『超絶サウンド!芸劇オルガン』 東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part5

2019/10/30

e-onkyo music Special Issue 5 〜ミックスダウン&マスタリング〜

e-onkyo musicがお送りしてきた東京芸術劇場とキングレコード 共同制作プロジェクトの集中連載も、いよいよ最終回。ここではキングレコードの関口台スタジオで行われたミックス作業後の試聴会や最終工程であるマスタリングの様子をお伝えします。そして、オルガニスト・インタビューには小林英之さんがご登場。すでに話題騒然! 好評の芸劇オルガンサウンドを、より愉しむための参考として、ぜひともご一読ください。

文・写真◎山本 昇

■バックナンバー
10/2公開:e-onkyo music Special Issue 1~イントロダクション~
10/9公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part2
10/16公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part3
10/23公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part4
10/30公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part5



【遂に配信開始!】東京芸術劇場×キングレコード共同企画
超絶サウンド!世界最大級、芸術オルガンを聴く!


『超絶サウンド!芸劇オルガン』
/川越聡子, 小林英之, 平井靖子, 新山恵理


 




■かくも人間らしいアナログ楽器〜パイプオルガン

 8月6日には、キングレコードの関口台スタジオでマルチ録音された音源のサラウンドミックス作業が行われ、その場にはオルガニスト各氏も招かれた。NEVEの大きなコンソールの前のスイートスポットを、5台のスタジオモニターがぐるりと囲んでいる。Pyramixに立ち上がっているDSD11.2MHzの録音データが再生されると、まず出てきたのは演奏が始まる寸前の風のような音だった。レコーディング時には特に気が付かなかったが、これは送風機の音なのか、あるいは風箱に空気が溜まる音なのか。いずれにせよ、これからパイプオルガンの音楽が始まることをその音は告げているように思えた。





 そして、サブウーファーを加えた5.1chスピーカーに立ち現れたのは、紛れもない東京芸術劇場のオルガンの音だ。エンジニアの増田晋氏によってバランスを整えられたサラウンドミックスは、ホール全体を感じさせるような立体感が素晴らしい。オルガン自体の迫力が感じられるのはもちろん、無音部の残響も美しいことこの上ない。あの巨大なパイプオルガンをマルチチャンネルで、しかもDSD11.2MHzで捉えた実に貴重な音源の誕生である。









キングレコードの関口台スタジオにオルガニストの皆さんも集まり、5.1chのサラウンドミックスを試聴



 一方、ステレオミックスのほうはどうだろう。現場に持ち込まれたSTUDER 962でしっかりと作り込まれ、後に編集作業で整えられた音を同じモニタースピーカー(フロントLR)で聴かせてもらう。幾多のパイプから放たれた音がリスナーの頭に降り注ぐように降りてくるようなそのステレオ音像は、より密度が濃い分、迫力も増しているような感覚があり、ホールに響く残響もよく見える。ステレオミックスもサラウンドミックスも、それぞれに楽しさがあり、甲乙は付けがたい(サラウンドミックスのリリース日は未定)。
 サラウンドミックスを試聴した小林英之氏、新山恵理氏、平井靖子氏は、なかなかに強烈な低音部の出音などに驚いていた様子だった。自らの演奏を一通り聴いてみた感想を求めると……。
「客席とも演奏台とも違う不思議な感覚でした。そして、全体を通じては、四つの様式を持っている東京芸術劇場のオルガンの特徴もよく出ていると思います」(平井氏)
「この(モニター)環境だからというのもあるのでしょうけれど、こんなにクリアなオルガンの音はなかなか聴けるものではありませんね。私は機械に疎いので、ご自宅でこういう装置で聴ける人がいらっしゃるということにびっくりしました(笑)」(新山氏)


NEVEコンソールを操り、サラウンドミックスを仕上げていくエンジニアの増田さん。
「サラウンドミックスでは、アンビエンスの音はリアのみに振り分けて、全体的に“包まれ感”が出るようなデザインとしました。ステレオミックスのほうには、メインマイクを中心にその他のマイクの音をほどよく混ぜています」



出来上がったミックスを確認するプロデューサーの松下久昭さん



■架空の特等席を楽しむハイレゾ音源

 試聴を終えて、「ドローンに乗ったらこう聞こえるのかな(笑)」と言ったのは平井氏。そう、これらのミックスはホールに浮かぶ、架空の特等席を見事に捉えたハイレゾ音源と言えるだろう。
 そして、この音源からはパイプオルガンが発するさまざまな音が聞こえてくる。先述した空気の音のほか、演奏者が音量を調整するスウェルボックスが開閉する音などメカニカルなノイズも含まれているのだが、アナログ楽器に特有の、このような意図しない音もその楽器の呼吸のようなものとして捉えれば、それはそれで愛おしく感じられるもの。当連載の終わりにあたり、そんなオルガンを見事に形容した小林氏の言葉を紹介したい。
「完璧主義な人がオルガンを聴くと、例えばペダルが遅く鳴っていると感じるかもしれません。でも、それを直そうと手と足、短いパイプと長いパイプも全て同時に鳴るようにしてしまうと今度は味気なく感じてしまうんです。この音源を通じて、そういう部分も含めてオルガンなんだという理解が広まると嬉しいですね。かくも人間的な楽器がオルガンというものなのです」


集まったオルガニストの皆さんと。右から二人目は、アシスタント・エンジニアの高橋友一さん



■マスタリングのモニターに現れた芸劇オルガン

 8月28日には関口台スタジオで本作のマスタリングが行われた。立ち会った東京芸術劇場の石丸耕一氏は、「本当にうちのオルガンが目の前にあります。すごいですね」と、DSD 11.2MHzのリアルな音に驚きを隠さなかった。そして、印象的だったのは、曲が始まるときの少々大きめな暗騒音だ。大きなパイプオルガンを慣らすのに十分な風を送るための息吹のようなその音は、意外にも心地よい。
 思えば本作はその制作過程で、録音現場に持ち込まれたSTUDER、関口台スタジオのNEVEといったアナログコンソールを通っている。そして、マスタリングで使用されていたのも、アナログのEQなどのハードエフェクターだ。そうした機材の活用も、大アナログ楽器であるパイプオルガンに相応しい音作りに繋がっていると言えるのではないだろうか。このようにして見事完成した本作『超絶サウンド!芸劇オルガン』のサウンドをぜひ、一人でも多くのリスナーに体験してほしい。



関口台スタジオで行われたマスタリングに立ち会った東京芸術劇場の石丸さん(右)は「本当にうちのオルガンが目の前にあります。すごいですね」と、DSD 11.2MHzの音に驚きを隠さなかった



左はキングレコード関口台スタジオのマスタリング・エンジニア吉越晋治さん




Organist Interview

「この人間的な楽器の面白さは、ぜひ生で楽しんでください」
小林英之




--演奏された曲目について、それぞれ聴きどころなどを教えてください。

小林 今日弾いたのはバロックのオルガンで、18世紀中部ドイツのバッハの時代の音楽を上手く表現できるよう、ストップの配置なども考慮して作られています。演奏した曲も、そのバッハや周辺の人たちのものです。ここのオルガンは独立した三つのオルガンで、スタイルとしては四つの時代をカバーできるようになっています。今日はそれに合うような曲を選びました。

--コントロールルームで聴く、ご自身のオルガンの音はいかがでしたか。

小林 そもそも、演奏台で聞こえる音と客席で聞こえる音は全然違うんです。パイプがタテに伸びていますから、演奏者の位置だとあまり音が聞こえてこないんですね。12メートルほど離れたパイプを遠隔操作しているような感じもありますから(笑)。




--レコーディングにあたり、音色の選び方などはどのように決められたのでしょうか。

小林 私の考え方としては、録音だからと言って、演奏会の音の作り方と全く違うようにはしたくなかったんですね。コンサートに来ていただいたときの音を、そのまま感じていただけるようにしたいと思いました。

--それにしてもこの楽器は低音から高音まで、音にものすごい迫力がありますね。

小林 音響のいい教会やホールだと、空間そのものが楽器になるんです。同じような低音のあるオルガンでも、ホールの響きが良くないと、ただ「ブホー」と鳴っているだけで(笑)、それは本来のパイプオルガンの音ではないんですね。だから、オルガンが設置されている空間といかにマッチしているかがすごく大事なんです。

--ここ東京芸術劇場のオルガンの弾きやすさなどはいかがですか。

小林 独立したオルガンが三つあって一部は切り替えて使ったり、回転したり、複雑な構造のため、最初の頃は不具合もありましたが、改修後はすごくよくなりました。

--演奏曲によって難易度はかなり違うのでしょうか。

小林 技術的に簡単そうでも、表現するにあたって難しい曲もありますし、バッハみたいに何もかも難しい曲もあります(笑)。いろいろですよね。

--足鍵盤の動きも範囲が広く、身体全体を使って演奏される姿も印象的でした。パイプオルガンの演奏は体力的にもなかなか大変そうですね。

小林 そうですね。手で弾く鍵盤もけっこう重いんですよ。ピアノが1鍵あたり50~60グラムくらいの重さなのに対して、ここのオルガンの鍵盤は100グラムを超えています。

--それはすごいですね。そうした条件の中でも、演奏者の皆さんはキーを押し込む速さで表現を変化させているように見えました。

小林 音を明確にするためにはそれがいちばんのポイントですね。そして、キーを押している間、同じ強さで鳴り続けるオルガンの場合、大事なのは次の音への移り方なんです。ピアノは打鍵した瞬間に音が減衰していきますから、次の音をかぶせ気味にポンと弾いても、音の立ち上がりがはっきりします。でも、オルガンの場合はずっと同じ強さで鳴っているから、それをタッチで上手に減衰させて、次の音を発音させる。つまり、音の終わり際が大事なんですよ。曲によっては、かぶり気味にモヤモヤとした感じで弾くことを要求される場合もありますが、バッハなどは立った音にするほうが、絡んでいる音がはっきり出てくるんです。そのあたりの奏法は、同じ鍵盤楽器でもピアノなどとは全然違うところですね。




--今日の演奏も、そのあたりを意識されてのものなのですね。

小林 時代的には同じなので、全体的には音を立たせ気味に弾いていますね。一方、例えばボエルマンのゴシック組曲の3曲目などはモワーっとしたタッチのほうがきれいなんです。パイプそのものもほとんどがリコーダーのような仕組みで、タンギングが明確に入るように作ってありますが、19世紀以降になると、あえて音の立ち上がりがボケるように整音したり、そういうパイプを作ったりもしています。

--そんなパイプオルガンの表現力の広さに大変驚かされました。小林さんはなぜ、オルガンの道に進まれたのですか。

小林 元々はピアノを習っていたのですが、先生がバッハのことに非常に詳しい方で、私もそうした音楽が好きになり、それにいちばん適した楽器はチェンバロかオルガンだということで、私はオルガンのほうが面白いと思ったんです。弾き始めたのは、高校1年の終わり頃からですね。

--長く親しんでこられたパイプオルガンの魅力や楽しさは、どんなところにあると思いますか。

小林 どうでしょう(笑)。まぁ、弾いていて面白いですよね。曲の数も、他の楽器に比べて圧倒的に多いですから。もちろん、全ての時代、全ての国の曲を一人の演奏者が上手に弾けるわけではないんですけども、オルガンは14世紀から楽譜が残っていますので、700年くらいの歴史があります。ピアノは19世紀~20世紀の楽器ですからね。

--ここ東京芸術劇場のオルガンのサウンド的な特徴をどう捉えていますか。

小林 1本1本の笛の音がすごくきれいです。ですから、今回取り上げた曲で言えば、大きな音で弾き通すようなバッハの曲ももちろんいいのですが、ほかの3曲のコラールもすごくきれいに鳴っていますね。それがほかのホールとはちょっと違うところかなと思います。

--それは、ホールの響きの良さも関係していますか。

小林 それと整音ですね。パイプオルガンは、安定的に作ることもできるんです。絶対にひっくり返らないようにね。でも、ここのオルガンは非常によく歌わせるために、スレスレを狙っているというか(笑)、下手をするとひっくり返ってしまうような整音が施してあるんです。

--「ひっくり返る」とは?

小林 例えばリコーダーを思い浮かべていただくと、同じ指のポジションでもちょっと息を強く吹き入れると、“ヒュイーン”となってしまいますよね。そういう状態のことです。あと、先ほどの録音でもペダルに遅く鳴る音がありましたよね。ペダルのパイプの横に補助ふいごを付けたり、いまはそういう現代的正確さに対応したオルガンもあるんですが、今一つ面白くないというか……。そういう意味でも東京芸術劇場のオルガンは人間的と言いますか、昔の感じでいいですよね。

--では、e-onkyo musicのリスナーへのメッセージをお願いします。

小林 それはやっぱり生の音を聴きに来ていただきたいということがいちばんです。音楽は音だけじゃなく、その場の雰囲気も大きいですからね。そして、最近の傾向として気になっているのが、お客さんが評論家と化しているように感じることです。みんながそういう冷たい視線になってしまうと、演奏会も盛り上がりません。コンサートも“お互い様”だと思うんです。評価だけするんじゃなく、自分も一緒に参加するような感じで来ていただきたいですね。

--その場の空気を共有するような気持ちでしょうか。

小林 オルガン曲はほとんどが教会で演奏するもので、例えばカトリックならお香の匂いがしたり、薄暗い中でステンドグラスが見えているとか、そういうものすべてが一体となっているのが本来の姿です。音だけを聴くものでもないんですよ。また、オルガンそのものに興味を持っていただけるような講座も開いていますので、ぜひ劇場に足をお運びください。



Hideyuki Kobayashi
東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院修了。ドイツ、フランクフルト音楽大学卒業。各地での独奏会のほか、アンサンブルへの参加も多い。オーケストラでオルガン・パートを担当し、神奈川フィル、アンサンブル金沢、東京シティフィル、N響、新日フィル、東京都響の定期演奏会には、ソリストとして出演。また、東京芸術劇場をはじめ各地のホールでオルガン関連事業の企画を担当するほか、中学生、高校生あるいは一般愛好家を対象としたオルガンに関する啓発活動も積極的に行っている。 現在、上野学園大学教授。東京芸術劇場オルガニスト。




e-onkyo musicのアルバム購入特典



e-onkyo musicのアルバム購入特典に収録の最高音(上)と最低音を録音中



32フィート管が放つ迫力の重低音!(スピーカー保護のため、再生レベルの調整にご注意ください)









アルバム購入特典には、水笛やキラキラとした鐘の音も収録。
「〈カッコウ〉で使用した水笛の音は“ナハティガル”と言います。ナイチンゲールという意味ですね。〈詩編 第24編「地とそこに満ちる」Verse 3〉で使ったキラキラの音“ツィンベルシュテルン”と合わせて、ここのオルガンには二つのアクセントとなる音があります。こうした仕掛けは北ドイツのパイプオルガンによくあるアクセサリーで、主にアドリブで使われます」(オルガニスト・川越聡子さん)



東京芸術劇場では生のオルガンサウンドをお楽しみください!




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/川越聡子, 小林英之, 平井靖子, 新山恵理


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