【第1弾】民族音楽シリーズ「THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY」 ナビゲーター:サラーム海上

2021/07/28

キングレコードが誇る、伝説のワールド・ミュージック・コンピレーションシリーズ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。アジアの各地域をはじめ、中南米、アフリカ、ヨーロッパなど世界中のあらゆる国や地域の音楽を網羅、学術的観点からも非常に貴重な音源も数多く収録した同シリーズを一挙ハイレゾ配信。全150タイトルを5か月に渡り順次配信してまいります。e-onkyo musicでは、このカタログ一挙配信を記念して、音楽評論家、そして中東料理研究家としても知られるサラーム海上氏をナビゲーターに迎え、5か月の連載形式で「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」をご紹介。その国や地域の音楽についてのお話や、特におすすめのアルバムをピックアップしてご紹介いたします。

第1弾となる今回は、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジアの音楽から32作品が配信されます。

【バックナンバー】
第1弾(7/28更新):ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア一覧ページ
第2弾(8/25更新):インド、パキスタン一覧ページ


ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
 第1弾 32タイトル(ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア) 一覧ページ⇒


キングレコードが誇る民族音楽コレクション「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」、全150タイトル(CDでは191枚分)がハイレゾ化され、e-onkyo musicにて7月から五回に分けて配信スタートした。
これまでにキングレコードのほか、日本ではビクターから、アメリカではノンサッチから、フランスではオコラなどから大規模な民族音楽のCDコレクションが発売されてきた。しかし、ハイレゾ化はそのほんの一部にとどまっていた。民族音楽音源のこれだけ大規模なハイレゾ化は世界初の試みとなる。
この快挙を記念してe-onkyo musicでは「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」の魅力を五回の連載に分けて深堀りしていく。企画に関わったキングレコードの社員やOBへの取材をはさみながら、毎回おすすめの作品も10タイトルずつ紹介していきたい。
まず今回の「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」ハイレゾ化の概要を記しておこう。
今回のハイレゾ化は、キングレコード関口台スタジオのマスタリング・エンジニア、矢内康公氏をはじめとする3人のサウンドエンジニアがこれまでのCDマスターを元にサウンド・レストレーション・ツールというプラグインを用いて24bit/96kHz化を行った。このプラグインはハイレゾ普及のためにソニーによって開発されたもので、本来の音源(演奏)に存在していながらも録音時やCD化で失われてしまった周波数帯をAIが演算し、シミュレートし、付加する。これを使うことにより、これまでCDでは失われていた22.05kHzよりも上の周波数帯が、48kHz(今回はサンプリング周波数が96kHzのため)付近まで復元されている。そのため、一聴しただけでもEQのハイを上げたような、キラっとした音に聞こえる。また24bit化も同様で、AIによってレンジ階調が広げられ、音の空間がより鮮明に感じられるようになった。


「バリ/スアール・アグンのジェゴッグ」一曲目冒頭のスペクトラム。47kHzまでしっかり出ている



さて、前身のLPレコード版「世界の民族音楽シリーズ」からから数えると半世紀近い歴史を持つ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。今回は遅ればせながらこの春やっとハイレゾに開眼したサラーム海上と「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」の40年の付き合いについて記すので、どうかお付き合いいただきたい。

僕は2012年からNHK-FMで「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」というワールドミュージック番組のナビゲーターを務めている。番組は一回40分で毎月4回、「世界の歌声」や「ドライな音楽」などのテーマを立てて、世界中の音楽を選曲して放送している。選曲はアフリカやヨーロッパ、中東やインド、アジアや中南米など、世界各地のアーティストの最新作品が中心だが、ワールドミュージックは温故知新の音楽でもあるため、あえて古く伝統的な音楽も混ぜて紹介している。そこで「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」のような膨大な民族音楽のコレクションの出番となる。これらを抜きにしては番組が成り立たない。
僕がこのシリーズの音に最初に聞いたのは、1979年にNHKテレビで放送されたドラマ「阿修羅のごとく」のテーマ曲に用いられた曲「ジェッディン・デデン(祖先も祖父も)」だった。当時、この曲を収録したLP「トルコの軍楽」は5万枚を売り上げ、後のCDを加えると通算10万枚以上の隠れた大ヒット作品となっているそうだ。
「ジェッディン・デデン」はオスマン帝国の軍楽隊「メフテルハーネ」の代表的な曲で、17世紀、オスマン帝国軍はこの大音声とともにヨーロッパへ侵攻した。太鼓とシンバルによるマーチング・リズム、チャルメラ笛のズルナによる異国的な旋律はヨーロッパ大陸を恐怖の底に叩き落としたが、同時に幾つかの影響を残した。モーツァルトやベートーベンはこのリズムを元に「トルコ行進曲」を作曲し、ヨーロッパ諸国の軍隊はブラスバンド形式の軍楽隊を取り入れることとなった。
僕は「阿修羅のごとく」のストーリーは全く覚えていないのだが、「ジェッディン・デデン」の異様な旋律と脅迫的なリズムには一発で魅了され、このアルバムを手に入れた。


オスマン軍楽隊メフテルハーネ。イスタンブル旧市街スルタンアフメト公園にて



次に「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」と再会したのは1987年、大学2年生の頃だった。行きつけだった下北沢の中古レコード店でLP版の「イラクの音楽」を格安な値段で手に入れたのだ。1977年に小泉文夫先生がイラクでフィールド録音したこの作品、B面の最後に24分にわたって収録されていた「スーフィーのジクル(イスラム神秘主義の儀式)」を聞いて驚いた。イギリス人の音楽家デヴィッド・シルヴィアンが1985年に発表した曲「シャーマンの言葉 第3章:目覚め」に、この曲のスーフィー信者たちの雄叫びが効果音的に用いられていたためだ。十数秒に及ぶ無断借用は今なら完全に違法行為だが、当時は許されたのだろう。
ジクルとは神の名前を唱え続ける宗教的修行行為を指す。通常イスラム教では音楽や踊りは禁止されているが、スーフィーには音楽や踊りがもたらす神秘体験によって神に近づくという考えがあり、ジクルを行う。
イラクのスーフィー教団のジクルは楽器を一切用いず、僧たちの歌声と唸り声、リズミカルな雄叫びによって礼拝や旋回舞踊が進められるが、トルコのメヴレヴィー教団のジクルはセマーと呼ばれ、葦笛や擦弦楽器、太鼓などの楽器演奏と歌による神秘的な雰囲気の中で旋回舞踊を進められる。「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」には2001年に東京で録音されたメヴレヴィー教団のジクルを収めた「トルコ/コーラン朗誦とスーフィーの音楽」があり、音楽的な美しさを求めるならこちらがおすすめだ。
自宅のCD棚を数え直すと、僕はこれまで「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」全150タイトルのうち、80タイトルのCDを買い揃え、愛聴していた。しかし、残りの70タイトルは未聴のままだった。「ギリシャの音楽」は今回のハイレゾ化で初めて聴いたが、これまで知らずにいたのが恥ずかしくなるほど素晴らしい内容だった。ギリシャは3千とも6千とも言われる数の島があり、そのうちの227の島に人が居住し、海岸線の長さは世界第11位を誇り、しかも国土の8割が山岳地帯という地理的多様性の国。かつては一万を超える村々にそれぞれ異なるリズムやメロディーの民謡が存在していたと言われている。この作品は首都アテネの民族舞踊と音楽の劇場ドーラ・ストラトゥ劇場で収集録音された歴史的音源のライセンス盤。ナクソス島、トラキア、マケドニア、クレタ島など、ギリシャ各地の民謡は楽器や歌い方、そしてリズムまで(7拍子や9拍子など)多種多様で、とても一つの小さな国とは思えない。僕は2018年の夏にサントリーニ島とナクソス島に料理の取材のため一週間滞在し、夜には民謡楽師のいる酒場を訪ねたが、残念ながらこの作品に収録されているような地域色の強い民謡を聴くことは出来なかった。


メヴレヴィー教団の旋回舞踊。イスタンブル新市街古楽器博物館にて


ギリシャ・ナクソス島の民謡酒場。興に乗った地元客が、床に灯油をまき、火を付け、お皿を叩きつけて割りながら踊る



さて、今回はこの辺で文字数が尽きた。次回は1980年代初頭から同シリーズの録音を担当してきた元キングレコードのサウンドエンジニア、高浪初郎氏に登場いただき、思い出深い作品について話を伺う予定なのでお楽しみに。


文・サラーム海上




■サラーム海上が厳選 第1弾 聴くべき10枚はこれ!


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:トルコの軍楽
オスマン・トルコ軍楽隊 他

隠れたロングセラー。1969年から73年にかけて現地フィールド録音されたオスマン軍楽隊17曲と擦弦楽器ケマンチェの演奏4曲。如何にもフィールド録音らしく、くっついていたシンバルやズルナの音がハイレゾでは少し分離して聞こえ、演奏場所の広い空間まで浮かび上がってきた。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:イラクの音楽
V.A.

CDでは二枚組だったもの。前半は1977年、イラクでのフィールド録音。後半は1981年に日本で録音された、歌とウードだけで綴られる、恋する者の揺れ動く心情を歌うアラブ古典音楽「パスタ」。微分音を駆使したアラブ音楽の真髄! デカダンスな響きはハイレゾ向き。





THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
トルコ/コーラン朗誦とスーフィーの音楽

キャーニ・カラジャ, トルコ古典音楽合奏団

2001年、「東京の夏」音楽祭にて録音された比較的新しい作品。冒頭にコーラン朗誦、後半にメヴレヴィー教団の儀式音楽を収録。盲目のコーラン詠唱者、故キャーニ・カラジャの歌声や葦笛ネイはハイレゾ化によって倍音が増え艷やかになった。不思議な妖気を感じるほど。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
ギリシャの民族音楽

V.A.

古い現地制作音源のライセンス盤で、ギリシャ各地の民謡を網羅しているため、楽器も歌もリズムもバリエーションが豊かで、今では現地でも聴けないような音源も多い。一部モノラル音源も混じるが、ハイレゾ化により声がクリアになり、部屋の残響まではっきり聞こえる。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
イランの古典音楽~アリー=レザー・エフテハーリー

アリー=レザー・エフテハーリー

1989年日本録音。CDでは二枚組だったもので、前半には11人編成の民族楽器楽団演奏と歌、後半は独唱やそれぞれの楽器の独奏を収録。つぐみのさえずりを模したとされるイラン古典音楽特有のコブシ回し「タハリール」唱法をたっぷり満喫出来るハイレゾ音源はまだまだ少ない。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
モロッコ/アラブ・アンダルスの歌~アミナ・アラウイ

アミナ・アラウイ

2003年日本録音。アラブ・アンダルスは中世スペインのイスラム朝宮廷で生まれ、地中海を挟んだ北アフリカで千年以上も伝承された、もう一つのアラブ古典音楽。マンドリンに似た金属弦の楽器シターンと「モロッコの花」と呼ばれるアミナの涼しげな歌声がハイレゾ化で一層華やかになった。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
エジプトの古典音楽と近代歌謡

エジプト国立アラブ音楽アンサンブル

1991年日本録音。CDでは二枚組だったもので、前半は十数人編成のエジプト国立アラブ音楽アンサンブルによる重厚なアラブ近代歌謡集。後半はカーヌーン(琴)、ナーイ(葦笛)、ウード(琵琶に似た弦楽器)の独奏集。ハイレゾ化で前半は音の空間が広がり、後半は楽器の音色が艷やかに。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
ナイジェリアのトーキング・ドラム~ツインズ・セブン・セブン
ツインズ・セブン・セブン

1989年日本録音。ナイジェリアの主要民族ヨルバ人の12人編成楽団。6種類のパーカッションと歌、女性の地声コーラスによる、西アフリカのスピリチャル・リズム賛歌。フェラ・クティのアフロビートの原型か。ハイレゾ化によって、パーカッション同士の音のぶつかりが軽減され、実に気持ち良い音に。




THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
セネガルのグリオ~ラミン・コンテ

ラミン・コンテ

セネガルの人気吟遊詩人による瓢箪をボディーに使った大型ハープ、コラの弾き語り。1986年来日公演のライブ録音。コラは繊細な音色と広い音域、それらを操る超絶なテクニックにより、西洋のコンサートハープ以上にハイレゾ映えする楽器となる。歌声も35年前とは思えないほど生々しい。


THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:
タンザニアの音楽

V.A.

諸民族のわらべうた、国立舞踊団、太鼓祭りという3つの異なる音楽を収録した1971年のフィールド録音。ハイレゾでは、マリンバや親指ピアノ、瓢箪をつないだラッパなどカラフルな民族楽器演奏に加え、ダミ声から高音までを駆使した人間国宝、故フクウェ・ザウォセの歌に改めて圧倒される。



ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
 第1弾 32タイトル(ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア) 一覧ページ⇒




■サラーム海上 プロフィール



サラーム海上 Salam Unagami

音楽評論家/DJ/中東料理研究家/朝日カルチャーセンター講師
中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。
10冊の著書、雑誌やWEBでの原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、料理教室講師等、活動は多岐にわたる。
選曲出演するJ-WAVE の中東音楽専門番組「Oriental Music Show」が2017年日本民間放送連盟賞ラジオエンターテインメント番組部門最優秀賞を受賞。
コミュニケーション言語は英語、フランス語、ヒンディー語、日本語。
群馬県高崎市出身、明治大学政経学部卒。

オフィシャルサイト


 


 


 

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