴らしたいという希望が最初からありました。現在はトライオードのTRV-A300XRという赤いモデルで聴いています。

――実際に導入した真空管アンプはいかがですか。

MAYA やはり真空管らしい温もりがありますね。私は常々、音楽に体温を感じたいと思っているんです。そういう意味でも良かったし、見ているだけでもほっとするというか……。無機的じゃないイメージがあります。

――音源はアナログも聴ける環境ですか。

MAYA はい。最近はアナログを聴くことが多いですね。プレーヤーはロクサンのRADIUS7です。一目惚れして購入しました。レコードの音は人間的な感じがするし、アーティストの近くに行けるような気がするんです。しかも、このところはオリジナル盤にハマっていて(笑)。今回のアルバムも、来年にはアナログもリリースする予定ですよ。フフフ。

インタビューを行った「ダイナミックオーディオ5555」4階の試聴室



■ビリー・ホリデイの音楽が持つ強さをこの時期にこそ届けたい

――では、そのニューアルバム『Billie』について伺いたいと思います。ただ、その前に一つお聞きしたかったのですが、このアルバムが録音されたのはまさにコロナ禍の最中でした。この2年近くに起こったことは、MAYAさんの音楽、あるいは音楽の聴き方に何か変化をもたらしましたか。

MAYA 本当に皆さんが不安を抱えたこの2年だったと思います。私は歌手・音楽家としてこの先、音楽ができなくなってしまうんじゃないか、ライヴを含めて歌う環境がなくなってしまうんじゃないかという不安でいっぱいでした。そんな中でずっと考えていたのは、もし次が最後になるならどんな歌を残したいのかということでした。MAYAとしてやってきたこれまでの活動の流れも含めて、どういう作品を残すべきなのかと。そうして辿り着いたのが今回の『Billie』なんです。
 ビリー・ホリデイという伝説的なジャズ・シンガーの歌を聴くと、誰にも出せない魅力というか、その歌い方やフレーズにいつもハッとさせられます。「なんだろう、この人は」という驚き。しかも、歌は彼女の生き方と切り離せません。非常に過酷な人生を背負いながら、声が出なくなるまでステージに立ち続けたジャズ・シンガー……。そんなドラマを感じさせるビリー・ホリデイを、私はこのコロナ禍にもう一度聴き直しました。そこで気付いたのは、彼女が持っていた強さこそ、私たちがいま必要としているものなんじゃないかということだったのです。私が残したいものもまさしくこれだと、ビリー・ホリデイをテーマにしたアルバム作りに思いが至りました。そして、録音は先ほどもお話ししたような人間的な温もりのあるアナログで行いたい。そういった想いがだんだんリンクしていって、今回の作品に繋がっていきました。

――なるほど、そういった心境だったのですね。確かにコロナ禍は、様々な社会的な課題も浮き彫りにしました。

MAYA そうですね。誰もが苦悩を抱えていることでしょうけれど、私にはビリー・ホリデイがそうした中でも強く生きるための指針を示してくれているように思えるんです。

――今年は映画『BILLIE ビリー』も公開されました。

MAYA ちょうどレコーディングの2日くらい前に観ました。いちばん衝撃を受けたのは彼女の目の輝きです。あんなに苦悩に満ちた人生を歩んでいるのに、こんなにピュアな瞳で歌うことができるのがすごいと思ったんです。一方で、すごい苦労をした人は感覚が研ぎ澄まされていくと思うのですが、ステージで歌う彼女の映像を観てそのことを実感しました。彼女にしか出せない表情と声、そして重みと迫力がリアルに伝わってきました。

新作に込めた想いやこれまでの活動について語るMAYAさん



――アルバムには、「……私の中のビリー・ホリデイに捧ぐ。」というMAYAさんによる一文が添えられています。伝説のジャズ・シンガーを内面化する過程で得たもの、発見したものはありましたか。

MAYA ビリー・ホリデイを最初に聴いたときから変わらないのは、「女は覚悟」という感覚なんです。どんなシーンでも、彼女はそれを持って生きている。私も、いろんな言語やジャンルの曲を歌っていますが、自分の中では一貫したものがあるんです。それは、ある種の覚悟を持ってステージに立つことの大切さなのですが、ビリー・ホリデイを見ていると、そのことの重みがすごく伝わってきます。やっぱり、そういった芯の部分をぶれずに持ち続けることは大事だと思わせてくれるんです。

■初のセルフ・プロデュースで成し遂げたこと

――そして、今回はセルフ・プロデュースで制作された初のアルバムでもありますね。ボーカリストでありながら、全体のプロデュースも手掛けるのはなかなか大変だったのでは?

MAYA 本当にものすごく大変で、倒れる寸前までいきました。やり甲斐はあることなのですが、おっしゃるとおり、本来歌手は歌うだけで精一杯なんですよ。声の状態を保つために体調を調整したり、精神面を整えたり。今回も、もちろん歌に関しては集中できるようにしました。私はマクロビオティックという料理の師範の資格を取っていて、2ヵ月ほど前から玄米菜食を中心に、声や体調にいい食べ物を自分で作って摂るようにするなどして録音に臨みました。スタジオに入るまでは緊張もします。でも、歌い始めれば集中できるので、いつもどおりにできたと思います。ただ今回は、歌の録音が終わればパッと頭を切り換えて(笑)、ミュージシャンの方たちや、エンジニアを務めてくださったPiccolo Audio Worksの松下真也さんとのコミュニケーションをできる限り行いました。特に松下さんとは、レコーディングからミックスまで1ヵ月くらいにわたって何度もやり取りさせていただきました。

――なぜ、そうしようと考えたのでしょう。

MAYA 私はこれまで、エンジニアの方に意見を求められれば私なりの希望をお伝えしてきました。エンジニアさんとのこうしたやり取りはとても大切で、ここがうまくできなければ、自分の作品をトータルに高めていくことはできないのではないかと常々感じていました。出来上がったものに対して評価するのではなく、作っているプロセスの中で、こういう音で録ってほしいとか、こういうバランスでミックスしてほしいといった会話がしたかったんです。今回、セルフ・プロデュースとすることで、歌い手としての意見はもちろんですが、それ以上に音のバランスや各楽器の定位感や実在感、音色や質感、セパレーションなど無限大のオーディオチェックポイントをお楽しみいただけるサウンド作りも意識してエンジニアの松下さんと一緒になって、曲ごとにミリ単位で調整させてもらいました。

――今回はそういったことにご自身もコミットしてみようと。松下さんとはどんなやり取りを?

MAYA ミックスで私の希望を伝えると、松下さんがその場でやってみてくれて、OKなものもあれば、例えば分離しすぎてバラバラになってしまっていたりして、またいちからやり直したり。1曲1曲、時間をかけて、ヴォーカルと各楽器の定位を考えつつ、全体のバランスをどう取るかを見極めていきました。

――そのようにして、MAYAさんが表現したかったのはどんなところですか。

MAYA 私のAMBIVALENCEレーベルは、レーベルのカラーとして“見える音”をテーマの一つに掲げています。音が立体的に見えてくることで、音楽に“抑揚感”が生まれると思うんです。音楽家として再現したいのは、歌や演奏が本当に見えてくる感覚です。演奏者の動きや目配せも感じてほしいし、最も伝わってほしいのはシンガーの香りや色気といったもの。音楽のパフュームのようなものまで感じられるような音作りを目指したいと思っていて、今回はそれをとことんやらせていただきました。

――なるほど。そのためには自らプロデュースする必要があったのですね。

MAYA エンジニアさんと、ちゃんと会話ができるシンガーになりたいとずっと思っていたんです。その意味でも今回は松下さんをはじめ、エンジニアの皆さんのご協力により、とてもいい経験をさせていただきました。

■アナログテープにこだわった理由

――ヴィンテージマシンが揃うSTUDIO Dedeを選んだ理由は?

MAYA AMBIVALENCEレーベルの第1弾となった松尾明さんのアルバム『and alone』(2020年)をSTUDIO Dedeで録ったとき、明らかにそれまでとは違うサウンドを肌で感じることができました。『and alone』はインストゥルメンタルの作品でしたが、私はぜひここでヴォーカル作品を録ってみたいと思っていたんです。他のスタジオでデジタル録音するという選択肢も考えましたが、今回のビリー・ホリデイというテーマからしても、あの音の感触が忘れられず、「やっぱりアナログテープだな」と思ってSTUDIO Dedeに決めました。松下さんも大いに乗り気で受けてくださり、そういう皆さんの気持ちも嬉しかったですね。マスタリングをご担当いただいた吉川昭仁さんも「『and alone』も良かったけど、もっといいものを作ろう」と言ってくださって。そんな皆さんの力が音にも表れていると思いますよ。


『Billie』を録音したSTUDIO Dedeのコンソールルーム



――STUDIO Dedeのレコーダーはマルチも2chもテレフンケンということで、アナログの中でもまた格別ですね。先ほどおっしゃった“パフューム”の部分もしっかり捉えてくれたのではないでしょうか。

MAYA そうなんですよ。ハイレゾでも、そんなアナログのいい音が聴けるんですよね。それもすごく不思議だなと思って。私たちは普段はデジタルで録ることが多いわけですが、どこか音に疲れるところがあるんですね。でも、今回はそういう疲れはなく、何時間でも歌っていられるという感じでした。

――マルチトラックもアナログを使用しているので、いわゆる編集作業には制約があったと思いますが、特に問題はありませんでしたか。

MAYA 今回は、「なるべく手を加えずシンプルに、ありのままに」というのが私の中のテーマの一つだったんです。だから、歌のピッチ修正もほとんどしていません。また、例えば1曲目の「What a little moonlight can do」では、私が何も決めずにアカペラで、しかもかなり速いテンポで始めてしまって、ベースの新岡誠さんとテナー・サックスの高橋康廣さんが慌て気味についてきている様子が分かります。思わず出てしまった声もそのまま入れ込んで(笑)。「Feeling good」では新岡さんが私と一緒に歌い出しちゃって(笑)。消すこともできないし、そのままコーラスとして生かしています。今回はそういった音も音楽の一部として全部生かしてるんですよ。


16トラックの2インチ・アナログテープ・レコーダーTELEFUNKEN M15



――選曲のポイントは?

MAYA ビリー・ホリデイをテーマに、彼女が歌った曲を中心に選曲しています。ただ、「Left alone」は作詞がビリー・ホリデイで作曲はマル・ウォルドロンですが、彼女の歌としての録音は残されていないんですよね。なので、この曲だけは最初から収録したいと思っていました。ニーナ・シモンのバージョンで知られる「Feeling good」もビリー・ホリデイは歌っていません。彼女がもし録音していたらどんな曲になっていたか――アナログレコーダーを回して想像しながら歌ってみました。


STUDIO Dedeのヴォーカル・ブースでレコーディングに臨むMAYAさん



■オーディオ的にも楽しめる編成とアレンジ

――各曲のアレンジはどのように決めていったのですか。

MAYA アレンジに関しても、とにかくシンプルにしようと心掛けました。いろいろ付け加えて華やかに作り上げるのとは逆に、むしろ削ぎ落としていくという感じで。でも、シンプルであることで、かえって強く訴えることもできる。そんなところを狙っています。「Guilty」はテナーを加えたカルテット編成ですが、松尾さんのアイディアで、あえて歌とテナーが交わらないアレンジになっています。歌があるとはきはテナーがない、テナーがあるときは歌がいない。主役が交互に入れ替わる、ちょっとレトロな雰囲気のアレンジなのが面白かったですね。
 今回は、オーディオ的にも考えたアレンジをしています。1曲目「What a little moonlight can do」は出だしのアカペラで空間性を感じていただけると思います。また、歌とピアノとのデュオから、トリオやカルテットをバックに歌っているものまで編成も様々。それぞれに楽器の位置関係や歌の出方などを楽しんでいただけると思います。オーディオファンの皆様にも喜んでいただけるよう、1枚でいろんな聴き方ができるようにしようと思ったのは、私も家でオーディオをやり始めたからこそ。今作の編成やアレンジ、そして音作りは、ここ数年で得られた私なりのオーディオ的な学びの成果も活かされていると思います。ぜひ聴いてみてください。

――ヴォーカルの部分で、特に印象に残っている曲はありますか。

MAYA そうですね、大変と言えばどれも大変だったんですけど(笑)、私はテンポについてはかなり気を遣うほうで、ほんの少しでも速かったり遅かったりするとイメージが変わってしまって上手く歌えないんです。どこかしっくりこないんですね。例えばピアニストはもうちょっと速く弾きたいと思うかもしれないけれど、私の歌が乗るテンポ、心が踊るテンポというものがある。もちろん、私だけがよければいいわけでもなく、みんなにいい色を出してほしいので、そのあたりの調整は慎重に行いました。先ほどもお話ししたように1曲目「What a little moonlight can do」はテンポが速くて、しかもドラムがないのですが、それでいてスウィング感を出すのがすごく大変でした。

松尾 ドラムが入ると普通の感じになるんですよね。そこで、「ドラムを抜いてみよう」というアイディアをMAYAが出してくれて。やってみたらこれがけっこうスリリングな雰囲気も出てよかった。

MAYA 8曲目の「Did I remember?」は、ヴォーカル曲を熟知している松尾さんから唯一リクエストがあったもので、ビリー・ホリデイ以外はほとんど歌っていないレアな1曲です。この曲では松尾さんのテンポ感を尊重しようと、私はそれに合わせたいという気持ちでした。それでも、いざレコーディングを始めてみると、私が考えていたテンポよりも遅めで……。そこに感情を持っていくのはけっこう苦労しました。

松尾 “チャンジー2ビート”って言いましてね。チャンジーはじいさんのこと。つまり、年寄りがやるような古いスタイルの2ビートです。けっこうノリが難しいんですけど、今回はそれでいこうと。

MAYA 聴いてくださる方からすると、それほど難しい曲だというイメージはないと思うんですが、歌うほうは実は大変なんですよ(笑)。一方、「Lover come back to me」は誰もが取り上げる曲なので、私はこれまであえて歌ってこなかったんです。でも今回、寺島靖国さんがリクエストしてくださったのでやってみたら、けっこういい曲だなと思いました。ただ、どうしてもいただけないのがエンディングの部分で、日本のジャズヴォーカリストは皆さん、同じように3回繰り返して歌われるんです。ここだけは、私なりに考えて、わりと爽やかに終わっています(笑)。細かい部分ではありますが、そんなところに自分の色を付けています。

――最終的に、とてもいい形でアルバムとしてまとまっていますね。

MAYA 先ほどご紹介いただいた「私の中のビリー・ホリデイ」という部分も、私なりに消化して表現できたかなと思っています。

■世代を超えて気持ちが通じ合うミュージシャンたち

――参加ミュージシャンはこれまでMAYAさんの音楽を支えてきた方ばかりですが、あらためてご紹介いただけますか。

MAYA はい。まず、ピアノの二村希一さんは不思議なくらい、どんなときでも素晴らしいプレイができる人です。「体調が悪いときはないの?」って聞きたくなるほど、ツアーでもスタジオでも、どこに行ってもすごいクオリティのピアノをパッと弾いてくれます。しかも、譜面を渡してすぐにそれができちゃう人なんですよ。私がライヴでデビューしたときからご一緒している方で、安心して歌えます。しかも、私の歌をよく聴きながら、瞬時に計算してピアノの音を紡いでくれるんです。


二村希一さん(ピアノ)



――MAYAさんとしても歌いやすい演奏なのですね。

MAYA そうです。独特のノリというか、“ウン”という1拍の間のようなものがあって。私もどちらかというと“ウン”があって言葉が出るタイプなので、マッチングはいいんですよ。私にとっては唯一無二のピアニストですね。
 ベースの新岡誠さんは、見た目もそうなんですけど、人間が温かくて、それがそのまま音に出るんです。そして、ライヴとかでは不思議なリーダーシップを発揮する人で(笑)。もちろん、バンドのリーダーは松尾さんなんだけど、なぜか演奏中に仕切ってくれるんです。


新岡誠さん(ベース)



松尾 仕掛けに入るときなんかに、声を出したりして合図をくれる(笑)。

MAYA そう、エンディングに入るときも教えてくれたり。要は事故のないように気を遣う人なんですね。私を含め、周りの人はけっこうユルいので、こういう人が一人いるとすごく助かります(笑)。プレイに関してもすごく的確で、いい音を出してくれるし、ここでほしい音というものが分かっているんでしょうね。とにかく、歌が好きというのが伝わってくるんです。譜面のとおりにただ弾くわけではなく、私の歌に入り込んでくれているのがよく分かるんですよね。私は歌うときにベースをよく聴くほうなんですが、新岡さんの演奏によって私の歌が変わってくるところもあります。また、「野太い音がほしい」とか「アルコ(弓弾き)で妖しい音にして」といった私の希望にもすぐに応えてくれるので、ありがたいですね。
 テナー・サックスの高橋康廣さんも、すごく人間的な魅力を持った方です。あれだけのキャリアをお持ちなのに、人の役に立つための努力を惜しまない。「僕でよければやりますよ」って。損得を考えず、“ギヴ・アンド・ギヴ”の精神を持った素晴らしいミュージシャンです。今回の収録曲は10曲ですが、選曲の過程では何倍もの候補を挙げていました。その都度、譜面を揃える必要があるのですが、タイトルが挙がった翌日には高橋さんが作って「ボツになってもかまわないから使って」と、さり気なく送ってくださるんです。サックスを持てば、本当に歌心のある素晴らしい演奏を聴かせてくれます。「主役はMAYAちゃんなんだから、いちばんやりたいことを言ってくれればいい。そのために僕らは頑張るから」と言ってくださるような素晴らしい方で、そんな人柄は全部音に出ていますね。

高橋康廣さん(テナー・サックス)



――そして、これまでのMAYAさんの音楽をドラマーとして、また、アレンジャー、プロデューサーとしてサポートしてこられたのが松尾明さんです。

MAYA 松尾さんは私にとって、切っても切り離せない存在です。長年、プロデュースをしてくださって……よくぞ私のわがままに応えてくださいましたという想いです(笑)。あれがやりたい、これがやりたいという私の希望を形にすることができたのは松尾さんのおかげです。とても自分だけではできませんでしたから。今回のアルバムはセルフ・プロデュースでやらせていただきましたが、ドラマーは松尾さんしか考えられませんでした。もう、阿吽の呼吸というか、私が一言発すると、こういう音で叩くべきというのが分かっているから、何も言うことはありません。
 歌とドラムの構築された関係性は、この『Billie』にも色濃く表れていると思います。もちろんメロディのある楽器も聴くんですが、ヴォーカリストにとってリズムやテンポはいちばん核となるものだと私は思っています。実際、いろんな音が鳴っている中で、私がいちばんよく聴いているのがドラムなんです。歌伴奏の美学を熟知した上で的確な音を鳴らし、ときに歌を誘導したり、テンポ感をキープしてくれる松尾さんのドラムがなければ、私の歌は成り立たないんです。ご本人は今回、「違うドラマーでもいいのでは?」とおっしゃっていましたが(笑)、私の歌をいちばん理解し、なくてはならない存在である松尾さんにはぜひ参加してくださるようお願いしました。いつ聴いても素晴らしい、歌が大好きなドラマーなんですよね。

松尾 失礼のないように叩きました。

MAYA いやいや(笑)。

――松尾さんのドラミングは端的に言って他の方とは何が違うのでしょうか。

MAYA かつて中野のブロードウェイでヴォーカル作品のレコード店もやっていらした人ですから、ジャズ・ヴォーカルの歌詞などもすべて熟知していて、その上でのドラミングというのは、インストだけのジャズ・ドラマーとはやっぱり違います。歌心というものを全部捉えているなというのが、歌っていて分かるんですよ。

松尾明さん(ドラム)



――MAYAさんとバックの皆さんには世代的な差はあるものの、そんなギャップを感じさせない制作チームとしてのまとまりも感じます。

MAYA そうですね。お互いの音の会話に、年齢は関係ないということでしょう。

松尾 MAYAちゃんがいちばん大人ですよ。

MAYA ハハハハ。いやいやいや……。

■ジャズ・シンガーとして歩んだこれまでの道のり

――レーベル第二弾となる今回の『Billie』は、MAYAさんのスタジオ作品としては18作目となるのですね。これまでの道のりを振り返ってみると、どんな感慨がありますか。

MAYA そうですねぇ。とにかくミュージシャンとの出会いに恵まれていたと感じます。そして、時代はどんどん変わっていくけれど、私が最初にジャズに感じたもの――人間そのものを出せる音楽だという想いはいまでも変わりません。模索の中で、いろんなジャンルの音楽にも接してきましたが、ジャズはすごく心に響くし、歌手や演者の生き方というか、人生観がそのまま出るような気がします。聴くほうも、そうしたものを秘めていると感じるからこそ、真剣に向き合ってくれるのかなと。そんなジャズに長年携わり、アルバムもコンスタントに作ることができているのは本当に幸せなことだと思います。今回も、コロナ禍にもかかわらず、こうして無事にリリースできることにも、感謝の気持ちでいっぱいです。

――ジャズやラテン・ミュージックを中心に、フレンチポップや日本の歌謡曲など幅広い楽曲を歌うことで、シンガーとしての表現も広がっているという手応えはありますか。

MAYA 今回のようなジャズアルバムでも、例えばラテンの歌い回しをほんの少し織り交ぜてみたり、それぞれの音楽がスパイスになっていると思います。ジャズだけを歌ってきたタイプではないからこそ、いろんな要素を隠し味にできるのかもしれませんね。

――今日は4階担当の島さんが、「MAYAさんの歌に合うよう、温かみがあり、なおかつ深みがあるラックスのアンプを中心に選んでみました」というシステムで、『Billie』のハイレゾやMAYAさんにお持ちいただいたカレン・ソウサのCDも試聴していただきました。今日のサウンドはいかがでしたか。

MAYA 先ほどお話ししたミックスで松下さんといろいろ調整した結果がすべて分かる音だったので、涙が出そうになりました(笑)。安定感があり、ふくよかで温かい。音がよく見えるシステムだと感じました。大好きなカレン・ソウサのCD『夜空のベルベット』は、彼女の色気や香りがすごかったです。お酒が呑みたくなりますね(笑)。

ピアノによるバラード曲「You've changed」を試聴し、「すごい! 二村さんがすぐそこにいて、
指の運びが見えるようで、最高です。苦労した甲斐がありますね」と感嘆の声を上げるMAYAさん



――ハイレゾ版の『Billie』を聴いた印象は?

MAYA できることなら皆さんにハイレゾで聴いていただきたいと思うくらい、素晴らしい音でした。音が濃いというか、ハイレゾは私たちが意図したものを分かりやすく再現してくれていると思います。

試聴コーナーでは『Billie』のハイレゾのほか、MAYAさんが持ち込んだカレン・ソウサのCD『夜空のベルベット』も聴いた



――ありがとうございます。今後の予定についてはいかがでしょう。

MAYA 『Billie』の発売記念を兼ねて、12月17日(金)に「原宿ラ・ドンナ」でクリスマス・ライヴを行います。先ほどご紹介したメンバーも全員参加します。実は今年、ジャズと並行してラテンのほうのレコーディングも進めていて、2022年はさらに編成を変えて録音したものを追加し、ちゃんとしたアルバムとしてお届けしたいと思っています。コロナの状況にもよりますが、来年はツアーもできたら嬉しいですね。オンラインもいいけれど、やっぱり生のライヴは格別だと思いますから。

「(コンポの)裏を見るのが好きなんですよ」と、オーディオファンらしい発言も



――では最後に、e-onkyo musicリスナーへのメッセージをいただけますか。

MAYA 今回は、ジャズの王道をゆくビリー・ホリデイの音楽を、メンテナンスを施し現代に蘇らせたヴィンテージの真空管やアナログマシンで捉えたサウンドでお届けします。音作りの面でも、シンガー自身がオーディオ的な部分に踏み込んでプロデュースしています(笑)。耳の肥えたe-onkyo musicリスナーの皆様に興味を持っていただける要素もたくさん詰まっていますので、ぜひこのハイレゾをお楽しみください。

松尾 MAYAは元々プロデュースする力のあるアーティストです。そんな彼女のヴォーカリストとしての魅力をアナログレコーダーで捉えたこのアルバムを、ぜひ多くの皆さんにご堪能いただきたいですね。




松尾明さん(左)、ダイナミックオーディオ5555の島健悟さんと




MAYAさんのヴォーカルマイクはNEUMANN U47

NEUMANN U47はベース用のマイクにも使用

ピアノはSCHOEPS m221bとKORBY KAT4 67

テナー・サックスを捉えたのはSONY CU1-2

ドラムにはPELUSO P414、NEUMANN U87、U47fetなど

レコーディングで使用したマイク・プリやEQ、コンプレッサーが収まるアウトボード。
AMPEX 351(ヴォーカル/サックス)、AVALON M2(ピアノ)など

スタジオの中核をなすコンソールはNEVE 5315

レコーディング/ミキシング・エンジニアの松下真也さん(Piccolo Audio Works・左)と
アシスタント・エンジニアのセガワロクさん(studio MSR)




「『Billie』発売記念&Christmasライヴ」開催決定!

会場:ラドンナ原宿
日時:2021年12月17日(金)
Open18:00 1st.19:00~19:45/2nd.20:00~20:45 
出演:MAYA(ヴォーカル)、二村希一(ピアノ)、新岡誠(ベース)、松尾明(ドラム)、高橋康廣(テナー・サックス)

MAYA official web




MAYA関連作品


★ジャズ批評オーディオディスク大賞 受賞作品!

JAZZ A GOGO』/MAYA
★MAYA主宰のAMBIVALENCEレーベル第1弾!

and alone』/松尾明

 

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