【12/13更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/12/13
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
KISS『キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss』
ファイナル・ツアーを開催中の“地獄の軍団”が、45年も前に生み出した完成度抜群のファースト

この原稿を書いているのは、2019年12月12日(木)です。いま、15時半くらいです。

KISSについては過去に『地獄の軍団』と『Alive!』をご紹介しているので、「またKISSかよ」と思われるかもしれません。しかし、「またKISS」について書く理由があるのです。

というのも、熱心なKISSファンならもうお気づきかもしれませんが、きのう12月11日に東京ドームで、KISSの“最後の来日公演”が開催されたから。僕も行ってきたのですが、現在、終演から約18時間半が経過していることになります。

その結果、「どうしても書きたい」という気持ちを抑えられなくなったのです。いや、実は観ているときから、「このことを絶対に書こう」と思っていたのですけど。

といっても、ライヴ・リポートを書こうとしているわけではありません。そうではないのだけれども、観ていたら、いろいろな思いが頭をよぎっていったわけです。

ちょっと恥ずかしいのですが、お約束の“Detroit Rock City”のイントロが流れはじめ、煌々と輝くステージに現れたメンバーの姿が大きなモニターに映し出されたとき、目頭が熱くなってしまいました。

感傷的になっていたわけではなく、KISSと自分にまつわる、さまざまな思い出が一気に押し寄せてきたからです。

2曲目に“Shout It Out Loud”が聞こえてきてときには、中3のときの同級生であるKくんのことを思い出しました。優等生のKくんは僕のようなボンクラとも対等につきあってくれたいいやつで、あのころ、この曲が入っていた『地獄の軍団』のことを話したことがあったからです。

かと思えばジーンが冒頭で血を吐くことになっている“God of Thunder”の演奏中に蘇ったのは、中2のころの記憶でした。集団になじめず、なにかと軋轢を生んでしまいがちだった当時、この曲を大きな音で聴いてストレスを発散していたもので。

また“Let Me Go Rock’n’Roll”のイントロは、高校2年生のときの2人の友人を思い出させ、“I Was Made for Lovin’ You”のギター・ソロは、それを高校の文化祭で完璧にコピーしてみせた1歳年上の従兄弟の記憶を呼び起こし……と、それぞれの楽曲が過去と現在をしっかりつないでくれたのです。

前に書いた、KISS公演終了後のナンパ失敗事件や、従兄弟の家で初めて『Alive!』を聴いたときの衝撃についても同じことがいえますが、自分のなかにKISSの記憶がここまで鮮明に残っていることに驚き、感動したということ。

そして、改めて実感したのは楽曲の完成度の高さです。“War Machine”や“Lick It Up”など1980年代以降の楽曲を除けば、今回も披露された曲の大半は1970年代の曲です。

にもかかわらず、古さをまったく感じさせないし、単に「懐かしいなー」で終わるだけのものでもない。つまり、“いま”の楽曲としても充分に通用するわけです。

たとえば今回もしっかり披露された“Deuce”“Cold Gin”“Black Diamond”は、ライヴで必ず盛り上がる大定番。でも、これらは1974年のファースト・アルバム『キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss』収録曲ですから、驚くべきことに45年も前の曲です。

しかし充分に新しく、パワフルで、活力を与えてくれる。帰宅後にもひさしぶりに聴いてみたのですが、やはり思いは変わりませんでした。

純粋に、それってすごいことだと思います。ですから、2時間20分程度のパフォーマンスはスリルと興奮の連続で、飽きることがなかったのでした。立ちっぱなしでも、まったく疲れを感じなかったしなー。

疲れといえば、彼の疲れは観客の比ではありませんよね。なにしろ重たい衣装と20センチ厚のブーツという、どう考えても動きづらいに決まっている格好で動きまわり、火を吹き、宙を舞うのですから。

ただでさえ運動量はかなりのもので、しかも彼らはもう若くありません。2人のオリジナル・メンバーであるベース/ヴォーカルのジーン・シモンズと、ギター/ヴォーカルのポール・スタンレーは、それぞれ70歳と67歳(ポールは早生まれなので、来月で68 歳)。

あとから加入したふたりは彼らにくらべれば“若手”ですが、とはいえエース・フレーリーのあとを継いだリード・ギターのトミー・セイヤーは59歳、ピーター・クリスの後釜であるドラムスのエリック・シンガーも61歳です。

そう考えると、「最後の来日公演」も仕方がないのかなぁと思うしかないのですが、ともあれ力を与えてもらえたという実感が残ったのです。

さっきも少し触れたとおり、KISSに夢中になっていた中学生時代はうまくいかないことのほうが多く、毎日悶々としていました。中学生のころなんてみんなそんなものかもしれませんが、ともあれ僕の場合、KISSが精神的なはけ口になっていたわけです。少なくとも1977年の公演時には、そんな状態でした。

だから、ステージを見上げながら何度か感じたのです。

「あのころはなにをやってもダメだったけど、42年後に最終公演をこうして観ていられるということは、決して悪い人生ではなかったのかな」と。

かっこつけたいわけではなく、KISSだからこそ、そう思わせてくれたのだと思います。



キッス・ファースト 地獄からの使者 - Kiss (24bit/192kHz)
KISS

 
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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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