HOME ニュース 【2/7更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2020/02/07 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 トーキング・ヘッズ『Remain in Light』ズタズタに引き裂かれていた気持ちを盛り立ててくれたのは、圧倒的なアフリカン・ビート トーキング・ヘッズ『Remain in Light』について書こうと思ったのは、つい数日前のこと。とくに理由はなく単なる思いつきなのですが、いずれにしても、まずはこの作品が出た1980年10月の自分に思いを馳せてみることにしました。「あのころ、自分はなにをしていたんだけ?」って。しかし残念なことに、時期的にはあまりいいことを思いつくことはできませんでした。心のなかに薄暗く、もやっとした霧のようなものがかかっているような感じで。原因は、その前年の1979年10月にありました。高校2年生だったそのころ、祖母の火の不始末で、家が火事になってしまったのです。以前にも書いたことがあるので詳細はそちらに譲りますが、精神的ダメージは決して小さくありませんでした。僕は9歳のときに大怪我(脳挫傷で20日間意識不明)をして死にかけたことがあり、そのあと露骨に態度を変える人たちもたくさん見てきたので、「人生って、うまくいかないものなんだな」と確信するしかなかったのです。そのため以後数年は、「生きていくうえでは、数年に一度の割合で不幸が訪れるものだ」と“本気で”信じていたものです。出口を失った状態で、どんどん意識が内面に向かっていきました。いわゆる“陰キャ”とはちょっと違い、表向きは普通の少年だった(と思う)のですが、心のなかにはドロドロとしたものが渦巻いていたといいますか。ある意味でそれは青春時代にありがちなことで、僕だけが特に不幸だったわけではないと、いまなら理解できます。しかし怪我だ火事だと、普通の人が体験しないような派手なことばかりが起こったので、やはり疲れていたのです。そのせいか高校3年のころからはニュー・ウェイヴのようにエキセントリックな音楽を聴く比率が増えていったように思います。一方ではAORなども聴いていましたからバランスもヘッタクレもありませんが、AORでもニュー・ウェイヴでも、どちらかといえば感傷的なものを好んで聴いていたような気がします。大学受験に失敗し、一浪して入った大学も中退したりして、さらに気持ちは荒れていったしな。中途半端な自己憐憫以外のなにものでもありませんが、どうあれ、そんな自分にガツンとインパクトを投げかけてきたのがトーキング・ヘッズの『Remain in Light』だったのです。1978年の『More Songs About Buildings and Food』、その翌年の『Fear of Music』に続き、ブライアン・イーノがプロデュースを手がけた作品。それら前2作からも感じられたファンク志向は、このアルバムで完成の域に到達したといえます。ポリリズミックなギター・リフが強力なオープニングの“Born Under Punches(The Heat Goes On)”が聞こえてきた時点で、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られたような、あるいはそれ以上の衝撃。この時点で完全に心を奪われてしまいますが、以後も前半は“Crosseyed And Painless”“The Great Curve”“Once In A Lifetime”と、リズムの応酬というべき楽曲が次々と登場。息つく暇もないほどの疾走感です。かと思えば“Houses in Motion”から始まる後半は、呪術的ですらあるドロッとしたグルーヴ感が圧倒的。アルバム内では比較的地味な“Listening Wind”も、タイトルどおり風の音のようで好きだったなー。というわけで、振り返ってみれば当時の僕は、このアルバムにずいぶん勇気を与えられていたようです。だから、いま改めて聴きなおすと、なんとか這い上がろうとしてはズッコケまくっていた当時の自分のことをいろいろ思い出します。つまり、お世話になったわけですよ、このアルバムには。そしてここを境に、トーキング・ヘッズ愛もさらに大きくなっていったのでした。ところで、トーキング・ヘッズの中核的存在であったデイヴィッド・バーンは、多くの優秀なソロ作品を残したことでも有名です。イーノとの共作である『My Life in the Bush of Ghosts』や、ラテン音楽のエッセンスを凝縮した『Rei Momo』など大好きな作品も多いのですが、個人的に思い入れが強いのは、ファットボーイ・スリムとの共作である2010年の『Here Lies Love』(e-onkyoには2014年にリリースされた、同作のオリジナル・キャスト・レコーディングがあります)。というのも、僕はこのアルバムのライナーノーツを執筆しているのです。つまり、お話をいただいたときには、かつて『Remain in Light』によって僕を勇気づけてくれたトーキング・ヘッズおよびデイヴィッド・バーンに、ささやかな恩返しをするような気持ちになれたわけです。 『Remain in Light』Talking Heads 『More Songs About Buildings and Food』Talking Heads 『Here Lies Love: Original Cast Recording』David Byrne & Fatboy Slim ◆バックナンバー【1/24更新】ザ・ローリング・ストーンズ『Beggars Banquet』サイケデリック路線から原点に回帰。個人的にも最高傑作だと感じている1968年の奇跡【1/17更新】ジョー奥田『Tokyo Forest 24Hours』「人工の森」である明治神宮の“音”をバイノーラル・レコーディングした作品【1/10更新】マンハッタンズ『Atfer Midnight』高校3年生の春、学校帰りに駅前のレコード店で買った極上のソウル・ヴォーカル・アルバム【12/20更新】イーグルス『Please Come Home For Christmas/Funky New Year』オリジナル・アルバムは収録されていない、知られざるクリスマス・ソングとニューイヤーズ・ソング【12/13更新】KISS『キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss』ファイナル・ツアーを開催中の“地獄の軍団”が、45年も前に生み出した完成度抜群のファースト【12/6更新】ノーティ・バイ・ネイチャー『Poverty's Paradise』当時の記憶をも呼び起こす、90年代のヒップホップ全盛期を代表する傑作【11/22更新】ボブ・ディラン『ストリート・リーガル』評価は高くなかったけれど、いま聴きなおせば完成度の高さを実感。個人的にはいろいろな思いがある作品【11/15更新】スモーキー・ロビンソン『Yes It’s You Lady』普通のことを普通にやっているだけ。だからこそ長く聴き続けられる、スモーキーの隠れ名盤【11/8更新】ジャクソン・ブラウン『Running on Empty』さまざまなシチュエーションで録音された音源とライヴ・シーンが交錯する、魅力的な作品【10/25更新】マーヴィン・ゲイ『What’s Going On Live』「10歳だったあのころ、海の向こうでマーヴィン・ゲイが歌っていたのか」と思いを馳せると……【10/18更新】トム・ウェイツ『Heartattack And Vine』20代のころの大切な仲間を思い出させてくれもする、地味ながらも心に染みるさくれた名作【10/11更新】チェット・ベイカー『イン・トーキョー』メ映画「マイ・フーリッシュ・ハート」が思い出させてくれた、東京のチェット・ベイカー【10/4更新】プリファブ・スプラウト『From Langley Park to Memphis』メロディが魅力を失いつつあった時期に、メロディの美しさを見せつけてくれた秀作【9/20更新】ザ・カーズ『Heartbeat City』リック・オケイセックの訃報がきっかけで聴きなおした“Drive”が、思い出させてくれたこと【9/13更新】ジェイムス・テイラー『The Warner Bros. 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