HOME ニュース 【11/19更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2021/11/19 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 ブラック・サバス『テクニカル・エクスタシー』世間から“駄作”との評価を受ける作品は本当に駄作なのか、あらためて考えてみた世の中には誰もが認める名作がある一方、いわゆる“駄作”ってやつも存在するじゃないですか。幸いなことに、いまでこそ駄作の駄作っぷりが取り沙汰される機会はずいぶん減った気もするんですよ(いいこと)。しかし数十年前には、なんらかのマイナス要素を持つものを駄作扱いする傾向ははっきりとあり、ひとたびそういう烙印を押されてしまった作品は、それはもうけちょんけちょんに酷評されていたりしたものなのです。でも受け手としては、そういう断定口調の“駄作評価”を目にしてしまうと多少なりとも影響を受けてしまいがちじゃないですか。「そうか、これは駄作なのか」ってな感じで。実際に聴いてみたことがなかったとしても、ね。ましてや、知識がなければなおさら。でも、それは非常によろしくないことですね。なぜって、世間の9割の人たちにとってそれが駄作だったとしても、残り1割の人にとっては傑作である可能性だってあるのですから。たしかにそんなとき、「あれが傑作だなんて、わかってないよなー」とか笑いたがる人もいます。けれど、そんなの余計なお世話以外のなにものでもありません。世間がどう評価を下そうとも、自分の耳で聴いた当人の感覚が(少なくともその人にとっては)いちばん正しいのですから。そういう意味では、世間の“駄作評価”からはなるべく目を背けたほうがいいのかもしれませんね。僕の場合、このことを考えるたびに思い出すのがブラック・サバスの1975年作『テクニカル・エクスタシー』です。ブラック・サバスといえば、名曲と名高いタイトル曲や“Iron Man”を生んだ1970年のセカンド『Paranoid』、または72年の4作目『Vol.4』などを思い出す方が多いと思います。たしかにそれらからは、ヘヴィ・メタルの源流と評価されるだけの説得力を感じることができます。トニー・アイオミのギターはいま聴いても充分に圧倒的ですし、ヘヴィ・ロック的なアプローチの根底にブルースのエッセンスを感じさせる音楽性にも深みがあったし。ただ、僕自身のブラック・サバス体験には、ちょっと“遠回り感”があるんですよ。『Paranoid』『Master of Reality』『Vol.4』など初期の名作群を聴いたのはあとになってからのことで、まず最初に聴いたのが『テクニカル・エクスタシー』だったから。手に入れたのは、たしか高校1年生のころ。これが廉価盤として1500円で再発になったので、「お得だぜ!」と飛びついたのです。当時は、YouTubeやサブスクで視聴してみるようなことはできない時代でしたから、「ブラック・サバスという気になるバンドのレコードが1500円で買えるならチャーンス!」と感じたわけですね。しかもアルバム・ジャケットを、ピンク・フロイド作品などで知られるヒプノシスが手がけていたのですから、そりゃー期待するに決まってるじゃないですか。1曲目、“Back Street Kids”を聴いたときの衝撃は、いまでもはっきりと記憶に残っています。重量感と疾走感を兼ね備えたバンド・サウンドに、とにかく圧倒されてしまったから。「そうかー、これがブラック・サバスなのかー」ってな感じで、非常に新鮮だったのです。なにせ思春期まっただなかでしたから、聴いているだけで血がたぎってくるような感じがしたもの。だから僕にとって『テクニカル・エクスタシー』とは、もっといえばブラック・サバスとは、まさに“Back Street Kids”だったのです。2曲目“You Won’t Change Me”のちょっとしたプログレ風味、続く“It’s Alright”のバラード的な切ない展開、トライバルなビートが印象的な“Gypsy”、ヘヴィ・ロックそのものの“All Moving Parts(Stand Still)”や軽快な“Rock ‘n’ Roll Doctor”、ストリングスの旋律がいい効果を出している“She’s Gone”、ラストをずっしりと締めくくる“Dirty Woman”と、バンドとしての個性を維持しつつも曲調はバラエティ豊か。そんなわけで、「安いから」という理由で購入したこのアルバムは結果的に愛聴盤になったのでした。が、それからしばらく経ってから知ったのですけれど、このアルバムって一般的には駄作扱いされているらしいんですよね。シンセサイザーやストリングスを導入したことが不評の理由みたいで(他にもあるのかもしれませんけど)、事実、セールス的にも成功したとはいえなかったようです。でも冒頭に書いたように、世間がどう評価しようとも、僕にとってこれはとても重要なアルバムなのです。個々の楽曲もよくできているし、評判の悪いシンセサイザーやストリングスだって、客観的に判断してみれば充分に効果的じゃないですか。今回、このアルバムについて書くために、頭をなるべくフラットな状態にして聴きなおしたのですけれど、やはりいい作品だと感じました。基準は、自分のなかに置くべきですね。 Technical Ecstasy (2021 - Remaster) / Black SabbathVol. 4 (2021 Remaster) / Black Sabbath この連載が本になりました。 この連載が本になりました。厳選した30本の原稿を大幅に加筆修正し、さらに書き下ろしも加えた一冊。表紙は、漫画家/イラストレーターの江口寿史先生です。ぜひお読みください! 音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話印南敦史 著自由国民社¥1,540■購入はこちらから⇒ ◆バックナンバー【11/12更新】ニック・ドレイク『ピンク・ムーン』不遇のアーティストが残したミニマルで普遍的な作品が、世代間の溝を埋めてくれた話【11/5更新】リック・ジェイムス『ストリート・ソングス』紛うことなきファンク・クラシック“Super Freak”をニセモノ扱いした青年はその後……【10/22更新】ザ・ビートルズ『レット・イット・ビー』先入観を取り除いてくれた[スーパー・デラックス]の威力に、ただただ脱帽いたしました【10/15更新】ジノ・ヴァネリ『ブラザー・トゥ・ブラザー』ジャケットを見るたび蘇ってくるのは「ジノに申し訳ないことをしたなぁ……」という思い【10/8更新】メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『Sweet 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