月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
キャプテン&テニール『Love Will Keep Us Together』
好きだなんて、ちょっと恥ずかしくて素直に口に出せない。だけど、じつは大好き
「印南くんってカーペンターズが好きなんでしょ?」
同級生のMさんからいきなり聞かれたのは、中学1年生のときでした。別のクラスのMさんはまったく接点がない女の子で、話したこともほとんどなかったのに、どうしてそんなことを知っているのか?
そりゃー、たしかにカーペンターズは好きでした。小学生時代のガールフレンドを、日本公演に誘って撃沈した話も前に書きましたでも、その話が同級生連中に広がっていったとも考えにくく、そもそも来日公演は、Mさんの発言よりもあとのことだった気がするんだよなぁ……。
なーんて、45年以上も前の話を持ち出したところでどうにもなりませんけれど、ともあれ当時の僕は思春期にあったのです。
つまり、「うん、カーペンターズが大好きなんだ♪」なんて認めるのはどこか気恥ずかしく、だから、「え、うん、まぁ……」と、曖昧にごまかすしかなかったわけです。
たとえばそんなとき、「エレクトリック期のマイルス・デイヴィスにハマっててさぁ」などと口に出せれば、きっと格好もついたのでしょう。しかし自意識過剰なガキンチョにとって、ポップスの王道たるカーペンターズが好きだなどと認めることは、どこかかっこ悪かったのです。
バカですねぇ……。実際にはポップスもソウルもフォークもクラシックも、それどころか日本の民謡も聴いてたんだから、素直に認めればいいものを。
ですから、その年に流行ったキャプテン&テニールの“Love Will Keep Us Together(邦題:愛ある限り)”がヒットしたときにも、やはり「キャプテン&テニールズが大好きなんだ♪」なんて認めるとができなかったのです。
この人たちのポップ・センスはすばらしいと思っていたのだから、素直に認めればいいものを。
キャプテン&テニールは、キーボーディスト/アレンジャーのダリル・ドラゴン(通称キャプテン)、そしてシンガーソングライターのトニ・テニールからなるポップ・デュオ。
核となっているのは、やはりキャプテンの才能です。彼はアメリカの著名な作編曲家/指揮者であるカーメン・ドラゴンの息子で、1960年代後半から70年代初頭にかけ、キーボーディストとしてビーチ・ボーイズのサウンドに大きく貢献した人物でもあるのです。
ふたりが出会ったのも、ともに参加したビーチ・ボーイズのツアーで共演したことがきっかけ。かくして活動をともにするようになったのが1972年のことで、1975年には『Love Will Keep Us Together』でアルバム・デビューしたのでした。
冒頭の“Love Will Keep Us Together”のみならず、とにかくこのアルバムはふたりのポップ・センス全開状態。テニールが手がけたポップ・ナンバー“The Way I Want To Touch You”はセカンド・シングルとしてヒットしましたし、落ち着いた曲調をテニールのヴォーカルが引き立てる“Cuddle Up”も印象的です。
また、バラードの“The Good Songs”“Gentle Stranger”、ゆったりとしたミディアム“Honey Come Love Me”など、ふたりの共作も優秀。キャプテン単独名義の“Broddy Bounce”だけは、どういうわけかとっても微妙な“ナニコレ感”が濃厚なのですけれど、全体的には非常にバランスがとれているのです。
また、特筆すべきは2曲収録されたビーチ・ボーイズのカヴァー。とくにブルース・ジョンストンによる1957年の楽曲をリメイクした“Disney Girls”はすばらしく、“Love Will Keep Us Together”と並ぶ本作の目玉だといっても過言ではありません。
ブライアン・ウィルソンが手がけた“God Only Knows(邦題:「神のみぞ知る」)”も、ビーチ・ボーイズのオリジナルとはまた一味違った解釈が興味深いですね。
そしてもうひとつの注目曲が、ラストを飾るバラードの“I Write the Songs”。こちらもブルース・ジョンストンのペンによる楽曲で、バリー・マニロウのヴァージョンが有名ではないかと思います。でも、こちらにも負けず劣らずの説得力があるんですよねー。
ってなわけでキャプテン&テニールについては、もっと評価されるべきだという気持ちがとても強いのです。リアルタイムで聴いていたという方も少なくないでしょうが、このタイミングに、ぜひまた改めて聴いてみていただきたいと思います。もちろん、まだ聴いたことがないという人も。
きっとハマりますよ。
ところで話は変わりますが、ずっと気になっていることがあるんですよ。1990年ごろにたまたまラジオから “Love Will Keep Us Together”のイントロを低速でサンプリングした、フランス語のヒップホップが流れてきたんです。
曲名もアーティスト名もわからないのですが、30年以上ずっと気になっていて。
ご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

『Love Will Keep Us Together』
Captain & Tennille
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この連載が本になりました。厳選した30本の原稿を大幅に加筆修正し、さらに書き下ろしも加えた一冊。表紙は、漫画家/イラストレーターの江口寿史先生です。
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