月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
スティール・パルス『True Democracy』
デヴィッド・ハインズのパイナップル頭が、違和感なく説得力を投げかけた理由
次第に夏らしくなってきましたね。
これからどんどん暑くなっていくわけですが、個人的には、この季節になるといつも実感せざるを得ないのが自分自身の“不健康志向”です。
健康的に過ごすことが当然とされる時代の流れとは逆行しているかもしれませんけれど、思えば昔から、僕はまったく健康な人間ではないのです。
なにしろ冷房が大好きなので。
暑い夏にレゲエを聴きたくなるというのは、いたって普通の発想だと思います。ただ僕の場合、暑い日には部屋を冷房でキンキンに冷やし、「ちょっと寒いかな」などと感じつつ低音を効かせたレゲエやダブを聴きたくなってしまうんですよねー。
いわば、菜食主義などの自然志向を前提とするラスタファリズムのコンセプトとはまったく対極にあるような感じ。
もちろん、それがいかにナンセンスなことであるかは理解しているつもりです。頭ではね。でも、暑いの苦手だし(だめじゃん)。
ちなみに同じレゲエでも、そんな“不健康冷房生活”にはブリティッシュ・レゲエのほうがより似合うような気がしています。イギリスに移住したジャマイカからの移民が牽引した、より硬質かつクールで、ダブとの親和性も高いスタイル。
もちろんジャマイカのオリジナル・レゲエも大好きなのですが、ブリティッシュ・レゲエ特有の屈折感(といったら語弊があるかもしれないけれど)が、少なくとも1980年前後の僕にはしっくりきたのです。
アーティストでいえば、『Signing Off』で衝撃を投げかけたUB40、“Bass Culture”で知られるダブ・ポエットのリントン・クウェシ・ジョンソン、『Chill Out』で強烈なインパクトを投げかけたブラック・ウフル、名曲“Back to Africa”を生み出したアズワド、そして今回ご紹介するスティール・パルスあたり。
なかでもブラック・ウフルとスティール・パルスは、あのころの夏によく聴いてたなー。
スティール・パルスは1975年にバーミンガムで結成され、1978年の『Handsworth Revolution』によってその名を知らしめたグループ。このアルバムからのファースト・シングルがアメリカの白人至上主義団体に異議を唱える“Ku Klux Klan”であったことからもわかるように、明確な政治的志向性を持った存在としても知られています。
当時所属していたアイランド・レーベルとの折り合いがよくなかったこともあって当初は伸び悩みますが、4作目にあたる1982年の本作によって広範な層からの支持を得ることに成功したのでした。
ストイックな表現のなかに明確な熱を意識させるオープニング“Chant a Psalm”から、ジャマイカの国民的英雄である黒人民族主義の指導者、マーカス・ガーヴェイを讃えた“Worth His Weight in Gold(Rally Round)”まで、全楽曲が説得力抜群。
誠実につくり込まれたことがわかる楽曲は、リリースから40年近い歳月を経ても充分に新鮮です。冷房の効いた部屋にも合うし(そこかよ)。
ところでスティール・パルスといえば、バンド創設者であるリード・ヴォーカリスト、デヴィッド・ハインズのパイナップル頭を思い浮かべる方も少なくないはず。
アルバム・ジャケットを見ればわかるとおり、その髪型には強烈すぎるインパクトがあるからです。しかもそこには、「ヘンだ」というよりも「かっこいい」と感じさせる説得力が備わってもいました。
思うにあれは、彼が自分を確立していたからこそ成り立っていたものなんだよなぁ。「デヴィッド・ハインズがやるなら納得できる」という感じで。
僕がそう実感したのは、『True Democracy』のリリースから少し経ったある晩の中央線の車内でのことでした。たしか国分寺から、友人と東京駅行きの中央線に乗ったのだったと思います。
いつものように、その時間の上り電車は空いていました。そんななか、横一列に並んで座る3人の“レゲエの人”がものすごく目立っていたのです。大きめの声で楽しそうに笑っていたから、ということもあるのですけれど、それ以上の理由があったのも事実。真ん中の人が、デヴィッド・ハインズそっくりのパイナップル頭だったのです。
それを見たとき、「デヴィッド・ハインズのパイナップル頭がかっこいいのは、デヴィッド・ハインズがデヴィッド・ハインズだからなんだな」ということが明確にわかりました。
中央線の車内で見る真似っこの人は、やはり真似っこでしかなかったということです。だから、本来であればかっこいいと感じるはずなのに、「ヘンとしか映らなかったわけです。
「……笑っちゃいけません……」
懸命に笑いを堪えていたら、横にいた友人が笑いを噛み殺しながら、ボソっと口にしました。うっかり吹き出してしまったのはそのせいです。
幸いにも気づかれはしなかったので助かりましたが、あのときは本当にオリジナリティの本質的な意味を実感したものです。
なんにしても、上辺だけの真似では意味がないということですね。逆にいえば、だからこそデヴィッド・ハインズは、そして当時のスティール・パルスはめちゃめちゃかっこよかったわけです。

『True Democracy』
Steel Pulse
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