HOME ニュース 【5/15更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2020/05/15 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 スティーヴィー・ワンダー『In Square Circle』チープになりがちなデジタル・サウンドを絶妙に使いこなした、1980年代のスティーヴィー・ワンダー像 新型コロナの影響で、「ステイ・ホーム」状態が続いていますね。あいかわらず通勤を自粛し、ご自宅で仕事をしている方もいらっしゃることでしょう。家で仕事をするとなると、いろいろ大変なことも多いのではないかと思います。しかし困りごとばかりではなく、たとえば好きな音楽をかけられるというメリットも生まれますよね。事実、これがきっかけでまた音楽と向き合うようになったという方も少なくないはず。それに「ステイ・ホーム」が流行語のようになっている昨今は、さまざまなアーティストが“STAY HOME楽曲”を発表しています。また気がつけばe-onkyoでも、自宅での仕事がはかどるBGMを集めた「ステイホーム応援キャンペーン」がはじまっていました。いろいろな音楽と出会うには、格好のタイミングであるともいえるわけです。もちろん大変な時期ではありますけれど、そう捉えれば、多少なりとも気持ちを前向きにすることができますよね。その結果、いままで知らなかった新しい音楽と出会うことにもなるかもしれません。ちなみに僕の場合は最近、「知らなかった音楽」ではなく「充分すぎるほど知っている音楽」について、ちょっと新鮮な出来事がありました。「ステイ・ホーム」にかこつけて、「“ホーム”のついた曲って、どんなのがあったっけ?」と調べてみた結果(暇人かよ)、記憶の彼方に追いやられていた曲を思い出すことができたのです。スティーヴィー・ワンダーの1985年作『In Square Circle』の後半に、ひっそりと収録されていた“Go Home”がそれ。単体の楽曲としてはさほど強い印象が残っていたわけではないのですが、今回、この曲だけをピンポイントで聴いてみたところ、ちょっとした気づきがあったのです。それは、バランス感覚のよさ。特筆すべきは、パーカッションの立体感です。で、ハイレゾとの親和性がとてもいいなあとも感じたので、今度はアルバムの一曲目からきっちり聴きなおしてみることにしました。前年にサントラ『The Woman in Red』がリリースされたものの、オリジナル・アルバムとしては1980年の『Hotter Than July』以来5年ぶりの作品。正直にいえば、思い入れは決して大きくなかったのです。スティーヴィーといえば、やはり『Talking Book』(1972)、『Innervisions』(1973)、『Fulfillingness' First Finale』(1974)、『Songs in the Key of Life』のインパクトが圧倒的に強いから。日本ではカセットテープのCMソングにもなったファースト・シングル“Part Time Lover”も、なんだかピンとこなかったんですよね、当時は。しかし、それはあくまで「当時は」の話。いま聴きなおしてみると、リリース時には気づかなかったいろいろなことがわかったのでした。まずは、音づくりの秀逸さ。まさしくそれは1980年代ならではのデジタル・サウンドなのですが、とかく安っぽくなりがちなデジタル機材を、非常にうまく使いこなしているのです。リード・トラックの“Part Time Lover”でいえば、卓越した才能を感じとることができるのはスネアとハイハットの処理です。同じことは、中盤の“Never in Your Sun”や“Spiritual Walkers”にもいえますね。“I Love You Too Much”の安定感、“Stranger on the Shore of Love”のカリプソ風味もいい感じだし、デジタル機材を使いながらも安っぽさを感じさせず、それどころかきっちりと「スティーヴィーの音」に仕上げているあたりがさすが。もちろんバラードも見逃しがたく、“Whereabouts”(「未来へのノスタルジア」という邦題はむちゃくちゃダサいですけど)など、まさにスティーヴィーの世界観全開状態ですね。聴いていると、1960年代にまでさかのぼる彼のバックグラウンドを思い出したりもします。でもバラードといえば、それ以上に重要なのが“Overjoyed”。スティーヴィーを代表する楽曲のひとつですが、ひさしぶりに聴いてみても、やはり心を揺さぶられます。というわけで、全10曲をちょっとした興奮状態のなかで聴きとおすことができたのでした。これは、まさに理想的なハイレゾ体験。スピーカーでもヘッドホンでも、立体感、分離感、重量感、そしてバランス感覚をたっぷりと味わえると思います。 『In Square Circle』Stevie Wonder 『The Woman In Red[Original Motion Picture Soundtrack]』Stevie Wonder 『Hotter Than July』Stevie Wonder 『Talking Book』Stevie Wonder 『Innervisions』Stevie Wonder 『Fulfillingness' First Finale』Stevie Wonder 『Songs In The Key Of Life』Stevie Wonder ◆バックナンバー【5/8更新】ヴァン・ヘイレン『Van Halen』エディ・ヴァン・ヘイレンの超絶テクニックに衝撃を受けながらも、コピーしようとは思わなかった理由【4/24更新】ザ・ドゥービー・ブラザーズ『Livin’ On the Fault Line』三鷹にあったエレキギター専門店の記憶と連動する、後期ドゥービーの“目立たないけど優秀な作品【4/17更新】Ol' Dirty Bastard『Return to the 36 Chambers: The Dirty Version (25th Anniversary Remaster)』キレッキレのハードコア・ラップを聴きながら、25年前に知り合った青年の現在に思いを馳せる【4/10更新】TOTO『TOTO』思い出させてくれるのは、ロサンジェルスの住宅地でひとり“Hold the Line”を聴いていたときの情景【4/3更新】キャロル・キング『つづれおり』親子二代のファンも。世代を超えて愛される、普遍的名作とはまさにこのこと。【3/19更新】シンディ・ローパー『シーズ・ソー・アンユージュアル』ペラッペラで大嫌いだった80年代前半のポップ・ミュージックのなか、例外的に大好きだった作品【3/13更新】アニタ・ベイカー『ラプチュア』趣味全開の音楽バーを開いた大阪の友人を思い出させる、大人のためのスロウ・ジャム【3/6更新】THE BLUE HEARTS『THE BLUE HEARTS』あのころ、「終わらない歌」に共感したソウルメイト、チャーリーはいま……【2/21更新】ジェイムス・テイラー『Mud Slide Slim and the Blue Horizon』ジェイムス・テイラーを聴くと思い出すのは、喫茶店で知り合ったジェイムスのこと【2/14更新】クルセイダーズ『ストリート・ライフ』クルセイダーズのヒット作が思い出させてくれるのは、学校帰りに立ち寄ったコーヒーショップの記憶【2/7更新】トーキング・ヘッズ『Remain in Light』タズタに引き裂かれていた気持ちを盛り立ててくれたのは、圧倒的なアフリカン・ビート【1/24更新】ザ・ローリング・ストーンズ『Beggars Banquet』サイケデリック路線から原点に回帰。個人的にも最高傑作だと感じている1968年の奇跡【1/17更新】ジョー奥田『Tokyo Forest 24Hours』「人工の森」である明治神宮の“音”をバイノーラル・レコーディングした作品【1/10更新】マンハッタンズ『Atfer Midnight』高校3年生の春、学校帰りに駅前のレコード店で買った極上のソウル・ヴォーカル・アルバム【12/20更新】イーグルス『Please Come Home For Christmas/Funky New Year』オリジナル・アルバムは収録されていない、知られざるクリスマス・ソングとニューイヤーズ・ソング【12/13更新】KISS『キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss』ファイナル・ツアーを開催中の“地獄の軍団”が、45年も前に生み出した完成度抜群のファースト【12/6更新】ノーティ・バイ・ネイチャー『Poverty's Paradise』当時の記憶をも呼び起こす、90年代のヒップホップ全盛期を代表する傑作【11/22更新】ボブ・ディラン『ストリート・リーガル』評価は高くなかったけれど、いま聴きなおせば完成度の高さを実感。個人的にはいろいろな思いがある作品【11/15更新】スモーキー・ロビンソン『Yes It’s You Lady』普通のことを普通にやっているだけ。だからこそ長く聴き続けられる、スモーキーの隠れ名盤【11/8更新】ジャクソン・ブラウン『Running on Empty』さまざまなシチュエーションで録音された音源とライヴ・シーンが交錯する、魅力的な作品【10/25更新】マーヴィン・ゲイ『What’s Going On Live』「10歳だったあのころ、海の向こうでマーヴィン・ゲイが歌っていたのか」と思いを馳せると……【10/18更新】トム・ウェイツ『Heartattack And Vine』20代のころの大切な仲間を思い出させてくれもする、地味ながらも心に染みるさくれた名作【10/11更新】チェット・ベイカー『イン・トーキョー』メ映画「マイ・フーリッシュ・ハート」が思い出させてくれた、東京のチェット・ベイカー【10/4更新】プリファブ・スプラウト『From Langley Park to Memphis』メロディが魅力を失いつつあった時期に、メロディの美しさを見せつけてくれた秀作【9/20更新】ザ・カーズ『Heartbeat City』リック・オケイセックの訃報がきっかけで聴きなおした“Drive”が、思い出させてくれたこと【9/13更新】ジェイムス・テイラー『The Warner Bros. 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