【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第7回 ボーカルにまつわるエンジニアリング

2020/01/31

記事一覧


第01回
第02回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
第03回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
第04回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
第05回  レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~
第06回  ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方
第07回 ボーカルにまつわるエンジニアリング
第08回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷
第09回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷 その2
第10回 レコーディングにおけるAI技術の活用
第11回 AI時代を生きるこれからのクリエイターに求められる資質




新年、あけましておめでとうございます!
昨年から始めさせていただいた当連載も無事年を越すことが出来ました。今年も引き続き皆様が楽しめる内容となるよう頑張りますので、何卒よろしくお願い致します!

ボーカルにまつわるエンジニアリング

ここ最近はボーカルレコーディング(ボーカルダビング)についてお話をしていましたが、主に進行などの制作面の内容が中心だったので、今回はもう少し「エンジニアリング」に寄ったお話をしようと思います。

とはいえ、前回もお話をしたようにボーカルレコーディングでやれることはそこまで多くありません。立てるマイクも通常は一本ですし、マイキング(狙い方)の幅も限定的なので、マルチマイキングの極みである(と自分は思っています)ドラムレコーディングのように、「マイキングと位相との戦い」「エンジニア次第で驚くほど音が違う」というような事は起きにくいです。また、アコースティックギターもマイク1本で録ることは良くありますが、こちらはマイキングの幅も広く、それ次第で如実に音が変わってきます。適当に狙っただけだと、生で聞いた音と同じ楽器(個体)に聞こえない、というくらいには変わってしまいますね。

ちなみに「位相」というのは、ざっくりいうと「”音の波の周期” みたいなもの」と思ってください。音源との距離がそれぞれ異なるマイクを複数本立てることで、録られた音に大なり小なり必ず周期のズレが生じます。そのズレ具合を適切にコントロールしないと、その後の作業で非常に扱いにくいトラックとなってしまうので、レコーディング全般で非常に神経を使う部分です。

 

テレビやMV、またはそれのメイキング映像などで、ボーカルレコーディングのシーンは皆さんも良く目にするのではないでしょうか。あのシーンでのボーカリストとマイクの位置関係や距離感、あれがごく標準的なマイキングです(オペラ等クラシックや、セリフやナレーション録りはもっと遠い場合も多いですが)。


あれは楽器のマイキングと比較してもかなり近め(オンマイク)なセッティングです。標準的なレコーディングブースであれば、あのセッティングで録ればほぼ部屋鳴り(残響音)が入り込まず、直接音のみのいわゆる「ドライ」で「デッド」な録り音になります。ですので、位相管理や「部屋鳴りをどの程度入れるか」といった点はあまり考慮しなくて良いので、その点は非常に扱いやすいと言えるでしょう。あらゆるトラックの中で最も「とっつきやすい」「敷居の低い」レコーディングだと思います。

良い音に昇華させる一つの要因としてのダイナミクス

とっつきやすく、レコーディング経験の少ない人が録っても、比較的容易に「それなり」に録れるボーカルですが、だからこそ「良い音」に昇華させるのは逆に難しい事だと自分は思っています。やれることが少なくても良いエンジニアの録った音(歌)はやっぱり違うんです。その要因として一番関係するのが「ダイナミクス」に絡む部分ではないでしょうか。


「ダイナミクス」というのは音の大小の ”差” です。音が単に大きくても小さい部分との差が少なければ、それは「ダイナミクスが小さい」ということになります。そこで、前半でお伝えした話に戻りますが、あの「ボーカルの標準的なマイキング」というのは、様々な理由からあれが現在の主流となっているものの、実はボーカルが持つダイナミクスの割にはかなりオンマイクなセッティングだと自分は感じています。その為、声を張った時のレベルオーバーや歪みが発生しやすいため、適切なレベル設定が他の楽器よりも難しくなるのだと思います。


金管楽器もダイナミクスの割にマイクがかなり近めで録ることが多く、自分の中では、ボーカルと金管楽器(特にトランペット&トロンボーン)は、録音時に最もダイナミクスに神経を使うレコーディングの筆頭です。


レベル設定は、プリアンプとコンプレッサーとの合わせ技です。基本となる録音レベルをプリアンプで決め(以降は大抵固定する)、コンプレッサーはそこからダイナミクスのバラつきを整え、レベルオーバーを抑制し、録音レベルを揃える役割をします。「じゃあコンプレッサー通しておけば楽チンじゃん!」と思われる方も多いかもしれませんが(笑)、過大入力による歪みはコンプレッサー自体でも発生しますし、歪みが出なくとも、コンプレッサーのセッティング次第でボーカルの音像が更に良くも悪くもなります。そして、コンプレッサーで音像や質感が悪化すると、その後戻すのは至難の業です。


また、「ダイナミクスを揃える=大小差を減らす」なので、それも度を超えてしまうと抑揚のない平坦な歌になってしまいます。音響特性上求めるものと歌や音楽として求めるものは必ずしも一致しない、それどころか相反する場合もあるので、その絶妙な、良い意味での「妥協点」を見つけ出すのもエンジニアの腕にかかっています。

マイクや機材の種類とコンプレッサー処理、これらで録り音の総合的なクオリティの大部分が決まると思います。イコライザーは、もちろん積極的に使用する人もいますが、自分は様々な理由から、録音段階で使用することは稀です。イコライザーで質感を変えるくらいなら、マイクや機材の変更を試します。それでも決めきれない時、選択肢が乏しい時、現場の他の人と意見が合わずに使いたいマイクが採用されなかった時(笑)、などに「やむなくEQで最低限補正する」という感じですね。ちなみに、ボーカルレコーディングでのマイクの選択は、エンジニアの独断ではなく皆で相談しながら決めることが多いので、上記のような「使いたいマイクが選ばれなかった」といった事態も起き得るのです(笑)。

フェーダーワークにかける想い

自分の場合は、これに「フェーダーワーク」が入ります。フェーダーを使っての細かいレベル調整ですね。ダイナミクスコントロールをコンプレッサーに頼りすぎず、歌を聞きながらずっとフェーダーを動かしている状態で録っています。


Mixの時にフェーダーの上げ下げ情報をDAWや卓に記憶させて細かくレベルを調節する、というのは大抵皆がやることなのですが、録音中にそれを手動でやる人はかなり少ないでしょう。コンプレッサーの動作は「設定値以上の音量を抑え込む→大小差を圧縮する」のが基本なので、小さい音には無反応ですし、100%完璧に音楽的な意図通りに動作をしてくれるわけではありません。しかもコンプレッションが掛かりすぎた時には音像・質感の崩れや歪みというリスクもあります。

 

なので、もうちょっと音楽的な意図も入れられ、瞬時に上げ下げができ、コンプレッサーに送るレベルを事前に調節できる、という目的でフェーダーを使っています。前述のように、ボーカルは比較的簡単に「それなり」に録れてしまうことから、「誰が録っても大して変わらんでしょ?」と思っている人は少なくないと思います。実際にそういう言葉を直接聞いたこともありますし…。だからこそ、自分は他の人があまりやらない方法で、「あの人に録ってもらうとやっぱり違うよね」と言わせたい、という想いもあり、この手法でずっとやらせてもらっています。

フェーダーを毎回使うようになってから、「歌を聞く」という意識が強くなったのか、色々なことに気付くようになり、その蓄積はキャリアの中での大きな財産となっています。また、今までに気づいたこと・分かるようになってきた事で「面白いなぁ」「奥が深いなぁ」と思った一つが、「母国語と声質・発声の関係」です。こうやって一言で言ってしまうとあまり深そうには聞こえませんが(笑)、自分の中ではまだ理屈で説明しきれないほど予想外の事や新たな発見がある分野(?)ですね。


というのも、自分が普段から安田レイさんのレコーディングに密に関わらせていただいているのが理由かもしれません。彼女の歌はソロデビュー以前を含めて10年以上録らせて貰っていますが、日米のハーフで英語&日本語共にネイティブな、完全なバイリンガルなので、録っていてやはり「何かが違う」んです。母国語が日本語の人とも違う、でも完全な英語圏の人とも違う…。マイクの選定もあまりセオリーや予想通りにならない…。一言で言い表せないくらい ”独特” なんです。このお話も折をみてどこかで詳しくお伝え出来たら、と思います。


そんな彼女の最新の作品が「アシンメトリー」です。

安田レイ『アシンメトリー』

今回お話した「ボーカルにまつわるエンジニアリング」と共に、自分が感じている「彼女独特の歌」とはどこなのか、を是非ハイレゾならではの高音質で、探しながら聞いていただければと思います。


◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

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