月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ジョルジュ・ムスタキ『Olympia 1977』
中学生時代の古文の先生が教えてくれたのは、フランスの仙人みたいなアーティスト
中学1年生のころは、音楽に対する好奇心がピークに達した最初の時期でもありました。
ボロいAMラジオしかなかった小学生時代を経て、貯金でラジカセを買うことができたのは中1の冬のこと。安物ではありましたが、やっとFMエアチェックができるということで、さまざまな音楽を吸収するようになったのです。
中1にして日本の民謡のテープをつくっていたりもしたので、いま思えばちょっと変わった子どもですよね。でも、“知らない音楽”は、そのまま“興味の対象”となったのです。そうした貪欲性は、現在も変わらないかな。
だからジョルジュ・ムスタキという、仙人みたいな風貌をしたフランスのシンガーソングライターが話題になったときにも、どんな音楽なんだろうと純粋に興味を引かれたのでした。
そのため、ある日ラジオで特集が組まれたときにはチャンスだと思いました。ところが聴いてみたら、代表曲の「異国の人(Le Métèque)」や「私の孤独(Ma Solitude)」も、なんだかよくわからなかったんですよね。
早い話が、思春期の子どもには渋すぎたということです。
けれど、理解できないのはちょっと悔しいじゃないですか。なのに、ちっともよさがわからない。というわけで以後しばらくは、ムスタキの名を聞くだけでモヤモヤした気分になってしまったのでした。
T先生は、おそらく当時20代の、とくに洗練されているわけではない(失礼な!)、ふくよかな感じの女性でした。そもそも担当が古文だったので、その時点で地味です(失礼な!)。
もともと古文に関心がなかった僕にとっても、彼女はさほど存在感のある先生ではありませんでした。
しかし、あるときからイメージが少し変わったのです。
なぜって、授業中にジョルジュ・ムスタキの話題が登場したから。
別に古文と関連づけようとしたわけではなく、来日公演を観に行って感動したことを話してくれたのです。つまりファンだったのでしょうが、僕にとってそれは相応のインパクトがある出来事でした。
古文という地味な科目の担当である地味な先生が、洗練された音楽家と位置づけられていた(ような気がした)ムスタキのファンだということを、とても新鮮に感じたから
そこでお願いをして、そのコンサートのパンフレットを貸してもらいました。ベージュの紙が使われていて、全体的にモノトーンだったことを覚えています。
そんなものを借りたところで、「理解できない音楽」を理解できるようになるはずもありません。でも、理解できないからこそ、なんとかしてその魅力を探ってみたかったのです。
ページをパラパラめくっていても、なーんにもわからなかったんですけどね。
そんな紆余曲折があったからか、“ムスタキを理解したい欲求”はその後も消えることがありませんでした。時は流れて1990年代初頭に、たまたまバーゲンセールで見つけた『Georges Moustaki』というアルバムをよく聴いていたのも、中学生時代の想いの名残り。
そのころにはムスタキの音楽の魅力も少しずつわかるようになってきたので、1972年のファースト・アルバム『Danse』なども改めて聴いてみたりしました。その結果、少し驚きました。
中学生のころにはピンとこなかったのに、30歳を過ぎた耳で聴くとすごくよかったからです。たしかに、地味でシンプルではあります。でも、エジプト出身のギリシャ系ユダヤ人というバックグラウンドの影響もあってか、シャンソンのみならずフォルクローレやフラメンコ、ボサ・ノヴァなどのブラジル音楽からの影響を感じることもできるし。
で、そこからまた数十年を経た先日、e-onkyo musicでムスタキの名前を検索してみました。ハイレゾ音源があったら、ぜひ聴いてみたいと思ったもので。
その結果、発見したのが今回ご紹介する『Olymnia 1977』。
拍手の音にパーカッションのリズムが加わり、ベース、キーボード、フルートなどが加わっていくメンバー紹介“Presentation des musiciens”からスタートした時点で、そのサウンドに圧倒されます。
40年以上前に収録されたものだとは思えないほど立体感があり、あたかもその場に居合わせたようなリアリティを感じさせてくれるから。ステージ上のムスタキと観客との一体感が、無理なく伝わってくるのです。
前述した「異国の人」や、「ジョルジュの友達(Les Amis De Georges)」「もう遅すぎる(Il Est Trop Tard)」「僕の自由(Ma Liberte)」「若い郵便屋(Le Facteur)」など、聴き覚えのある曲は限られているけれど、だからこそ、ここを出発点として“学びなおし”ができそうでもあります。
そう考えても意義のある作品だし、1977年のライヴだという点も僕にとっては重要。なぜなら、T先生が行った東京公演の2年後に収録されたものだということになるから。
だから聴いていると、「あのときT先生は、こういう雰囲気のなかにいたんだな」と想像することができるわけです。

『Olympia 1977[Live a l'Olympia / 1977]』
Georges Moustaki
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