絹糸と紙コップからできた不思議な楽器=ストリングラフィ。空間に張り巡らせた糸を擦って音を出す様子は、まるでダンスのようであり、最近はテレビで取り上げられることも増えている。その奏者である鈴木モモは“ストリングラフィ・アンサンブル”に所属し、クラシックからJ-POPまでさまざまな曲を演奏している一方、“StringraphyLabo”を名乗り、より幅広いサウンドを奏でる活動も行っている。そんな彼女が今回、StringraphyLaboとしては初の音源となる『Strings of a Dream』を、24ビット/96kHzのハイレゾで配信する。ストリングラフィの成り立ちからその可能性まで、アルバムの内容とリンクさせながら話を伺ってみることにした。
text◎e-onkyo music
紙コップと絹糸でできたオリジナル楽器=ストリングラフィの
鈴木モモによる珠玉のパフォーマンス集
『Strings of a Dream』/鈴木モモ (StringraphyLabo)
1992年に作曲家・水嶋一江が考案した紙コップと絹糸でできたオリジナル楽器=ストリングラフィ。その弾き手として多方面で活躍する鈴木モモによる珠玉のパフォーマンス集!
interview with 鈴木モモ

▲鈴木モモ
──糸は普通の糸ですか?
鈴木モモ(以下、鈴木):縫製用の絹糸です。いろいろ試した結果、絹糸が一番いい音が出たんです。
──絹糸は紙コップの底の部分に穴を開け、そこを通して結ぶ形で固定するのでしょうか?
鈴木:糸の止め方にはいろいろ進化があって、今はボタンを付けて、引っ張っても取れないようにしている。ボタンだったら何でもいいわけじゃなく、木のボタンの方がいい音が出ます(笑)。
──糸を張ってできている楽器という意味ではストリングラフィは弦楽器だと思うのですが、例えばバイオリンだったら弓で弾きますし、ギターだったら指やピックで弾きます。ストリングラフィはどうやって音を出してるのでしょう?
鈴木:絹糸に松ヤニを塗って、それを綿の手袋をはめた手で、糸に沿って擦るように弾くんです。
──バイオリンだと弦に対してを弓を直角……交差するように弾きますが、弦に沿って擦るというのはまったく違いますね。なぜそういう演奏法なのでしょう?
鈴木:なぜなんでしょうね(笑)。いろんな奏法があるんですが、最初に糸を擦ったら音が出た、というところから始まったので、多分それが基本になっているんだと思います。弦を平行に擦って音を出す楽器って世界にほかにはないらしいんです。
──音の高さはどうやって決定されるのですか?
鈴木:糸の長さで決まります。なので、基本的には1本につき1つの高さの音しか出ません。だから音階を演奏するためにはたくさんの糸を用意するんです。
──“ドレミファソラシド”と鳴らしたかったら8本が必要?
鈴木:そうですね。水嶋が主宰している“ストリングラフィ・アンサンブル”では、ソプラノ、アルト、ベースという3つのストリングラフィを使っているのですが、ベースが16本、アルトが21本、そしてソプラノが23本の糸を使います。ピッチの低い方から高い方へ下から順々に張っていくのですが、あまり本数を増やすと私たちの背を超えて届かなくなってしまうので、20本ちょっとくらいが限度ですね。

▲阿佐ヶ谷のギャラリー“白線”での個展「夢を見たのです」では、夢の断片を記したテキストを壁に展示。開催期間中、何度か鈴木によるストリングラフィのパフォーマンスも披露された
──先ほど音の高さは糸の長さで決まるとおっしゃってましたが、ベースパートの一番低い音で長さはどれくらいになりますか?
鈴木:ベースの一番下がA♭なんですが、13mくらいになりますね(笑)。
──ベースの場合、糸が16本ということでしたから、A♭から1オクターブちょっとくらいの音域をカバーする感じでしょうか?
鈴木:いや、違うんです。ストリングラフィは半音階ではなく、基本的にはAs-Dur(A♭メジャー)のキーで調弦されているんです。でも、ストリングラフィ・アンサンブルでは、それこそクラシックも演奏するし、子供向けの童謡とか今流行りの曲……例えば「パプリカ」も演奏するので、属調とかAs-Durから転調していく際に重要な音を、ソプラノ、アルト、ベースごとにちょっとずつ加えて張っている感じです。
──それでも張れる糸が限られているわけですから、出したくても出せない音がある?
鈴木:実はいろいろな奏法を使うと1本の糸から全音階、半音階、微分音まで……ドからレの間の音をすべて出せたりもするんです。その辺りのことを話すと2時間くらい必要なので、今日はやめておきますね(笑)。
──ストリングラフィ・アンサンブルではクラシックから童謡、流行のJ-POPまでを演奏するということでしたが、今回の作品はアーティスト名に“StringraphyLabo”と入っているように、もっと実験的というか、音階よりも響きを重視した曲が多いように思いました。
鈴木:そうですね、私はストリングラフィ・アンサンブルで奏者として活動していますけど、StringraphyLaboはそれとは全く別物としてやっています。ストリングラフィの面白さっていうのは、糸1本でも音階を作れたり倍音を出せるところにもある。アンサンブルだと糸をたくさん張らなければならないし、演奏者も最低でも3人は必要になります。なので、あるときから私1人で何かできないかなということを考えて始めたんです。水嶋が元々は実験音楽としてやっていたものが、ストリングラフィ・アンサンブルが結成されて楽曲になって、それを私がまた実験音楽に戻しているというか、そこをあえて出していくことでストリングラフィという楽器の面白さ、いろんな使い方を提示したいというのもありますね。
──今回の作品ですが、そもそもは鈴木さんの個展のために作られた音楽ということですが。
鈴木:はい。2019年9月に阿佐ヶ谷にある“白線”というギャラリーで「夢を見たのです」というタイトルの個展を開いたんですが、その空間に自分以外の音を使いたくなかったので作ったんです。個展もたまたま開催したというか……ずっと変な夢を見ていて書き留めていたんですが、それを人に見せると面白いって言われて、自費出版で本にしてしまい(笑)、その流れで白線さんから声を掛けられて開くことになったんです。本当はパフォーマンスだけをしたかったんでけど、白線さんからは“ギャラリーですから何か展示しましょうよ”って話になって、夢の断片をいろいろな形で壁に展示したんです。
──個展に流すための曲はどのように作曲していったのですか?
鈴木:全体の流れの中でこういう形にしようという構成だけはありましたが、ほとんどは即興です。
──即興の際はビジュアルだったり、サウンドだったり、なにがしかのイメージがあって始めるのでしょうか?
鈴木:音と映像と両方ですね。ちょっと風があってとか、宇宙から何か降ってくる感じとか、そういうイメージ。元から音に対して私が持っているもの、映像なりそのイメージなりを一つずつ分けていった感じです。
──レコーディングのとき、ストリングラフィの糸は何本張ったのですか?
鈴木:音階も少し出したかったので10本と、それに効果音が出るようなものをプラスして張ってます。
──確かに出来上がった作品からは、楽音的ではないさまざまな音が聴こえてきます。
鈴木:糸1本から出る倍音……ある意味ノイズに近いものが一番実は重要な部分で、そのノイズをきれいに録れるかどうかが重要なんです。今回の録音では、自分をさらけ出す……見せたくないところまで見せてしまえる感じで音を録られたのが良かったと思います。
──作品を聴くと、糸の音だけでなく、鈴木さんが動いているような気配も感じられます。
鈴木:はい、そんな音まで録られちゃって大丈夫?みたいな……私は大満足なんですけどね(笑)。やっぱり演奏者の気配が感じられた方がストリングラフィの特性も出る……空間が楽器になっているんですね。普通の楽器の録音だったらなるべく他の音が入らないようにするところを、ストリングラフィは気配とか空間的なものすべてを含めて録音した方がいいと思っていて。そういう意味では、サウンドスケープに近いんです。

▲録音が行われた御茶ノ水RITTOR BASE。糸に近いところと離れたところ、都合4本のマイクが設置され、各曲ごとにそのバランスによって空間の表現を変えている
──今回の音源を聴いて面白かったのは、再生するときのボリュームによって聴こえ方が全く違うことでした。
鈴木:そうですね。ギャラリーではすごく小さな音で流していて、今回あらためて普通に聴いてみたんですが、曲によってはすごくうるさく思えるものもありました(笑)。でも人によって好みも違いますし、うるさいのが1曲ぐらい入ってもいいだろうと。ボリュームをすごく下げて環境音として聴くのが心地よかったりっていう場合もあれば、ボリュームを大きくしてちょっとうるさいのを楽しむ人もいるかもしれませんね。
──今回のアルバムで、ストリングラフィの音の多様さ、可能性の広さに気づく人も多いと思います。
鈴木:普通の楽曲が弾けるような音階を出せる以上に、効果音というか本当に環境音のようなものが出せる。今だったらコンピューターでできてしまうものを、わざわざ糸電話で出す……やっぱり絹糸と紙コップという物から出される音には、細かいノイズがあったり細かい倍音も含まれているので、そこはすごく特徴的だと思いますね。
──貴重なお話、大変ありがとうございました。
▲こちらは2020年3月に、RITTOR BASEで行われた配信ライブのダイジェスト映像。このときは紙コップの代わりに竹筒と鹿皮で作られたスペシャルなストリングラフィが使われている
■プロフィール
鈴木モモ(ストリングラフィ演奏家)
2002年にストリングラフィ・アンサンブルでストリングラフィ奏者として活動開始。国内外のコンサート/ワークショップなどに多数出演。2011年より“StringraphyLabo”と称し、個人の活動も開始、ストリングフィを使いライブ活動・企画を手掛ける。主にコラボレーションライブ『StringraphyLabo』シリーズや自身の見た夢をもとに空間を創る『という夢を見た』シリーズ、またサウンドスケープを取り入れた実験的試みの『即興カフェ』『オトフル風景』など、活動の幅を広げている。国立音楽大学教育音楽学部教育音楽学科第Ⅱ類卒業
■オフィシャル・サイト
※ストリングラフィは作曲家 水嶋一江が1992年に考案した絹糸と紙コップでできたオリジナル楽器です。
■水嶋一江&ストリングラフィ・アンサンブル オフィシャル・サイト