鈴木裕が選ぶ avex classics "実力派演奏家たちのパフォーマンスをハイレゾで楽しむ" 25作品

2021/03/26

オーディオ評論家として、オーディオ誌各誌で健筆を揮う鈴木裕氏がavex classicsの音源から「オーディオ的視点」でセレクトした、オーディオファイル必聴のアルバム25タイトルをご紹介。ここでは、特にオーディオ的に楽しめる作品を「編成の大きさ」と、「音の傾向」という観点から5つにカテゴリ分けして鈴木氏の解説と共にご紹介。初心者から上級者までオーディオ好きのためのセレクト企画です。

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  エイベックス・クラシックスは比較的若いレーベルである。そのためそのラインナップには、たとえばグラモフォンとかコロムビアといった昔からあるレーベルのような往年の名演奏・名録音というものが存在しない。選ばせてもらったのは、ベテランの演奏家のものもあるが、多くは日本の若手の演奏家のものだ。ちなみにクラシックの世界では40歳くらいまでは若手のイメージになるのだが。

 ヨーロッパの若手の演奏家たちの一部はクラシック音楽が生き残っていくことにある種の危機感を持っている。斬新な解釈だったり、時に賛否両論、毀誉褒貶の激しい演奏も少なくない。クラシック音楽をというものを生み出した土地であり、伝統的なものを大事にする社会だからこそ、若い世代にも支持される演奏スタイルを模索しているようにも聞こえる。
そういった状況に対して、日本にはまた独自のスタンスがあるように見える。クラシック音楽の伝統は明治時代以降だが、この分野だけに留まらず急速に西洋化が進み、テクノロジーの国になった。クラシックではスマートで明朗な演奏をする人が多い。ヨーロッパやアメリカの一部の演奏家のような自分の個性強く打ち出すのではなく、作品そのものをもって語らせるスタイルの演奏が多いようだ。そこにひとつの魅力を感じている。

 タイトルを選んでいて、多くはかつてCDでも聴いたことのあるものだが、やはりハイレゾで聴く楽しさがあった。演奏自体のディテールもわかるし、そもそも演奏している人の頭の中のイメージが良く伝わってくる。あるいはコンサートホールの空気感がダイレクトに伝わってくる。録音にも狙いがあり、ステージに近いもの、遠いもの。音の分離が生では聴けないように良いもの。逆に生のようにハーモニー感のプライオリティの高いもの。そうしたこともハイレゾという大きな器に入っている。

 オーディオ的な分け方としては、以下の5つを考えてみた。

大きな編成で、音像の分離のいいオーディオ的性能の高いもの

大きな編成で、ホールでのリスニング体験に近い音の醸成感があったり、個性派のもの
小さな編成のもので、音像の分離のいいオーディオ的性能の高いもの
小さな編成のもので、ホールでのリスニング体験に近かったり、個性派のもの
大小の編成が両方含まれており、その両方を楽しめるもの

 以上、タイトルを選ぶ時の参考にしてほしい。



鈴木裕






●大きな編成で、音像の分離のいいオーディオ的性能の高いもの



『JW~ジョン・ウィリアムズ 吹奏楽ベスト!』
/ 金聖響, シエナ・ウインド・オーケストラ

   今、ウィーンフィルなどの演奏でもあらためてその魅力にスポットライトの当たっているジョン・ウィリアムズの作品たち。この演奏はウインドオーケストラの重厚にして瞬発力のあるサウンドを楽しめる。そもそもオーケストラよりも大きな音量の出せるウインドオーケストラだが、強力な打楽器陣の役割もあり、痛快とも言えるトゥッティが快感だ。セッションレコーディングによる収録なのも奏功しているようで、左右だけでなく、前後方向にきちんと音像が並ぶさまもいい。音には馬力感があるが、細部が混濁することもなく、サウンドステージ自体は見通しのいい、高いクォリティのもの。合唱団は音楽的にバランスの取れた音像にまとめられている。



『ピエ・イエス~祈りを込めて』
/ 森 麻季

 モーツァルト、ハイドン、バッハ、フォーレ、フランク。こういった作曲家たちの教会音楽のアリアを歌っているアルバムだ。曲の成り立ちとしてはたしかに宗教と関連してはいるが、特定の宗派を離れて人間の純な感情を歌っているようにも感じる。ヴィブラートを抑えた歌い方が美しい。そもそも深い感情を持っていながら、透徹した静謐なイメージを持った人の歌に感じる。石川県立音楽堂の響きのいいホールを使っての収録。オーケストラ・アンサンブル金沢のそれぞれの奏者の存在感がしっかりとありつつ、きれいなバランスのテクスチャーを楽しめる録音だ。



『R.シュトラウス:英雄の生涯』
/ 下野竜也, チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

 4管編成という大編成のオーケストレーションで、ゴージャスな音のイメージ。ただ、演奏するには意外と難しい曲で、ソロパートやアンサンブルの厚みなど、オーケストラにも指揮者にも能力の高さが求められる。チェコフィルいうと低弦の分厚い鳴り方など重厚な音を持っているが、たとえば16人ずついる1stと2ndヴァイオリンの弦の鳴り合い方など、高いエネルギーを持ちつつ豪華絢爛な音色感。2009年の、下野竜也によるチェコフィルへのデビューコンサートにしてライヴ録音だが、そのお互いの能力を十分に感じさせる演奏だ。マルチマイクによる細部まで克明に録れた音自体も魅力のあるアルバム



チャイコフスキー:《白鳥の湖》《眠れる森の美女》
《くるみ割人形》[抜粋]

/ アレクサンドル・ドミトリエフ


 ドミトリエフ指揮サンクトペテルブルク交響楽団による2005年の録音だ。このオーケストラ、元々は1931年にサンクトペテルブルク放送のオーケストラとしてスタート。ソ連時代はレニングラード交響楽団と呼ばれ、1977年から2018年までドミトリエフが芸術監督兼首席指揮者を41年間務めてきた。ちなみにドミトリエフはムラビンスキーの弟子だったので、まさにロシアのお国ものを、長い伝統を持ったオーケストラの音で聴けるアルバムだ。たとえばトラック9は《眠りの森の美女》の「パノラマ」だが、かなり遅いテンポ。メロディを歌わせるのならもうすこしテンポを上げるところだ。あるいはその音色。ややくすんだ色彩感で、エネルギーの詰まった無骨とも言える感じがある。トラック17の《くるみ割り人形》の「葦笛の踊り」のファゴットも、いい意味でドンくさくて実に楽しい。録音はワンポイント・ステレオマイクを基本とするものでかなり臨場感が高く、しかも個々のパートのディテールも良く捉えられている。




『カルメン・ファンタジー、ショスタコーヴィチ:
ヴァイオリン協奏曲第1番』

/ 服部百音

 服部百音のデビュー作にして、今のところ唯一のアルバム。各種コンクールでの結果を見ても、実際に生演奏も何回も聴いているが、テクニック的にはトップレベルにあるのは間違いない。ストロングポイントは情緒の濃い歌にあり、ここでもショスタコの緩徐楽章にそれを聴くことが出来る。語弊を恐れず言えば、不幸な役を演じるのが上手な女優のような、重たい何かを感じさせる歌だ。音楽一家に生まれたという言い方があるが、ジャズやクラシックなど学びつつも「別れのブルース」「蘇州夜曲」といった代表曲を持つ服部良一が曾祖父。祖父の服部克久、父の服部隆之が作・編曲家。母はヴァイオリニストというDNAを持つ人だ。最大限の期待を持って注目している。



ドヴォルザーク:チェロ協奏曲、アザラシヴィリ:無言歌
/ 遠藤真理


 小林研一郎指揮、読売日本交響楽団による2017年のコンサートをライヴ収録したものだ。東京芸術劇場の残響音の良さを生かしつつ、マルチマイクによって各パートの細部を上手に捕捉。このようなやり方によって遠藤真理のチェロの、ひとつの伸ばしている音の中にあるニュアンスに富んだ表情や、弾き終わりの部分の丁寧さがよく聞こえてくる。このソロと熱血コバケンの指揮のバランスが良い。全体として品格を保ちつつ、緩急を備えたドヴォルジャークになっている。アンコールのアザラシヴィリもチェロアンサンブルの編曲で、穏やかな気持になれるいい演奏だ。



『ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番』
/ 三浦文彰, デニス・ロトエフ,
チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ

 何回も生演奏を聴かせてもらっているがステージの上の三浦文彰は颯爽としている。テクニック的には世界のトップクラスで音程やボウイングが崩れるのを見たことがない。個人的にはプロコフィエフのソナタやこのショスタコのコンチェルトのような、現代的な調性感や複雑な要素を持った楽曲において、フレーズの造形力や音楽の構築力に魅力を感じる。複雑な要素を解きほぐして明快に聴かせてくれるのだ。やや硬質でよく切れ込むヴァイオリンの音の魅力だ。録音もいい。ソロヴァイオリンをトリミングしつつも、オーケストラの各パートも積極的に前に出てくる。





●大きな編成で、ホールでのリスニング体験に近い音の醸成感があったり、個性派のもの



『BRASS&CHORUS =吹奏楽と合唱の祭典=』
/ 佐渡&シエナ+晋友会合唱団

  日本を代表するブラスオーケストラと編成の大きい合唱団による録音。オルフの《カルミナ・ブラーナ》やエルガーの「威風堂々第1番」のような総勢200名の威力を感じさせるダイナミックな曲もいいが、松井五郎作詩/森山良子作曲による「家族写真」のような、室内学的な緻密なアンサンブルで聴かせる温かい歌の曲も素晴らしい。サウンドステージは左右にコンパクトにまとまりつつも奥行きがきちんとある。芳醇に良く鳴る録音で、天井方向の高さもきちんと出てくる。



『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』
/ 清水靖晃&サキソフォネッツ

 清水靖晃は自身のことを「バッハおじさん」と言っている。1997年の『バッハ・ボックス』(日本レコード大賞企画賞を受賞)を始めとする三部作も印象深いが、《ゴルトベルク》も楽しい。この曲の演奏の中でも、これほど表現としての振れ幅の広い、たくさんのシーンを見せてくれるものも稀有ではないか。そもそもは2010年のすみだトリフォニーホールでの実演があったが、そこから編曲に手を入れこの録音が2015年。その後のコンサートも聴いたが更に細部のアレンジは深化していた。録音の特徴としては岐阜のサラマンカホールを使った点だ。通常、舞台の下には空間があるが、サラマンカは実の詰まった構造になっており、床が硬い。そのためウッドベースも含む低音のブンッという響きの密度や持続性に特徴がある。



『R.シュトラウス:英雄の生涯』
/ 下野竜也, チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

 コルボ指揮によるフォーレの「レクイエム」というと、1972年録音のベルン交響楽団他の録音が有名だ。紹介するのは2005年に東京オペラシティ・コンサートホールでのローザンヌ声楽器楽アンサンブルとのライヴを収録したもの。全体の演奏時間で言うとほぼ変わっていない。しかしコルボの30歳台後半での演奏と、70歳を越えて円熟の境地にはさすがに深まっているものを感じる。叙情的というか、清流のような純粋な響きは変わらないが、録音のおかげがリアルな肉体性も感じさせる。個人的にはちょっと不安定さも感じさせるシルヴィー・ヴェルメイユのソプラノも好きなのだが。



アリア
/ 須川展也


 ベルリーニ「清らかな女神」、プッチーニ「誰も寝てはならぬ」や「私のお父さん」といった有名なオペラのアリアから、須川展也のために書かれた「スロヴァキアン・ラプソディ」までを収録。2007年に音響のいいミューザ川崎で、金聖響指揮・東京交響楽団とのセッション収録している。ポピュラーの分野からクラシックまで、何を聴いても説得力のあるサックスを吹いてくれる人だが、俗な言い方をすると”金の取れるサックス”で、そのチャーミングな歌いまわしには天性のものを感じる。アリアでのセンティメントからあたたかい気持ちにさせられるルバートまでそれは変わらない。サックスをフィーチャリングしつつ、オーケストラとの溶け合う音色感やダイナミックな咆哮を捉えた録音もいい。心も耳も気持いいアルバムだ。




『ポエジー』
/ 奥村 愛

 さまざまな背景を持つトラディショナルソングから映画音楽、コンチェルトの緩徐楽章、ピアソラ、加古隆の音楽といった曲たちをシーンとして描いている。しかもそれらが連作の短編映画のように、曲、アレンジ、演奏、録音といった要素が高いバランスで成立。完成度の高い、コンセプチュアルなアルバムだ。その中心には歌えるヴァイリンがいる。主観を押しつけず、しみじみと、時にヴィヴィッドに情感がにじみ出てくる奥村愛の魅力が横溢。録音はポップス的にマルチマイクで収録したもので、それぞれの曲にあったミックスダウン=サウンドデザインを構築。演奏には加古隆のピアノや、竹本泰蔵指揮オーケストラ・アンサンブル金沢も参加している。



ワーグナー:管弦楽曲集
/ クリスティアン・アルミンク,
新日本フィルハーモニー交響楽団


 オーストリア出身のアルミンクは2003年より2013年まで新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督だった。その間、2007年と08年にすみだトリフォニーホールで行われたセッション録音だ。いずれもワーグナーの歌劇(楽劇)からの前奏曲や間奏曲だが、ここにはオーケトスラを聴く醍醐味があり、そのダイナミックレンジの広さやドラマティックなオーケストレーションを楽しむことが出来る。録音は各パートを整然と分離させるというよりも、コンサートホールの客席で聴くようなハーモニー感を優先させている。マルチマイクによる収録のようだが、左右方向にサウンドステージが幅広く、オーケストラに近い感覚がある。新日フィルの積極的な演奏を聴ける録音だ。





●小さな編成のもので、音像の分離のいいオーディオ的性能の高いもの



『月の光 ~ 辻井伸行 plays ドビュッシー』
/ 辻井伸行

  2009年に第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人として初優勝。日本だけでなく、世界を舞台に活躍している。その芸風は、ハイフェッツのようにそれぞれの作曲家の世界を自分の音の中に取り込んで表現。生で演奏に接すると、そのサファイアのように硬質できらびやかなタッチに魅力を感じる。ベルリンのテルデックス・スタジオで収録された本作では、トーン・マイスターの熟練のマイキングにより、ビュッシーらしいトーンとして捕捉。やわらかな空気感ときらびやかなピアノの音色感の見事なバランスを楽しむことができる。弱音部での繊細な表現に聴き入りたい。



『QUARTET』
/ 加古隆クァルテット

 クラシックとジャズと現代音楽を学んだ加古隆の音楽には、現代という”時”から浮遊しているような不思議な感覚がある。それはNHKのドキュメント番組や、さまざまなドラマ、映画音楽として昇華しているが、その代表作をピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという四重奏に編曲して、クラシックのステージ(浜離宮朝日ホール)で収録。その静かな優雅さや、人間のどうしようもない愚かさへの哀切な思い。オリジナルのオーケストラによるものもいいが、こうしたシンプルな編成ゆえの滲み出るように伝わってくるものがある。すっきりとした音の録音で、BGMとしても、音量を上げて対峙するように聴くこともできる。



『ひとときの音楽~バロックの美しい歌~』
/ 波多野睦美

 メゾ・ソプラノの波多野睦美が寺神戸亮をリーダーとするアンサンブルと共演。まずこの自律的で親和的な演奏が生き生きとしていい。取り上げているのはパーセル、ヘンデル、モンテヴェルディ、バッハといったバロックの声楽曲。浜離宮朝日ホールで収録されているが、波多野睦美の絶品の声を聴ける。もちろん歌として、音楽としていいのだが、きれいに倍音が響き合っていくような、極端に透明で浸透力の高い声はなかなか聴くことの出来ない領域のものだ。アンサンブルの音も含めて、音自体に暴れがなく、きめ細かくしなやかなのに、実体感も強い録音。低い音量でもきれいに伝わってくるが音量を上げていくにつれ、目の前にステージが出現するような実体感の強い空間表現力も持っている。



シャコンヌ~バッハ・チェンバロ名曲集
/ 曽根麻矢子


 バッハの音楽は何故か飽きないが、演奏家として日常的にもずっと弾き、時々バッハだけの演奏会も開催しつづける。そういうタイプの演奏家がいる。曽根麻矢子もその一人だ。息をするようにチェンバロでバッハを弾いているが、無理も邪心も、あざとさも淀みもない。バッハそのものを聴いているような感覚になってくる。その人の2014年の時点でのバッハの集大成的なアルバムだ。チェンバロは録音の難しい楽器で、楽器にマイクを近づけすぎてエグミのある音にされている場合が多いが、この収録では適切な距離感がある。楽器の中の感じも、空間に響きが拡がっていく様子や空気感も丸ごと捉えられている。




『サムライ/海鳴り』
/ 舘野 泉

 2002年脳溢血のため転倒し、右半身に麻痺が残るが、左手のピアニストとして活躍している。それ以前の”両手”時代の演奏も好きで、たとえば『アイノラのシベリウス』といった曲でのインティメイトな演奏も忘れがたいが、その良さが左手だけというシンプルに編成の中に込められている。陳腐な言い方だが、ひとつひとつの音に魂の宿っているかのような演奏で、イメージが大きく広がっていく。このアルバムではNHKの大河ドラマ『平清盛』のテーマ曲や吉松隆「海鳴り」、光永浩一郎「サムライ」他を収録。稲城市立iプラザでのDSD収録により、楽器の複雑な鳴りや響きを見事に捕捉。味わいのある演奏を伝えてくれる。



ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第1番、第2番
/ 川久保賜紀・遠藤真理・三浦友理枝トリオ


 ピアノトリオの1番は、そもそもショスタコ17歳の時の作曲で、恋をしていた女性に献呈してくらいだからわかりやすいのも当然かもしれないが、2番は親しくしていた友人の追悼のために38歳で完成させた曲だ。もっとシブチンで内省的にやったっておかしくない。それがこんなにわかやすく明快なのは、演奏自体のおかげだろう。まず、3人の奏者の中にきわめて明快なイメージがある。そしてそれを現実の音として聴かせる技術力やアンサンブル力が高いのだ。本来は2台のヴァイオリンとピアノのために書かれた5つの小品も面白かった。録音も実にいい。楽器が小さく線が細く、いったんフォルテでE線を弾くと妙に目立つヴァイオリンと、楽器自体大きく、馬力の出てしまうピアノ。その中間のチェロという音量バランスや音像の整合性を取るのが難しいピアノトリオの録音として、三者の存在感をここまで整えられている録音も素晴らしい。





●小さな編成のもので、ホールでのリスニング体験に近かったり、個性派のもの



『ラ・カンパネラ~ヴィルトゥオーゾ・リスト!』
/ 辻井伸行

  オーケストラに使われる楽器の中で、もっとも高い音ともっとも低い音が出せて、なおかつ音量的にも相当な音圧を生み出せるのがピアノだ。自身、人気のピアニストでもあったリスト作曲による楽曲たちを鳴らしこんだアルバムだ。聴き進むにつれ、何か抽象的な空間の中で音符たちが花火のようの打ち上がっては、幾何学的な模様を描くように見えてくる。録音は、楽器に対してマイクかやや近く音像は大きめ。アンピエント用のマイクも立てられているのだろう、空間の感じもきっちりあり、その空間がとても広い感じがするのも特徴だ。



『バッハ:ゴルトベルク変奏曲』
/ 高橋悠治

 高橋悠治は1938年生まれの作曲家であり、ピアニストである。60~70年代の演奏活動での尖った感じはさすがに薄れたかもしれないが、2004年に収録された《ゴルトベルク》はやっぱり面白い。構築感はあるが精緻というイメージではなく「骨太の」という言葉が浮かんでくる。あるいは語弊があるかもしれないが醤油味のバッハで、肉体性がある。録音は響きのいい笠懸野文化ホールPALを使ってはいるがピアノに対するマイクは近く、残響音の成分は少ない。グランドピアノの楽器の上で音符が立体的に立ち上がり、重なり、ハーモニーを生み出す。五重の塔のような建築物が組み上げられるのを見ているような気になってくる。



『Vocalise』
/ 田中彩子

 この人の経歴は面白い。3歳からピアノを習ってきたが、高校生になってその手の小ささがピアノに向いていないことに気づき声楽に転向。18歳で単身ウィーンに留学し声楽を学ぶが、22歳にしてスイスのベルン市立劇場、モーツァルト『フィガロの結婚』のソリストとしてデビューしてしまう。ウィーン在住で、2019年にはNewsweek日本版の『世界が尊敬する日本人100人』に選出されてもいる。音楽は世界の言葉というが、実はそれぞれの歌には言葉があり、背後に文化が引っついている。ということで選んだのがヴォカリーズ(言葉のない曲。基本的には母音のみで歌う)メインのアルバムだ。ピアノやチェロの音像が大きく、ピアノというステージの上に小さめの音像のソプラノが乗っている。興味深いサウンドステージだ。



カルメン・ファンタジー
/ 渡辺玲子


 気迫というか、音ひとつひとつに魂の籠もったヴァイオリンを弾く人だ。切れば血の出るような、演奏に無駄な脂肪がなく、何かとても鮮やかなものを聴かせてもらえる。現代のヴァイオリニストが技術的に弾けるのは当たり前になっているが、音楽をどう聴かせてくれるか、といった”芸風”の部分で明確な特徴を持っている。ワックスマン編曲による「カルメン・ファンタジー」はもちろん、散々弾かれ聴かれてきた「ツィゴイネルワイゼン」も、鋭利で緻密で奔放だ。一方、シューマンの「3つのロマンス」で聴かせる典雅で滋味深く、古風な感じもこちらに染み込んでくる。2006年に軽井沢大賀ホールで収録、広く贅沢な響きのする空間だが、ヴァイオリンと対峙するような録音なのも見識を感じる。マスターはDSD録音で、微細な響きやニュアンスなどDSDフォーマットでの再生をお薦めする。






●大小の編成が両方含まれており、その両方を楽しめるもの



『4つの最後の歌』
/ 森 麻季

  前半はR.シュトラウスの晩年の名作「4つの最後の歌」。大勝秀也指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団による演奏で、森麻季の歌とオーケストラのサウンドが良く溶け合っている。それぞれの音像が整然と分離する録音もいいが、この場合は後期ロマン派の馥郁たる濃密な香りが匂い立つような演奏であり、録音である点に見識を感じる。できればDSF 2.8MHz/1bitのフォーマットで聴きたいところ。後半はピアノの山岸茂人とのデュオ。シュトラウスによる4曲とフランツ・リストによる5曲。ピアノの音像は大きめだが、生々しい感じではなく美しい音色として捉えられており、ソプラノをよく支えている。ソプラノは一人の女優によるモノローグの舞台を観ているようであり、その世界に強烈に引き込まれる。



『ピアノ協奏曲 ト長調~ラヴェル ピアノ作品集』
/ 三浦友理枝

 ト長調のコンチェルトはケン・シェ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢との共演。ソロピアノの音像がかなり大きく、そのピアノの中やピアノの上に、オーケストラの各パートが乗っているように見えてきて、ファンタジーの世界を見ているような楽しさがある。ピアノのタッチが良く聞こえるので、その弾きわけの表情も克明だ。ソロでもキラキラするようなタッチから音をよく溶け込ませるようなテクスチャーまで、ラヴェルの音楽が好きなんだろうなというのがダイレクトに伝わってくる。基本的に明るく朗らかなトーンで、わかりやすくラヴェルの音楽を聴かせてくれる。



 


鈴木裕 プロフィール


鈴木裕(すずきゆたか)

オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。大学時代はオーケストラでヴァイオリンを弾き、ジュネス・ミュージカルにて朝比奈隆、尾高忠明、小林健一郎といった本物の指揮者たちから薫陶を受ける。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。オートバイのロードレースの全日本選手権に1987年~1992年参戦。

音楽之友社、音元出版、ステレオサウンド社などのオーディオ雑誌、ウェブ媒体にて執筆。音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ、音元出版銘機賞、『オートサウンドウェブ』等の選考委員。ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテストや、ハイエンド・カーオーディオ・コンテストの審査員。

衛生放送ミュージックバード『鈴木裕のオーディオって音楽だ!』パーソナリティ(2012年より。引き続き放送中)

音楽/オーディオ以外の趣味は、散歩、野良猫との交流、自転車のロードバイク。

マイカーはMGB-GT(1970年)。



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