HOME ニュース 【11/8更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/11/08 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 ジャクソン・ブラウン『Running on Empty』さまざまなシチュエーションで録音された音源とライヴ・シーンが交錯する、魅力的な作品ジャクソン・ブラウンの作品を初めて聴いたのは、中学生になったばかりのころだったと思います。まずは“Doctor My Eyes”や“Jamaica Say You Will”が入っていた1972年の『Jackson Browne』に感銘を受け、次いで名曲“Take It Easy”でスタートする『For Everyman』に、より共感したという流れ。アルバム・ジャケットで見たジャクソン・ブラウンは、いかにも「カリフォルニアのお兄さん」って感じだったし(ドイツ生まれだけどね)、その存在自体が、まだ見ぬアメリカへの憧れを強くしてくれたのです。かと思えば、傑作と名高い『Late for the Sky』や、タイトル曲が好きだった『The Pretender』が出たころは思春期まっただなかだったので、これらを必要以上に重苦しく受け止めていたような気もします。かように1970年代中期までの彼は、いま思えばいろいろなものを与えてくれたのでした。当時はそんなことちっとも感じていなくて、振り返ってみて初めて気がついただけの話なのですが。だから好きな作品は多く……というより、すべてが「好きな作品」に該当するので、「1枚だけ選べ」といわれたとしたら非常に困ってしまうわけです。ただ、それでもどれか一枚を、ということであれば、僕の場合は1975年の『Running on Empty』に行き着くと思います。もっともらしい理由があるわけではなく、純粋に、好きな曲がたくさん入っているから。もしかしたら作品的な評価は『Late for the Sky』のほうが上なのかもしれませんが、僕にとってはこのアルバムがベストなのです。なぜって、従来の彼らしい繊細さと、当時のウェスト・コースト・ロックの勢いを体現したかのようなダイナミズムが、理想的なバランスで共存しているように感じるから。まず、なんといっても強力なのがオープニング曲“Running on Empty”です。ダニー・コーチマーのギター、ラス・カンケルのドラムス、デヴィッド・リンドレーのラップ・スティール・ギターなど、すべてのパートが絶妙に共鳴しあうロック・ナンバーで、この一曲のためだけにでも聴く価値ありといった感じ。で、疾走感がたまらないこの曲を聴けばライヴだということがわかるはずですが、とはいえこれ、非常に説明しづらい、変則的なつくりになっているのです。なぜなら純然たるライヴ・アルバムではなく、ステージでのライヴ音源と、さまざまなシチュエーションで録音された楽曲とが絡み合いながら進んでいくから。たとえばアメリカのシンガーソングライターであるダニー・オキーフのカヴァー“The Road”は、ホテルの部屋で収録された前半から、後半のライヴヴァージョンにつながっていいきます。続く“Rosie”はバックステージで録音されたもので、そこからふたたびライヴ・ヴァージョンの“You Love the Thunder”へ。かと思えば非常にリラックスした雰囲気の“Cocaine”と“Shaky Town”は、モーテルの一室で録音された音源。さらに、ヴァレリー・カーターとローウェル・ジョージも関わっているナイスなミディアム“Love Needs a Heart”に続く“Nothing But Time”は、バスの車内で収録されたもの。密閉された空間ならではの聴感が、不思議な雰囲気を生み出しています。それがまたライヴの“The Load-Out”につながり、最後は名曲“Stay”へ。このようにシチュエーションがばんばん変わるわけですが、流れに無理がないので心地よいったらないわけです。ちなみに“Stay”はモーリス・ウィリアムス&ザ・ゾディアックスというドゥー・ワップ・グループのカヴァーで、ホリーズやシンディ・ローパーなども取り上げていますが、個人的にはこのジャクソン・ブラウン・ヴァージョンがいちばん自然に聞こえます。中盤にはローズマリー・バトラーがヴォーカルを担当し、そののとデヴィッド・リンドレーが女性的なファルセット・ヴォイスを披露する場面も聴きどころ。オーソドックスで誠実で、だから何度聴いても聴き飽きることのない普遍的な楽曲なのです。あ~あ、結局は全曲を解説してしまいました。しかしそれは、無視できる曲が存在しないということでもあるのです。しかも先ごろ発表されたリマスターは、明らかに音質が向上し、ライヴならではのリアリティがさらに高まっているように思えます。というわけでジャクソン・ブラウンを聴いたことがないという方にも、ぜひ聴いていただきたい一枚。ちなみに本作を聴き終えたいま、その3年前に出た『Late For the Sky』を聴きなおしています。こうやって時代を遡ってみると、こののちの彼が『Running on Empty』をつくった理由が“感覚的に”わかるような気もします。そしてそんな作業を繰り返していると、これらの作品を熱心に聴いていた多感な時期の記憶が蘇ってきたりもするのです。 『Running on Empty (Remastered)』Jackson Browne 『Late For The Sky』Jackson Browne ◆バックナンバー【10/25更新】マーヴィン・ゲイ『What’s Going On Live』「10歳だったあのころ、海の向こうでマーヴィン・ゲイが歌っていたのか」と思いを馳せると……【10/18更新】トム・ウェイツ『Heartattack And Vine』20代のころの大切な仲間を思い出させてくれもする、地味ながらも心に染みるさくれた名作【10/11更新】チェット・ベイカー『イン・トーキョー』メ映画「マイ・フーリッシュ・ハート」が思い出させてくれた、東京のチェット・ベイカー【10/4更新】プリファブ・スプラウト『From Langley Park to Memphis』メロディが魅力を失いつつあった時期に、メロディの美しさを見せつけてくれた秀作【9/20更新】ザ・カーズ『Heartbeat City』リック・オケイセックの訃報がきっかけで聴きなおした“Drive”が、思い出させてくれたこと【9/13更新】ジェイムス・テイラー『The Warner Bros. 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