【1/31更新】印南敦史の「クラシック音楽の穴」

2020/01/31
印南敦史のクラシック・コラム「クラシック音楽の穴」。ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
敏腕DJ以上に仕事が速かった作曲家がいる

アントニオ・ヴィヴァルディ


ヒップホップの世界には、「トラックメーカー」という立場の人がいます。その名のとおり、トラック(リズム・トラック)をつくるクリエイター。

もしかしたら、「リズム・トラックをつくるだけなら簡単じゃん」とツッコミを入れたくなるかもしれません。しかし実際には各人に真似のできない個性があり、才能にあふれたトラックメーカーのサウンドは、数秒聴いただけですぐにわかるような個性が備わっているものなのです。

1990年代初頭に、ニューヨークのあるトラックメーカー兼DJに取材したことがあります。彼のサウンドはとてもかっこよかったのですが、音楽関係者はそれを小難しい理屈によって論じていました。

「彼のサウンドのルーツはアフリカ音楽にあり……」みたいな感じで。その人、プエルトリカンだったんですけどね。

それに会ってみると、基本的に本人は理屈とは無縁。アフリカ音楽のルーツがどうとかなんて考えてなかったし、「1日に3曲ぐらいつくっちゃうんだぜー!」とか言ってたしな。

つまり理屈の問題ではなく、純粋な音楽好きだったわけです。でも、それって重要なことではないかと思います。なのに識者(皮肉です)は、もっともらしい“理由”をつけたがるものなんですね。

できあがった音楽が素晴らしすぎるのですから、それはそれでいいではないですか。

ところでクラシックの世界にも、そのトラックメーカーに匹敵するほど仕事の速い作曲家がおりました(いや、もちろん時代的にはこっちのほうが先なんですけど)。イタリア・ヴェネツィアが生んだバロック音楽の巨匠、アントニオ・ヴィヴァルディ(1687~1742)です。

幼少時から、教会のヴァイオリン奏者を務めていた父親に音楽を教わっていた彼は、1703年に司祭となり、そののちヴェネツィアのピエタ養育院付属音楽学校の教師に。この時期には生徒たちの演奏会のため、多数の楽曲をつくったのでした。

なにしろ、現時点で発見されている楽曲は約650曲もあるというのですから驚きです。しかもそれは、あくまで発見されている曲の数。他にも未発見の作品が相当数あると考えられているらしいので、それが事実ならとんでもない数の曲を残したことになるわけです。

ちなみにその約650曲の内訳は、器楽曲554曲、オペラ40曲以上、宗教曲50曲以上。しかも554曲の器楽曲中、454曲がさまざまな独奏楽器による協奏曲なのだといいます。

454曲の協奏曲中、弦楽器のために書かれたものは330曲。さすがはヴァイオリンの名手ですが、こういう話を聞くと、ヴィヴァルディが「協奏曲の王」「協奏曲の父」と呼ばれていることにも納得できますね。

そんなヴィヴァルディ は自身の仕事の速さを自覚していたようで、「私は、写譜屋(楽譜を書き写す人)が清書するよりも速く作曲できる」と豪語していたのだとか。

協奏曲10曲を3日で書き上げた記録も残されているそうですが、だとすればそのペースは、先に触れたトラックメーカーの「1日に3曲ぐらいつくっちゃうんだぜー!」をはるかに超えていることになります。

となると批判をする人も出てくるもので、後年には「協奏曲をたくさん書いたのではなく、ただ書き換えただけだ」などとも言われたよう。しかし実際のところ、ヴィヴァルディに楽曲は似ているように見えても、同じ書き方をしたものはないのだそうです。

まぁ、目立つ才能の持ち主は嫉妬されるということなのでしょう。でも優れた音楽には、理屈や嫉妬には超えられない力があるものですよね。

ところでヴィヴァルディといえば、すぐに思い浮かぶのは「春」「夏」「秋」「冬」の4つの楽章で構成される協奏曲集『四季』。音による描写力が飛び抜けているだけに、何度聴いても新鮮さが失われることがありません。

僕が『四季』を初めて聴いたのは、たしか中学1年生のとき。音楽の授業中、先生が(公費で買った)自慢のオーディオシステムで聴かせてくれたのですが、そのときの感動はいまでもはっきり憶えています。

特に「春」には感動したよなぁ。

だからこの季節になると、やっぱり『四季』を聴きたくなるのです。もうすぐ訪れる春への期待に胸を躍らせつつ。



『ヴィヴァルディ:四季』
イ・ムジチ合奏団, フェリックス・アーヨ




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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」

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