【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第10回

2020/05/29

記事一覧


第01回
第02回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
第03回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
第04回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
第05回  レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~
第06回  ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方
第07回 ボーカルにまつわるエンジニアリング
第08回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷
第09回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷 その2
第10回 レコーディングにおけるAI技術の活用
第11回 AI時代を生きるこれからのクリエイターに求められる資質



前回の執筆時から引き続きの自粛ムードですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?都心の緊急事態宣言も解除されましたね。一気に解放とはいかないですが、やっと光が見えてきた心境です。

緊急事態宣言真っ只中のGW、自分は出かけることもなく、家族で年末以上の大掃除をしてしまいました。外出やレジャーで使わなかった費用で大掛かりなお掃除グッズを買い揃え、それらの性能に「おー!凄い!」と叫びながらの大掃除 (笑)。あちこち出回ることが出来ない分、少しでもどこかにお金を落として経済を回す一助になれば、と思って奮発しました。

こんな世の中なので、自宅でネットやSNSをブラつくことも増えているのですが、こういった状況でも(だからこそ、なのかも知れませんが)新たなアイデアや技術が色々と生まれたり、既に存在はしていたものの必要に迫られずになかなか普及しなかったものが一気に広まったりしていますね。

コロナ禍をきっかけとしたオンライン音源チェック

自分が今いるレコーディング業界では「リアルタイムでのリモート音源チェック」がまさにそれかと思っています。一般的にも一気に普及したオンライン会議の延長ですね。巷じゃオンライン飲み会なんてのも普及しましたが、自分は実践出来ていません。そのかわり、息子らと一緒に通っている空手道場のオンライン稽古には積極的に参加しています(笑)


さて、オンライン音源チェックに話を戻します。インターネットの回線速度も向上した昨今では既に実用レベルに達していたのですが、今年に入るまで自分の周りでそれを積極的に利用しているという話はほとんど聞いたことがありませんでした。それが、これを機に皆が導入を進めており、利用した人の感想は「これいいじゃん!」が大多数となっています。自分としても「なんでこれを今まで使わなかったんだ?」と思うくらいの便利さを実感していますね。

皆がわざわざスタジオに集まる必要もなく、かといってメールチェック(音源ファイルを送信し、メールで連絡)のような、文面でのやり取り独特の煩雑さや意図の伝わりにくさもなく、とにかく「便利」「効率的」そして「正確」です。Mixのチェックというのは微妙なニュアンスのやり取り・せめぎ合いですから、お互いの齟齬をとにかく排除したい。その齟齬が極力少ない立ち会いチェックが、わざわざ集まらなくても出来るわけです。

 

しかも音質を犠牲にしていない。それに特化したソフトウェアの開発も進んでおり、圧縮音源に変換せず、CDクオリティ以上の音質でリアルタイム転送が簡単に実現できます。きっと今後も「集まれないから仕方なく」といった消極的選択ではなく、積極的な利用がされていく技術でしょうね。個人的にはもうメールチェックは出来るだけ避けたいです(笑)


レコーディングにおけるAI技術の活用

自分はレコーディングエンジニアという職業柄、やはり新しい技術やアイデアには目が行きがちな質でして、上記のような身近な便利技術はもちろん、将来的な可能性が未知数な「AI」の技術なども気にせずにはいられません。

AIは既にレコーディングの実用的な部分にまで入り込んできています。最も良く目にするのは「自動音質調整」技術ですね。そのソフトウェアに音源を数秒読み込ませ、大まかな方向性などを指定すると自動で調整をするというものです。中には、自分の好きな音源をリファレンスとして読み込ませ、それと同じような感じに仕上げてもらう、といった事が出来るものもあります。
他には、マルチマイクで録音したドラムの各トラックに入っている「カブり(目的でない楽器などの音がマイクに入り込んでしまうこと)」を除去したり、既に混ざってしまっている残響成分を除去したり、など。

特に、最初に挙げた音質調整技術などはかなりのクオリティですよね。興味本位で試してみたところ「え…?ウソでしょ…?」と思いたくなるほどの良い音になったことがあります。SNSなどを見ていると、アマチュアの方は積極的に利用してる方も多いようですね。現状は単一のトラックに対して処理を施すタイプのものがほとんどで、マルチトラックのバランスを整えたり、トラックを付加するようなものはやっと出てきたかな?というくらいです。でもそれが当たり前な程に普及するのも遠くない未来なのかなと思っています。

レコーディングの歴史では、過去に ”その後の録音形態や主流が変わる程の” 大きな技術革新が何度か起きました。テープレコーダー、マルチトラックレコーディング、(人工的な)残響付加、デジタル、DAWなど…。その一つに、先月お話した音程修正技術があり、物議を醸してきた訳です。自分はその次は「ボーカロイド」のような人工音声が席巻するだろうな、と予想していましたが、”その後の形態を変える” ものではなく、特殊な効果としての利用や、いちジャンル・文化を作り出す方向に行きましたね。それはそれで凄いことですが。e-ONKYOにもボーカロイドが「唄って」いる作品が多数ありますので、興味のある方は是非ハイレゾでお聞きになってみてはいかがでしょうか。

 


バーチャル・ポップスター

Mitchie M


初音ミク Sings “手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で” (96kHz/24bit)

佐藤允彦 meets 初音ミクと歌う仲間たち(w/重音テト)


MUSICAL & LIVE SHOW "ARIA" ORIGINAL SOUNDTRACK

IA


AIはその後にレコーディングの世界に浸透してきた(と自分は解釈している)のですが、自分はここに関しても音程編集のような物議が今後起きるのではないかと思っています。いや、既にもう起きているのかも知れません。裏を返せば、それだけの可能性を秘めている技術という事なのでしょう。


AIは作曲家やエンジニアの脅威となるのか?

前回お伝えしたように世代的な要因もあり、自分は音程編集に関しては(どちらかといえば)肯定的な意見の人間です。ところがAI、特に自動音質調整に関しては、肯定的なのか否定的なのかは自分でも良く分かっていません。まだまだ限定的な利用だからかも知れませんが、少なくとも現状は「どんどん使おう」という程にはなっていないことは確かです。ただ、自分が積極的に利用しないのは「もっと腕を上げたいから。頼ると向上出来なくなってしまいそう」というだけで、積極的に利用する人を否定するつもりは全くありません。むしろ「腕を上げるためには、時々AIが施す処理を見てみて今後の参考にしよう」くらいの考えでいます。他のエンジニアさんの処理を参考にする感覚でしょうか。こういった辺りの賛否も、音程編集への賛否とはまた違った世代のバラつきがきっと出てくるのだろうな、と思っています。

AIによる自動処理は我々エンジニアが施すような「音響的処理」にとどまらず、作曲や編曲の分野にも浸透してきていまして、我がagehaspringsもAIによる作曲プログラムの開発を進めています。作曲という作業は無から有を生む1次的処理なので、賛否や向かうべき方向など、2次的な処理である音響的処理とはまた違った意見が飛び交うのではないかと思います。自分の勝手な想像ですが、最も議論となるポイントは「自動処理の存在自体の賛否」ではなく、「それが人間を超えてしまうんじゃないか?」といった、畏怖にも似た懸念ではないでしょうか。昨今「AIに取って代わられてしまう職業」なんてものも巷で目にしますし、スマートスピーカーや自動応答プログラムなど、使っていてちょっと怖くなる時もありますよね。「これ…人じゃないよね?」と思うくらい柔軟な返答・対応なのに、人じゃありえない応答速度という。その延長上には「ロボットが人間を支配する!」などという、SFの漫画や映画だったらちょっとワクワクしてしまうような可能性も秘めているのでしょう。

これもあくまで私見となりますが、作曲やレコーディング分野は、少なくともここ数年〜十数年の間にAIに「取って代わられてしまう」ことはないのではないか、と思っています。遠い未来となれば当然未知数なので予測不可能ですが、自分がこの仕事をやっていられる間くらいの近い未来ではやはり「生身の人間の手」がゼロではまだまだ成立は難しいのではないかと。ここで言う「成立」というのは、理屈や理論として「正しい曲」という意味ではなく、人が感動したりカッコいいと思ったり、といった「聴く人の感情に訴えるような良い曲」という意味です。

…とここまでで1回分のボリュームになってしまったので、この先は次回にお話したいと思います。



◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

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