クラシック音楽作品のレコーディング・プロデューサー/エンジニアとしてアーティストやリスナーから熱い支持を集めてきた小野啓二氏が、このたび新レーベル「MClassics」を創設しました。
記念すべき第1弾は、国内先行配信の『リスト: 巡礼の年 第1年「スイス」 S.160/R.10』<三舩優子(ピアノ)>、世界同時先行配信の『ブラームス: ヴィオラ・ソナタ 第1番&第2番』<成田寛(ヴィオラ)/上野真(フォルテピアノ)>の2タイトルです。
★国内先行配信★
『リスト: 巡礼の年 第1年「スイス」 S.160/R.10』
/三舩優子(ピアノ)
★世界同時先行配信★

『ブラームス: ヴィオラ・ソナタ 第1番&第2番』
/成田寛(ヴィオラ), 上野真(フォルテピアノ)
■MClassicsレーベル

新レーベル創設、そして第1弾のアルバムについて、小野啓二氏とピアニストの三舩優子氏にお話を伺いました。アーティストとエンジニアとの強い信頼関係が、どのように優れた録音作品を作っていくか──ぜひ、アルバムを聴きつつお読みください。
聞き手:ナクソス・ジャパン
2020年12月2日 オンラインにて
●アーティストが自由に表現できる「場」を作りたい
──このたび「MClassics」レーベルを立ち上げられた理由をお教えください。
小野啓二氏・以下敬称略:アーティストが音楽に向かい合い、自由に表現できる「場」を作っていきたいと思ったからです。それまでに属していた会社から独立して、私自身も今までより自由になりましたし、より深くアーティストと関係性を築き、サポートしていきたいと考えています。
──新レーベルの第1弾として、三舩優子さんの演奏を録音した理由をお聞かせください。
小野:自分のレーベルなので自分の好きなアーティストさんを録音したい、という思いからです。独立前から三舩さんの演奏は何度か録音させていただき、芯の強さやダイナミックさを目の当たりにしてきました。
三舩優子氏・以下敬称略:私を選んでいただき光栄です(笑)。小野さんとはもう10年来のお付き合いで、かねてより次作の録音の相談もしていました。ですので、新しいレーベルを立ち上げると伺い、とてもいいタイミングが巡ってきたと感じました。

ピアニスト・三舩優子
(写真:武藤章)
●「物語を奏でるピアニスト」が挑むフランツ・リスト
──三舩さんはロマン派、近代、そして南米の作品までとても幅広いレパートリーをお持ちですが、今回フランツ・リストの『巡礼の年 第1年「スイス」』を選ばれたのはなぜですか。
三舩:『巡礼の年』は、長年、強い思い入れを寄せてきた作品です。1994年のデビューアルバムが『第2年』でしたし、昨年のデビュー30周年記念の演奏会でも『第1年』『第2年』を全曲演奏し、『第1年』を録音したいという思いがちょうど高まっていたところでした。
──作家の天童荒太さんが三舩さんの演奏を「物語を奏でるピアニスト」と評していらっしゃいますが、三舩さんは『巡礼の年 第1年』にどういう物語を感じていらっしゃいますか。
三舩:リストは、特に若い頃は恋愛三昧だったというイメージがありますが、現実世界とは別に自分の宗教の世界を持っていて、そのはざまで生きていた人です。『巡礼の年 第1年』に収められた多くの曲にも、そうした宗教的な物語性を感じます。わかりやすいという意味では、教会の鐘がテーマの『ジュネーヴの鐘』(トラック9)。それから『オーベルマンの谷』(トラック6)もそうですね。この曲の「魂が地から天にのぼっていき、最後に浄化する」というイメージは、私自身がピアニストとしていつも抱いているテーマでもあります。

20代のフランツ・リスト
『巡礼の年 第1年』は1835-36年、
マリー・ダグー伯爵夫人との駆け落ち旅行のなかで書かれた
●小野さんは「空間を読む男」!
──レコーディングは8月26-27日の2日間、横浜のフィリアホールで行われました。どのような感触でしたでしょうか?
三舩:とても順調だったと思います。はっきりとした物語性を持っており、自分のなかでイメージが定まっている作曲家の作品だということもありますが、「自分さえ頑張れば大丈夫」という万全の環境を小野さんが用意してくださったおかげでもあります。
小野:今回選んだフィリアホールの最大の魅力は、ピアノの状態が素晴らしいことです。これはリストのような作曲家の録音にあたってもっとも重要な点です。また、ホールの天井が高く、横にも広いので、その点でもサウンドが豊かなリストの作品に適しています。マイクは、ノイマンのM 150 Tubeを使用しました。昔からよく使っていたマイクですが、ホールの質の良い響きと相まって、低音が豊かで厚みがある音を録ることができました。なかなかこういう見事な音は聞かないよね、と、調律師の磯村昇さんともレコーディング中に話していました。
──レコーディング後に音源を聴いてみた印象はいかがでしたか。
三舩:自分の演奏を超えているのではと思うほどにすばらしかったです。リストの作品には「ここまではこの感情だけれども、ここからは違う」という細かな変化があるのですが、小野さんはとても研ぎ澄まされた耳をお持ちなので、そうしたちょっとした違いを聞き取ってくださいます。また、音が鳴ってない時の空気感の表現がとても見事です。小野さんは、私がホールで弾いていて感じる空間性を、同じように、あるいはそれ以上に感じ取っていらっしゃいます。小野さんは「空間を読む男」ですね。

フィリアホールでのレコーディング
●コロナ禍だからこそ異空間にいざなってくれる音楽を
──お話を伺っていて、アーティストさんとエンジニアさんの間にとても幸福な信頼関係があると感じました。
三舩:はい、とても幸福です。小野さんとのレコーディングは完全なストレスフリーです。いまの時代は誰もがストレスを抱えていますが、それをいかに減らしていくかというのはとても重要な課題だと思います。現場にいるのは、小野さん、調律師の磯村さん、そして私の3人だけ。ミニマムなスタッフ構成なので、とても心地がよいです。最小限の人数で最高のものを……「ミニマムをマクシマムに」という考え方でいたいです。
小野:録音は手軽にできるという風潮が最近は強いですが、実際に新レーベルとしてレコーディングをはじめてみて、アーティストの方々はさまざまな覚悟や心意気でもって録音に挑んでくださっていると肌で実感しました。そうした想いに応え、アーティストが自由に活動できる場を今後も作っていきたいです。

レコーディングを終えてのスリーショット(左から磯村氏、小野氏、三舩氏)
──アルバムリリースにあたって、そしてレーベルの始動にあたって、リスナーの皆様にひとことメッセージをお願いいたします。
三舩:音楽は聴くひとを異空間にいざなってくれます。いまは思うように人と会えない状況ですが、そうした生活の中で、このアルバムがイマジネーションを広げるきっかけになればうれしいです。
小野:ぜひアルバムを通してアーティストの音楽と精神を感じ取ってほしいです。録音に関してはDXD 352.8kHzという最良のスペックで行いましたので、最大限の自然な響きや空間性を感じ取っていただけたらと思います。(配信はDSD11.2MHz/1bit, PCM 192kHz/24bitほか)
また、同時リリースの『ブラームス: ヴィオラ・ソナタ 第1番&第2番』<成田寛(ヴィオラ)/上野真(フォルテピアノ)>もぜひお聴きください。こちらは1861年製造のフォルテピアノを使用しています。ブラームスが弾いていたであろう時代のピアノです。録音はオン気味(楽器と接近した録り方)で、楽器の特性がよく生かされた録音に仕上がっています。
2021年以降もたくさんのリリース計画があります。直近では、ユーフォニアムの佐藤采香さん、バリトン歌手の宮本益光さんのリリースを予定しています。ご期待いただけますと幸いです。
──三舩さんのご活動、そして新レーベルのこれからを楽しみにしています。ありがとうございました。