【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第6回

2019/12/27

先月は諸事情により休載とさせていただきました。連載を楽しみにしてくださっていた皆様にお詫び申し上げます。

この連載も今回で第6回目となり、気がつけばもう年の瀬ですね。この季節で怖いのはインフルエンザ。皆様大丈夫でしょうか?自分は…見事に貰ってしまいました…!ちょうど執筆に入ろうかというこのタイミングで。罹患・発症から2日はさすがに座ってすらいられなく、ベッドで唸っていましたが、薬のおかげなのか3日目にはもうケロッと。最近の薬の進歩はすごいですね。なので、仕切り直しで机に向かっております。ただ、体調が戻ったとはいえ1週間弱は謹慎なので、レコーディングスケジュールに穴を空けてしまいました。関係者の皆様、大変申し訳ありませんでした。

2019年もあっという間に過ぎた気がします。歳を重ねるごとに1年が短く感じる…光陰矢の如し。あっという間ではありましたが、自分にとっては色々な「広がり」を感じられた1年でした。今まではあまりご縁のなかった方面からお仕事を頂いたり、特にアレンジや制作進行でagehaspringsが関わっていない案件の依頼も増えたり。


そして、こういった「案件の幅」に加えて「仕事ジャンルの幅」も広がりました。そう、この連載です!単発の執筆のお仕事は何度か経験があったものの、連載というのは今回が初めてでした。「まるでタレントみたいだな」なんて思いながら(笑)、色々な方のお手を借りつつ、6回も書かせていただき、書く事を通して新たな発見があり、またそれがレコーディングに良い作用を…という好循環を感じて日々を過ごせています。そのお陰もあって、今年はあっという間な印象が強かったのかもしれません。

ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方

さて、前回から触れているボーカルレコーディング(ボーカルダビング)ですが、進め方は本当に様々なパターンがあります。自分の経験では、ふと思いついたように「今歌っていい?」と言ってブースに駆け込み、一回だけツルッと歌ったものがOKテイク、しかもそれがアルバムほぼ全曲!という方がいましたね。 逆に、1曲を数日掛けて録る、しかも一日10時間以上ブースにほぼ入りっぱなし、という方や、部分的に録ることを極端に嫌がって、「録るときは必ず最初から最後まで歌う」という方も。

 

上記はアーティスト本人が主導の一例ですが、全体的に独特なやり方を多く目にします。一方で、プロデューサー・ディレクター・アレンジャーなどがダイレクションをする場合は、もっとシステマチックといいますか、滞りなく、でもムラのない進行を重視する場合が多いですね。拘りだけで進めたせいで時間が足りなくなったとか、歌わせすぎて途中でアーティストの喉が…なんてことは避けなければいけないからだと思います。

また、たとえ進め方が似ていたとしても、ダイレクションをする人の手腕で、歌がガラッと変わってきます。その人の音楽性・曲や詞の理解・注意点・判断力・提案力・主導力 etc…。もちろんアーティストが一発目で出してきた方向性をほとんど変えずに進めたり、場合によっては好きにやって(歌って)もらったり、なんて場合もあります。

 

一方で、あまり歌えない子などには徹底して歌い方を指示する場合も。ドラマや映画の撮影で、NG連発で監督に怒られながら何度も何度もやり直す ”あのシーン” のイメージでしょうかね(あんな怖い現場はほぼありませんが 笑)。

「誰が録っても同じ」ではない、奥の深いレコーディング

そして、全箇所テイクを録れた後に待っているのが、ダイレクションにおけるもう一つの大きな作業、「セレクト」です。「テイク選び」「OKテイク作り」ですね。ここでも選ぶ人で大きく差が出ます。選ぶ単位も、1番2番、ブロック単位、行単位、フレーズ、単語、文字(ひらがな)、場合によってはそれ以下なんてのも。もちろん細ければ細かいほど繋ぐ作業の難易度は上がるので、我々エンジニアの腕に委ねられますが。選ぶ作業にかける時間も様々ですね。何時間もかける人、パパっと選ぶ人、色々です。

我々エンジニアは普段、ボーカルダビングの日はこんな流れを軸に色々な想定をしてレコーディングに望みます。テイク管理〜選び〜繋ぎ作業でとっ散らかることが無いように作業を進めることが音質管理と同じくらい重要だからです。特にレコーダーの主流がコンピューターベースに移行して久しい今では、アシスタント・エンジニアのいない “ワンオペ現場” が相当な割合を占めていますので、ここで想定・準備を怠ると後で後悔することが多いです(笑)


録音中も常にダイレクション担当者と確認し合いながら進めていかないと、テイク管理の認識にズレが出て、二人の間での話が合わなくなってしまったり、作業そのものがチグハグで作業テンポの悪い進行になってしまったり…。というところから、ボーカルダビングはダイレクション担当者とエンジニアの「連携」の重要度が非常に高い作業です。

エンジニアリング(音作り)の話をすると、ボーカルダビングでやれることはそこまで多くないと自分は思っています。楽器のレコーディングよりマイキングのバリエーションは限定的ですし、ブースの鳴り(響き)を一緒に録るようにする事もほとんどないですし、イコライザーを入れて積極的に音を作る割合も低いです。


だからといって「誰が録っても同じ」では決してありません。良いエンジニアが録った歌はやはり良い。後のMixのしやすさなども段違いです。自分も、限定的なマイキングの中にも状況に応じた調整方法や拘りは当然あります。ボーカルは「悪くない音」にするのは比較的容易ですが、そこから「良い音」にするのは難しい、奥の深いレコーディングだと自分は思っています。


リバーヴ5年、コンプは10年?!

ではどこで差が出るのか?一番は「コンプレッサー」じゃないでしょうか。マイクプリアンプとレコーダーの間に入れる機材で、主な役割はレベルコントロールです。任意で設定したレベルを超える音量で音が入って来た時のみ、自動でレベルを抑え込みます。結果、レベルの大小の差が狭まる(圧縮される)ので、コンプレッサーと呼ばれています。リミッターと呼ばれることもありますね。


声のように大小差が大きく、音の立ち上がりが比較的早い音源にとっては、レコーダーの過大入力を防ぐために必須とも言える機材ですが、抑え込む際の挙動次第で音像・音質に多大な影響を与えるため、歌が台無しになる危険性も孕んでいます。歌のニュアンスも潰しかねません。しかも機種(モデル)によって挙動や音像・音質が全然違うので、機材を熟知もしくは特徴を即座に把握しないと大失敗をする可能性も高いです。


音が破綻しないようにするとレベルコントロールの役割が弱くなり、委ねすぎると音が台無しになるかもしれない。その ”塩梅” は経験で身につけるしかありません。なので、ある一定のセオリーはあるものの、設定はエンジニアによって様々です。極端に大きい音だけを抑えるようにする人、常にかかっていながらも音像が崩れにくい絶妙な設定をする人、音像の変化を積極的な音作りに活用する人、などなど。曲調で変える事も良くあります。


自分は乃木坂のスタジオに入社当初、先輩に「“リバーヴ5年、コンプ10年”って言われてるからな!」なんて言われ、「そんなにかかるのか…大変だな…先は長いぞ…!」と思っていましたが、まあ…20年近く経った今でも使いこなせてる気はしません(笑) それくらい奥の深い機材なのです。また、コンプレッサーは今後ご説明するMixでも大活躍をします。

今回は、前回から更にボーカルダビングについて踏み込んでみましたが、お話したダイレクションや音質管理に関して良い参考になりそうなこちらの作品をご紹介します。


佐藤千亜妃『planet』に収録されている「空から落ちる星のように」「FAKE/romance」「You Make Me Happy」の3曲のボーカルを録らせていただいていて、「FAKE/romance」はMixもしております。

佐藤千亜妃『PLANET』

ダイレクションはagehasprings/onetrapのスタッフで、一緒にレコーディングをするようになってもう10年になりますので、お互いの連携はバッチリ。そのコンビで挑んだ3曲です。佐藤さんご本人も気に入ってくださったこのコンビが録った歌と、他の曲の歌との違いを是非聴いてみてください。


そして、3曲の中でも曲調に合わせて録り方を大きく変えております。マイクは同じ(ご本人の希望)ですがコンプレッサーの設定が全く違います。Mixをしているエンジニアがバラバラなので純粋な比較にはなりえませんが、録りの段階から積極的に音像作りをしている「FAKE/romance」を中心に、色々と比較してみていただけたら嬉しいです。

【バックナンバー】
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第1回
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第2回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第3回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第4回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第5回 レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~

◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

 

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