『28 NY Blue Featuring Oz Noy & Edmond Gilmore』 神保彰
~低音ハイレゾ新定番誕生!(神保氏メール・インタビュー有)~
■ 海外録音ができない逆境が生み出した、新たな神保彰作品の魅力
毎年の元旦恒例といえば、神保彰氏の海外レコーディング新譜の発売日。今年もそんな日常が当然やってくると思っていました。神保氏自身、新譜の3作同時制作という新たな目標を目指し、ニューヨークで3つの異なるフォーマットによるレコーディングに向けて準備を進めていたとのことです。しかし、2020年はコロナの猛威により、海外へ飛ぶことなど不可能となってしまいました。
そこで諦めないのが、さすが不屈の神保氏。リモートでのレコーディングに舵を切り、『リモートならば、リモートならではの特別な作品にしよう』 とアイデアの練り直したのでした。
リモートでのレコーディング。現在ならば日常茶飯事な作業であり、技術的には何ら問題はありません。ですが、「演奏したいミュージシャンがいるから」 との理由で海外レコーディングを継続していた神保氏にとって、大きな変更を余儀なくされます。つまり、海外ミュージシャンとの合奏=同時演奏を主軸にしていた過去作品と異なり、リモートレコーディングではマルチ録音というスタイルへと変わらなければならないのでした。
リモートでの同時演奏の技術的実現は模索されていますが、まだプロの音楽制作レベルには達していません。日本とニューヨークでのリアルタイム合奏は無理ですから、どちらかが先行して録音する必要があり、その録音データに合わせてマルチ録音することになります。
神保氏が選んだのは後攻。日本で作曲し、楽譜やデモ音源、そして打ち込みデータをニューヨークに送り、海外ミュージシャンに演奏してもらう。その演奏データを聴き、神保氏がドラムを叩くという手順です。当然、日本でミックスとマスタリングするのかと思っていたのですが、違いました。別々の録音エンジニアでニューヨークと日本にてレコーディングし、そのマルチデータを元にニューヨークでミックスダウンとマスタリングという、なかなか凝った制作スタイルです。(3作の新譜で、『30 Tokyo Yellow』のみは東京制作。)
神保氏があとからドラムを叩くというのは、例えるなら後出しジャンケン。これが神保作品に大きな革命をもたらしたのでした。
■ 練りに練られた、魅力あふれるドラミング!
3つの新譜のうち、もっともハイレゾ規格が活きているのが、これ!
海外ミュージシャンとの合奏に主軸をおいた従来作では、神保氏のドラムセットはシンプルなセッティングであり、演奏もトリッキーなことは多用しない傾向にありました。リズムを見失う可能性のある複雑なビートよりも、合奏によるグルーヴを重視したためのドラミングであったと想像できます。
今回のドラムは後攻の後出しジャンケンですから、ドラム演奏はいくらでも練り込めるのです。さすがそこは、神保氏のスパー・ドラミングが炸裂。一瞬 「あれ? 間違えたの??」 と思えるくらい、意図的にハズしたドラムのアプローチが新鮮。そして伝家の宝刀といえる、ダブルペダルを多用した複雑なバスドラのビート。ドラムソロも、ますます難解化するものの、そこがまた心地良し。
■ この低音が聴けるのは、さすがハイレゾ規格!
このところハイレゾの試聴音源として活躍する神保作品ですが、本作 『28 NY Blue』 は、低音再現の新たな挑戦状といえるでしょう。ウーファーを揺らしまくるベースとドラムのボトム感といったら! イヤホンなら、まるで振動板を破壊しそうな勢いでベースの重低音とバスドラムの風圧が攻めてきます。音量に注意しながら、低音再現の優れたスピーカーやイヤホンで豪快に鳴らしてほしいハイレゾ音源です。CD規格やサブスクでは、なかなかこの低音は再現できないもの。ハイレゾ規格の魅力を再確認しました。
音圧ガチガチで逆に迫力を感じられなくなっている作品が多い昨今、さすがはニューヨークのミックスダウン&マスタリングです。音像は広く、音抜けも良い。そうでありながら、しっかりとした音圧も確保しています。
久しぶりに再生し甲斐のあるハイレゾ音源で、低音デモンストレーションの新定番になりそうな予感。
■ 神保彰氏にメール・インタビュー!
いつもなら神保氏に新譜インタビュー取材を申し込むところなのですが、このご時世ですのでメールにて質問にお答えいただきました。
Q1
NY録音は、「時差の関係からZoom参加を諦めた」 とのこと。オズ・ノイさんとエドモンド・ギルモさんの送られてきたプレイを初めて聴いたときは、良い意味で作曲時のイメージとは異なる衝撃 (=面食らった感) があったのではないかと、勝手に想像しました。その驚きから、新たなアプローチとしてリズムを再構築されたのでは?
神保:
はい、オズのアプローチが多彩で、楽曲によって色が全く異なる演奏をしてくれたので、それに見合うような自分のアプローチの仕方をじっくり考えました。
Q2
『30 Tokyo Yellow』 のみ、日本でのマスタリングです。実際にニューヨークと日本のマスタリングで仕上がってみての印象はいかがでしょう?
神保:
ニューヨーク盤のマスタリングが先にあがっていたので、それを聴いてもらって、レベル差などが極端に出ないようにお願いしました。低音ががっしりしていてとても気に入っています。
Q3
今回の新譜制作で、なにかオーディオ好きが喜びそうなトピックスがありましたら、ぜひ!
神保:
リモートは自分の引き出しをフル活用できるので、一発録りとは異なった面白さがあるなと感じました。今後はリモートの良さと一発録りのエネルギーを融合させるのがテーマになってくると感じています。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。