月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
パブロ・クルーズ『A Place in the Sun』
サーファーカットの丘サーファー(ダサい)を魅了した、魅惑のサーフ・ロック・バンド
「サーファーカットにしたいなら、安くやってくれる床屋があるよ」
1歳年上のT田さんからそんな情報をもらったのは、高校1年のときのこと。
新刊『音楽の記憶』にも書いたように、僕は中学生時代から西武新宿線の井荻駅近くにあったコーヒーショップに出入りし、そこから(遊びの)人脈を広げていたのでした。
T田さんも、その流れで知り合った人。
サーファーブームの入り口のころで、サーファーカットというレイヤーカットが流行っていたのです。T田さんによれば、その床屋では破格でサーファーカットにしてくれるらしく。
たしか、500円か1000円だったんじゃないかな? したがって、アメリカかぶれの16歳に断る理由などなかったわけです。
そこで連れて行ってもらったら、どこの町にもありそうな普通の床屋。しかも店頭には「パンチパーマできます」などという張り紙がしてあったので、ちょっと不安になったりもしたものです。
結果的には心配するまでもなく、本当に安くサーファーカットにしてもらえたんですけどね。それからずいぶん通いました。
ただ、ネットで検索してみても全然引っかからないのですけれど、本当に初期のサーファーカットって、ちっとも洗練されてなかったはずなんですよねー。
おかっぱ頭を中途半端に伸ばしたような、おばさんみたいな髪型というか。わかる方、いらっしゃいません?
だから、いま思えばかなりダサかったのですけれど、僕はそのスタイルがたいそう気に入り、Tシャツにジーンズ、そしてビーサンというスタイルで過ごしていたのでした。
そう、サーファーブームにおいていちばんかっこ悪い人種、「丘サーファー」というやつだったのです。念のためにご説明しておくと、丘サーファーとは、サーフィンなんかできないくせにサーファー風の格好をしている人のこと。
でも仕方ないじゃないですか、泳げないんだから。
それはともかく僕はリーゼント率80%ぐらいのヤンキー高校に通っていたので、かなり目立っていたのではないかと思います。
カラパナやセシリオ&カポノなど、ハワイのサーフ・ロックが話題になってから数年後のこと。
やがて、そんな流れを受け話題になっていったのが、サンフランシスコのパブロ・クルーズでした。ギター/ヴォーカルのデヴィッド・ジェンキンス、キーボード/ヴォーカルのボビー・レリオス、ドラムスのスティーヴ・プライスを中心として、1973年に結成されたバンド。
アルバム『Pablo Cruise』でデビューしたのが1975年で、そののち77年の3作目『A Place in the Sun』で本格的にブレイクしたのでした。僕も中学3年のとき、このアルバムがきっかけで彼らを知ったのだったと思います。
パブロ・クルーズの魅力は強靭かつ安定感のあるリズム・セクションで、オープニングのタイトル・トラックや続く「What’cha Gonna Do」にそれは明らか。
他の曲も申し分なく、アコースティック・ギターの旋律とハーモニーが見事に調和する「Raging Fire」、メロウなグルーヴが心地よい「Atlanta Jane」、重量感に満ちたインストゥルメンタルの「El Verano」まで、全9曲すべてが優秀です。
とにかく、全員に共通する卓越したテクニックとセンスが決め手。なかでもバド・コックレルのベースが素晴らしく、彼がサウンドの要になっているといっても過言ではないと個人的には感じています。
爽やかでありながらも太い芯を感じさせるので、「カーステレオで聴いたら気持ちいいだろうなぁ」と、免許のない高校生はあのころ感じていたのでした。
だからこのアルバムがいちばん印象深いのですけれど、とはいえパブロ・クルーズにハズレなし。大ヒットした78年の『Warlds Away』や79年の『Part of the Game』もよかったですよね。
と書いて思い出した。
『Part of the Game』が出た直後、それまでリーゼントに長ラン&ボンタンでキメていたヤンキーの半数くらいが、一気にサーファー化したんですよ。
そのころの僕がまだサーファーカットだったかは覚えていませんけれど、あの変わり身の早さには驚かされたなぁ。

『A Place In The Sun』
Pablo Cruise
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この連載が本になりました。厳選した30本の原稿を大幅に加筆修正し、さらに書き下ろしも加えた一冊。表紙は、漫画家/イラストレーターの江口寿史先生です。
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