日本を代表するジャズトランペッターの原朋直さん率いるグループのニューアルバム『Circle Round』が完成しました。前作『Time In Delight』から2年半、「ライブを通じて大事に育ててきた」という新曲は、新世代のジャズへの共鳴を感じさせるとともに、ジャズの普遍的な楽しさも体現しているようです。収録は業界注目の最新設備を誇るStudio Tanta。レコーディングとミックスを担当したのは、e-onkyo musicでもお馴染みUNAMASレーベルのミック沢口さんです。オンラインでのインタビューを通じて、本作の興味深いコンセプトやレコーディングの様子などを伺いました(本文中は敬称略)。
文・写真◎山本 昇
「地球・宇宙・愛」---ライナーノーツで原朋直が自ら記した本作のテーマは広く大きく、深い。さすがにデカすぎるのではないかと心配になるくらいに広大で深遠なテーマであっても、そこに向かって純粋に突き進むことができるのもアートの力の成せる業。原朋直グループは彼ららしいアプローチで見事にそれを体現してみせた……。と、のっけから大きな話で恐縮だが、原朋直の最新リーダー作『Circle Round』は実にスケールの大きな傑作であり、とにかく楽しい。ここではまず、現在の原朋直グループがどのように結成されたのかを確認しておこう。
■異色のジャズバンド“原朋直グループ”の結成
「僕が東京でジャズを演奏するようになったのは23歳からですが、プレイヤーとしてデビューしてから常に考えていたのは、自分の音楽は自分のパーマネントなバンドでやりたいということでした。でも、当初は僕も未熟で、ライブへの出演もレコーディングも運任せ。バンドは何度も結成と解散を繰り返しました」
そうした中、2012年に「僕の先生であり、音楽の友達でもある」というピアニストのユキ・アリマサとのデュオ『Vol.One』と『The Days of Wine and Roses』を発表する。その際、「素晴らしいエンジニアの方がいらっしゃる」と、紹介されたのがUNAMASレーベルを主宰するベテラン・エンジニアのミック沢口だった。
「アリマサさんとはデュオでやったり、バンドでもやったりして楽しかったのですが、今度はピアノがないバンドをやってみたいと思ったんです。そこで結成したのが、ベースの池尻洋史、ドラムのデニス・フレーゼ、そしてギターの朝田拓馬をメンバーとするギター・カルテットです。みんな僕より年下ですね。一回り下の池尻洋史は当時からジャズ・シーンで活躍していたベーシスト。ドイツからやってきたデニスは、いろんな縁で友達になったドラマーです。朝田にいたっては大学の元教え子ですからね。どうして彼らをメンバーに選んだか。それは、自分の内側を大事にしている人だからです。どうすれば売れるか、のし上がれるか、手っ取り早く有名になれるかといったようなバイタリティではなく、自分の音楽を高めることを考えている人たちとやりたいなとずっと思っていて。やっといい感じのチームができたと感じました。さらに、沢口さんにも加わっていただければ自分のレーベルだって作れる気がしたんです。そこで一気に作ったのが2015年の『Color As It Is』でした」
『Color As It Is』で手応えを得た原はこの時期、さらに曲作りに没頭していく。
「ピアニストのいないギター・カルテットは静かなもので、よく言えばスペイシーな感じ。でもモノトーン色が強過ぎる感がありました。音楽が充実し始めて、もっといろんな曲を書きたくなって、もう少し人が必要だなと思ったんです。そこで、以前に共演したり、噂を聞いたりして気になっていた人をライブのゲストに呼んでみました。サックス奏者の鈴木央紹と、ピアノ/キーボード奏者の宮川純は、そうした流れで参加してくれた二人ですが、僕らの音楽をリスペクトしてくれたし、彼らとなら一緒にいい音楽が作れそうだなと思ったんです」
こうして結成されたセクステットで初めて臨んだ録音が2017年にリリースされた前作『Time In Delight』だ。本人曰く難曲揃いのこのアルバム。スタジオは余裕を持って2日間押さえていたが、ほとんど1日で録り切ってしまうほど、息の合った演奏を披露。ジャズ・シーンを中心に、ミュージシャンからも高く評価された。「これはいいバンドができた」と、またまた手応えを感じた原は、『Time In Delight』の完成後、すぐに次作に向けてペンを走らせていたという。
エンジニアのミック沢口は原朋直に出会ったときの印象をこう語る。
「UNAMASレーベルでは常々、お互いにリスペクトできる環境を大事にしています。僕もセールスを最優先にするタイプではないですしね(笑)。アルバム作りの方向性が僕と合って、互いに自然体でスタジオワークに取り組めるアーティストなら、ぜひ一緒にやりたいと思っています。ユキ・アリマサさんとのデュエットの録音で、音響ハウスで初めてご一緒した原さんとは、まさに自然体で作業することができました」
沢口流のレコーディングは、ある意味で非常にシンプルなものだ。
「スタジオに入って、まず僕が考えるイメージに沿ってマイク配置をします。試しに録ってみて、アーティストに聴いてもらう。そこでOKと言ってもらえれば、あとはそのまま、基本的に何もせずに演奏を捉えていきます」
エンジニアに迷いがないのは演奏者としても心強い。両者の良好な信頼関係は、作品の出来映えをより高めるのは言うまでもない。
「かつて原さんに“スタジオからコントロールルームを見ていると、沢口さんはウロウロしないから安心する”と言ってもらえたのは嬉しかったです。いかにも働いていますというポーズをしがちなエンジニアも多いのですが、僕は何もしない(笑)。アシスタントからも心配されるんだけど、“ちゃんと音を聴いているから大丈夫だよ”と。いわゆる音作りをするのがエンジニアだと思っている人も多いでしょう。でも、僕はアコースティックなものに関しては、音作りなんかしなくても、いいアーティストに正しくマイクを設置すればそれだけで十分だと考えています。原さんとも、最初からそんなふうに自然体で作業できたのは良かったですね。僕自身、コンソールの前で原さんたちの演奏を楽しんでいます」
■無意識レベルで音楽を感じることの大事さ
では早速、本作『Circle Round』について語ってもらおう。まず聞いておかねばならないのが、例の壮大なテーマについてであろう。
「何で人は生きているのか、宇宙って何だ……この歳になって、そんなことばっかり考えるようになっちゃったんです。元々そういうことが気になってはいたんですけど。音楽的なことを言うと、40代まではメカニカルに捉えてしまっていて、無意識レベルで音楽を感じることをまだそれほど大事にできていなかったんですが、50代になって段々その辺りのことが分かってきた。同じ時期に、頭では地球や宇宙、そして愛のことを考えていたんです。たくさんの本を読みましてね。そんなときに曲をいっぱい書いたので、結局そんなテーマになっちゃった。大学で教えている生徒たちとも音楽についてよく話すんですけど、マイルスの話題だったのに愛とか宇宙の話になってしまったり(笑)。あるいは音楽をやるというのは一体どういうことなのか、とか。音楽を含めたアートって、その人が考えてることやポリシーがモロに出ますよね。たぶん、10年くらい前にこんなテーマを掲げたら、周りからは心配されたかもしれないけど、いまならゲラゲラ笑いながらできるんです。“宇宙ってヤバイよね~”なんてことも平気で言える年頃になりました」
河合隼雄や養老孟司、スティーヴン・ホーキングらの著作のほか、哲学書や美術書、さらに般若心経やキリストといった宗教書まで、手当たり次第に読み進んでいったという原の多様な関心事は、進化した曲作りにも少なからず影響を及ぼしたことだろう。そうして出来上がった曲の数々に、他のメンバーたちはどんな反応を見せたのだろうか。
「性格的に表情を出さない人もいるけれど、僕が選んだメンバーはみんなこういう話が通じます。“愛はいいから早くギャラくれよ”っていうヤツはいません(笑)」
レコーディングの様子を見ていると、アプローチのしかたは様々でも、方向性はしっかり共有しながらそれぞれにしっかりとした足取りで踏み込んで行くような雰囲気を感じる。30代から50代まで、世代を跨いだグループ構成はサウンドの幅を広げて厚みを増す。世代間と言えば、とかくその分断の様子が注目される昨今だが、この多様な世代で構成されたグループが示す音楽ではそのギャップがむしろ心地いい。『Circle Round』にはそのような“大きさ”を感じるのだ。ちなみに、タイトル・チューンである「Circle Round」は、原が愛読する精神科医・エリザベス・キューブラー=ロスの著作で展開される死生観に触発されて生まれた言葉だという。Webで公開されている原の「2020アルバム制作ノート4」には次のように記されている。
〈私はこの曲を「廻る輪」のイメージで作曲した。メロディの展開、コードの流れ、フォーム構成の基礎に「輪」を置いてそれが「廻り続ける」という感じ。〉
時空を超えて廻り続けるようなスケールのデカさが半端ない。
■ロバート・グラスパーのライブにシット・イン!
アルバム最後の「Cosmic Microcosm」は8ビートにメロウな旋律が乗るオシャレなチューン。この曲で初めて作詞にチャレンジした原は、自らのボーカルも披露している。言葉は少ないけれど、自身のメロディに乗って浮遊するそれらは不思議なほど鮮烈なイメージを伴っている。
「ホーキング博士が最後に残した『ビッグ・クエスチョン』という本を読んだら、それまでなかなか理解できなかった量子力学や相対性理論がちょっとだけ分かってきて。これは素晴らしいなと感激しているときにこの歌詞を書きました。作詞はめちゃくちゃ楽しくて、あれ以来、メモ帳を持ち歩いて歌詞を書くようになりました」
ちなみに、歌の部分はオクターブ上に朝田拓馬のボーカルを重ねていて、優しげなニュアンスが加わっている。そして、曲の終わりにはメンバー全員による呪文のようなコーラスが繰り返されるが、これを後ろから読むと仏教思想にも関連するようなメッセージとなっていることが分かるだろう。
16ビートも鮮やかな1曲目の「Deep Sea」では、宮川純が奏でるフェンダーローズが印象的で、この歪ませた音色がとにかく素晴らしい。これをアルバムの冒頭に持ってきたのは、「ロックやファンクも大好き」と言う原らしいセンスによるものだろうが、結果としてロバート・グラスパー以降の新しいジャズの展開への反応もにおわせている。
「僕はいろんな人の新作も毎日のようにチェックしていますが、同時にルイ・アームストロングやチャーリー・パーカー、初期のマイルスなんかも全部ミックスして聞いています。でも、時代の流行りというものにはあまり興味がなくて、大事なのはその人の音楽が好きかどうか。以前、ニューヨークのドラマー、ドナルド・エドワーズのバンドに飛び入りさせてもらい、若き日のロバート・グラスパーと共演したことがあるのですが、その後、彼があっという間にワールドワイドな存在になったことに驚きはありませんでした。彼なら当然だと思っていましたから。僕自身、一つのカテゴリーや居場所に固執するタイプではなく、次々に成長して姿や形を変えていくのが大好きなんです。脈絡を考えなくても、僕の人生のように広がっていくと思うんです。90年代のジャズブームで僕を知ってくれた人がいまのライブに来ると怒ってますよ。“こんなのジャズじゃない!”って(笑)。僕はやりたいことをやっているだけなんですけれど」
それにしても、原朋直グループの音楽の醍醐味はバンドサウンドの多彩さにもあるはずだが、その在り方はちょっと変わっていると言えるかもしれない。
「ライブでもそうなんですけど、それぞれのソロの分量を平等にしたり、曲によって出番が決まっていたりしないのが僕のバンドの特徴です。ステージでベースの池尻君のソロが一つもない日があったり、リーダーの僕がソロをあまりやらずにテーマばかり吹いている日があったり。マイルス・デイヴィスもそうでしたけど、音楽をトータルでコーディネイトするというか、音楽を全体で考える。自分が目立たなくても、全体としての良さを出せればいい。それがいいバンドのやり方だと思うんです。メンバーもみんなそのことを理解してくれているので、『Circle Round』のレコーディングでの打ち合わせでも、すべて前向きで建設的な意見しか出てきません。特に問題もなく、すぐに録り終えちゃった感じですね。大変だったのは僕のボーカル録りくらいでしょう(笑)」
そんな仲間だからこそ、辿り着くべき目標はうんと高めに設定されている。
「僕が書く曲は難しいのがいっぱいあるのですが、全然心配していません。どうせうまくいくだろうと思っていますから。いちばん苦労しているのは僕だったりして(笑)。鈴木央紹なんか、いつも全テイクOKですから。ピアノの宮川純も、口にはあまり出さないけれど、楽曲を完全に把握しきってからスタジオに来て、それからさらに広がる感じです。朝田拓馬はどこか宇宙人みたいなところがあって、いったん別世界に行って戻って来るような、予測できない演奏が持ち味です。いちばん堅実なのが池尻洋史で、彼は何があっても動じることなくデーンと弾いていますね。そして、デニスは実はすごくいたずら好き。調子に乗せると大変なので、そこはうまく利用するようにしています(笑)。みんなそれぞれにキャラクターもあって、楽しいですよ」
原朋直さん(トランペット)
鈴木央紹さん(テナー/ソプラノ・サックス)
宮川純さん(ピアノ/エレクトリック・ピアノ)
朝田拓馬さん(ギター)
池尻洋史さん(ダブル・ベース/エレクトリック・ベース)
デニス・フレーゼさん(ドラムス)
■音がきれいなStudio Tantaでのレコーディング
さて、ここからはエンジニアの沢口に、『Circle Round』のレコーディングについて語っていただこう。UNAMASではリリースする作品ごとに、ベテランらしいアプローチを展開しているが、本作でのエンジニアリングのポイントは何だろう。
「今回の大きな変化は、いつもと違う新しいスタジオでやってみたということでしょう。2018年に渋谷区の富ヶ谷にオープンしたStudio Tantaは、都内ではもう造られることはないのではと思うほどゴージャスなスタジオです。設備はもちろん、音響設計もしっかりしているということで、原さんと一緒に下見に行って音の響きを確認したらとても良かったんです。スタジオ代はかさみますが(笑)、ぜひここでやってみようということになりました」
老舗の録音スタジオが次々と姿を消していくという残念な状況が続く昨今、これほど本格的なスタジオが誕生したことに驚くが、都心にある音楽制作の拠点として大きな期待も寄せられていることだろう。そうした新しい環境でのレコーディング。マイキングを見ると、三研のCO-100Kなど沢口のレコーディングでお馴染みのマイクに混ざり、トランペットとサックス用にAustrian Audio OC-818という目新しいモデルがセットされている。
「OC-818は、2019年の7月にフィンランドのシベリウスホールで録音したクラシック作品のアンビエンスで初めて使いました。とてもクリアでS/Nがめちゃくちゃいいんです。今回はアンビエンスではなく、ブラスのオンで使ってみました。前作『Time In Delight』では、原さんのトランペットはコンデンサーがNeumann U67S、リボンがRCA 77DX、鈴木央紹さんのサックスはコンデンサーがU67S、リボンがAudio-Technica AT4080という組み合わせでした。今回は、トランペットのコンデンサーがOC818、リボンがRoyer Labs R-122、サックスのコンデンサーに同じくOC-818、リボンがAT4080という比較的新しいマイクを用いました。OC818と、やはり新しいリボンマイクR-122の組み合わせは、本作の曲想にとてもマッチし厚くてガッツのある音が得られて良かったと思います」
Studio Tantaのルーム・アコースティックは、エンジニアの耳にはどう響いたのだろう。
「下見に来たときにも感じたのですが、とにかく暗騒音が非常に低いスタジオです。よほど設計がしっかりしているんでしょう。スタジオ内の空気も非常にクリーンなんですね。だから、楽器の音や歌をストレートにマイクでキャプチャーできる。演奏者や歌手が発した音がそのまま録れるんです」
マイキングのほか、何か心がけたことはあるのだろうか。
「今回は広いフロアにトランペットとサックス、ピアノとエレピを配置して、ギター、ベース、ドラムはブースで録りました。そうした中でも、特にジャズプレイヤーは皮膚感覚で通じ合える距離と目線を確保することがとても大事なので、そのあたりは気を付けてセッティングしました。セッティングの際、スタジオのアシスタントエンジニアから、“ピアノはブースに入れないのですか?”と聞かれましたが、僕はあえてフロアに置きました。そうすると、音が被るわけですが、僕はむしろ被りがあるほうが、空気の密度が上がるので好きなんです。アル・シュミットもそう言っていますね。日本のエンジニアは被りをすごく気にして、とにかく楽器を囲ってドライに録る人が多いんですが、僕は空気もたくさん録りたいと考えます。そうすることで、スタジオの音場というものがよく分かるようになるんです。それも、なるべく無指向性のマイクを使うことでクリーンな被りが入ってくるんです」
ほどよい広さと十分な高さを備えたStudio TantaのStudio Aのメインフロア
石や木を巧みに織り交ぜた壁面などによって、自然な響きが得られるという
■本作のサラウンドミックスも作成中!
沢口が本作で試みた新たなアプローチはもう一つある。それは、沢口が得意とするサラウンドで捉えるジャズという新機軸だ。
「『Time In Delight』を録ったときに、この音楽とこの編成だったら、ステレオミックスだけでなくも、サラウンドのジャズができるんじゃないかと思ったんです。それで、実は『Time In Delight』の音源で試しにサラウンドミックスをやってみたんですよ。どんな配置にすれば、かっこいいジャズのサラウンドができるのかとね。そうしたらけっこういけそうだなという感触があったので、今回の『Circle Round』では最初から、2ミックス用のものに加えて、サラウンドでも使えるようにマイクも別途立てておいたんです。ステレオバージョンが出たあとに、もし原さんのOKがもらえればサラウンド版もリリースしたいと思っています。世に出ているジャズをサラウンドにしたタイトルには、“これはいい!”と僕自身が納得できるものはまだないんですね。例えば、ピアノトリオをサラウンドにすると、かえってエネルギーが拡散してしまうんです。なんとかジャズによるサラウンドの表現ができないか。今回の録音では、そんな僕なりのチャレンジも行っています。僕は元々ルーティンワークが苦手な質。いつもなにがしかのサムシングニューがあるほうが楽しいじゃないですか」
コントロールルームで作業するミック沢口さん
■すべては無に帰す“Gomi Jam”思想
ところで、アレンジやサイズをアルバムごとに変えて登場する「Let’s Gomi Jam」はファンにはお馴染みのファンキーな1曲で、今回は30秒ほどのジングル的な仕上がりだが、そもそもこのタイトルはどう捉えればいいのだろう。
「この曲を聴くとみんな“えっ!? ゴミ?”って言いますね。実は般若心経と同じで、すべては無に帰するという意味を込めています。人はいろんなものに執着するけれど、最後はゴミみたいになってしまうんだから、もっと適当でいいんじゃない?ってこと。僕自身への戒めのつもりで作った曲です」
そう言えば、原が立ち上げたレーベルは「Gaumy Jam Records」だ。
「レーベルも“Gomi Jam”しようと思ったんですけど、うちの奥さんから“会社の名前にもなるレーベル名としてそれはどうなの?”って意見が出て(笑)、再考することに。僕は写真を撮るのも好きなんですが、フランスにジャン・ゴーミー(Jean Gaumy)という素晴らしい写真家がいましてね」
突然出てきたのは、あのマグナム・フォトにも参加する世界的に有名なフォトグラファーの名だ。さすが第一線で活躍し続けるジャズプレイヤー。交友関係も一流ではないか。どこで知り合ったのだろう。
「いや、会ったこともなんだけど、調べていたらたまたま“ゴミ・ジャムの逆さまの名前の人がいる”って(笑)。勝手に“Gaumy”という字をもらいました」
もはやこの二人がどこかで出会わないことを祈るのみだが、最後に原自身のトランペットの進化について聞いてみると、このような答が返ってきた。
「トランペットって本当に難しくて、いつまで経っても完成しないと言われる楽器の一つなんですよ。ウォーミングアップにしても、昔のクルマみたいに暖機運転をしないと音が出てこない。僕も40年くらい吹いていますが、いまだに思いどおりの音が出せません。いつか、頭の中にあるイメージをダイレクトに出せるようになったらいいなと思いつつ、頑張っています。1ヵ月とか1年単位では確実に上手になっているとは思いますが(笑)、これからももっと上手くなりたいですね」
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原朋直グループや池尻洋史とのデュオのレコーディングを観察していると、こんな場面によく出くわす。1テイクを録り終えては、「難しいなぁ、この曲は」とか「ホントに変な曲だよね」などと独り言を発しながらコンソールルームに入ってくる原の姿だ。共演者ではなく、原自身がそう言うのである。それも、実に楽しそうに。そんな演奏を聴くほうも一緒になって楽しみたい。原を中心とした6人の素晴らしい演奏を、名匠・沢口がしっかりと捉えて出来上がった『Circle Round』は、16ビートに始まり、8ビートで終わる傑作ジャズアルバム。この楽しさをぜひ、多くの音楽ファンに味わってほしい。
では最後にe-onkyo musicリスナーへのメッセージを。
「ライブハウスやホールのステージで僕たちが聴いているような音を沢口さんが作ってくれました。ハイレゾはまるでバンドを間近で観ているようで、僕らの息遣いや密なコミュニケーションが伝わってくると思いますので、そこを皆さんにも楽しんでもらえたら最高ですね」(原)
「配信のほうではオリジナルの24bit/192kHzのほか、MQAの24bit/48kHzでもダウンロードできるようにする予定ですので、環境に合わせて選んでいただければと思います。そして、先ほども言いましたが、原さんからOKでもらえればサラウンドミックスもリリースできるかもしれません。こちらもお楽しみに」(沢口)
プレイバックを聴きながら談笑するメンバー
トランペット用のマイクはAustrian Audio OC818(右)とRoyer Labs R-122
サックス用にはOC818とAudio-TechnicaのリボンマイクAT4080(右)
アコースティック・ピアノはMicrotech Gefell M221(オン)、三研CO-100K(オフ)
ピアノの下には拡散パネルを設置
Fender Rhodes Mark Iと接続されたフィルターやエフェクター
ギターアンプにはNeumann KM184
アコースティック・ベースはMicrotech Gefell UM92.1S(上)とVanguard V13
エレクトリック・ベースのアンプにはMicrotech Gefell M960
池尻洋史さんのダブル・ベースには楽器用インシュレーターのKaNaDe The Strings1(金井製作所)を使用。
「ピアノの下に置く拡散ブロックと同様に、こうした不要輻射を抑えるツールは有効です。音が前に出てきて
マイクの乗りが良くなるんです」(沢口さん)
ドラム周りのマイキングは、AKG D12VRとNeumann KM86(キック)、AKG C452(スネア)、
Microtech Gefell M300(オーバーヘッド)
コンソールはAPI Legacy AXS 48ch
ボーカル用のマイク(Microtech Gefell UM92.1S)をセッティング
ボーカル録りに臨む原さん
「Let’s Gomi Jam」のコーラス録り。メンバー6人を高音・中音・低音の各パートに分けて3回録音。6x3=18声の大合唱に
スタッフの皆さんと。手前はStudio Tantaのハウスエンジニア、佐々木優さん(左)と高木康生さん
録音を無事終えての一枚