四人囃子の名盤『一触即発』の45周年記念リマスターがハイレゾで登場!

2019/12/06
1971年に結成された実力派バンド、四人囃子。その『一触即発』(1974年)はファーストアルバムにして名盤の誉れ高い作品として知られ、国内はもとより、いまや海外の音楽ファンからも高い評価を得ています。当時から日本のプログッシブ・ロックの急先鋒と目された彼らですが、本作からは、いわゆるプログレの枠に収まりきらない強いオリジナリティが伝わってきます。e-onkyo musicでは四人囃子のリーダーでドラマーの岡井大二さん、ハイレゾを含む本作のリマスターを手掛けたビクター・スタジオのマスタリング・チームFLAIR(フレアー)のエンジニアである内田孝弘さんのお二人にインタビューを敢行。あの時代の背景や空気感、本作の曲作りやレコーディング、そして、ハイレゾで甦った45周年記念リマスターの聴きどころなどを存分に語っていただきました。

取材・文◎山本 昇 写真◎e-onkyo music



名盤『一触即発』発売から 45 周年を記念し、再発プロジェクト始動!

『一触即発』/四人囃子


<四人囃子とは>
1971 年に結成された日本のロック・バンド。
結成メンバーは、森園勝敏(G)、坂下秀実(key)、中村真一(B)、岡井大二(Ds)。1974 年にリリースされた ファーストアルバム『一触即発』は、日本のロック名盤の一つとして国内外から高い評価を得ている。1975 年、中村真一脱退後、音楽プロデューサーとしても名高い佐久間正英が加入。森園勝敏の脱退後、1977 年佐藤満が加入し、ポップ・ロック、ニュー・ウェーブやテクノといった同時代的なサウンドも取り入れた。1979 年、活動休止。1989 年に佐久間、岡井、坂下にて再結成し、森園、佐藤を加えた 5 人でのライブ「FULL-HOUSE MATINEE」は好評を博した(このライブの模様を収録した映像作品『FULL HOUSE MATINEE』はDVDで再発されている)。1990 年代以降、活動は沈静化したが、2001 年“ワンステップへの旅"に森園、佐久間、坂下、岡井のメンバーで出演。以降、断続的にライブを活発化させた。
2001年と2008年に発売された BOX セット『From the Vaults』にて再評価の機運が高まり、2017 年には初のアンソロジー集「~錯~」が発売された。




■バンド結成からファーストアルバムの制作へ

--四人囃子の結成当時、バンドとして目指した方向性とはどんなものでしたか。

岡井 『一触即発』を作ったとき、高校からの仲間だったメンバーはまだ二十歳そこそこ。ベースの真ちゃん(中村真一)だけが一学年上の21歳ですね。僕らの10代と言えばロック・レボリューションと言いますか、そういったムーブメントから日本のバンドとしてのオリジナル・ソング、オリジナル・サウンドが誕生し始めていた頃で、そんな息吹を僕らも感じていました。英米のミュージックシーンに対する羨ましさとか憧れはありましたけど、そろそろ日本人としてのアイデンティティを作らなければいけない世代ということですね。1973年に杉並公会堂で行われた初のワンマン・コンサートをきっかけに、『一触即発』というファーストアルバムの制作に向け、バンドとしてオリジナリティを追求し始めていました。

--その頃から新宿ACBや渋谷ジャン・ジャンをはじめ、あちこちのライブハウスに出演していたそうで、四人囃子の高い演奏力はそうした場で磨かれていったのですね。

岡井 高校卒業と同時に夜の世界に足を踏み入れて(笑)、夜な夜なそういった場所で演奏していました。楽器を買うために、いわゆる箱バンもやりました。大学の学園祭にもよく出ていましたね。

--日本人としてのアイデンティティというお話がありましたが、四人囃子も日本語の歌詞を採用しています。“はっぴいえんど”がすでに解散している頃とは言え、ロック・サウンドにそれを乗せる作業は簡単ではなかったのでは?

岡井 サウンドやメロディを先行して考えて「いいのができたなぁ」と思ったのに、日本語をはめた途端、当時の感覚からすると、なんか格好悪いんですよね(笑)。最初の頃はモリ(森園勝敏)も苦労していたと思います。ただ、そこから脱するのもセンスだと思うんですけど、モリは見事にオリジナルの世界に持って行くことができました。それは大きかったですね。

--そこで断念するバンドも多かったと思いますが、わりとすんなりと抜け出たと?

岡井 モリと末松さんは、そんなに苦労してひねり出したという感じではないんですよ。全体にこのバンドは何でもそうなんですけど、「こうすればいいじゃない?」って感じで、わりと自然体でやっていましたね。

--『一触即発』の前に、『二十歳の原点』という映画のサントラを録音していますね。

岡井 そうですね。これは『一触即発』を思い通りに作らせてもらう代わりに引き受けた仕事でもありました。録音は確か3日間くらいで、その内の2日間はモリの孤軍奮闘という感じで頑張っていましたが、いま考えれば本当によくやってくれましたよね。

--そして、『一触即発』のレコーディングに入っていくわけですね。スタジオはどちらのアルバムも同じですか。

岡井 同じですね。東京スタジオセンター、いまの日音スタジオです。大きなスタジオですね。


1974年ワンステップ・フェスティヴァル Photo:迫水正一




■あの頃の空気感と曲作り

--その『一触即発』には長尺のものを含めて全5曲が収録されています。曲作りはどのように行ったのでしょう。デモテープもまだ簡単には作られない頃ですよね。

岡井 プライベートのデモを作る環境はまだありませんでした。TEACの144(カセットテープの4トラックMTR)が出る1979年の5年前のことですから(笑)。

--では、メンバーに伝えるのは譜面で?

岡井 いや、当時はまだ譜面も書いていませんでしたね。

--すると、いわゆるコード譜のような感じで?

岡井 コードもね、三味線のお師匠さんみたいに、(コードを押さえた手を見せて)「これ」とか言う感じで(笑)。曲についてはスタジオで、作曲者が主なモチーフを弾きながら説明していました。

--では、アレンジもいわゆるヘッド・アレンジで決めていった感じですね。

岡井 そうですね。

--スタジオでみんなで考えるこのやり方は、けっこう時間がかかったのでは?

岡井 でも、短い曲なら、たいてい1日か2日で形になっていました。

--タイトル曲「一触即発」と「おまつり」は10分を軽く超える長尺曲ですが、この場合はどうでしたか。

岡井 「一触即発」は頭から順番に作っていきました。イントロ、リフ、最初のAメロの歌までを決めて、「このあとはどうする?」と。「ここにはなんか違うのを挿んでみよう」とか、みんなで話し合ったりして。

--どんどんアイデアが出てくるわけですね。

岡井 そう言えば格好いいけど、なんかごちゃごちゃやっていたという感じで(笑)。

--このアルバムは、サウンドもさることながら歌詞も非常に印象的です。メンバーの皆さんはこの歌詞の世界をどう捉えていましたか。

岡井 歌詞を作ってくれた末さん(末松康生)と、その世界観を曲にして歌って表現してみせるモリの感性は群を抜いていたと思います。当時も「すげー歌詞だな」と思いましたが、個人的には歳を取るにつれてますますそのすごさを強く実感するようになりました。

--一方、サウンドは当時の海外のプログレ・バンドにも引けを取らない素晴らしいものです。

岡井 四人囃子はピンク・フロイドの影響についてよく語られます。確かに僕自身が昔からフロイドのフリークだし、メンバーみんなでライブを観て刺激を受けたりはしました。フロイドの『狂気』は僕らのレコーディングにヒントを与えてくれたのも事実です。でも、彼らの音楽を目指したわけではないんですよ。『狂気』が出たのは1973年。『一触即発』はすぐ翌年の1974年ですから、時期としては同じなんですね。『狂気』を作ったフロイドの息吹というものを、海を隔てたこちら側で感じながら、二十歳そこそこではありましたが、当時の僕らなりに音楽を追究したのが『一触即発』であることを理解してもらえると嬉しいですね。まぁ、そんな時代の息吹を感じながら、同時期に生えてきたキノコのようなもので……。あちらとは場所も大きさも違いますけど(笑)。

--それこそシンクロニシティというものでしょう。そうした世界的な動きに、若くして共鳴してオリジナルな音楽をつり上げた鋭い感覚には驚くばかりです。当時のメンバーの皆さんは、ピンク・フロイドのほかにはどんな音楽を聴いていましたか。

岡井 音楽のおもちゃ箱をひっくり返すのが好きな友達が同じ地元で集まったようなバンドですが、音楽の趣味はメンバーそれぞれ違っていました。モリはやはりギタリストとして聴いているアルバムが多かったですね。一方で、エルトン・ジョンとかシンガー・ソングライターの曲も気に入っていたようです。キーボードの坂下(秀実)は、ハードロックには興味がないエレガンサーで。ディープ・パープルをカバーしているときは「まぁ、いいけどさ」みたいな感じだけど、プロコル・ハルムをやると途端に活き活きとしてくる(笑)。ベースの真ちゃんは僕と気が合って、ヒットチャートものが好きなんだけど、なぜかヒット・シングルのB面ばっかり聴いているという(笑)、ちょっと変態なところがありました。僕も昔からチャートものを見るのが好きで、中学のときはヒットチャートを自分で作って好きな曲を勝手に上位に並べていました(笑)。

--バンドで言うと、どのあたりがお好きでしたか。

岡井 中学のときは主にポップスを聴いていましたが、高校になる頃にはロックが、それもニューロックとかアートロックと呼ばれる音楽に影響されるようになりました。ピンク・フロイドやグレイトフル・デッドをはじめサイケデリックミュージックと呼ばれる感じで仕上がっているアルバムをよく聴いていましたね。大作っぽいものを作る人たちが好きだったんです。

--四人囃子にも、それらに共通するジャム・バンドの素養が感じられますね。

岡井 高校のとき、例えばクリームのカバーをしていて、10分以上あるライブバージョンなんかはフルコピーできるわけがないんですけど、頭と戻り方だけレコードにならって、真ん中は「こんな感じかな」というのをやっていました。それでも、大学の学園祭に出たときは本田竹彦さんから「将来が楽しみなバンド」と言ってもらえたときは嬉しかったですね。

--『一触即発』を出してデビューした当時、日本にバンドで気になる存在はありましたか。

岡井 よくお世話になって、いつもそばにいた先輩バンドがThe Mでした。カバーする曲のポップさと、コーラスなどの垢抜けた感じがとても好きでしたね。また、サディスティック・ミカ・バンドの洗練された音楽は刺激的でした。格好良かったですよね。はっぴいえんどは、当初はあまりしっくりこなかったんです。でも、自分たちなりの音楽を作るようになると、そのすごさに思い至りました。あと、演奏面では、関西からウエスト・ロード・ブルース・ハンドが来たときの驚きは忘れられません。「なんとなくこんな感じ」で演奏するのが東京のバンドだとしたら、リズムから何からきっちりマニアックに研究してやるのが彼ら。グルーブがすごいんですよね。ライブに於いてはまるで洋楽を聴いているようだと思いました。演奏技能という意味では関西のミュージッシャンは凄腕が揃っていた印象があります。

--それはよく東京出身のベテラン・ミュージシャンからお聞きする話ですね。

岡井 でも、僕らは彼らとすぐに仲良くなりましてね。そうしたらウエストの連中から「シャッフル・ブギもアメリカの場所によってちゃうねんで」って(笑)。こっちは「シャッフルって“ドッド・タッド・ドッド・タッド”のことじゃねえの?」って感じだけど、「いろいろあるんや。それ知るとおもろいから」と(笑)。

--岡井さんがドラムを始めたときに好きだったドラマーは?

岡井 ことの始めはデイヴ・クラーク・ファイヴという、かつてビートルズの対抗馬だったバンドで、そのサウンドが好きだったんです。このバンドのドラムのもの真似から入りました。中学のときに、家で雑誌を叩いてね。そして、ドラマーとしてちゃんと好きになったのはシャドウズのブライアン・ベネットですね。

--ドラム・セットを入手したのはいつ頃でしたか。

岡井 僕はその点、恵まれていて、スネアとハイハットを兄が持っていたんです。でも、実は最初はベースがやりたくて。中学の友達と、ベースとギターでバンドを組んだのが先なんです。ドラムは鼓笛隊で叩いていた程度でしたが、先輩がやっているビートルズのバンドに入れてもらったときに、ドラム担当の先輩が受験勉強のために抜けるので、「岡井は鼓笛隊をやってたんだろう。じゃあ、明日からお前がドラムやれ」って言われて、「えー!?」って感じだったんです(笑)。でも、やってみるとこれが楽しくて。

--そのときの中学生が、ほんの数年後に『一触即発』のようなアルバムを作ってしまうんだからすごいことですね。

岡井 でも、あの頃は世界中にそういう若者がたくさんいたと思いますよ。ビートルズが日本に来たのが1966年の6月です。マッシュルームカットでJALの機体から法被を着て降りてきますよね。でも、もうその2ヵ月後には『リボルバー』を、年が明けると「ストリベリー・フィールズ・フォーエバー」を出します。で、日本公演の1年後にはあの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表するわけです。世界一のアイドルがあれだけ変化してしまう時代は、いまはちょっと想像できないかもしれませんが、当時はそういう大きな流れが世界中にあったような気がします。





■みんなで工夫した『一触即発』のレコーディング

--スタジオの録音機材の進化も、サウンドの変化に関係するところがありますよね。『一触即発』の録音で使用したMTRは何トラックでしたか。

岡井 16トラックです。アナログですから、パイチ・イン/アウトもいまほど細かく行えず、ドラムではほとんどできませんでした。

--16にしては音数が多いですよね。どのように録音していったのですか。

岡井 最初に録ったのは「おまつり」で、まず8トラックに録ったドラムを同じテープの2トラックにバウンスしました。そうすると、やはり音がモコモコになってしまうんですが、とにかく作業を先に進めることを僕も他のメンバーも優先したかったので、「まぁ、いいか」と(笑)。でも、次の曲からはドラムで4トラックは使うようにしました。キックとスネアだけ、もしくはオーバーヘッドで2トラック使うとか。

--なるほど。ドラムに関してはそれだけでもずいぶん改善されますね。

岡井 でも、そうすると残りは12トラックですよね。モリのボーカルやコーラスに4トラックは必要ですから、あとは8トラックです。当時はモノのソースをミックスダウンでステレオにすることはほぼ出来ませんでしたから、Fender Rhodes(フェンダー・ローズ)やギターなどステレオ効果が必要な楽器にはそれぞれに2トラックを用意しなければなりません。こうしてトラックはどんどん埋まってしまうから、計画性が必要なんですね。同じトラックに、パートによって別の楽器を録音したり。

--少ないトラックを工夫してやり繰りしていたわけですね。

岡井 ただ、そうなるとミックスダウンも大変で。エンジニアさんだけでは手が足りないから、僕らも卓にへばり付いて担当するフェーダーを操作したりしました。これがなかなか難しくて、「ごめん!失敗した。もう1回」とか言って(笑)。

--コンソールでのコンピュ・ミックスができるようになる以前のお話ですね。

岡井 けっこう緊張したものですよ。それだけに、上手くいったときはみんなで目を見合わせて、「いいんじゃない!?」って。ほとんどセッションみたいで、達成感がありました。

--このアルバムは、どれくらいの日数で録音されたのでしょう。

岡井 期間としては2ヵ月とちょっとかかっていますが、スタジオでの作業日数は3週間くらいだったと思います。録音はわりと順調で、一旦録ったものを最初からやり直したりしたことはほとんどありませんでした。作業の後半は編集やミックスダウンに使いました。

--エンジニアの大友洋二さんとは音作りについてどのようなことを話し合っていましたか。

岡井 何というか、最初はお気の毒でした。

--と言いますと?

岡井 先ほどもお話ししましたように、『二十歳の原点』という映画のサントラ作ることで、『一触即発』に関しては思い通りに作らせてもらう約束をレコード会社から取りつけていました。だから、大友さんもディレクターさんから「彼らのやりたいことをサポートしてやってくれ」と言われていたわけです。でも僕ら、ほとんど経験のない二十歳の若造ですからね。最初は戸惑われたと思います。でもやっているうちに、「じゃあ、こうしてみようか」とか、いろんなアイデアを出してくださるようになりました。

--「やりたいようにやる」を条件としたのには、何か背景があるのですか。

岡井 その前にもいろんなレコード会社でデモ録りをしたことがあったんです。で、エンジニアさんにこういう音にしたいとお願いすると、「あ、そういうのはやらないほうがいいんだよね」と一蹴されて(笑)。でも、お話を聞くとそれって僕らがレコードで聴いている音とはかけ離れているから、おかしいなぁと思っていたんです。

--海外のバンドの音とは何か違うと。

岡井 漠然とですが、全員の耳に確信的に聞こえている音があったんですね。そして、その要因はエフェクターの使い方にもあるんじゃないかと僕らは考えていたんです。コンプレッサー/リミッターにしても、音のキャラクター作りに活用するという感覚がないんですよね。先輩のバンドのレコードを聴いても、「なんか違うよね」と。その点、モリは機材にも詳しくて「やっぱりリミッターやコンプの使い方なんだよな」と言ってました。

--レコーディング時のエピソードとして、いまでも覚えていらっしゃることは?

岡井 実はですね、先ほど録音は東京スタジオセンターだと言いましたけど、「おまつり」を録り始めたのは当時最新と言われたモウリ・スタジオだったんです。でも、僕らには音がデッドすぎて、(小声で)「なんか音にシラケ虫が飛んでねえか?」って(笑)。いや、モウリ・スタジオは立派なスタジオで、ちゃんと音響設計を考えられた特性だったことは申し上げておきます。ただ、当時の僕らには合わなかったということで。それで『二十歳の原点』を録ったスタジオのほうがやりやすいということで、そちらに移らせてもらいました。そんなことで「おまつり」だけは一から録り直しましたから、ドラムがモコっても文句は言えなかったんです(笑)。

--なるほど。

岡井 あと覚えているのは東京スタジオセンター(日音スタジオ)の卓ですね。Quad Eight(クオードエイト)だったんですけど、すごくシンプルで、音の流れが分かりやすかったんです。おかげでレコーディングの基本を肌で感じることができました。EQも大雑把かもしれないけど、とても自然な気持ちいいかかり方をしていましたね。卓によって音が違うことも分かったりして勉強になりました。


四人囃子の岡井大二さん(右)とFLAIRのマスタリング・エンジニア内田孝弘さん




■ハイレゾ版のマスタリング

--マスターテープの状態はいかがでしたか。

内田 ドロップアウトや回転ムラもなく、特に問題のない状態でした。マスタリングは、それを96kHz/24bitのWAVファイルに起こしたデータで行いました。デジタルへのアーカイブは社内の別チームに任せていますが、昔のアナログテープは再生する度に擦って粉を落としていくことになりますから、最初の1回目でいかに上手くアーカイブできるかが勝負となります。

--このマスタリングルームで、いまから45年前に録音されたその音を聴かれた印象は?

内田 楽器の音として非常に手堅い音だと思いました。ドラムはドラムらしく、ベースはベースらしく鳴っています。そのうえで、ミックスの切り口はアーティスティックなエフェクトがふんだんに盛り込まれていて、当時のレンジ感の中でやれることはすべてやっていると感じました。

--今回のリマスタリングの方向性について教えてください。

内田 岡井さんからのオーダーは、「何をしてもいいので、いまの音楽シーンの中で古さを感じさせない音にしてほしい」というものでした。これを受けて、僕としてもある程度の制約を外してできることはすべてやろうと思って臨みました。ただ、加工した感じが出てしまうのはよくありません。リスナーの皆さんはコンプレッサーやEQの音を聴きたいわけではありませんから、そこは留意しながら、細部もぐっとピントが合って見えるようになるといいなと思って作業しました。

岡井 そうしていただけたと思います。

--難しかった点はありましたか。

内田 そうですね。例えば「一触即発」のように1曲の中でいろんなパターンが出てくる場合は、レギュラーとして一つのEQを通しでは使えませんから、それぞれに違うセッティングを繋いでいきました。それを通して聴いて、やり過ぎていないか、またはもう少しミックスに近いほうがいいかといったことを岡井さんと二人でジャッジしながら進めていきました。

--非常に手間のかかる作業ですよね。

内田 高域についてはかなりブーストして、例えばシンバルのブリリアントなところを出しているんですけど、打ち放した瞬間から減衰して静かになるにつれて、ヒスノイズがサーッと上がってくるんです。それを除去するマシンもオートメーション的な動作では間に合わないので、手動でグーッとツマミを回しながらリアルタイムに操作しました。今回はそういう作業もたくさんやりました(笑)。普段のマスタリングでリアルタイムな操作をすることはあまりないんですけど(笑)、頑張りました。

岡井 「クリアになった分だけ、ノイズがやたらと聞こえますね」と言ったら、「じゃあ消しましょう」って内田さんはとても穏やかに言ってくれるんだけど、それって大変なことなんじゃないかと思ったんですよね。でも、きれいに消えている。全体的に分離をよくしてくれたうえで、そういうノイズだけを上手く消してくれたんです。すごいなと思いました。よくできましたね、あんなこと(笑)。内田さんにもセッションしてもらったおかげで(笑)、ストレスなく聴けるものに仕上がりましたね。

--使用したコンプやEQなどは、ハードの機材も含まれますか。

内田 はい。ハードもプラグインも両方、たくさん使いました。

--そうして出来上がったハイレゾの特徴は?

岡井 強弱に富んだ曲が多いので、ハイレゾのマスタリングでは全体を押し上げるのはなく、奥行きが見えるような施しをしてもらっていますね。

内田 ハイレゾはCDよりも情報量が多いので、楽器の余韻やリバーブの切れ目などもより繊細に表現できています。

--では、ハイレゾは再生時にボリュームを少し大きくして聴くのもいいかもしれませんね。アナログ・マスターが持つ音の質感や情報量などについて、マスタリング・エンジニアとしてのお立場から、その良さを解説していただけますか。

内田 数値化されているデジタルは上下の天井が決められていますが、アナログはそういうところがありません。本当に音楽的というか、自然な感じの音になりますね。

--アナログテープには高域から低域まで、思いがけず広い帯域の音が記録されていて驚くこともしばしばです。

内田 アナログテープはミッド・レンジの押し出しが強くなりますので、上がスペック的に伸びているというわけではないんですが、音の繋がりが自然なので、きれいに伸びているように聞こえるということはあると思います。

岡井 僕らの世代からすると、アナログからデジタルになっていちばん変わったのがアナログで聞こえていた倍音で、初期のデジタルではなくなってしまったという感触がありました。でも、デジタルも進化していって、ビートルズのハイレゾが出てくる頃から、アナログに固執していた頭を覆されたように感じました。デジタルもえらく変わってきていますね。

内田 そうですね。デジタルも技術が成熟してきて、単なる数字的なスペックだけでなく、音楽的にちゃんと表現できるデジタル機材がたくさん作られ、僕らエンジニアのノウハウも向上したことで、いいものができるようになったと思います。アナログならではのテクニックとデジタルならではのテクニックを上手く使い分けたりすることで、より理想的なゴールに早くたどり着けるようになりました。

岡井 いまのデジタル技術は、例えば傷んだ絵画を修復するように、色合いをもう一度きれいに見せてくれたり、輪郭をはっきりさせてくれたりしますよね。ずいぶん進化したものだなと思いました。





■各楽曲の聴きどころ

--では本作の収録曲(「[hΛm?beΘ] 」~「ピンポン玉の嘆き」)について、特徴的なサウンドやハイレゾでの聴きどころなど、それぞれコメントしていただきましょう。

◎「[hΛmaebeθ]」(ハマベス)

--作曲クレジットにある「森中秀二」は、メンバーのお名前を合わせたもの。つまり共作ということですね。

岡井 そうなんですけど、冒頭のフレーズは、すでに僕らのレパートリーの重要な曲になっていた坂下君の「泳ぐなネッシー」の彼が作ったイントロフレーズだったんです。でも、「ネッシー」では使わないことになったので、ここに持ってきて、モリのシンセとくっつけようと。シンセは、ROLANDのSH-5もスタジオにあったけど、操作が難しそうだったので使ったのはMini Moogですね。モリがいじって2テイクか3テイクでできたと思います。でも、個人的にはいま思うとこの曲はなくてもいいかな?(笑)。

内田 アルバムのオープニングで、解釈が試されるというか……。

岡井 アハハハハハ。

内田 音量も、小さすぎてもダメだし、大きすぎてもダメ。全体を聴いて、自分なりに噛み砕いてやらせてもらいました。音作りという点ではそれほど大したことはやっていませんが、アルバムを通したストーリーのスタートでもありますから、そこは慎重に作業しました。

岡井 おかげで、四人囃子としての最初の音楽的なフレーズが出てくる次の「空と雲」に気持ちよく入っていけます。そういう人が施してくれたという安堵感がありますね。

◎「空と雲」

岡井 曲は中村真一で、彼がこの世界観をスタジオに持ってきてくれました。ただ、末さんの歌詞をメロディに上手くはめ直してくれたのはやっぱりモリなんですね。

--サウンドとしては、バスドラの音もいいですね。そして何と言ってもこのギター。

岡井 次の「おまつり」もそうですが、森園勝敏のギターはどう考えても二十歳のガキには思えない。

内田 演奏は熱いんですけど、歌詞の世界観としてはクールなところがありますよね。マスタリングを手掛ける者としても、そういう歌詞や楽曲の世界に寄り添っていきたいんですよね。楽器のダイナミクスと演奏の熱さとか、そのあたりのバランスは、マスターの音をよく聴いて自分の中で消化しながら整えていきました。一般的にマスタリングに期待されることとして、上と下が気持ちよく伸びるということがありますよね。もちろんそれもありますが、アーティストが表現したかった音楽的な意味でのいい音をどうバランスさせるかも大事だと思います。

◎「おまつり(やっぱりおまつりのある街へ行ったら泣いてしまった)」

岡井 バンドのオリジナルとしては3曲目か4曲目ですが、末松康生と森園勝敏という名コンビが誕生した曲でもあります。それまでのオリジナルは英語の歌詞を付けたハードロックでした。この曲で初めて四人囃子たるものの基盤ができ、バンドとしてのサウンドを確立するきっかけにもなりました。
 イントロのギターはモリが弾いている名フレーズですが、このハイレゾは内田さんのおかげでギターの指板に対する力の入れ具合が見えるような音になっています。

--このような長尺曲はパート毎に録音してテープで繋いで編集したとのことですが、どういう順番で録っていったのですか。

岡井 イントロとエンディングは同じセッティングで録っています。このやり方は映画の撮影に近いですね。もちろん、歌メロと同じものが出てくる部分もいっぺんに録って、音像が壊れないようにしています。真ん中あたりのアップテンポになったり、仕掛けをやるところなどはあとで録っています。そうしないと上手く繋がらず、音が散漫になってしまうので。
 あと、部分的にしか出てこないサウンド・エフェクトは16トラックの中に録るとトラックが足りなくなるので、2トラックのマスター・レコーダーに録りました。それを編集のときに16トラックからミックスダウンしたものと合わせたのがマスターなので、結果としてロータリー・スピーカーで声を出してテープを逆回しにしている音など、サウンド・エフェクトがクリアに聞こえるんです(笑)。「ピンポン玉の嘆き」のピンポン球の音もそうですね。

--「おまつり」のエンディングでは頭脳警察の石塚敏明さんが叩く迫力のパーカッションが聴けます。

岡井 「じゃあトシ、そろそろ入れて」って言うと、「おー、いいよー」って感じでやってくれるタイプです。で、いきなりコンガをパカポコパカポコ。こちらのリクエストとしては、「どっかの島のお祭りで、一人で叩いて騒いでる感じ」だったんですが、「どうせそんなふうにしかならねぇよ」って(笑)。

--いいお話ですねぇ。この曲のマスタリングはどのように?

内田 この曲はもう、岡井さんが開口一番「とにかくドラムを前に出してくれ」と。

岡井 いまの科学で魔法をかけてくださいと(笑)。

内田 ステレオはLRで分かれていますが、いまはMSと言ってセンターとサイドで違う処理をすることができるんです。この曲は幸いにもドラムがセンターに定位していましたので、その部分のドラムをフォローできるような処理を施してまとめました。

岡井 科学はすごいなぁ(笑)。

--石塚さんのコンガもかなり音圧が感じられる音になっていますね。

内田 そうですね。そのままの流れだとかなり硬い音になってしまうので、すこしナロウにして上手く繋いでみました。

◎「一触即発」

岡井 この歌詞とメロディ、そしてこの展開。やはり末松康生と森園勝敏という名コンビによる名曲で、いま聴いても唯一無二の世界観が出来上がっていると思います。それを囲んで僕らも、意図的に考え抜いたわけではないんですが、独特の味わいで作り込めていると感じますし、二十歳そこそこの僕らが、当時の何に抵抗して何を受け入れて作ったかが分かります。それも、受験勉強のように鉢巻きして作ったわけではなくて、雰囲気の中から生み出されたものがグルーブの中にちゃんと現れていると思います。
 ハイレゾでは、ストレスなく音が広がっていく感じになりましたね。リバーブも、いかにもかけたという感じではなく、気持ちよく広がるようにと意図したものがちゃんとそういうふうに聞こえてきます。

--ご自身のドラムについてはいかがですか。

岡井 この頃のドラムはそんなに技能が高いわけじゃないけど、アイデアはいいんですよね。パートごとに、いいことを思い付いてるんじゃないのという褒め方はしてあげられるかも。

--この曲のマスタリングも苦労されたのでは?

内田 ハイレゾもある程度はマスタリング・リミッターで音量を稼いでいるわけですが、先ほど岡井さんもおっしゃったグルーブを損なわないようにすることを心掛けました。EQをかけたり、音場を広げたりしながらも、演奏の持つダイナミクスは過剰に触るべきではありません。でも、いまだからこそできることもありますから、そこは上手く使いたい。この曲では特に、そんな通常のリマスターより一歩踏み込んだ作業を行ってみました。

◎「ピンポン玉の嘆き」

--これは岡井さん作曲のインストですね。どんなイメージで作ったのですか。

岡井 SFっぽく、少年が宇宙空間にあるピンポン球を見ているような……。別に変なものをやっていたわけじゃないですよ(笑)。インスパイアを受けたのは、ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』に入ってる「Let's Go Away for Awhile」(邦題:「少しの間」)。うちにあったWurlitzer(ウーリッツァー)やギターを触って作りました。レコーディング・テイクとしては、ひとえにキーボードの坂下秀実のおかげと言っていい。7/8拍子の7拍目にエレピを「カーン」と入れてもらったり、間奏を含めたコード進行を考えたのも僕ですが、多くのフレーズは坂下によるもので、このキーボードが僕は大好きなんです。オルガンもエレピもメロトロンもすべてがとんでもなくいい演奏で、気持ち良くてしょうがない。

--ストリングスっぽい音はメロトロンですか。

岡井 そうです。そして、鐘の音はチューブラーベルですね。

--で、例のピンポン球の音はどのように録ったのですか。

岡井 まず、ネスカフェとニドの大きな瓶を用意します。クリープじゃなくて、ニドね(笑)。そして、ピンポン球を一箱買ってきました。それを瓶の中に落として、音程的に曲に合うやつを2~3個選んで、LRに振り分けた2本のマイクで録りました。つまり、卓でパンニングしたのではなく、実物を左右に動かしています。先ほども言いましたように、2トラックの別テープに録音したのですが、あのテープがいまもあれば、ライブとかでも使えるんですけどね。残念ながら見当たりません。それにしても、ちょっと不思議な動き方に聞こえますよね。自分でもどう動かしたのか、よく思い出せないんですけれど。

内田 ピンポン球は本当にいい音だと思いました。ただ、前の曲「一触即発」との繋がりには苦労しました。

岡井 「スーーー…コロコロコロ」っていうやつですね。これも、ずっと気になっていたところです。

内田 「一触即発」はテープを編集して作っていますから、これまでのリマスターは曲が切り替わるときのヒスノイズが聞こえるんですね。そこをなんとか取り除けないかということだったんですが、本当に大変でした。

岡井 すみません(笑)。でも、あれがあるのとないのでは聴くときのストレスが全然違いますよね。

内田 ただ、とても透明感のある曲で、あまりクリアにし過ぎても雰囲気が壊れてしまいます。また、アルバム全体の終止感も表現されていると思うので、「一触即発」との音量差などを含め、マスターを聴きながら注意深く作業しました。

--では最後に、より良いサウンドを求めるe-onkyo musicのリスナーへ、お二人からのメッセージをお願いします。

内田 とにかく、聴く度に新しい発見があるようなバランスやパフォーマンスを心掛けてマスタリングしました。ぜひ何度も聴いて楽しんでください。

岡井 このアルバムは“正しい温故知新”の対象にしてもらってもいいんじゃないかなと思っています。僕らは良くも悪くもプログレッシブ・ロックとの関連で注目してもらいましたが、メンバーは全員そのカテゴリーにはまっていたわけではありません。もちろん、“プログレッシブ”は創作作業に絶対必要な要素ですが、サウンドとしていわゆるプログレを目指していたわけではないんです。4人でおもちゃ箱をひっくり返してみた結果がこれだった、というこころを感じていただけると嬉しいですね。

--そのあたりは、このリマスターを聴いてもよく分かります。お二人とも、今日はありがとうございました。







 

名盤『一触即発』発売から 45 周年を記念し、再発プロジェクト始動!

『一触即発』/四人囃子





 

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