【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第9回

2020/04/24

記事一覧


第01回
第02回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
第03回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
第04回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
第05回  レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~
第06回  ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方
第07回 ボーカルにまつわるエンジニアリング
第08回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷
第09回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷 その2
第10回 レコーディングにおけるAI技術の活用
第11回 AI時代を生きるこれからのクリエイターに求められる資質




前回の執筆時から大きな進展のないコロナ禍で、先の見えない状況ではありますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


当初はライブやイベントほど影響は受けていなかったレコーディング業務や都内スタジオ営業ですが、今では営業を休止しているスタジオやレーベル・レコード会社も増えている状況です。
世の中全体がこの閉塞感から早く抜け出せることを願っております。


竹内アンナをゲストに迎えたスタジオライブレコーディング

前回の記事でもチラッと触れさせていただきましたが、3月20日に大阪YES THEATERで開催予定だった『agehasprings Open Lab. in Osaka ライブ&レコーディングワークショップ』が中止となり、都内某レコーディングスタジオでのスタジオライブレコーディングワークショップに形を変え、実施致しました。


イベント会場で観客の方たちの前で披露する形から、自分も普段から利用しているレコーディングスタジオで、限られた人数のスタッフの中で行う事になった分、「勝手知ったる」的な気分で出来るかなと思いきや、代わりに撮影が入っているので気分はさほど変わらず、でした(笑)

作業中の所作が全て凝視されているような気分で、普段のレコーディングでは味わうことのない緊張感での撮影でした。と(録)る事には慣れっこですが、と(撮)られる事は何度やっても慣れないですね(笑)このワークショップの様子は動画にて配信されております。


この動画での様子が一般的なレコーディングや楽曲制作の全てではありませんが、普段あまり目にすることのない我々レコーディングエンジニアの作業の様子を垣間見る事が出来ますので、是非ご覧いただけたらと思います


ナナヲアカリ「MISFIT」「note:」

あと、参加させていただいた作品の告知も一つ。
4月8日リリースの、ナナヲアカリ ミニアルバム『マンガみたいな恋人がほしい』に収録されている、「MISFIT」「note:」のレコーディング&Mixを担当致しました。


ナナヲアカリ『マンガみたいな恋人がほしい』

今回、ナナヲアカリさんとも制作陣とも「はじめまして」でのレコーディングだったのですが、求めているサウンドの方向性などはお話していてすぐに合致したので、レコーディングは非常にスムーズに進みました。曲調としても対照的な2曲だったので、それぞれの曲に合ったマイクに変えて録音しております。インストに対しての歌の在り方(位置や歌そのものの重心など)、そして連載第一回目に触れた「歌の輪郭、インストとの境界線」など。この2曲だけ特別に意識したわけではないのですが、完成イメージから逆算し、それに向けての舵取りの第一歩であるマイク選択。その微妙な舵取りの違いをハイレゾならではの解像度、再現性で楽しんでいただけたらと思います。


今使える技術を駆使して(結果として)良いものにする


さて前回、ボーカルエディットの賛否、特にピッチ修正の部分について触れたので、その続きをお話していきます。


前回の最後に「否定派によくある理由も、線引きのポイントや見る単位の大きさ次第ではないか」という自分の意見をお伝えしました。ピッチ(音程)修正を「ないものを作り出す作業」、いわば「捏造」のような言い方をするのであれば、テイクの切り替えも見る単位によってはそう捉えることが出来てしまうのではないか?更に掘り返せば、「Mix時に特定の箇所だけボリュームを変えるなんて…」「いやいや!そんな事を言ったら、マルチトラックで別々に録って後でMixでバランスを取り直すなんて行為自体が…!」と、いくらでも線引きのポイントを変えてしまえると思うんです。


歌詞一文字、一音符を作り変えるのか(=ピッチ修正)、フレーズを作り変えるのか(=テイク切り替えやパンチイン)、歌や楽器の在り方を変えるのか(録音〜Mix)、見る単位やポイントが変わればどれも「”本来そうやってないもの”を作る作業」と見ることが出来ますよね。そうなると現代レコーディングそのものを否定することになりかねません。「生演奏をリスナー視点で聴く」ということを究極とするならば、マルチマイキング・マルチトラックレコーディングというもの自体が不自然な行為・作り上げられたもの、と考えることが出来てしまいますから。

また、自分がアシスタントの時代、まだピッチ修正がそこまで普及していなかった頃に「歌テイクのニュアンスを採るかピッチを採るか」の場面に何度も遭遇し、ニュアンスや発声などは最高なのに音程がイマイチで泣く泣く採用されなかったテイクがあったり、音程ばかりを優先していて「いや…確かに音はちゃんと当たってるけど…そのテイクでいいの?ホント…?」と内心思ってしまうような経験もありました。もちろん逆のパターンも。


それが今では「こっちのテイクを使うならあのテイクでピッチを直したほうが結果が良い」という、より積極的な選択が出来るようになったので、自分としては良いことなのかなと思っています。あくまで作品(結果)として良いものを第一に選択できるようになった、ということですよね。

なので、自分はエンジニアとして、要求があれば「今使える技術を駆使して(結果として)良いものにする」という意識を第一にやっています。「良いもの」というのは音響的・音質的だけでなく、音楽的・感覚的視点も含め、総合的にという意味です。


ただ、ボーカリストの方には ”直す前提” でレコーディングに臨んで欲しくはないですね。究極を言えば、一切の編集作業無しで「ツルッと一本でOKなものを歌ってやる!」くらいの気持ちでいて欲しいです。そして、ボーカルダイレクションをする人は、ボーカリストを最高のパフォーマンスに導き、良いものを拾い上げ、エンジニアは〜(前述の通り)、というように、それぞれがそれぞれの役割のベストを尽くそうとする過程で、もし ”そういった作業” が必要になった時には遠慮せずに使う。これが自分にとって、斯くあるべきボーカルレコーディングの姿です。


なので、極端な表現になりますが、決して「どうせ直せるんだから適当でいいんでしょ」なんて意識では絶対にいて欲しくない、ということです。


しかし、これだけ当然のように修正が出来る状況であれば、そうなるつもりは無くても、無意識に甘えてしまう部分はあるのかも知れません。我々エンジニアも、テープからDAWになったことで録音後のトリートメントがしやすく、それに頼るようになっているようです。「DAW世代のエンジニアは録音時の詰めが甘い」なんて言葉も聞いたことがあります。そういった意味でも、緩んだ帯を締めるかのごとく、このような話題に議論や賛否が適度に湧くのは良いことなのかも知れませんね。

 

先程「世代」という言葉を使いましたが、それによる解釈や賛否の差はあるかも知れません。自分の世代、00年前後にこの世界に入ったエンジニア達はテープからDAWへの過渡期、ピッチやリズム修正が当たり前になっていく変遷期の真っ只中にアシスタントをやっていた世代です。なのでちょうどこの世代を境に賛否の割合は逆転するのではないかなと思っています。若い世代は抵抗が少なく、上の世代は否定派が多いのではないかな、と。やはり一人前になる前から既にある技術と、一人前になってから出てきた技術では受け入れやすさも違うでしょうから。


というところから考えると、今まさに発展途上段階であり、音楽に限らず今後爆発的に普及していくであろう「AI」の技術は、今後レコーディングの世界に物議を醸していくことになりそうですね。既に音楽・音響の分野でAIはかなり身近になってきています。自分もまだまだ調べていかなければと思っている技術ではありますが、次回はその「AI」についてお話が出来ればと思っております。


◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

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