月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
SHAKATAK『ナイト・バーズ』
思い出したくもないあのころとは違って聞こえる、どこか愛しいブリティッシュ・ジャズ・ファンク
あくまでも感覚的な話、もしくは個人的な好みの問題であることをまずはご理解ください。
メロディについてです。
端的にいえば、“メロディアス”ということばで語られることの多い、親しみやすく、湿っぽさをたたえたメロディが個人的にあまり好きではないのです。
メロディそのものを否定したいわけではありませんが、ヨーロッパや日本などの作品に顕著な“哀愁系”のニュアンスがどうにも苦手で。
だから1982年にSHAKATAK(以下シャカタク)というグループの“Night Birds”が大ヒットしたときにも、強い違和感を抱いたのです。
すっごくわかりやすい曲だったので、ヒットする理由はいやでもわかりました。明らかに“日本人の琴線に触れる感じ”だったから。
「生粋の日本人がなにいってやんでえ!」って感じですが、苦手だったのだから仕方ありません。繰り返しますけど、個人的な好みの問題ね。
シャカタクは、ロンドン出身のフュージョン・バンド。同時期に活躍していたレヴェル・42とともに、1980年代のブリティッシュ・ジャズ・ファンク・シーンを牽引した存在です。
ちなみに本国アメリカのフュージョンやジャズ・ファンクと、イギリスのそれとはテイストが大きく異なります。
(少なくとも僕にとって)前者は曲調も明るいものが多く、演奏もタイトでダイナミック。またインプロヴィゼイション(即興、アドリブ)も重視されており、そうした方向性が、快活な印象につながっていたのです。
対するイギリス勢は、メロディ重視で艶っぽく、演奏も控えめ。「俺が俺が!」と前に出ようとするのではなく、「やるべきことをしっかりやります」というような感じとでもいうのでしょうか。
もともとアメリカかぶれだった僕は、クロスオーヴァーと呼ばれていたころからアメリカのフュージョンを聴いてきたので、イギリスのそれをどこか物足りなく感じていたのでした。
だから、シャカタクもしっくりこなかったのです。
でもそれだけではなく、環境的な影響も大きかったのかもしれません。1982年といえば一浪した末に行きたくもない3流、いや(個人的な感情的には)30流ぐらいの大学に入学した年で、すべてがうまくいっていなかったのです。
「行きたくもない大学に行ったやつが悪い」といわれれば、まさにそのとおり。しかし、“理由”があったんです。
拙著『音楽の記憶』にも書きましたが、僕は9歳のときに大怪我をして死の淵に立ったことがあります。以後、いろいろなことがうまくいかず、人生そのものをあきらめかけたこともあり、中途半端な状態で大学進学に臨んだのでした。
だから合格したとわかってもちっともうれしくなく、モヤモヤした気持ちを引きずりながら帰宅したわけです。
家には父親しかいませんでした。(シラフのときは)無口な彼は、いつものように居間で本を読んでいました。
「受かった」
「……そうか」
小さく答えながら父が眼鏡をずらし、指先で目を少しこすりました。
「え、泣いてる……」
それは、とてつもなく衝撃的な光景でした。「事故で死にかけた息子が、大学に受かったのか」と感じていたことが、手に取るようにわかったからです。
だから僕は、行きたくもないその大学に「行かなきゃ悪い」と感じてしまったのです。ばかばかしい話ですが、そう思わずにはいられなかったのです。
でも、そんな気持ちで入学してうまくいくはずもなく、結局は1年で中退することになったのでした。
あの大学での1年間は、僕にとって最悪の時期でした。そして、そんな年の夏に『ナイト・バーズ』が流行ったわけです。だから勝手に、「チャラチャラしやがって」みたいに感じていたということ。
情けない話ですが、あのころは心のなかに余裕がまったくなかったんですよね。
先日なんとなく、このアルバムを聴きなおしてみたくなりました。「いま聴いたらどう感じるだろう?」と、純粋に興味を持ったからです。
その程度の気持ちだったので期待はしていませんでしたが、だからこそ驚きました。当時から40年近くを経て耳にした彼らの作品は、とても魅力的だったからです。
ハイレゾで聴いたから、という部分もあるのでしょう。そのサウンドはとても粒立ちがよく、立体感のあるものでした。
なによりもすばらしいのは演奏力です。とくに際立っているのは、『ナイト・バーズ』から加入した2代目ベーシスト、ジョージ・アンダーソンのスキル。タイトル・トラックを耳にしただけでも、その実力は明確にわかります。
もちろん他のメンバーの表現力も申し分なく、LAフュージョンにもつながるメロウネスをたたえた“Streetwalkin’”や“Rio Nights”、典型的なブリティッシュ・ジャズ・ファンク・モードの“Easier Said Than Done”、タイトな“Bitch to the Boys”などなど、小粒ながらもキラリと光る楽曲が目白押し。
時が経てば、印象も変わるんですね。僕自身が、だいぶ変わったからなのかもしれないけれど。

『ナイト・バーズ+1 【K2HD】』
SHAKATAK
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この連載が本になりました。厳選した30本の原稿を大幅に加筆修正し、さらに書き下ろしも加えた一冊。表紙は、漫画家/イラストレーターの江口寿史先生です。
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