【12/25更新】印南敦史の「クラシック音楽の穴」

2020/12/25
印南敦史のクラシック・コラム「クラシック音楽の穴」。ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
“3”に因縁のある作曲家がいる

ジョルジュ・ビゼー


さて、あっという間に年末です。前回も触れたようにコロナの影響もあって今年はとりわけ実感が湧かないのですが、そうはいっても時間は経過していくので、時間が経てばホコリもたまります。

ですから必然的に、大掃除をしなければならないわけです。

大掃除をするということは、認めたくない年末の到来を認めるようなもの。そう考えると負けたような気分にもなりますが(ならない)、やらなければさらにホコリはたまってしまいますから、仕方がありませんね。

だから音楽でもかけてモチベーションを上げようなどと安易なことを考えたりするのですけれど、そこでぶち当たるのが“大掃除に適した、やる気にさせる音楽はなにか?”という問題。

軽快なポップスだったり疾走感のあるロックだったり、好みはいろいろ分かれるでしょう。でも僕の場合、単純だといわれようが、やはりビゼーの「カルメン」を思い出してしまうんですよね。

なぜか(やらないのだから縁がないはずの)パチンコ屋を連想したりもするのですが、あの前奏曲の軽快なメロディを耳にすると、やっぱり体が動いてくるじゃないですか。

で、催眠術にでもかけられたかのように、「掃除しなくちゃ!」と思ったりするんですよね。しませんか? 僕は単純なので、ついそういう気分になってしまうんです(単純って楽)。

実際のところ、心地よく追い立てられる(ような気分)になるのは前奏曲の中盤あたりまでなんですけれど。

とはいえ、そこから第4幕までの流れは起伏に富んでいるだけに、純粋に“音楽”として接した場合、とても楽しみがいがあると思います。

しかも全部で2時間半くらいで、前奏曲から始まる盛り上がり感は形を多様に変化させながら続いていくので、大掃除をするにはちょうどいいのです。

さすがは名曲と名高いだけありますね。

ところでそんな名曲『カルメン』は、フランスの作家であるプロスペル・メリメによる同名小説をモチーフにしたもの。

実は登場人物もストーリーも原作とは大きく異なっているのですが、ともあれ劇作家のアンリ・メイヤックとリュドヴィク・アレヴィが台本を手がけたオペラ版は1874年12月に全曲スコアが完成しました。

パリのオペラ・コミック座で初演されたのは、翌1875年の3月3日のこと。ここに至るまでにはバッチリ練習が行われたようですし、そうでなくとも『カルメン』の初演はビゼーにとっての大勝負。

それ以前に『真珠採り』が批評家に酷評されたり、『アルルの女』の初演で好評を得ることができなかったりと、なかなか日の目を見なかっただけに、なんとか名誉挽回する必要があったのです。

ところがこの初演は、残念ながら失敗したのでした。理由は明快。ハッピーエンドで終わるオペラに慣れ親しんでいた聴衆が、その対極というべきエグいストーリーに拒絶反応を示したからです。

それそれもそのはず。まず主人公のカルメンは、自由奔放で感情的、気が強くアグレッシヴで、恋多き女。近くにいたら(相応の恋愛経験がある男性であるなら)“ヤバい女”と敬遠したくなるほど、強烈なキャラクターの持ち主なのです。

そもそも第1幕の時点で、同じ女工仲間と大喧嘩をして逮捕されちゃうんですから。

しかもそんなカルメンを巡って、第3幕では2人の男(衛兵の伍長ホセと、闘牛士のエスカミーリョ)が刀剣を振り回しての大げんか。そこで敗れたホセは第4幕でストーカーチックに再び現れ、嫉妬心にかまけてカルメンを刺殺してしまうのです。

ぶっちゃけ、妙なリアリティがあって血なまぐさい。人間の感情の醜い部分をあらわにしたようなニュアンスさえあるため、従来のようなオペラを期待して訪れた聴衆としては戸惑うしかなかったのでしょう。

のちにその完成度の高さが正当に評価されることになるわけですが、この時点では早すぎたということなのかもしれません。チャイコフスキー が絶賛するなど、「わかる人にはわかる」ものだったのですけれど。

そしてビゼーは初演から3カ月後の1875年6月3日、敗血症のためにこの世をさることになったのでした。

なお、そんなビゼーと『カルメン』については、不思議なエピソードが残っているそうです。先に触れたとおり『カルメン』の初演は3月3日、危篤状態に陥ったのはオペラ・コミック座で33回目の『カルメン』が上演されていたときのことで、亡くなったのは初演から3カ月後の6月3日。持病は3つあり、享年は36。

つまり、なにかと“3”に縁があるのです。単なる偶然ではあるのでしょうが、多少なりとも気になる話ではあります。



『Bizet: Carmen』
Sir Simon Rattle, Berliner Philharmoniker, Chor des Deutschen Staatsoper, Jonas Kaufmann, Magdalena Kozena




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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」
 

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