【第2弾】民族音楽シリーズ「THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY」 ナビゲーター:サラーム海上

2021/08/25

キングレコードが誇る、伝説のワールド・ミュージック・コンピレーションシリーズ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。アジアの各地域をはじめ、中南米、アフリカ、ヨーロッパなど世界中のあらゆる国や地域の音楽を網羅、学術的観点からも非常に貴重な音源も数多く収録した同シリーズを一挙ハイレゾ配信。全150タイトルを5か月に渡り順次配信してまいります。e-onkyo musicでは、このカタログ一挙配信を記念して、音楽評論家、そして中東料理研究家としても知られるサラーム海上氏をナビゲーターに迎え、5か月の連載形式で「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」をご紹介。その国や地域の音楽についてのお話や、特におすすめのアルバムをピックアップしてご紹介いたします。

第2弾となる今回は、インド各地と、パキスタンの音楽から26作品が配信されます。

【バックナンバー】
第1弾(7/28更新):ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア一覧ページ
第2弾(8/25更新):インド、パキスタン一覧ページ


ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
 第2弾 26タイトル インド、パキスタン 一覧ページ⇒


キングレコードの民族音楽コレクション「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」全150タイトルのハイレゾ化五ヶ月連続リリースを記念した短期連載、第二回はこのシリーズの半世紀近い歴史を振り返っていこう。

「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」の始まりは1973年の「民族音楽シリーズ」まで遡る。日本の民族音楽学の第一人者だった小泉文夫氏と音楽評論家で元ミュージックマガジン編集長で中村とうよう氏(ともに故人)が監修を行い、約50枚のLPレコードがリリースされた。しかし、内容はキングレコード制作ではなく、フランスで録音制作されたものの日本盤化だった。
その後、1978年には小泉氏がインドやタンザニア、トルコや台湾などで、オープンリールやカセットテープを使って約20年にわたり録りためた秘蔵音源を元とした「世界の民族音楽シリーズ」約20作品がリリースされた。ここからは「トルコの軍楽」や「台湾先住民の音楽」、「タンザニアの音楽」、「北米イヌイットの歌」などが今回のハイレゾ化シリーズにも継承されている。
1982年、キングレコードは新たに「民族音楽ライブラリー」シリーズを立ち上げた。このシリーズは様々な国際音楽祭やコンサートなどで来日したアーティストたちの演奏を、プロのサウンドエンジニアによるスタジオテクニックと最新機材を駆使してデジタルレコーディングした、かつてない高音質な民族音楽が売りだった。ここからは「カシミールのラバーブ」、「韓国のシナウイ」、「イラクの音楽」、「中国/何樹鳳の琵琶」「ルーマニアのパンパイプ~ダミアン・ルカ」などが、ハイレゾ版に移行された。
1987年、それまでのLPレコードからCDへとメディアを変えるに伴い、シリーズは「エスニック・サウンド・コレクション」と改名され、全30タイトルで再スタートした。CDは一時間を超える長時間収録が売りだったため、LP時代の作品は曲数を増やすなど再編集された。「シタールの芸術~モニラル・ナグ」には一曲59分強のラーガが収録され、インド古典音楽の音楽表現が音楽メディアによる録音時間制限を克服した(LP時代なら片面30分以内に短縮するか、または両面に分割せざるを得なかった)画期的な作品となった。またジャケットの、白地をバックに民族楽器や民具の写真(これは現在まで引き継がれている)と、毛筆の「琴」や「聲」など、漢字一文字のアイコンを加えた統一デザインは、LPと比べてジャケットが大幅に小さなCDにいち早く対応したデザインとなった。
日本経済のバブル期とワールドミュージックのブームが重なった1991年には、主にインドとインドネシアの最新録音20作品を加え、全50タイトルの「ワールド・ミュージック・ライブラリー」として再編成された。シリーズ名が「エスニック」から「ワールド」へと変わったのと同時に、ジャケットからはエスニックな毛筆の漢字アイコンが消え、よりシンプルで洗練されたデザインとなった。ちょうど日本中に大型CDショップが次々とオープンし始めた時期で、真新しいお店に並ぶおしゃれなジャケットに惹かれて、内容を知らず、音も聞かないままこのシリーズを購入した方も多かった。ありとあらゆる音楽がほぼ無料で試聴できる今となっては、当時のCDショップに満ちていたバブリーな雰囲気はもはや想像するのも難しい。


1970年代のLPレコード時代から、様々なシリーズ名やデザイン変更がなされてきた



1980年代に出版されていた民族音楽専門雑誌「包 PAO」。
裏表紙には当時の「エスニック・サウンド・コレクション」の広告が!


翌年の1992年には民族音楽専門誌「包 PAO」の編集長の星川京児氏(故人)、ガムラン演奏家の皆川厚一氏がそれぞれプロデューサー、コーディネーターとして加わり、インドネシアとインドシナに膨大な機材を持ち込んだ録音制作出張旅行を敢行し、新たに録音制作された20作品が付け足された。圧倒的な音響の竹の交響楽「バリ/スアール・アグンのジェゴッグ」や火星人が奏でるブルースのような「ベトナムのソウル・ミュージック~キム・シン」などはこの出張旅行の成果である。
その後も更メキシコやペルー、ボリビアなどの中南米、アゼルバイジャンやカザフ、ウズベク、キルギスなどの旧ソ連地域、日本からも「東大寺のお水取りの声明」や「アイヌのユカラ~萱野茂」など順調に作品を増やしていき、1999年にはついに全100タイトルの大ボリュームとなった。シリーズの順番も再編され、CDジャケットの地の色が東アジアや中東、南アジア、アフリカなど地域ごとに分けられたユニバーサルデザインとなったのもこの時だ。そして、当時大ヒットしていたTBSのテレビ番組「世界遺産」にちなんで、シリーズ全体に「音の世界遺産」という魅力的なキャッチコピーが付けられた。
シリーズ名称が現在の「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」に落ち着き、現在の全150タイトルまで拡張したのは2008年だった。宮古島、モロッコ、アフロ・ブラジル、ロシア、イスラエルなど、それまでシリーズでは取り上げられなかった地域や国の作品が一気に50タイトルも加わり、ジャケットの地色が赤やピンク、青緑などヴィヴィッドな色合いに変更されたおかげでシリーズ全体が一気に華やかになった覚えがある。


「宮古の神歌」の主役の3人のおバア、高良マツ、長崎トヨ、村山キヨ。
2009年7月に開催された「東京の夏音楽祭」記者会見にて


最新のポップスなどと異なり、あまり世間の流行の影響を受けないように思われがちな民族音楽にも実は時代のトレンドがある。サハラ砂漠周辺部に暮らす遊牧民トゥアレグのギター音楽、東ヨーロッパや旧ソビエト圏の先住民や少数民族によるポリフォニー、モロッコのグナワ、ポーランドのマズルカ、アフロ・コロンビアの宗教音楽などは、21世紀になって初めて世界の音楽通の間に知られ始めた民族音楽だ。東南アジアや東アジアの音楽では世界一のコレクションを誇る「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」だが、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアにはまだまだ抜けがある。
逆に、録音から数十年が過ぎ、既に現地でも聞くことが難しくなった音もある。「宮古の神歌」や「長崎・生月島のオラショ」に収録された声の持ち主は既にこの世にいない。録音が残っていて、今もこうして気軽に聞けること自体が奇跡である。
2011年、長らく「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」を担当されたキングレコードのディレクター井上剛氏が60歳で急逝された。そして、後継者不在のままこのシリーズは休止状態となった。2015年にロングセラー作品40点のみの再発が行われたものの、基本的には以来ずっと手つかずだった。
この度のハイレゾ化リリースが始まったのを機に、僕はこのシリーズの歴史をもう少し掘り起こしたくなった。しかし、それを知る人間は、キングレコード社内には既に誰もいないとのことだった。そこで同社のベテランプロデューサー、松下久昭氏に相談したところ、このシリーズの録音を1980年からほぼ一人で担当されていたサウンドエンジニア高浪初郎氏が都内でご健在であることを知った。そして、緊急事態宣言中にも関わらず、彼から直接話を伺えることになった。(次回に続く)


文・サラーム海上



サーランギー奏者のスルターン・カーンも既に鬼籍に入ってしまった。写真は2008年サプタク音楽祭にて


インドが誇るタブラのスーパースター、ザキール・フセイン。2014年フェズ世界宗教音楽祭にて


南インド古典音楽のフルート「クラル」の奏者シャシャーンク。
2015年ナゴール・ワールドセイクリッドスピリットフェスにて


「ラージャスターンの放浪芸~ランガ&マンガニヤール」で若き日の声を聞けるアンワル・カーン(写真中央)は
現在も国際的に大活躍。2014年ナゴール・ワールドセイクリッドスピリットフェスにて




■サラーム海上が厳選 第2弾 聴くべき10枚はこれ!


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
インド古典パーカッション~ザキール・フセイン

V.A.

北インド古典音楽にとどまらずジャズやロックまで他流試合を続けるタブラのスーパースターが1988年の日本で3人の南インド古典音楽の打楽器家元と行ったインド南北リズム合戦の記録。タブラ、ガタム、カンジーラ、ムリダンガムが次々と繰り広げる人間技を超えた超絶リズム応酬。ハイレゾ化で更にクリアでリアルな音像に。リズムに関わる全ての人必聴!


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
インド/ハリプラサード・チャウラースィアーのバーンスリー

Pandit Hariprasad ChaurasiaRakesh ChaurasiaSubhankar BanerjeeAvisha Kulkarni,
松本 泉美

クリシュナ神が手に持つ楽器として知られる北インド古典音楽の竹製フルート「バーンスリー」の詩聖の1993年日本録音。34分に及ぶ前奏アーラープから、タブラが鮮やかなリズムを刻む36分の本編ガットへと続く。日本の民謡と同じヨナ抜き音階のため、どこか日本的に聞こえる。基本的に丸く優しい音色だが、尺八の「ムラ息」のような奏法などハイレゾ映えする音だ。





THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
南インドのヴィーナ~バーラチャンダ

S.Balachander

サラスヴァティー女神(弁財天)が手に持つ弦楽器ヴィーナは南インド古典音楽に用いられ、北インドのシタールより太く深い音色が特徴。津軽三味線のような豪快なプレイで知られた名人バーラチャンダ(故人)の1982年日本録音。ピックアップを埋め込んだ改造ヴィーナ(いわばフルアコ・ヴィーナ)の響きを最大限に活かしたスタジオ録音はこのシリーズならでは。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
ラージャスターンの放浪芸~ランガ&マンガニヤール

V.A.

西インドの砂漠の州ラージャスターンには今も道の楽師集団が暮らし、音楽や舞踊、芸能を継承している。他の地域では見かけない珍しい民俗楽器も多く、その名人芸は古典音楽のエリート演奏家にも全く引けを取らない。現在も活躍する楽師たちの若き日の1988年日本録音。倍音豊かな口琴のモールチャンやカスタネットのカルタール、怒髪天を衝くような歌声をぜひハイレゾで。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
インド/スルターン・カーンのサーランギー

Ustad Sultan KhanFazal Qureshi松本 泉美

サーランギーは「百の音色」を意味し、インドで最も習得が難しい楽器と言われる擦弦楽器。約30本の共鳴弦が効いた物悲しく狂おしい音色で、人間の歌声に最も近い表現が可能とされる。その第一人者(故人)による1992年日本録音。タブラにZ・フセインの弟F・クレシを招いた一曲50分強の深夜のラーガで、この楽器の魅力が存分に楽しめる。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
インド/シャシャーンクのクラル

Shashank & Ensemble

北インド古典音楽ではバーンスリーと呼ばれる竹のフルートは、南インド古典音楽ではクラルと呼ばれる。現在も第一線で活躍するシャシャーンクが「クラルの神童」と呼ばれていた頃の1998年日本録音。南インド古典音楽ならではの濃密なヒンドゥー教色が全編に充満する。ぜひ「ハリプラサード・チャウラースィアーのバーンスリー」と聴き比べて欲しい。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
シタールの芸術~モニラル・ナグ、マハプルシュ・ミシュラ

モニラル・ナグマハプルシュ・ミシュラ

現在も活躍する西ベンガル州のベテランシタール奏者が1985年の来日時に録音したシリーズ初期のデジタル録音作品。一曲54分のラーガからスタートするのはCD化により、LPでは不可能だった長時間収録が初めて可能になったため。倍音たっぷりのシタールとタブラの組み合わせはまさにハイレゾ向き。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
パキスタンのカッワーリー~メヘル・アリー&シェール・アリー
V.A.

2004年「東京の夏音楽祭」で開催された、スーフィー聖者の命日祭「ウルス」を舞台上で再現した公演を実況録音。コーラン朗唱から始まり、ナートと呼ばれる讃歌、そしてメインはパキスタン一の実力と言われる12人組楽団による熱いカウワーリー、最後は大太鼓を振り回しながら旋回する宗教儀礼ダンマールで終わる音のドキュメンタリー。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
北インド古典声楽ドゥルパド~グンデーチャー・ブラザーズ

Gundecha Brothers

北インド古典音楽における生きた化石、ドゥルパドを継承する声楽家兄弟の2003年日本録音。「レレレ、レ~」「ナァ~ナ~」というシラブルを兄弟がほぼ同じ声質でユニゾンし、交互に即興を繰り広げる40分のアーラープ(無伴奏前奏部)はまさに幻惑的。人の声の極北表現で鳥肌が立つ! インド古典の真髄ここにあり!


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
インド/シャヒード・パルヴェーズのシタール

Shahid ParverzNishikant Barodekar

現在の北インド古典音楽におけるシタールの帝王、シャヒード・パルヴェーズ・カーンの1990年日本録音作。モニラル・ナグのシタールがキラキラと跳躍するフレーズの応酬だとすると、彼のシタールはチョーキング多用で歌のコブシ回しを模したドロドロした声楽的な動きが特徴。インド古典音楽の沼がここにある!



ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
 第2弾 26タイトル インド、パキスタン 一覧ページ⇒




■サラーム海上 プロフィール



サラーム海上 Salam Unagami

音楽評論家/DJ/中東料理研究家/朝日カルチャーセンター講師
中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。
10冊の著書、雑誌やWEBでの原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、料理教室講師等、活動は多岐にわたる。
選曲出演するJ-WAVE の中東音楽専門番組「Oriental Music Show」が2017年日本民間放送連盟賞ラジオエンターテインメント番組部門最優秀賞を受賞。
コミュニケーション言語は英語、フランス語、ヒンディー語、日本語。
群馬県高崎市出身、明治大学政経学部卒。

オフィシャルサイト


 

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