セレクターズ・チョイス--ジャズ10月新譜 by 原雅明

2020/11/02

音楽のプロによるセレクトで、新譜を中心にご紹介するコーナー「セレクターズ・チョイス」。それぞれのジャンルに精通したセレクターの審美眼にかなった作品をご紹介いたします。ここでは、音楽レーベルringsのプロデューサーであり、LAのネットラジオ局の日本ブランチ「dublab.jp」のディレクターも務める音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明氏がジャズをメインにご紹介いたします。



 10月の新譜の注目作は、まずメロディ・ガルドーの『Sunset In The Blue』から。ニュージャージー生まれでフィラデルフィアで育った彼女は、長らくパリを活動拠点としてきた。アメリカよりもヨーロッパでのセールスが大きく、人気も高い。それ故、アメリカで活動するジャズ・シンガーとは違う立ち位置と表現を確立した。特に『Currency Of Man』(2015年)で、シンガーソングライターとして力強く深みのある表現を獲得してからは、ライヴ盤『Live In Europe』(2017年)でも独自の世界を作り出してみせた。ジャズ・ヴォーカルがルーツ・ミュージックを辿り、同時代のポップスとも繋がる中で、アメリカン・ミュージックを再生させる可能性を表現しているのがノラ・ジョーンズの現在だとしたら、ガルドーは同じようにジェシー・ハリスらと交わりながらも、アメリカから離れた場所で、ヨーロッパ、アフリカ、南米の音楽とも繋がり、出自であるジャズ・ヴォーカルをコスモポリタンな表現の中で拡げる可能性を追求している。ラリー・クラインのプロデュース、ヴィンス・メンドーサのアレンジでリモートによって制作された『Sunset In The Blue』は、繊細で凝ったプロダクションに包まれて豊かな多様性を表現してみせている。ゲストのアントニオ・ザンブージョのヴォーカル、バックのアンソニー・ウィルソンのギターなど、演奏のコンビネーションも良い。


Sunset In The Blue』/Melody Gardot







 2度の脳卒中を患い、ピアノが弾けない状態にあることを明かしたキース・ジャレットの最新リリースとなる2016年のライヴ盤『Budapest Concert』は、その事実を受け止めながら聴くことになってしまった。同じ年のライヴを収めた前作『Munich 2016』同様に、緊張感のある演奏が記録されている。詳しいことは国内盤CDのライナーノーツでも触れたが、複雑なメロディと調性から離れたハーモニーで構成された曲から、ブギとラグタイムの記憶を再構築するような曲やスタンダード曲が大きな流れの中で展開されていく構成となっている。ピアノ・ソロのレコーディングとしてキース自身がこのアルバムに一つの到達点を見たことは充分に納得できる。



 若きヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスがリリースした、Blue Noteからの2作目となるリーダー作『Who Are You?』は、8月に紹介したサックス奏者イマニュエル・ウィルキンスの『Omega』と繋がる、次のBlue Noteを担う新たな世代のミュージシャン達の表現がより前に進んだことを証明している。ウィルキンスらの参加に加えて、ベースに日本生まれカリフォルニア育ちのカノア・メンデンホール、ハープにブランディ・ヤンガーという才能ある女性プレイヤーを加えていることにも注目したい。少し前のリリースになるが、ロスも参加した若きピアノニスト、ジェイムズ・フランシーズのデビュー作『Flight』も合わせて聴いてもらいたいアルバムだ。


Who Are You?』/Joel Ross





 トランペット、コルネット奏者のロン・マイルスがBlue Noteに移籍してリリースしたアルバム『Rainbow Sign』は、ジェイソン・モラン、ビル・フリゼール、トーマス・モーガン、ブライアン・ブレイドという、これまでも共演を重ねてきたメンバーと録音された。亡き父に捧げられたアルバムはゆったりとしたテンポの中で、スリリングで絶妙なアンサンブルを聴かせる。現在はBlue Noteを離れ、コンテンポラリー・アートの世界にもコミットしているモランのピアノを聴けるのも注目したい点だ。マイルスとブレイド、ジョシュア・レッドマン、スコット・コリーによる『Still Dreaming』も聴き応えのあるアルバムだった。デューイ・レッドマンも参加したキース・ジャレットのアメリカン・クァルテットを彷彿させるような、過去も参照した演奏が魅力的だ。



 Blue Noteの楽曲をカヴァー演奏したコンピレーション・アルバム『Blue Note Re:imagined』は、UKジャズの新たな流れに関わるミュージシャンが参加しているが、そのセレクションがとても良い。シャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアといったシーンを牽引する存在から、エマ=ジーン・サックレイやイシュマエル・アンサンブルら今後更なる活躍が期待されるアーティストたち、ポピー・アジュダやヤスミン・レイシーら新鋭のシンガーまで、シーンを広く俯瞰して選ばれた人達が、多様な解釈を聴かせている。


Blue Note Re:imagined[Deluxe]
Various Artists



 ジョシュア・レッドマンに師事したサックス奏者ジェームス・ブランドン・ルイスの『Molecular』は、近年の彼のリリースの中で最も素晴らしい一枚だ。シカゴ・アンダーグラウンド・デュオを経て、現在はニューヨークのジャズ・シーンで活躍しているドラマーのチャド・テイラーとのコンビネーションが特に良い。フリージャズからグルーヴ感のあるファンク・ジャズまで様々なスタイルを見せてきたルイスだが、テイラーとのデュオからスタートした現在の音楽性は新たな展開をもたらしている。



 1950年代から活動し、後にトロピカル・ジャズやラテン・ジャズと呼ばれるサウンドを作り出した第一人者であるメキシコのジャズ・ドラマー、ティノ・コントレラスの最新録音『La Noche De Los Dioses』が、ジャイルス・ピーターソンのBrownswoodからリリースされた。今年86歳になったコントレラスは、3/4拍子を主体にしたリズムと重厚なホーンとの絡みで、呪術的な独特のムードを作り上げる。現代ジャズのフィルターを過度に通すことのないプロダクションが功を奏している。


La Noche De Los Dioses』/Tino Contreras



 再発で注目したいのは、ジャック・ディジョネットの『Sorcery』(1974年)だ。ジョン・アバークロンビー、デイヴ・ホランド、ベニー・モウピンらと録音された本作は、ジャズ・ロック、サイケデリック・ロックの要素もあれば、フランク・ザッパ的なアヴァンギャルドな展開もあり、一筋縄ではいかない。リリース時の評価はあまり芳しくなかったようだが、マイルス・ディヴィスやキース・ジャレットからデレク・ベイリーに至るまで、オープンに演奏してきたディジョネットが持つ音楽性が素直に反映された作品として今は聴くことができる。同じく、かつてFantasyからリリースされたフルート、ヴィブラフォン奏者のロジャー・グレンの『Reachin'』(1976年)は、ドナルド・バードやボビー・ハンフリーら70年代のBlue Note作品を手掛けてきたスカイ・ハイ・プロダクションことマイゼル・ブラザーズがプロデュースした。グレン自身、これらのBlue Note作品に参加してきたが、唯一残したソロ作が本作で、トライバルな曲も含まれ、スカイ・ハイが手掛けた作品とは違う側面も記録されている。



 最後に、ピアニストの片倉真由子をリーダーとする、粟谷巧(ベース)と田中徳崇(ドラム)とのトリオによる2作『plays Coltrane』と『plays Standards』に触れたい。タイトル通り、ピアノ・トリオでジョン・コルトレーンの楽曲とスタンダード曲を演奏しているのだが、シンプルなトリオであればこそ、解釈や演奏の違い、センスやコンビネーションの妙が如実に顕れてくる。特にコルトレーンの「Naima」の躍動感ある演奏は、LAジャズの新たな流れを作った故オースティン・ペラルタによる同曲のカヴァーを聴いた際に感じた“新しさ”を思い出した。かつてシカゴのジャズ・シーンで活動し、チャド・テイラーらとも交流があった田中徳崇が、スタンダードを叩いていることも個人的には新鮮だったが、プレイヤーの選択も含めて非常に興味深いリリースだ。



 半年ほど続けてきたセレクターズ・チョイスも今回が最後となります。デジタル・データであっても、音楽を掘るという行為には変わることがない楽しみがあるということに気が付くことができたのが、この担当をして得た最大の収穫だったと思います。読んでいただいて、ありがとうございました。



 

原雅明(はら まさあき)

音楽ジャーナリスト/ライターとして各種音楽雑誌、ライナーノーツ等に寄稿の傍ら、音楽レーベルrings(https://www.ringstokyo.com/)のプロデューサーとして、新たな潮流となる音楽の紹介に務める。また、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jp(https://dublab.jp/)のディレクターも担当。ホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。著書『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)ほか。

Twitter:http://twitter.com/masaakihara







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