連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第22回

2015/05/01
現在配信中のハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介する当連載。第22回はEXILEの最新作『19 -Road to AMAZING WORLD-』を、マスタリング・エンジニア、小泉由香さんへのインタビューを交えて語ります!
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
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『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE
~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~


■ J-POPの音圧問題

「J-POPは音圧が高すぎて、本格的なオーディオシステムでは耳が痛くなり聴いていられない。」こういったご意見によく出会います。私も大いに同感ですが、こうも考えられないでしょうか?「真の上位システムを謳うならば、どんな音源を鳴らしても高音質でパフォーマンスすべき」だと。携帯プレーヤーでイイ感じに聴こえるならば、上位システムである本物のオーディオシステムならば、それより更に良い音で鳴らしたいものです。

とはいえ、音圧が高すぎるのは問題でしょう。なんとか音圧は痛くならない程度に下げてほしいところです。しかし、もしあなたがアルバム売上の首位を狙う流行歌のプロデューサーを任されるとしたらどうでしょう。オーディオファン向けの音楽制作では、“コンプレッサーを一切使用しない、録ったそのままのサウンド”というのは音源の売りになります。ところがアルバム首位を狙うなら、そういった手法では「音圧が低い」、「他の曲と携帯プレーヤーでシャッフルしたときに、その曲だけ音が小さくて聞こえない」、「ショップの試聴機で、他の音源を比べて迫力が無い」といった否定要素の原因となりかねません。少なくとも、私にはノーコンプで流行歌を送り出す勇気は無いので、何らかの手法で音圧をアップするでしょう。

音圧アップが全て“悪”なのかというとそうでもなく、迫力ある音楽を伝えるという意味では大いなる武器になります。つまり、音圧アップがイコールで耳が痛いということではありません。要は、やり方次第なのです。

今回発売されたEXILEの新作『19 -Road to AMAZING WORLD-』。マスタリングを手掛けたのは、オレンジの小泉由香さんです。ちょうど、小泉さんとお会いするべくマスタリング・スタジオのオレンジへ行ってきましたので、『19 -Road to AMAZING WORLD-』について取材してきました。

■ ハイレゾをテーマとした、音楽制作側と音楽再生側との切磋琢磨

マスタリング・エンジニアの小泉由香さんは、本当に勉強熱心。小泉さんも私も、音質向上に関しては超がつくほど貪欲です。定期的に勉強会を行い、お互いの研究成果をぶつけ合い、常により良い音楽制作そして音楽再生を探求しています。このところの切磋琢磨のテーマは、もっぱらハイレゾ。小泉さんが試験的にマスタリングしたハイレゾ音源をやりとりして、意見交換を行ってきました。もちろん小泉さんのマスタリングですので、素晴らしいのは当然。しかし、ハイレゾ音源を聴く側として「もっと、こうあってほしい」という無理難題を返答するという繰り返しでした。昨年末くらいだったでしょうか。小泉さんより送られてくるハイレゾ音源の表情がガラリと変わってきました。打撃開眼というか、ハイレゾならではの広大な音場のなかに、濃厚な音楽がハートへと迫ってきます。「こんなハイレゾが聴きたかった!」と、その打ち上げでは一緒に乾杯したものです。

今回、小泉さんの本拠地マスタリング・スタジオ・オレンジへお邪魔したのは新製品のテストが主なネタでしたが、発売されたEXILE新作のハイレゾ音源が素晴らしかったので、この連載で取り上げるべく、小泉さんに直球の質問をぶつけてきました。


■ 絶妙なマスタリングがもたらす迫力のサウンド

というわけで、本日ご紹介する太鼓判ハイレゾ音源はEXILEの新譜です。

『19 -Road to AMAZING WORLD-』 (96kHz/24bit)
/EXILE


EXILE作品のマスタリングといえば小泉さん。大ヒット曲「Choo Choo TRAIN」も「Lovers Again」も小泉さんのマスタリングです。今までのEXILE作品では、マスタリング現場の立ち会いは主にボーカルのATSUSHIさんが来られるということでしたが、今回の『19』はパフォーマーの人たちもマスタリングに参加し、その音質向上っぷりを体感されたそうです。

そう、EXILEのような流行歌では、マスタリングで積極的な音作りが行われます。レコーディングやミックスまでで音楽が完成するのではなく、更にその先のマスタリング工程でもサウンドを磨く作業が欠かせません。つまり、ミックスダウン後の音ですら素材段階であり、マスタリングで真の音楽作品へと昇華させるのです。

上手い例えはないものかと小泉さんとディスカッションしていると、興味深い回答が返ってきました。

小泉:CDは最終的にパッケージという製品を目指す感じですかね。パンに例えると、巨大な小麦粉の塊からカレーパンを作るとします。素材(アーティスト)を使ってメニュー(曲)を作る時に「カレー」にすることになり、まずは皆に買いやすく安価にして、コンビニでも買えるパッケージ(CD)を考えると、素材と材料を生かして分かり易くした「カレーパン」になる。それがCDのマスタリング。」

つまり、楽曲はマスタリング工程を経て、CD盤というひとつのパッケージとして完成します。例えるなら、それはカレーパン。ではハイレゾ音源を作るとき、そのまま巨大なカレーパンを作れば良いのかというと、そうではありません。

小泉:「巨大なカレーパンだと、食べた位置によってはカレーとパンという味のバランスが悪かったり、具のカレーに届かず揚げパンの部分だけだったり(笑)。それではせっかくパッケージのときに完成させたカレーパンの絶妙なバランスが、ハイレゾでは届けられなくなってしまう。それでは残念なので、巨大なカレーパンならではのマスタリングを行い、パッケージと同じパンとカレーのバランスを再構築する必要があるのではないか。」

これには脱帽です。実際に、『19』の7曲目「No Limit」を44.1kHz/16bitのCD音源と、96kHz/24bitのハイレゾ音源を比較試聴しました。CD盤「No Limit」は、確かに音圧は強烈ですが、それが痛さにはなっていません。多くのEXILEファンが聴くであろう環境でも迫力が得られるのはもちろん、音楽の記録として未来へ残すことを考えても、音質的に優れていると言える、マスタリングの絶妙なサジ加減を感じました。それがハイレゾ音源「No Limit」となると、CD版で聴いていたのは大きな絵画の一部分であったかのごとく、音楽が同じイメージのまま広大な音像へと広がっていきます。しかも、音圧は変わらずのド迫力。

この音圧が高いながらも高音質という感触、最近どこかで体感したことがあると思ったら、この連載の第16回で取り上げたPrinceの『ART OFFICIAL AGE』。音圧が高い=耳が痛いという公式は、決して全てに当てはまるわけではないのです。こうした世界レベルで見ても優れたマスタリングが、日本発でも実現しているということに拍手を贈りたいです。


■ ハイレゾに特化したマスタリングの秘密

小泉:「実はハイレゾのほうは、1dB小さく仕上げてマスタリングしています。その1dBを奥行の再現に充てました。」

これには気づきませんでした。CDとハイレゾを比較して、この1dBに気付く人は居ないのではないでしょうか?私は前述のようにCDとハイレゾの音量と迫力は全くの同じと感じましたので、小泉さんの1dB作戦のマスタリングは大成功です。パッケージであるCD版と同じサウンドでありながら、ハイレゾではより大きな音楽世界を聴かせる。しかも奥行方向で。いや~、参りました。

ジャズやクラシック作品ではないので、EXILEの曲はオーディオ好きの方が聴く機会は少ないかもしれませんが、『19』は曲単位での販売もありますので、音圧が高くても高音質なハイレゾ音源制作は可能であるというデモ音源として、聴いてみられてはいかがでしょう。大いにお薦めします。J-POPは携帯プレーヤーのためだけに作られた音楽ばかりではありません。真の上位互換性を目指すなら、EXILE『19』のハイレゾ音源に挑戦してみてください。上手くいけば、お子様との音楽対話が実現するかも?オーディオ親父の面目躍如に一役買ってくれれば素晴らしいことです。そんな期待も込めた、『19』の太鼓判ハイレゾ音源選出でした。

最後に小泉さんに、アニメソングの音圧問題について聞いてみました。なかなかアニソンの太鼓判ハイレゾ音源に出会えないためです。アニソンは、まだまだ高音質に進化できるのではないかという議題で話し合ってみました。

小泉:「ポイントはボーカルの声だと思う。アニメの声と歌う声とのイメージを同じで表現しないと、ファンの人に違和感があるかもしれない。そこを上手くマスタリングしてあげれば、音の良いアニソンという突破口になりそう。」

小泉さんをマスタリングに起用するハイレゾ・アニソンが出たら、ぜひ私も聴いてみたいです。アニソン制作レーベルの皆様、ぜひご検討を!

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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。音楽専門衛星デジタルラジオ“ミュージックバード”にて『西野正和のいい音って何だろう?』が放送中。

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