【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第5回

2019/11/01

先日告知させていただいた、10/13に開催予定だったagehasprings Open Lab. in Osakaでの『agehasprings Open Lab. MINAMI WHEEL EDITIONライブ&レコーディングワークショップ』ですが、台風19号の影響により残念ながら中止となりました。楽しみにしていただいていた皆様、大変申し訳ありませんでした。またの機会を是非楽しみにしていてください。また、台風の被害に遭われた皆様には、謹んでお見舞い申し上げますと共に、被災地の一日も早い復興を心よりお祈りいたします。


レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~

さて、今回は「オーバーダビング」の部分にもう少し触れつつ、その中の一つでありながらも現代の音楽シーンやそのレコーディングに於いて非常に重要、かつ特殊な位置づけである「ボーカルレコーディング(ボーカルダビング)」について触れていきたいと思います。このあたりの作業に関しては今回で収まりきれず、複数回に渡ってお話をすることになるかも知れません。お付き合いいただけると幸いです。

オーバーダビング、略してダビング、日本だと「重ね」「別録り」なんて言い方もされるこの作業は、以前にもお話したように、現代レコーディングの象徴的な作業の一つです。


一般的に“ダビング”というと、CDからカセットへ、ビデオテープからビデオテープへ、みたいな作業のことを言う方が多いのではないでしょうか。(書いてて思いましたが、PC・スマホ全盛のこの時代に最早やらない作業ですね…最近の若い子はやったことあるのかな?) しかしそれとは全く違います。その作業はレコーディングや音楽制作現場では「コピー」になります。


なので、スタジオでエンジニア達にコピーしたいものを渡して、「これダビングしてください」みたいなことを言うと「あ、この人レコーディング経験浅いな…」などと思われてしまうかも知れないのでご注意ください(笑)

既に録り終えているベーシックトラックやアレンジャー・トラックメイカーが作ってきた打ち込みトラック達を聞きながら、空きトラックに別の楽器や音・歌を録っていく作業です。マルチトラックでレコーディングするからこそ可能な作業ですね。(マルチトラックレコーダーについては過去記事  第3回   https://www.e-onkyo.com/news/2536/  を参照ください。)


これの最大のメリットはアーティスト・ミュージシャンを一度に揃えて演奏しなくても良くなったことだと思います。あとから足すことが可能になった訳ですから。


また、マルチトラックレコーダーには、前後をプレイバックしたまま、特定のトラック・特定の箇所のみ録音・再生を切り替える「パンチイン・パンチアウト」という機能があります。これがあるおかげで、部分的に録り直したい箇所が出たときに、その少し前からプレイバックをし一緒に演奏してもらう→その問題箇所に来たらパンチイン(録音)→問題箇所が録れたらまたタイミングよくパンチアウト(録音解除)をする、という部分直しが出来るのです。結果、そのトラック(楽器)にじっくり時間をかけ、より良いテイクを残すことが可能になりました。これがもう一つのメリットです。

そして、ボーカルダビングはこのオーバーダビングの延長上にある作業です。ごくまれにベーシックトラック録音のときにバンドと一緒に歌って、そのテイクが採用、ということもありますが、今世の中に出ている作品のボーカルはほぼダビングによって録られたトラックと思って差し支えないと思います。


ただ、「延長上」と言っても、他のダビング作業とは一線を画す作業と言えます。と言うのも、やはり現代の音楽に於いてボーカルの占める割合・重要度は非常に大きく、曲の「顔」と言えるものだからではないでしょうか。もちろん場合によりけりですが、他の楽器のダビングよりも費やす時間、残すテイクの量、などが明らかに多い傾向にあります。


もう一つの理由として、ボーカルは他のどんな楽器よりもコンディションに左右されやすい繊細な楽器だからだと思います。声量・音程・声質・発音、等々…これらが身体的な調子(体調)だけでなく心理的な変化でも大きく変わってしまいます。「喉が枯れる・枯れない」といった持久力の面も非常に繊細です。だからこそ「歌録りの日」を設け、(休憩なども含め)時間をしっかりかける想定のもとで進めることが多い。そういう意味で一線を画しているのです。


ボーカルレコーディングの進め方

では、実際の進め方や、他のダビングとの違いなどをご紹介します(あくまで一例としてのご紹介です)。まず機材。特にマイクの選定に関しては、他のダビングより多めに候補を用意することが多いです。楽器のダビングの場合、種々の制約の関係からマイクの選定はほぼ「決め打ち」なことが多く、マイクを変更するのは「ん?イメージ(想定)と違うなぁ」となった場合なくらいですが、ボーカルの場合は実際に複数のマイクを試してみて、聴き比べて決める、という前提で始めることも非常に多い。また、楽器のようにマイクが同時に複数本立つことがまずないため、マイク相互の位置関係を気にせずに入れ替えて試しやすいというのも理由の一つです。曲のイメージ、声質などから候補をあげ、色々試していきます。

マイクが決まったら、ウォーミングアップがてら何度か一曲を通しで歌ったりしつつ、歌詞のハマり方や大まかな方向性などを探っていきます。余談ですが、現場だと通しで歌うときになぜか「ツルッと」という言い方をします。「一度ツルッとやってみようか」「ツルッとやる?部分でやる?」みたいな。当たり前のように使ってはいるものの「ツルッと」の意味や由来は分かっていません、というか自分は聞いたことがないです。なんですかね?(笑)


色々固まってきたところで「じゃあ録っていこう」となるのですが、本番で録るときも ツルッと歌うことは少なく、ワンコーラス毎もしくはブロック(Aメロ、Bメロ、サビ)などで分けて録る方が多いです。基本「録っては聴いて、録っては聴いて、良いテイクは残して」を繰り返します。場合によっては更に細かく(行単位や一言だけ、等)録ることも良くありますね。


同じ箇所を何回繰り返し録ってみるのか、どれくらいテイクを残すのか、などは、喉の調子と相談しつつ、アーティスト本人やプロデューサー・ディレクターの判断に委ねることが多いです。
残したテイクはあとで組み合わせることがほとんどですので、エンジニアはサウンド面を管理しつつも、テイクの保存状況なども把握しながら進めていきます。


「良い音で録る」のはもちろんのこと、それ以上に「良い歌にするために」

自分はボーカルダビングのときは、録ってるボーカルの音質をイコライザーなどでいじり倒すことは基本しません。いじり倒すくらいならマイクや機材を変更します。Mixでどの方向にも持っていけるようにするなら、録音段階ではいじり倒さない方が良い場合が多い、というのが最大の理由です。

ただその中でも、録音レベルをフェーダーで上げ下げだけはやらせてもらっています。恐らくこれはあまり他のエンジニアさんがやらないことで、歌っている最中にほぼずっとフェーダーを動かして録音レベルを変化させています。フェーダーを使う理由としては色々あるのですが、その一つにレベルや音像を安定させて録りたいというのがあります。前述の通り、ボーカルは様々な要素で音量が激しく変動する「楽器」 です。それをある程度整える「コンプレッサー」という機材もありますが、それは掛かる量で音像が少なからず変化するので、それに頼りすぎないようにするためです。

この手法は、スタジオ所属時代にアシスタントに良く付いていた先輩エンジニアがやっていたものです。その先輩は歌録りに非常に定評のあるエンジニアさんだったので、その人に憧れ、見様見真似で始めました。最初は当然うまく行かず、フェーダーを動かす量も限られたものでしたが、そこから場数を重ねていくうちに自分なりのやり方を確立していった次第です。

 

Photo by 樋口隆宏(TOKYO TRAIN)

 

自分としては今や「良い音で録るために」はもちろんのこと、それ以上に「良い歌にするために」、この意味合いが強くなっています。自分がスタジオを退社してから10年を超えましたが、その先輩との親交は今も続いています。それだけでなく、レコーディングに参加させていただいているアーティストも共通していたり、agehaspringsがその方にレコーディングを依頼することも良くあります。自分の中では「追いつきたいけどなかなか追いつけない」「背中をずっと追い続けている」先輩ですね。

そこで今回ご紹介する曲は、先輩も自分もレコーディングに参加させていただいた事のあるアーティストの一人、JUJUのアルバム「Door」に収録されている一曲「Hot Stuff」です。

 


JUJU『DOOR』

自分がJUJUさんの歌を初めて録らせていただいた曲であり、レコーディングをしたスタジオも古巣のSony Music Studios Tokyo。自分がエンジニアとしての基礎を築き、ここの音を聞いて耳を育ててきたのもあって、非常にやりやすかったのを覚えています。マイクの種類も豊富で選び放題でしたし、JUJUさんの歌も相まって、イメージしていた音像そのままが解像度の高い状態で聞き慣れたスピーカーから出ていたあの心地よい感覚は今でも忘れられません。Mixは残念ながら自分ではないので「自分らしい音」が100%表現されている訳ではないのですが、ハイレゾの音源からレコーディング当時に自分が感じた感覚を僅かでも共有していただけたら幸いです。


【バックナンバー】
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第1回
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第2回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第3回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第4回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3

◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

 

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。

“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

 

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

 

■agehasprings Official Web Site

http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

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