連載 『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第88回

2021/07/02

『On A Friday Evening[Live]』 Bill Evans Trio

~ハイレゾは1975年へのタイムトラベルを実現する!~

■ 今月はライブ盤が豊作


音楽制作を取り巻く状況は、未だ混沌として出口が見えません。しかし、少しずつではありますが、こんな時代に沿った新しいアイデアによるライブ活動や新譜レコーディングがスタートしています。音楽関係者の頑張りは、本当に心強い限りです。

今月は、久しぶりに聴き応えのある作品に多く出会えました。ライブ音源が多かったのが興味深いところ。音楽配信ライブを録音しておいて、後から音源としても販売するというアイデアは、今後も音源制作を継続していくという意味で素晴らしい試みだと思います。完成度の高いライブ配信だったならば、それを音源としても楽しみたいのがファン心理というものです。

今月のライブ盤を聴いていて少し残念だったのが、音圧レベルが過剰な作品が多かったところでした。私の感覚では、あと4dBは小さくしてほしい。少なくとも、あと2dB下げてくれると、もっと積極的に楽しめたのに・・・と思います。

過剰音圧だけでなく、イコライジングが強めのキンキンした音源もありました。ライブの迫力を伝えようとするマスタリングなのでしょうが、音の加工が強すぎると逆に楽しめなくなるものです。音楽の制作側とリスニング側の想いの差から生じる溝には、まだまだ深いものがあるのかもしれません。

そんな中、キラリと光るサウンドのライブ音源と出会いました! 


■ 音量を上げて聴けば、1975年のライブ空間へ!


あのビル・エバンスさんの魅力的なピアノが、まさか新譜とで、しかもハイレゾで楽しめるとは!

 

1975年6月20日のライヴ音源とのことですので、今から45年も前に演奏された音楽です。プレーヤーの再生ボタンを押した瞬間、まるで時間旅行が実現したかのように、私は1975年のライブハウスの客席に居るような錯覚に陥りました。

なぜこのワクワクした音場感が、現代の録音技術では実現できないのでしょうか?45年も前の録音物に歯が立たないとは、現代の音楽制作現場に少なからず関わっている私としては、本当に複雑な気分です。

元の音源がテープ録音ですので、もちろんヒスノイズは存在します。無ノイズの音楽体験が多い世代には、サーっというやっかいな雑音でしかないでしょう。ですが、対談したことのあるジャズ・プロデューサーさんから 「ノイズと友達になればOK」 と教わりました。“ノイズと友達” とは、なんとも名言です。本作の場合、特にミュージシャンのエネルギーが酔いそうなくらい強いので、テープノイズなど吹き飛ばしてくれます。この演奏パワーなら、ノイズに気を取られることなく安心して音楽のみに集中できました。

発掘されたテープ音源を、そのままの音質で発売しているということはないでしょう。ですが、人為的なエフェクト感を気にすることなく楽しめました。おそらく、丁寧に入念にマスタリングされているのでしょう。私は、音楽を聴いているとき、マスタリング・エンジニアの顔が見えてくるような音源は苦手です。音楽制作エンジニアやオーディオ機器設計者を感じるのではなく、やはりミュージシャンが浮かび上がるような音源が理想的であり、そういったサウンドにより私たちは只々音楽に没頭できます。本作は、ノイズリダクションもイコライザーもコンプレッサーを使用はしているのでしょうが、それらの存在を意識することなく楽しめるのが、最大の魅力だと思います。

音圧のさじ加減が絶妙。現代の基準からすると、音量感が小さめの音源に分類されるのかもしれません。しかし、それが素晴らしい! 音が小さければ、ボリュームを少し大きくして聴けば良いだけの話です。そのために、リスニング機器には音量調整機能があるではないですか。アンプのボリュームをグイッと上げれば、それはまるでタイムトラベルのスタートスイッチ。実物大のビル・エバンスさんのピアノが、そこに出現するではないですか! この没頭感、ハイレゾならではの音楽世界だと思います。

ピアノの深い響きだけでなく、ドラムのシンバルの切れ味も良好。低音好きの方なら、ラスト曲でのベースの弓奏法による不思議なサウンドもぜひチェックしてほしい。ライブ音源の超オススメ太鼓判ハイレゾです!







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筆者プロフィール:


西野 正和(にしの まさかず)3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。

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