月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
オールマン・ブラザーズ・バンド『フィルモア・イースト・ライヴ』
「やっぱりオリジナルのフォーマットが超強力だよなぁ」と思わせてくれる傑作ライヴ
この連載をまとめた新刊(下記参照)のタイトルではありませんが、音楽って、それを聴いた人の記憶と連動しているじゃないですか。
そのことに関連して、ちょっと感じることがあるのが、名作と名高いオールマン・ブラザーズ・バンドの『フィルモア・イースト・ライヴ』です。
いうまでもなく、1971年3月にニューヨークの「フィルモア・イースト」で開催された4公演のなかから厳選された楽曲を収録したライヴ・アルバム。
もちろん大好きな作品ですし、名作であることは疑いようもない事実です。けれど完成度の高さとは違う部分で、気になってしまうことがひとつだけあるのです。
今回は、そのことについて。
初めてこのアルバムのことを知ったのは、たしか中学生時代。数曲をラジオで聴いたのでした。オールマン・ブラザーズ・バンドの存在を知ったのも、そのときだったと思います。
とはいえ、その時点でオールマンのすごさを理解したわけではありませんでした。子どもにはちょっと渋い音楽でしたからね。
高校生になり、近所の中古レコード屋さんで『フィルモア・イースト・ライヴ』を見つけたときに「買おう」と思ったのも、改めてきちんと学びなおしたいという気持ちがあったから。
2枚組の重みを感じながら家に帰って聴いてみたとき、いろいろな意味で衝撃を受けました。
最大の驚きは、なんといってもそのフォーマットです。なにせ、2枚組なのに7曲しか入っていないのです。しかも、SIDE ONEとSIDE FOURにはそれぞれ1曲だけ。確認してみれば、前者の「ユー・ドント・ラヴ・ミー」は19分6秒、後者の「ウィッピング・ポスト」は22分40秒もあります。
ふざけてんの?
もう、その時点で理解の範疇を超えていたわけです。全4面を最初から最後までじっくり聴いてみても、やっぱり渋いとしか表現のしようがありません。
聴いた瞬間にガツンと響いたわけでもなかったし、正直にいえば「これは……ちょっとまいったな」と思うしかなかったのでした。
なにしろ安めの中古盤とはいえ、高校生にとっては“それなり”の金額だったのです。つまり、「気に入らないからもう聴かない」というわけにはいかない。理解できようができまいが、買った以上は聴かないとモトがとれない、モトをとる必要があったということです。
バカみたいな話ですけど、使えるお金に限りのある学生にとって、それは切実な問題だったのです。
そこで数日にわたり、集中して聴き続けることにしたのでした。
すべて聴き終えるまでには何度もレコードを裏返さなければならないので、ちょっと面倒くさいと思いました。しかも渋い作品なのですから、わかりやすい刺激を求めてしまいがちなガキンチョにとっては修行のような感じでもありました。
ところが2日目か3日目に、ちょっと印象が変わってきたのです。簡単にいえば、繰り返し聴くたび純粋に「いいなあ」と感じられるようになってきたということ。
いつのころからか、1曲目「ステイツボロ・ブルース」冒頭のスライド・ギターを耳にするたび、腕に鳥肌が立つようになりました。グルーヴ感に満ちた「誰かが悪かったのさ(Done Somebody Wrong)」に続く、「ストーミー・マンデイ」の安定感にも魅力を感じはじめました。
それどころか、20分近い「ユー・ドント・ラヴ・ミー」も、SIDE THREの「アトランタの暑い日(Hot ‘Lanta)」、プログレッシヴ・ロック的ですらある壮大な「エリザベス・リードの追憶(In Memory of Elizabeth Reed)」も、ぐっと刺さるようになったのです。クライマックスというべき長尺の「ウィッピング・ポスト」も、文句なしに気持ちよすぎ。
というわけで、どの楽曲も気に入ることができ、その結果、「全7曲」のバランスのよさもわかるようになってきたわけです。
先に触れたとおり4ステージからの抜粋なのですから、現実的には全体のなかのごく一部でしかありません。しかし、そこから選ばれた7曲の組み合わせが理想的であることがはっきりとわかるようになったということ。
つまり、そこまでの境地に達して初めて、このアルバムのすごさが理解できるようになったのでした。
曲数も曲順も、これでなければいけない。これだからこそ、意味があるのだと。
ところが2014年になって、37曲も入った『The 1971 Fillmore East Recordings』が出てしまったのです(1993年には数曲が追加された『ヒストリカル・パフォーマンス ザ・フィルモア・コンサート』が、2003年には『デラックス・エディション』が発表されましたが)。
もちろん未発表音源を聴けることはうれしいですし、クオリティ的にも悪いはずがありません。けれど「全7曲」の恩恵を受け、そこに感銘した経験を持つ身としては、いまでもやはり、オリジナルのフォーマットで聴きたくなってしまうのです。
アナログではなくハイレゾで聴いてみても、その印象は変わりません。つまり、それほどこのフォーマットに慣れているということなんでしょうね。

『At Fillmore East』
The Allman Brothers Band
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