キングレコードが誇る、伝説のワールド・ミュージック・コンピレーションシリーズ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。アジアの各地域をはじめ、中南米、アフリカ、ヨーロッパなど世界中のあらゆる国や地域の音楽を網羅、学術的観点からも非常に貴重な音源も数多く収録した同シリーズを一挙ハイレゾ配信。全150タイトルを5か月に渡り順次配信してまいります。e-onkyo musicでは、このカタログ一挙配信を記念して、音楽評論家、そして中東料理研究家としても知られるサラーム海上氏をナビゲーターに迎え、5か月の連載形式で「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」をご紹介。その国や地域の音楽についてのお話や、特におすすめのアルバムをピックアップしてご紹介いたします。
第1弾となる今回は、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジアの音楽から32作品が配信されます。
【バックナンバー】
第1弾(7/28更新):ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア/一覧ページ
第2弾(8/25更新):インド、パキスタン/一覧ページ
第3弾(9/29更新):タイ、ジャワ、ベトナム、バリ他、東南アジア/一覧ページ
第4弾(10/27更新):日本、中国、韓国、モンゴル、チベット/一覧ページ
第5弾(11/24更新):アメリカ大陸/一覧ページ
■ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
第1弾 32タイトル(ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア) 一覧ページ⇒
キングレコードが誇る民族音楽コレクション「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」、全150タイトル(CDでは191枚分)がハイレゾ化され、e-onkyo musicにて7月から五回に分けて配信スタートした。
これまでにキングレコードのほか、日本ではビクターから、アメリカではノンサッチから、フランスではオコラなどから大規模な民族音楽のCDコレクションが発売されてきた。しかし、ハイレゾ化はそのほんの一部にとどまっていた。民族音楽音源のこれだけ大規模なハイレゾ化は世界初の試みとなる。
この快挙を記念してe-onkyo musicでは「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」の魅力を五回の連載に分けて深堀りしていく。企画に関わったキングレコードの社員やOBへの取材をはさみながら、毎回おすすめの作品も10タイトルずつ紹介していきたい。
まず今回の「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」ハイレゾ化の概要を記しておこう。
今回のハイレゾ化は、キングレコード関口台スタジオのマスタリング・エンジニア、矢内康公氏をはじめとする3人のサウンドエンジニアがこれまでのCDマスターを元にサウンド・レストレーション・ツールというプラグインを用いて24bit/96kHz化を行った。このプラグインはハイレゾ普及のためにソニーによって開発されたもので、本来の音源(演奏)に存在していながらも録音時やCD化で失われてしまった周波数帯をAIが演算し、シミュレートし、付加する。これを使うことにより、これまでCDでは失われていた22.05kHzよりも上の周波数帯が、48kHz(今回はサンプリング周波数が96kHzのため)付近まで復元されている。そのため、一聴しただけでもEQのハイを上げたような、キラっとした音に聞こえる。また24bit化も同様で、AIによってレンジ階調が広げられ、音の空間がより鮮明に感じられるようになった。
「バリ/スアール・アグンのジェゴッグ」一曲目冒頭のスペクトラム。47kHzまでしっかり出ている
さて、前身のLPレコード版「世界の民族音楽シリーズ」からから数えると半世紀近い歴史を持つ「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」。今回は遅ればせながらこの春やっとハイレゾに開眼したサラーム海上と「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」の40年の付き合いについて記すので、どうかお付き合いいただきたい。
僕は2012年からNHK-FMで「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」というワールドミュージック番組のナビゲーターを務めている。番組は一回40分で毎月4回、「世界の歌声」や「ドライな音楽」などのテーマを立てて、世界中の音楽を選曲して放送している。選曲はアフリカやヨーロッパ、中東やインド、アジアや中南米など、世界各地のアーティストの最新作品が中心だが、ワールドミュージックは温故知新の音楽でもあるため、あえて古く伝統的な音楽も混ぜて紹介している。そこで「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」のような膨大な民族音楽のコレクションの出番となる。これらを抜きにしては番組が成り立たない。
僕がこのシリーズの音に最初に聞いたのは、1979年にNHKテレビで放送されたドラマ「阿修羅のごとく」のテーマ曲に用いられた曲「ジェッディン・デデン(祖先も祖父も)」だった。当時、この曲を収録したLP「トルコの軍楽」は5万枚を売り上げ、後のCDを加えると通算10万枚以上の隠れた大ヒット作品となっているそうだ。
「ジェッディン・デデン」はオスマン帝国の軍楽隊「メフテルハーネ」の代表的な曲で、17世紀、オスマン帝国軍はこの大音声とともにヨーロッパへ侵攻した。太鼓とシンバルによるマーチング・リズム、チャルメラ笛のズルナによる異国的な旋律はヨーロッパ大陸を恐怖の底に叩き落としたが、同時に幾つかの影響を残した。モーツァルトやベートーベンはこのリズムを元に「トルコ行進曲」を作曲し、ヨーロッパ諸国の軍隊はブラスバンド形式の軍楽隊を取り入れることとなった。
僕は「阿修羅のごとく」のストーリーは全く覚えていないのだが、「ジェッディン・デデン」の異様な旋律と脅迫的なリズムには一発で魅了され、このアルバムを手に入れた。
オスマン軍楽隊メフテルハーネ。イスタンブル旧市街スルタンアフメト公園にて
次に「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」と再会したのは1987年、大学2年生の頃だった。行きつけだった下北沢の中古レコード店でLP版の「イラクの音楽」を格安な値段で手に入れたのだ。1977年に小泉文夫先生がイラクでフィールド録音したこの作品、B面の最後に24分にわたって収録されていた「スーフィーのジクル(イスラム神秘主義の儀式)」を聞いて驚いた。イギリス人の音楽家デヴィッド・シルヴィアンが1985年に発表した曲「シャーマンの言葉 第3章:目覚め」に、この曲のスーフィー信者たちの雄叫びが効果音的に用いられていたためだ。十数秒に及ぶ無断借用は今なら完全に違法行為だが、当時は許されたのだろう。
ジクルとは神の名前を唱え続ける宗教的修行行為を指す。通常イスラム教では音楽や踊りは禁止されているが、スーフィーには音楽や踊りがもたらす神秘体験によって神に近づくという考えがあり、ジクルを行う。
イラクのスーフィー教団のジクルは楽器を一切用いず、僧たちの歌声と唸り声、リズミカルな雄叫びによって礼拝や旋回舞踊が進められるが、トルコのメヴレヴィー教団のジクルはセマーと呼ばれ、葦笛や擦弦楽器、太鼓などの楽器演奏と歌による神秘的な雰囲気の中で旋回舞踊を進められる。「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」には2001年に東京で録音されたメヴレヴィー教団のジクルを収めた「トルコ/コーラン朗誦とスーフィーの音楽」があり、音楽的な美しさを求めるならこちらがおすすめだ。
自宅のCD棚を数え直すと、僕はこれまで「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」全150タイトルのうち、80タイトルのCDを買い揃え、愛聴していた。しかし、残りの70タイトルは未聴のままだった。「ギリシャの音楽」は今回のハイレゾ化で初めて聴いたが、これまで知らずにいたのが恥ずかしくなるほど素晴らしい内容だった。ギリシャは3千とも6千とも言われる数の島があり、そのうちの227の島に人が居住し、海岸線の長さは世界第11位を誇り、しかも国土の8割が山岳地帯という地理的多様性の国。かつては一万を超える村々にそれぞれ異なるリズムやメロディーの民謡が存在していたと言われている。この作品は首都アテネの民族舞踊と音楽の劇場ドーラ・ストラトゥ劇場で収集録音された歴史的音源のライセンス盤。ナクソス島、トラキア、マケドニア、クレタ島など、ギリシャ各地の民謡は楽器や歌い方、そしてリズムまで(7拍子や9拍子など)多種多様で、とても一つの小さな国とは思えない。僕は2018年の夏にサントリーニ島とナクソス島に料理の取材のため一週間滞在し、夜には民謡楽師のいる酒場を訪ねたが、残念ながらこの作品に収録されているような地域色の強い民謡を聴くことは出来なかった。
メヴレヴィー教団の旋回舞踊。イスタンブル新市街古楽器博物館にて

ギリシャ・ナクソス島の民謡酒場。興に乗った地元客が、床に灯油をまき、火を付け、お皿を叩きつけて割りながら踊る
さて、今回はこの辺で文字数が尽きた。次回は1980年代初頭から同シリーズの録音を担当してきた元キングレコードのサウンドエンジニア、高浪初郎氏に登場いただき、思い出深い作品について話を伺う予定なのでお楽しみに。
文・サラーム海上
■サラーム海上が厳選 第1弾 聴くべき10枚はこれ!
■ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
第1弾 32タイトル(ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、中央アジア) 一覧ページ⇒
■サラーム海上 プロフィール

サラーム海上 Salam Unagami
音楽評論家/DJ/中東料理研究家/朝日カルチャーセンター講師
中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。
10冊の著書、雑誌やWEBでの原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、料理教室講師等、活動は多岐にわたる。
選曲出演するJ-WAVE の中東音楽専門番組「Oriental Music Show」が2017年日本民間放送連盟賞ラジオエンターテインメント番組部門最優秀賞を受賞。
コミュニケーション言語は英語、フランス語、ヒンディー語、日本語。
群馬県高崎市出身、明治大学政経学部卒。
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