月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラーなど『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
キッス『キッス・ファースト 地獄からの使者』
ロックンロールの歴史に残る名盤は、チョコレート・ケーキが好きな火吹き男の生真面目さから生まれた?
キッスがデビューしたのは、僕が11歳のとき。といっても当時は、そういうバンドがいるらしいとは知っていたものの、楽曲を聞いたことはありませんでした。
なにしろサブスクなんかない時代だったので、純粋に聴く機会がなかったんですよね。
ただ、聴いたことはなかったけれど、写真は見ていた。つまり、どんなサウンドなのかをまったくイメージできないまま、ただ強烈なルックスに圧倒されていたわけです。
そのため先入観ばかりがアンバランスにふくれ上がっていき、「あんな顔をしているということは、とてつもなく難解で醜悪な音楽をやっている人たちなのではないだろうか?」などとビビっていたのです。
そののち聴いてみたら、めちゃめちゃわかりやすいロックンロールだったので肩透かしをくらっちゃったんですけどね。
しかしそれでも子どもではあったので、ファンになってからもしばらくは、メンバー、とくにジーン・シモンズは「セックス・ドラッグ・アンド・ロックンロール」を地でいく凶暴な人なのだろうと思っていたりしたのでした。
実際の彼は酒も飲まず、ドラッグもやらないそうなのですが、「『セックス・ドラッグ・アンド・ロックンロール』という残念な決まり文句があまりにロマンティックにとらえられてきたせいで、私たちは、よく考えもせずにそれを受けいれるようになった」なんてことをいう人だとは思えないじゃないですか。
ちなみにこれは、最近出たジーンの著作『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』(ジーン・シモンズ 著、森田義信 訳、星海社新書)からの一説。
ロバート・ジョンソン、ジミ・ヘンドリックス、カート・コベイン、エイミー・ワインハウスなど、27歳で命を落としてしまったアーティスト(彼らはしばしば「27クラブ」の一員としてくくられる)たちの過程を追い、彼らに対する思いをつづったものです。
これを読んで実感するのは、僕を含む多くの人々が思っているよりもずっと、ジーンが生真面目な人間であるということ。とくにドラッグにはまるアーティストたちについては、強い抵抗感を抱いているようです。
もちろんそれは真っ当な価値観なのですけれど、なにしろキャラクターがああなので、ちょっと意外にも感じられるわけです。
私の問題は決してドラッグではなかった。しかし問題として認めることをどれだけ嫌悪しても、違った意味でずっと縁を切れずにいる自分だけの「ドラッグ」はある。注目、賞賛、成功、評価、そしてチョコレート・ケーキ ーー 私はこういった「ドラッグ」に依存している。それを認めることで、異なった内面的問題を抱えている人々への共感が容易になった。彼らのありようを理解することはできないかもしれないが、そんな人々が存在するのだということや、彼らがリアルなのだということは認識できた。(「イントロダクション」より)
まさか、ステージで火を吹いたり血を吐いたり舌をペロペロ出したりする人が、チョコレート・ケーキに依存していたとは。めちゃくちゃおもしろい話ですが、そういう真面目な人だからこそ、キッスをエンタテイメントとして成功させることができたのかもしれません。
キッスのデビュー・アルバム『キッス・ファースト 地獄からの使者』を初めて聴いたのはいつごろだったのかな? はっきり覚えてはいませんが、オープニングの“Strutter”を聴いた時点でかなり新鮮に感じたことだけは記憶に残っています。
「なーんだ、すごくわかりやすいじゃん」って。
“Nothin’ to Lose”“Cold Gin”“Deuce”などなど、ステージでもおなじみのシンプルかつキャッチーなロックンロール・ナンバー満載。“Firehouse”を聴くと、いまでもジーンが火を吹く姿が頭に浮かんじゃうなー。
そういえば昔、どこかの雑誌で読んだジーンのインタヴューにとても納得したことがあります。なぜって彼はそこで、「中高生がコピーしやすいように曲をつくっている」と話していたから。
だから、それから数十年後にインタヴューしたマーティ・フリードマンが、「中学生のとき、キッスとラモーンズは全曲コピーした」と話すのを聞いたときには「ジーンの思惑どおりだなあ」と感じたものです。
『キッス・ファースト』にデメリットがあるとすれば、収録時間が短いことかな。時代性も影響しているのでしょうけれど、全10曲で35分ってのは、いまの感覚からするとちょっと物足りないですよね。
でも、70分を越える「無駄に長い」作品よりも、「もうちょっと聴きたいなあ」と思わせる、これくらいがちょうどいいという気もします。
ところで『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』について、余談をひとつ。
実はずいぶん前に、「ジーン・シモンズの著作を出そうと考えている」のだと編集者から聞いていたのです。でも翻訳者が決まっていないというので、森田義信さんという方がいいのではないかと提案したんですよ。
まったく面識はないのですけれど、昔、ニック・ホーンビィの『ハイ・フィディリティ』ですばらしい翻訳をされていたので、ずっと記憶に残っていたのです。
とはいえ、そう話したこと自体を忘れかけていたのも事実。でも、あとから聞いたところによると、僕のその意見がきっかけで森田さんに翻訳を頼むことになり、トントン拍子で話が進んだのだとか。
まさか、飲み会の席での話がそんなことになったとは。けれど、なんだか光栄にも思えたのでした。

『キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss (24bit/96kHz)』
KISS
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