バロック音楽の巨匠・小林道夫の「ゴルトベルク変奏曲」最新録音をハイレゾ配信

2021/11/25

半世紀にわたり、毎年年末に「ゴルトベルク変奏曲」の全曲をリサイタルで演奏し続けてきた小林道夫。今年で何と50回目を迎える記念すべきリサイタルを祝し『J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 ~ 小林道夫の芸術 X ~』がリリースされます。収録される演奏は、昨年2020年のリサイタルの模様で、超ハイスペックなDSD384kHzでの録音となります。

 

★『ゴルトベルク変奏曲 50回連続演奏記念盤』J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 ~ 小林道夫の芸術 X ~
小林道夫


半世紀にわたり、毎年年末に「ゴルトベルク変奏曲」の全曲をリサイタルで演奏し続けてきた小林道夫。鍵盤奏者としてはもとより、指揮者、研究者として膨大なバッハ作品に対峙してきた小林にとっても、とりわけ特別な演目にあたる本作品。ライナーノツでは「バッハ作品の凄さは、どこまで勉強しても、常にその先へと誘われることです。『ゴルトベルク変奏曲』の演奏会でも、1年、1年と扉が次々開いていくような思いを抱いていました。」と語っています。

永きに渡りたゆむことなく続けられた全曲演奏が、今年(2021年)で50回の節目を迎えます。これを記念し、直近の2020年にハイレゾでレコーディングされたライヴを『50回連続演奏記念盤』としてリリースいたします。




小林道夫が語る「ゴルトベルク変奏曲」との半世紀


■バッハとの出会い

 最初にバッハを弾いたのは、ご多聞にもれず、少年時代に与えられた「インヴェンション」でした。ハ長調の第1番は晴れやかで良いのですが、ハ短調の第2番が立派なカノンで、音楽的にとらえにくいというか、練習していても第1番ほど楽しくなかったことを幼心に覚えております(笑)。その後、1954年にウィルヘルム・バックハウスが来日した際、日比谷公会堂で「半音階的幻想曲とフーガ」を聴きました。これが素晴らしく、バッハを見直したというか、ひとつ勉強してみようと思い立ちました。「イギリス組曲第2番」などは特に惹かれるものを感じ、早いうちから演奏会にかけたこともあります。

 バッハが本格的に面白いと思えたのは、チェンバロを弾くようになってからですね。ピアノを弾いているときはモーツァルトに惹かれるものを感じておりまして、それは今でも変わりません。そしてバッハに限らず、チェンバロで得た知識や経験が、同じレパートリーをピアノで弾く場合には必ずしも生かされなかったりします。色が5つしかない鉛筆で絵を描け、と言われて実践してきたことが、ピアノだといきなり24色になるという感じに近いでしょうか。

 チェンバロでも響きの色合を様々に変化させることは、もちろんできます。たとえば「平均律クラヴィーア曲集」の第1番の前奏曲。単純なアルペジョの連続ですが、これをチェンバロで弾く場合、少し乱暴な言い方になりますけれど、微妙なルバートを使い、大事な音に少し時間をかけ、そうでない音は目立たなくしながら、推移していく和声の色彩感や立体感を出すようにします。しかしピアノだとそんな工夫がむしろ邪魔になりかねず、別のアプローチが必要になってくるのですね。

■恩人ともいえる二人への感謝

 ミリオンコンサート協会の代表をなさっていた小尾旭さんが2020年7月に90歳で亡くなられました。毎年12月に「ゴルトベルク変奏曲」の演奏会を開くという、空前絶後の企画を実現していただいたことには感謝の言葉しかありません。

 1966年に私がドイツへの留学から帰ってきてから数年後、フルートのオーレル・ニコレさんとの共演の機会を設けて下さったのも小尾さんです。幸いにしてニコレさんには気に入っていただき、幅広いレパートリーをご一緒しましたが、中でもバッハは忘れることができません。バッハの権威として名を馳せた指揮者にしてチェンバロ奏者のカール・リヒターとの縁も深いフルーティストですし、その集中力と精神性の高さは圧倒的なものがありました。そして私が弾く通奏低音のパートまで暗譜していらっしゃるのです!

 そのニコレさんから、「君に向いていると思うのだけど、『ゴルトベルク変奏曲』はレパートリーに入っているかい?」と聞かれたことがあります。当時はまだ全曲に目が届いてなどいませんでした。今にしてみれば、ニコレさんから小尾さんに、「小林に一度やらせてみたらどうか」と提案があったのかと思ったりします。小尾さんからお話をいただかなければ、この曲に手を出すなどという大それたことは何十年も後になったでしょう。恩人ともいえるお二人です。

■音の論理を追いかけながら

 バッハ作品の凄さは、どこまで勉強しても、常にその先へと誘われることです。「ゴルトベルク変奏曲」の演奏会でも、1年、1年と扉が次々開いていくような思いを抱いていました。50年近く弾いてきて「なぜ気がつかなかったのか!」ということも多く、指使いひとつとっても然りです。基本的には“音の形”がすべてで、その論理を追いかけた結果であることは常に変わりません。しかし年を重ねるにつれて考えが変わってきたり、論理を踏まえつつ自由度が増したりしながら、今ではひとつの規則に縛られず……という感じになってきたかと、自分でも思います。

 たとえばバッハがこの作品に想定していた2段鍵盤の用法です。1つの変奏の前半と後半で鍵盤を交替させることはあっても、それを曲の途中で行なうというのは、演奏会を始めた当時は考えになかったですね。しかし曲のいろいろな仕掛けに親しんでくると、ある程度自由に使い分けてもよいのではないかと心がけるようになりました。

 実のところこれまで、自分が弾いた演奏のプレイバックを聴くたび、テンポを守り過ぎというか、そんな印象をずっと覚えていました。基本的に整理整頓が好きな性格で(笑)、それが音楽に出てしまうのかもしれません。テンポについていえば、昔からの演奏家の録音を聴くと、微妙な変化は意外と多いものです。たとえば“走句”といわれる類の音形があります。そこで自然と速めになるところは、速くなってよい。それがようやく最近になって、自分でもできるというか、勇気が持てるようになってきたかと感じています。

■緻密な構成の中に秘められたもの

 「ゴルトベルク変奏曲」の構成について、「序曲」と記された第16変奏を後半部分の開始地点とするシンメトリーな図式は、改めて指摘するまでもありません。全部で30の変奏は3つの変奏ごとに1つのグループを形成し、各グループの3番目に置かれたカノンが、1度のカノン、2度のカノン……というように音程間隔を広げていきます。

 そこで興味深いのは、第24変奏の8度のカノン、つまり音程間隔がオクターヴに達した時点で、作品がいったん収束しているようにも映ることです。各変奏の性格やカノンの体裁に関して、バッハは第1変奏から第12変奏と、第13変奏から第24変奏までを対称形に仕立てています。作品全体にこうして張り巡らされた、 “二重のシンメトリー”の図式は、既にヴェルナー・ブライクという音楽学者が1970年代に唱えていました。その見地に立つと、非常に旋律的な第13変奏と第25変奏は、前者がオクターヴのカノンに至る流れの後半部の開幕を告げ、後者がそれ以降の世界への扉を開く役割を担っているとみなせます。そしてト短調の第25変奏は特にユニークで、まるで協奏曲の第2楽章を聴く思いがします。

 演奏していても、この第25変奏以降は何か特別な領域というか、“奥の院”に到達したような印象を受けます。第27変奏は9度のカノンですが、テーマの低音の動きが2声のカノンになっていて、それまでの3声のカノンとは様相がまったく異なる。そして本来なら10度のカノンが置かれる第30変奏は「クオドリベット」。当時の流行り歌が対位法的に組み合わされますが、その2つの曲の歌詞が「キャベツと蕪が僕を追い出してしまった」と「長い間合わなかったね、さあおいで!」というのも判じ物めいて映ります。その後者の呼びかけに応える形で、テーマが戻ってくるのですから。

 極めて緻密な計画で書き進めながらも、第25変奏以降ではバッハが本性を現したというか(笑)、ある意味で吹っ切れた筆運びになっているとすら思えます。そして実演の場では、この“奥の院”で体力的にも厳しい領域に足を踏み入れます。いろいろな意味で大変な傑作が「ゴルトベルク変奏曲」なのですね。


取材・構成  木幡一誠




【小林道夫 略歴】
東京芸術大学楽理科卒業、旧西ドイツ・デトモルト音楽大学に留学し、幅広く研鑽を積む。チェンバロ、ピアノ、室内楽、指揮など多方面にわたり活躍し、特にJ.S. バッハ、モーツァルト、シューベルトの解釈及び演奏では最高の評価を得ている。1970年第1回鳥井音楽賞(サントリー音楽賞)、1972年ザルツブルク国際財団モーツァルテウム記念メダル、1979年モービル音楽賞、2020年日本製鉄音楽賞特別賞を受賞。




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