美空ひばり最新ハイレゾ音源がリリース!「ボリュームをグッと上げてお楽しみください」

2015/06/24
昭和を代表する国民的な女性歌手と聞いて、真っ先に思い浮かべるのが美空ひばりさんではないでしょうか。この度、そんなひばりさんの歌唱が存分に味わえる新たなハイレゾ音源が『ステレオ録音による 美空ひばりベスト』、『美空ひばりベスト 1964~1989』の2タイトルでリリースされることとなりました。その貴重な音源はどのようにハイレゾ化されたのか。日本コロムビアの南麻布オフィスにあるマスタリングルームを尋ね、本作のプロデューサーとエンジニア諸氏にお話を伺ってきました。
インタビュー・文◎鈴木 裕


『ステレオ録音による 美空ひばりベスト』
/美空ひばり

『美空ひばりベスト 1964~1989』
/美空ひばり



 すでにジャズや民謡のアルバムがハイレゾ化されている美空ひばり。シングル曲のハイレゾ化のリクエストも多く寄せられて来たが、2015年6月24日、つまり、美空ひばり27回忌を迎えたこの日に2タイトルのベストアルバムのダウンロードが始まった。今回の企画に携わった制作スタッフへのインタビューを含めて、この2タイトルを紹介してみよう。まず2タイトルの概要と特徴的なサウンドについて。

『ステレオ録音による 美空ひばりベスト』(24bit/96KHz)
 これはCDとして販売されてきたアルバムと同様の選曲だが、マスターテープからハイレゾ化。初ヒット曲となる「悲しき口笛」から「川の流れのように」までの20曲だ。「リンゴ追分」「お祭りマンボ」「港町十三番地」など初期の13曲のオリジナル録音はモノラル音源のため、今回は1970年代前半、美空ひばり30歳代中盤の脂の乗り切った時期にレコーデイングされたものを使っている。14曲目の「柔」以降はオリジナルの音源で収録。
 実際に聴いてみると、たとえば「哀愁波止場」でのファルセットや「ひばりの佐渡情話」で活躍する三味線の倍音の伸びが美しく、特に三味線のリアルさはCDでは聴けない領域に入っている。「真赤な太陽」でのボーカルの奥にいるドラムのディテールと立ち上がり、「愛燦々」での全体に漂う晴れやかな空気感、唯一のデジタルマスターである「川の流れのように」での前後方向に深い奥行きの音場感、深みのあるボーカル、3回目のサビでのスネアのプレイやコーラスの美しさなど実に感動的だ。

『美空ひばりベスト 1964~1989』(24bit/96KHz)
 これもCDとして販売されてきた選曲。1964年の日本レコード大賞を受賞した「柔」からラストシングルとなった「川の流れのように」まで、ステレオ時代の代表作18曲が選ばれている。グループ・サウンズ全盛期にジャッキー吉川とブルー・コメッツをバックに歌った「真赤な太陽」やセリフ入りの「悲しい酒」。平和を願う名曲「一本の鉛筆」、岡林信康が提供した「風の流れに」、小椋佳が提供した「愛燦燦」。闘病から復帰第一弾となった「みだれ髪」など。こうしたもののマスターテープからのハイレゾ化だ。
 ハイレゾを聴いてみると、「ある女の詩」での全盛期のひばりの喉の強さ、「ひとりぼっち」のイントロのセリフの生々しさ、「風の流れに」での歌と絡んでくるアコースティック・ギターが歌謡曲のそれではなくフォーク系というニュアンス、「歌は我が命」でのドラムのトランジェントのいいプレイ、「裏町酒場」での首の動かし方までわかるような堂々としたボーカル。いずれも聴き応えたっぷりのハイレゾだ。

ハイレゾ音源の制作について語ってくれたお三方

まずは今回のハイレゾ2タイトルについて、制作した経緯をプロデューサーの衛藤邦夫氏(日本コロムビアA&C本部 コロムビアレコード・ビジネスユニット)に伺った。

プロデューサーの衛藤邦夫さん

「先にジャズや民謡をやりましたが、これはハイレゾの音楽ファイルとして楽しむのにこうした音楽性、サウンドの方が相応しいのではないかという判断でした。今回、たくさんのリクエストもいただいていましたひばりさんのシングル曲を選びました。ただし、その初期のものはSP盤の時代で、当時のSP盤を再生させたり、あるいはその元となった金属原盤から起こした音源とのハイレゾとの相性がわかりません。それでテープ録音になってからの音源、しかもステレオ録音されたものに限りました」

「川の流れのように」を除いて、すべてアナログのマスターテープ、いわゆる6mm(4分の1インチ)幅のオープンテープを音源として24bit/96kHzにハイレゾ化されている。1964年から89年までの録音ということになるが、そのマスターテープの状態はどうだったのだろうか。本作のマスタリング・エンジニア、宇野勝昭氏(同 A&C本部スタジオ技術部)に聞いてみよう。

本作のマスタリング・エンジニア、宇野勝昭さん

「テープの状態は悪くなかったです。特に60年代のものは、磁性体のハガレやベタつきなどもありません。録音テープ自体、時代とともにテープの感度を上げる方向で来たわけですが、どうもその新しめの時代の方がテープとしては劣化するようですね」

 実際にマスターテープを見せてもらったが、7インチのサイズで、箱のクレジットには2テイク収録したことが記されているものもある。今回は、どんな方針でマスタリングしたのだろうか。

「スタジオで収録した空気感を重視しています。私自身、美空ひばりさんの音源のマスリングにはずいぶん関わっていて、最近のCD化されたものはすべて担当していますが、CDとはマスタリングの考え方が違います。CDの場合は、それなりに音圧を上げて聴きやすくしています。ハイレゾの場合はコンプレッサーをかけていません。購入したお客さんが楽しむ時にボリュームを上げていただくというスタンスで、スタジオの空気感を味わってもらうように心がけました。これはなかなか判断が難しいところですが、今回はわずかにイコライザーを使っているだけです。あとはリミッターがかからない範囲で、音量レベルのピークをギリギリまで上げています。
 音圧を上げたり、コンプレッサーをかけたりすることは音楽の奥の方にあるものを前に出し、前にあるものを引っ込ませることになります。つまりマスターの、小さい音と大きい音の差をなくす方向です。マスタリング時に音圧を上げないことによって、スタジオで収録していたままに近い、微細な信号までが出てきます。そもそもデジタル録音を世界で最初に行ったのはデンオン(現在のデノン)ですが、最初の頃のPCM録音では特にクリアさを目指していました。ハイレゾ化によって、その原点が見直された気もします」

唯一のデジタル音源である「川の流れのように」。マスターは44.1kHz/16bitだったそうだが、これはどうハイレゾ化されたのだろうか。マスタリングに携わった冬木真吾氏(同 A&C本部スタジオ技術部 部長)はこう語ってくれた。

マスタリングをサポートした主任技師の冬木真吾さん

「デジタルマスターについては、コロムビアの独自技術による帯域拡張、ビット深度拡張をしています。基本的にはないものを作らなければいけないので、そこは悩みの種でした。なにしろ、ひばりさんは特別な存在ですからね。16bit/44.1kHzを24bit/96kHzにするのは今回が初めてありませんが、元々あったと予測される倍音を付け足すことによって、マスタリングの可能性やその自由度を上げられないかなと。単にデータの数字を上げるのではなく、エンジニアがそれを元にマスタリングすることが前提です。作業自体は音楽制作用のコンピューターの中にある自社開発したDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)で行っています」

ところで、マスターテープを再生するにはテープレコーダーを使用する。どんなものを使ったのだろうか。

「このマスタリングスタジオがある場所は同時にアーカイブセンターでもあり、古い機材も豊富に保存しています。今回は各スタジオに装備されているスチューダーのテープレコーダーを使いました。また、それを使いこなすノウハウを持った熟練のエンジニアが多くいますからね」(冬木さん)

「テープからデジタル化して波形で見るとスリットの問題がわかります。これは収録した時のレコーダーの録音ヘッドが微妙に傾いていて、左右のチャンネルの位相、時間軸が微妙にズレる問題です。波形で見るとわかるので、ボーカル帯域でパチッと合わせて補正します。また、いわゆるテープのヨレによる音トビ(片チャンネルだけの、音圧の瞬間的な減少)もデシタルの編集で直しています。今は、音を止めて波形として見て作業できるので、かつてやりたかったことがずいぶんいろいろとできるようになりました」(宇野さん)

 こういった部分では、マスターテープよりも正しい状態になっていると言ってもいいかもしれない。そもそもデジタル録音を最初にはじめたのはDENON=コロムビアである。その老舗の矜持を感じさせるハイレゾだ。

「今回は64年から89年までの作品でしたが、今後は、それ以前のモノラルやSP盤時代のものもハイレゾ化していきたいと思っています」(衛藤さん)

宇野さんたちも、その保管状態の良さに驚いたというマスターは6mmのアナログテープ


今回のアナログマスターのハイレゾ化で使用したテープレコーダーはSTUDER A80。常に丁寧なメンテナンスが施され、良い状態が維持されている


マスタリングルームの全景。奥に見えるスピーカーはB&W 801。その手前に鎮座するのは、なんと20数年前に設えた自社開発のデジタルコンソールだ。「さまざまなツールは最新のものを採り入れていますが、コロムビアはカタログが多いので昔の音源を当時のいい音で聴ける環境も残してあります」と冬木さん。なおADコンバーターは、APOGEE Rosetta 200やDCS 902、904などを使用している

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