【第3弾】民族音楽シリーズ「THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY」 ナビゲーター:サラーム海上

2021/09/29

キングレコードが誇る、伝説のワールド・ミュージック・コンピレーションシリーズ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。アジアの各地域をはじめ、中南米、アフリカ、ヨーロッパなど世界中のあらゆる国や地域の音楽を網羅、学術的観点からも非常に貴重な音源も数多く収録した同シリーズを一挙ハイレゾ配信。全150タイトルを5か月に渡り順次配信してまいります。e-onkyo musicでは、このカタログ一挙配信を記念して、音楽評論家、そして中東料理研究家としても知られるサラーム海上氏をナビゲーターに迎え、5か月の連載形式で「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」をご紹介。その国や地域の音楽についてのお話や、特におすすめのアルバムをピックアップしてご紹介いたします。

第3弾となる今回は、タイ、ジャワ、ベトナム、バリなど東南アジアの音楽から49作品が配信されます。

【バックナンバー】
第1弾(7/28更新):ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア一覧ページ
第2弾(8/25更新):インド、パキスタン一覧ページ
第3弾(9/29更新):タイ、ジャワ、ベトナム、バリ他、東南アジア一覧ページ


ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
 第3弾 49タイトル タイ、ジャワ、ベトナム、バリ他、東南アジア 一覧ページ⇒


キングレコードの民族音楽コレクション「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」全150タイトルのハイレゾ化五ヶ月連続リリースを記念した全5回の短期連載、今回が第三回。
第一回は僕、サラーム海上とこのシリーズの出会い、第二回はシリーズの約半世紀におよぶ歴史をたどってきた。そして第三回はシリーズの大半の作品の録音を手掛けた元キングレコードのレコーディングエンジニア高浪初郎氏に登場いただこう。


シリーズのCDの裏ジャケに掲載されている「Engineer:Takanami Hatsuro」のクレジットに要注目


高浪氏の名前を初めて聞く人は、所有しているこのシリーズのCDを棚から引っ張り出して、裏ジャケを見て欲しい。多くの作品に「Engineer:Takanami Hatsuro」とクレジットされているのを確認できるはずだ。
高浪初郎氏は1937年生まれ、現在84歳。子供の頃からラジオなど機械いじりが好きで、1953年に日本のレンタルスタジオの草分けKRC国際ラジオセンターに入社。レコーディングエンジニアとして映画、CM、ラジオ、コンサート、レコードなどあらゆる分野を手掛けた。その後、1964年にキングレコードに移り、以来、1997年に60歳で定年退職されるまで、布施明や江利チエミなどの歌謡曲から、アート・ブレイキーやゲリー・カーなどのジャズ、日本フィルや大阪フィルなどのクラシックオーケストラ、更に純邦楽まで、全てのジャンルのレコーディングに携わった。1986年にはレコーディングを手掛けたギル・エヴァンスのアルバム『Bud & Bird』が第31回グラミー賞を受賞している。


1990年に刊行された『ミキシング入門』(立風書房)。シリーズのファンならぜひ手に入れたし!


『ミキシング入門』から『南インドのヴィーナ~バーラチャンダ』のマイクセッティング図


民族音楽に関しては1981年のLP版「民族音楽ライブラリー」シリーズからレコーディングを担当することになった。そして、1990年には自身の長年の経験に基づくレコーディングのテクニックと心がけを記した著書『ミキシング入門』を出版。「アコースティック時代のサウンドマニュアル」との帯文が付いたこの本は、レコーディングに用いるマイクの種類や楽器別のマイク選びから始まり、彼が制作したクラシックのオーケストラやジャズバンド、演歌、純邦楽などの作品での実際のマイクセッティングがスタジオやコンサートホールの図とともに詳細に記されている。
本の後半には民族音楽の章が設けられていて、『中国の琵琶~何樹鳳』や『南インドのヴィーナ~バーラチャンダ』、『インド/パンジャーブの叙事詩~グルミート・バワ』、『スコットランドのバグパイプ~ビル・クレメント』など、シリーズ初期作品のマイクセッティングや特記事項、そして、どんな方向性でサウンドをクリエイトしていったかが詳細に記されている。ファンにはたまらない一次資料なので、興味を持った方は古本屋などで手に入れると良い。
ただ、1990年出版なので、シリーズの中核と言える1990年以降の録音、インドネシアや東南アジアの現地録音に関する記述は当然ない。なるほど、高浪氏にお会いしたら、バリ島やジャワ島の現地録音のお話から伺うことにしよう。


1990年『バリ/スアール・アグンのジェゴッグ』の現地録音。マイクの先に付けられた白いウィンドスクリーンは
うどん揚げ(うどんをすくうための取っ手の付いた金属のザル)にスポンジを貼った高浪氏特製のもの


1990年『バリ/ボナのケチャ』の録音直前にライヴステージを下見


1992年『ビルマの音楽~竪琴とサイン・ワイン』録音時。キングレコード第1スタジオにて


1992年『インド/ハリプラサード・チャウラースィアーのバーンスリー』録音時のスタッフとミュージシャン記念撮影。
キングレコード第2スタジオにて



8月上旬、江戸川区にある高浪氏のご自宅に伺った。広いマンションの部屋には氏の長年の趣味であるステンドグラス、絵画、書道の掛け軸などが飾られていた。
「どんな話を聞きたいですか? 昔のことなので、さすがに一つ一つはもう覚えていないんですよ。当時、私は全ての録音のデータノートを作っていたのですが、使いようがなかったので、本を出したときに全部捨ててしまいました。なので、こちらをお渡ししますので、ぜひ持って帰って役立ててください」
と言いながら、当時の雑誌の切り抜きや自筆の録音メモの一部を収めた大判のクリアファイル、当時撮影した100枚以上の写真の紙焼きとそのスキャンデータDVD-R、更に1990年に行った2週間のインドネシア・バリ島録音旅行の記録動画DVD-Rなど、しっかり整理された資料一式をポーンと渡された。す、すごい!
写真に目を通すと、今も活躍するインドのフルートの第一人者ハリプラサード・チャウラースィアーから、バリ島のガムランの楽師たちやブルンジの太鼓奏者ほか、シリーズの音源で親しんでいた世界中の演奏家たちの姿、そして若き日の高浪氏や外部プロデューサーの故・星川京児氏たちの姿も写っていた。


2021年8月の高浪初郎氏。ご自宅のオーディオルームにて


その場で渡された当時の資料。まるで僕たちが来ることをずっと昔から予知されていたような準備の良さ!


当時の録音メモから『バリ島のジェゴッグ』のマイクセッティング図





1989年『イランの古典音楽』の録音時。左が高浪氏、右がプロデューサーの故・星川京児氏。
キングレコード第2スタジオにて


そして、手書きの録音メモには素晴らしい音楽を目の前にして、興奮し、試行錯誤する氏と録音チームのリアルな声が残されていた。僕はそれらを読んだだけで、「この現場に居たかったぁ!」と羨ましさに喉がカラカラになるほど興奮してしまった。高浪氏へのインタビューの前に、その録音メモの中から、ちょうど今月ハイレゾ版がリリースされるインドネシアの作品に触れたものをいくつか紹介しよう。


高波初郎氏の録音メモからおすすめの作品


*青銅のシンフォニー~バリ島のガムラン
(1991年にリリースされたバリ島ガムランのコンピレーション盤。現在は廃盤だが、収録曲は「バリ/グヌン・ジャティのスマル・プグリンガン」、「バリ/バトゥール寺院のゴングデ」、「バリ/スカワティのワヤン~黄金の国」などに収録されている)




「メタル製の楽器の中にも、繊細で美しい高音域を受け持つシンバル類のチェンチェンや、ジル、中音域を受け持つトロンポン、ガンバン、グンデルなどの打楽器類、最低音の大型のゴングなど、様々な形と構造をした楽器がある、それらから発するサウンドのレンジの広さは、レコーディングをするスタッフにとっても、極めて興味深い。録音チームは、メタル楽器類のアタックの鋭さと、力強さをしっかりと再現させるために、ダイナミック型マイクと繊細な部分を捉えるためのコンデンサーマイクの組み合わせで、基本的に6本のマイクを使用し、現地でバランスをコントロールして、2チャンネルのデジタルにミックスしてある。中でもゴン・グデは荘厳で重厚なゴングの響きと音圧を味わっていただきたい。
バリは9月頃から雨季に入る。11月から12月にかけてのスコールの合間をぬってのレコーディングであった。スロンディンでは曲のバックに遠雷の音がかすかに入ってしまった」


*バリ/スアールアグンのジェゴッグ

THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:バリ/スアール・アグンのジェゴッグ
スアール・アグン=サンカルアグン村対プンダム村からのグループ


「極めつけはジェゴッグだろう。大きさが数十センチから、数メートルまでの竹製のマリンバ風の楽器、ジェゴッグの大オーケストラである。右チャンネル側に位置する、ある村のグループと、左側に位置する別の村のグループとの共演を録音した。図のように石造りのステージが後ろにあり、低音用の大型のジェゴッグの音が反響して、もの凄いうねりとなって、深夜のバリの空にこだましている。高い音域を受け持つ小型のジェゴッグのアタック音が、鋭いながらも、竹本来の持つ柔らかに質感と、温かみのある響きをもって、うねりの中に溶け合っている様子に注目されたい」


*バリ/ボナのケチャ

THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:バリ/ボナのケチャ
ガンダ・サリ


「リゾートで人気があるバリは、別の見方をすると、民俗芸能や音楽の限りない宝庫でもある。レコーディングスタッフは、私のほかにプロデューサー、コーディネーター、カメラマン、それにアシスタントエンジニアの7人である。一人ひとりがそれぞれの分担で毎日のぎっしりと詰まったスケジュールをめまぐるしくこなし、突然やってくる滝のようなスコールや、停電、電源音圧のドロップに、速やかに対応していく。まさに最高のプロのチームワークである。
ケチャの録音で予期していなかった停電が起こってしまった。曲が始まってから20分くらいのところで、突然真っ暗になり、一時間半も復帰しなかった。まるで45年も昔の日本を思い出してしまった。今、こうして最新のデジタル録音を行っている日本人スタッフの耳に、まだ冷蔵庫やクーラーを持たないバリ島の島民たちの奏でる楽器の音色がなんと美しく新鮮に聴こえてきたことか。
今回の録音では、男たちが取り囲んでいるど真ん中の、踊り手が位置している場所に、四本のダイナミックマイクを、中心から外側に向けて立てて収音した。つまり、ケチャの真っ只中に、一歩踏み込んで聴いた音になっており、立体感に満ちた迫力と遠近感を楽しめることを目標としている。なお、劇場全体の熱気と蛙の声などの周囲の環境音は、AKGのコンデンサーマイクC-451を2本で捉えて現場でミックスしてある」


*チルボンのガムラン

THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ジャワ/チルボンのガムラン
チルボン・ガムラン・グループ


「この作品は東京のアオイスタジオでの録音である。全体をソフトなサウンドに仕上げ、自然な響きの中に、個々の楽器の存在感を明確に意識させることを心がけて収音してある。しかしガムラン音楽は音の融合が大切であるから、楽器の輪郭をクリアにしたために、サウンドの溶け合いを失わないように音作りをしてある。自然環境音の中での現地録音と、一味違ったハイクオリティーのスタジオ録音のサウンドをお楽しみいただきたい」

当時の氏の思いが臨場感たっぷりに記されたこれらの録音メモ、けっして後で思い出して書けるものではない。願わくば全ての作品の録音メモが読みたかった、もし30年前に時間が戻せるのなら! 


サラーム海上が厳選 第三弾 聴くべき6枚はこれ!



THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ビルマの音楽~竪琴とサイン・ワイン
V.A.

CDでは二枚組だったもの。ミャンマー音楽は西洋の平均律と異なる独特の音階と、他の国には見られない独特の民族楽器が特徴。前半は日本では古くから映画や小説で知られる「ビルマの竪琴」こと「サウン」の1987年現地録音。後半は小型の太鼓21個を円形の枠に音高順に吊るし、叩いて鳴らす鍵盤打楽器のサインワインの1992年日本録音。女性の歌や鳴り物も加わり、陽気だが、どこか寂しい、まるで線香花火のようなミャンマー伝統音楽を存分に楽しめる。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:中部ジャワ/ソロ、ススフナン王宮のガムラン
パウィヤタン・クラトン・スロカルタ

1992年現地録音、CDでは3枚組だったもの。ダイナミックでエンターテインメント的なバリ島のガムランとは異なる、ジャワ島の典雅で幻想的なガムラン。古都ソロの王宮に伝わる由緒正しい楽器群を用いた大編成の演奏を、王宮のパビリオンで収録。長さ約15分の短い曲から一時間超えの長大な曲まで全5曲。ハイレゾでは、一つ一つの楽器がクリアになり、音の向こう側にジャワのまとわりつくような湿度まで感じられるようだ。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ベトナムの民族楽器
グエン・タイン・タム 他

CDでは3枚組だったもの。1991年、1996年の現地録音。テルミンのような音色を持つ一弦琴の「世界で最も不思議な楽器」ダン・バウをはじめ、竹琴トゥルンなど、多民族国家ベトナムならではの様々な民族楽器演奏が全2時間15分。ハイレゾ化により、一曲めのダン・バウ独奏では、CDでは歪んで聞こえていたサワリ音がしっかりと分離して聞こえる。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ベトナムのソウル・ミュージック~キム・シン
キム・シン

1930年生まれの盲目のギタリスト/歌手の1991年現地録音。微分音を出すためネックを深く彫った魔改造ギターや月琴のダン・グエットを爪弾きながら、日本の昭和時代のブルース歌謡を思わせるベトナムの大衆歌謡ガイルオンを歌う。ハイレゾでは弦楽器はもちろん、特にキム・シンの声の艶が増し、若い頃さぞかしモテモテだったはずと、歌の意味がわからずともニヤニヤしながら聴いてしまう。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ジャワ/スンダの音楽~トゥンバンとドゥグン
エナ・スカエナディディン・エス・バジュリ(歌) 他

CDでは2枚組だったもの、1986年日本録音。ジャワ島西部スンダ地方の宮廷で栄えた詩歌トゥンバンと小編成ガムランのドゥグンを収録。トゥンバンはカチャピ(琴)、ルバッブ(胡弓)、スリン(竹笛)の伴奏で、郷土愛や言い伝えなどを歌う熱帯歌謡。ドゥグンは4~5台の青銅打楽器の合奏をスリンのメロディーが牽引する瞑想的なガムラン。通常のガムランが「動」とすれば、ドゥグンは「静」の音楽だ。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:ベトナム/中部高原バナ族のゴング・ミュージック
V.A.

フィールド録音もハイレゾが得意とする分野。ベトナムの中部高原に住む少数民族バナ族の水牛供養の儀式の実況録音。いわゆる音楽作品ではないものの、異界と現世を繋ぐような涅槃的な響きを楽しみたい。村の広場で村人によって十数台のゴングが延々と鳴らされているだけだが、24ビット化で空間が一気に広がった。なお、この儀礼はユネスコ無形世界遺産にも認定されている。2004年現地録音。



さて次回はお待ちかね、高浪氏へのインタビュー!




ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
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■サラーム海上 プロフィール

 

 

サラーム海上 Salam Unagami

音楽評論家/DJ/中東料理研究家/朝日カルチャーセンター講師
中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。
10冊の著書、雑誌やWEBでの原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、料理教室講師等、活動は多岐にわたる。
選曲出演するJ-WAVE の中東音楽専門番組「Oriental Music Show」が2017年日本民間放送連盟賞ラジオエンターテインメント番組部門最優秀賞を受賞。
コミュニケーション言語は英語、フランス語、ヒンディー語、日本語。
群馬県高崎市出身、明治大学政経学部卒。

オフィシャルサイト


 

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