【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第8回

2020/03/27

記事一覧


第01回
第02回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
第03回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
第04回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
第05回  レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~
第06回  ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方
第07回 ボーカルにまつわるエンジニアリング
第08回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷
第09回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷 その2
第10回 レコーディングにおけるAI技術の活用
第11回 AI時代を生きるこれからのクリエイターに求められる資質




皆様、ご無沙汰しております。
先月はレコーディングスケジュールの関係でお休みさせていただきました。

レコーディングの作業自体はそこまで影響を受けてはいないのですが、だからといって油断は出来ないなと思い、日々の体調管理、衛生管理に気を払っております。一日でも早く平穏な日常が戻ってきてもらいたいものです。

当日のスタジオの様子。ゲストアーティストに竹内アンナさんを迎えスタジオライブレコーディングを実施しました。


安田レイ『Re:I』をハイレゾで


ここで、近況報告も兼ねて、最近参加させていただいた作品を紹介させていただきます。今月の3月にリリースされた安田レイのニューアルバム『Re:I』です。収録曲全てに参加させていただきました。

 

リリース直後にCDで盤を聞いていたのですが、執筆にあたって改めてハイレゾでの試聴をしてみて、ちょっとビックリしました。正に「Mixしていた時の印象そのまま」でした。

左右の広がり、奥行き、センター定位のボーカルやリズム隊の押し出し感など、「あぁ、あの時あんな事考えて、こうしたくて色々弄ってたな」というのを鮮明に思い出しました。CDや圧縮音源特有の「”収められた” 感じ」がなく、頭で分かっていながらも、この再現性の高さには改めて感激しますね。

新録曲で自分がRec&Mixをしたものが2曲ありまして、M7「赤信号」と、アルバムタイトルにもなっているM12「Re:I」です。「90年代と今っぽさと」をテーマにMixした「赤信号」、壮大さやスケール感を意識した「Re:I」、”収められていない” ハイレゾならではの再現性でお楽しみいただけたら幸いです。

テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷


さて、昨今の音楽・レコーディングでは、録音したパフォーマンス(演奏・歌唱)の編集や修正が当たり前に出来るようになって久しいですね。しかも、その精度や質の向上はもちろん、それまで難しいと思われていたような事が簡単に出来るようになったりと、テクノロジーも日進月歩で向上しております。リスナーの皆さんのデジタルオーディオ環境がCDからハイレゾに進歩していったように、レコーディングを取り巻くデジタルオーディオの音質も日々進歩していますが、それに引けをとらない速度で修正技術も進化しています。今回はレコーディングにおける『ボーカルの修正・編集』についてお話し、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

それこそ、テープを直接(物理的に)切り貼りしてテイクを繋げる ”元祖” の編集作業というのは、自分がこの仕事を志す遥か前から存在していましたし、キャリア2〜3年目の頃に仕事で実際にやった経験も何度かあります。

唯一無二のOKテイクが録ってあるテープを直接切り貼りする作業だったので、初めて刃を入れる時は手の震えが止まらなかったのを鮮明に覚えています。しかし、世代からするとこの経験を出来ていない人もきっと多いので、「あの経験は貴重な財産になっているんだろうな」と今になって思います。

また、自分のキャリアスタートの頃は、録音はSONY PCM-3348に代表されるデジタルマルチテープレコーダーが主流で、パンチインでの部分録音やピンポン(※1)を駆使してのテイク編集が、「アシスタントの一番の見せ場!」とも言える時代でした。そこから1〜2年もしないうちに、録音・編集作業は現在の主流のコンピューターベースのDAWに移行していくわけですが、この頃から、今でも物議を醸す「ボーカルのピッチ(音程)修正」技術が一気に加速します。

今なお物議を醸し続ける「ピッチ・リズム修正」問題


DAWの普及以前から「ピッチシフト」という技術はありましたが、それまではまだ「エフェクトの一部」という認識が強く、ボーカルの編集に利用するのは極々限定なものだったようです。EVENTIDE社の名機「H3000」が有名ですが、自分はH3000を使ってピッチ修正をしたことはありません。現場でやり方を教わりながら、やってるのを一度だけ見たことがあるのみです。

今ではエフェクターの立ち位置ではなく、音程がグラフィカルに表示され、完全に「ピッチ ”修正”」に特化したソフトが各社から出ています。Antares社の「Auto-Tune」が草分け的存在で、2000年代はほぼAuto-Tuneの独壇場だったと思います。今ではCelemony社の「Melodyne」が台頭し、Auto-TuneとMelodyneがボーカル修正の2大ソフト(プラグイン)と言えるのではないでしょうか。

Auto-Tuneが普及し始めた頃と比べてみると、作業性・音程検出精度・音質などは格段に向上しています。今振り返ると「良くあんなのでやってたなぁ」とボヤいてしまうくらい「直した跡」が分かる音質だったり、思ったような結果にならなかったり、でした。今では全編直していても「直した箇所が分からない」「直した感じがしない」クオリティになっていますし( 直す人次第ではありますが)、もはやそれ前提でレコーディングに臨む現場も当たり前となっています。

なのに、未だに「ピッチ修正」というのは賛否両論があり、物議を醸し続ける永遠のテーマのような存在になっています。H3000が1986年に発売されてから30年超。3348のオペレート並にAuto-Tuneを使うことがアシスタントの当然のスキルとなってから数えても20年弱。マルチトラックテープレコーダーが主流となり、世の中の潮流がDAWに変わるまでの歴史とも遜色ない期間を経ようとしているのに、です。

レコーダーがテープからDAWになること、Mixの作業がコンソール(卓)から「IN THE BOX」、つまりDAW内で完結するMixになることは、今や「良いか悪いか」ではなく「好みの問題」に到達した、と自分は思っています。現にIN THE BOXを否定していたベテランエンジニアさん方が次々と移行していくのを目の当たりにしています。しかし「ピッチ・リズム修正」に関してはそうならない…。

否定派の意見で多いのは「テイクの切り替えは、演者が実際に”そうやったもの”を使ってるからOK。でもリズムやピッチ修正は ”そうやっていない” ものから作るからダメ」というものです。捏造に近いニュアンスでしょうか。

視点をずらし、見方を変えれば考えも変わる


ここからはあくまで私見なのですが、自分も最初はその意見を当然のように「うん!それは確かにそうだ!」と思っていました。でも、そこから数え切れないほどの曲や歌に触れていくうちに、また様々な人達との出会いや、そこから音楽に対する色々な考え・哲学を学んでいくうちに、上記の意見を「果たして本当にそうなのか…?」と思うようになりました。

「作り上げられたものである」とか「ナチュラルなパフォーマンスではない」という点を否定するつもりはありません。ただ「テイク切り替えはOKだけどピッチ・リズム修正はNG」という線引きに疑問を感じる、ということです。

前述のとおり、レコーディング機器の発達は、出来ること・やれることの幅を広げたと同時に「出来る作業の単位」をより小さくしていきました。マルチチャンネルのトラック数が増え、同時に立てられる(別々に録れる)マイクが増え、どれかのトラックの一箇所だけ録り直せるようになり、編集もAメロ・サビなど、ブロック(セクション)単位から小節や歌詞の行・フレーズ単位になり、更には音符や文字単位、今では1文字や1音符以下での編集が容易に出来てしまいます。

テープの時代だったら同じトラックにまとめていたであろう同楽器で別音色のものも、今では制限を気にすることなく別トラックに収録することも多いです。音程修正も、H3000の頃は長い音を除いてせいぜい一つの音符を丸ごと「どれくらい上げるか(下げるか)」しか出来なかったものが、今やフレージングを作れるどころか、ポリフォニック(※2)でも(まだ限定的ではあるが)その構成音それぞれを変えられる段階にまで発展しています。

ということは、「どの単位で見るかで、”そうやったもの” なのか、”そうやってないもの” なのかの見方はガラリと変わるんじゃないか?」と、自分は思ったわけです。例えば、歌のテイク切り替えをしたとしたら、生のパフォーマンスでは ”その歌い方” から “その歌い方” はしなかった、もしくは出来なかったわけで、それはすなわち、大きい単位で見たら ”そうやってない” ものに含まれるのではないかな?と。

…ここから更に話していきたいところではありますが、
思っていたよりもボリュームのある内容になってしまったので、以降は次回に持ち越させていただきます(笑)


※1 任意のトラックからトラックへコピーすること
※2 複数の音(音程)が重なって鳴っていること




◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

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