e-onkyo music Special Issue 4 〜パイプオルガンの基礎知識〜
パイプオルガンってどんな楽器? 東京芸術劇場とキングレコードがタッグを組んで実現した一大プロジェクトとして好評発信中の『超絶サウンド!芸劇オルガン』は、パイプオルガンの仕組みや芸劇オルガンの特徴を知れば、より味わいが深まることは間違いありません。そこで、東京芸術劇場事業企画課の曾宮(そみや)麻矢さんに、オルガンにまつわるあれこれを教えてもらいました。
文・写真◎山本 昇
■バックナンバー
10/2公開:e-onkyo music Special Issue 1~イントロダクション~
10/9公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part2
10/16公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part3
10/23公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part4
10/30公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part5
【遂に配信開始!】東京芸術劇場×キングレコード共同企画
超絶サウンド!世界最大級、芸術オルガンを聴く!

『超絶サウンド!芸劇オルガン』
/川越聡子, 小林英之, 平井靖子, 新山恵理

■オルガンの発音原理
ここからはパイプオルガンの発音のメカニズムといった基礎知識をおさらいし、さらに世界的にも珍しい東京芸術劇場のパイプオルガンの特徴を探っていこう。
「パイプオルガンは三つの要素で成り立っています」と話すのは、東京芸術劇場の曾宮氏。
「一つは“ふいご”で起こす風、二つ目は音を操る鍵盤、そして三つ目がパイプの発音。この三つのうちのどれか一つでも欠けてしまうとパイプオルガンとは言えません」
聞くところによると、パイプはレプリカで実際は電子オルガンというものもあるという。それはともかく、あの複雑そうなパイプオルガンが、基本的には三つの要素というシンプルさはちょっと意外だが、実際にはそう簡単じゃないことは、素人の目にも明らかだ。まず、風はどのようにして起こすのだろう。
「かつては蛇腹の“風起こし機”のようなものが複数あり、それを人力で動かしていました。バッハの時代でも、パイプオルガンの演奏は人件費も含めて大変だったようです。現在はもちろん人力ということはなく、モーターで風を作ります。その風は、それぞれのパイプの下にある“風箱”に溜まります」

ふいご[画像提供:東京芸術劇場]

風箱[画像提供:東京芸術劇場]
その風が、音の発生源であるパイプを通っていくわけだが、そのあたりの仕組みは非常に複雑だ。まず、大規模なパイプオルガンは数千本に及ぶパイプを擁する。それらはいくつかのパイプ群としてグループ分けされており、演奏台の複数の鍵盤は対応するパイプ群と連動している。さらに、鍵盤の周囲に見える取っ手のようなものをストップ(音栓)と呼ぶが、これによって音色を細かくコントロールできる。ストップとは文字どおり、風の通り道を塞ぐもので、これを引っ張ることで道が開いて音が出るのだ。送風システムから風箱に空気が溜まると準備はOK。演奏者はストップで音を選んで鍵盤を押す。すると、鍵盤の先の弁が開き、空気がしかるべきパイプに入って音が鳴る。
では、ストップで切り替える音色のバリエーションはどれくらいあるのかというとこれがまたすごい。仮にストップが二つだったとしても、A・B・A+Bという三つの音色を出せる。小さなパイプオルガンでも10、大型となると50~100以上もあり、組み合わせによって思いのほかたくさんの音色を鳴らすことができるのだ。


モダン面の鍵盤とストップ(下)
そのパイプには木製と金属製があり、音のキャラクターも異なる。さらに、それらは構造によってフルー管とリード管に分けられる。フルー管とはリコーダーなどのように管内の空気を共振させることで音を出すもので、木製と金属製の両方がある。リード管はクラリネットなどと同じ原理で、管内のリードを振動させて発音する。リード管は金属製のみとなる。各パイプの音程は、フルー管は管の長さ、リード管はリードの長さなどによって決まる。ただ、フルー管にはパイプの先端が開いている開管、閉じている閉管、さらに半開きの半閉管もあり、必ずしもその法則が当てはまるわけではない。
「金属のパイプは鉛と錫(すず)の合金で出来ていますが、その配合によって響きが変わります。硬い素材だと高次倍音がはっきりするので音の輪郭がしっかりしてきます。逆に、柔らかい素材を使うとフワッとした優しい音になります。オルガンビルダーは、そうした音の違いを、ルネサンスやバロックなど様式によって使い分けています」
オルガンのあるバルコニーの奥に配置された金属製のパイプ。オルガンビルダーのマテュー・ガルニエさんが1本1本に耳を澄ませて確認していた
■オルガンの演奏表現はどう行っている?
では、音量は何で決まるのかというと、鳴らすパイプの数ということになる。つまり、ストップの選択や組み合わせによって、多くのパイプ群を選べば大きな音が得られ、少なく選べば全体の音量は小さくなるが、この場合は選んだパイプのソロの音色を聴くことができる。聞くところによると、大音量が自慢のこの楽器を、もう少しパイプを選んで鳴らしたいというニーズから風の供給を抑える装置、すなわちストップが考案されたという。“ストップ”という名称は、そんな引き算の発想を物語っているというわけだ。なお、演奏上の強弱表現には、一部のパイプ群を大きな箱で囲い、その扉をフットペダルなどで開閉する“スウェル”という機構も用いられる。
「パイプオルガンは何もしなければ同じ音量が持続するだけなので、クレッシェンドなどの表現を行うためにさまざまな工夫がなされてきました。スウェルもその一つですし、ストップで同じような音色の音を重ねていっても音量は上がります。そういう機能が発達したのはロマン派以降のことで、クレッシェンドの効果を期待するような作品も作られてきました」

スウェル・ボックスが動作する様子。左から半開/閉/開。縦長の穴に注目[画像提供:東京芸術劇場]
また、オルガンと言えど、鍵盤のタッチによる表現も可能なのだと曾宮氏は言う。
「鍵盤を押したり離したりする動作はパイプの下の弁の開け閉めに繋がっています。当館のオルガンは鍵盤と弁がメカニックで直接繋がっていて、ゆっくり押せばゆっくり開きますし、速く押せば速く開きます。つまり、空気がゆっくり流れるか、速く流れるかによって音の立ち上がりと減衰が変わってくるわけで、そこは演奏者にとっても腕の見せどころの一つですね」
ちなみに、モダンタイプの鍵盤は、電気的なアシスタント機能を使うことも可能なのだが、バロックタイプにはその機能がなく、鍵盤が非常に重たいそうだ。
「例えば、バロックタイプでストップをたくさん重ねた難しい曲をしばらく弾いたすぐあとに、比較的簡単な曲を弾き始めると手が笑って震えてしまうこともあります」

クラシック面の鍵盤
元々は西洋の男性のために作られた楽器であり、見た目の優雅さとは裏腹に、弾きこなすには相当な体力を要するという。日本人や女性の演奏家は、自分の体重を使ってタッチに勢いを付けたり、ストップの選択を工夫したりすることで、そうした面を克服しているそうだ。
「だから、たまに海外の演奏者の音を聴くとそういう違いも聞こえてきますが、もちろん、日本人の繊細な奏法によってフレーズが歌う感じもすごくいいなと思います。そんなお国柄が出るのもパイプオルガンの面白いところかもしれません」と曾宮氏。なるほど、これはまた奥の深い世界を覗いてしまったようだ。
そして、パイプオルガンの音色を特徴付ける要素として見逃せないのが倍音のコントロールだ。
「パイプオルガンのストップは、基音に対する倍音列に沿った音を付加できるようになっていて、そうした組み合わせは音色にも影響します」(曾宮氏)
ストップは適当に引っ張ればいいというわけではないことはお分かりいただけるだろう。
■とにかくすごい東京芸術劇場のパイプオルガン
さて、こうした基礎知識を押さえたうえで、あらためて東京芸術劇場のパイプオルガンの概要を見てみよう。その最大の特徴が、世界的にも珍しいリバーシブルなオルガンケースを備えていることだ。クラシック面(ルネサンス/バロック)とモダン面(フランス古典?ロマン派)が背中合わせに一体となり、そのオルガンを回転させることで、3種のオルガンで4つの時代の音楽を表現することができるという唯一無二の仕様を誇っている。

回転する東京芸術劇場のパイプオルガン(モダン面→クラシック面)
音色をコントロールするストップは総計126。そして、パイプの数はなんと約9,000本! それらが14の音響グループに区分され、計8つの手鍵盤(クラシック:3/モダン:5)と2つの足鍵盤に配置されている。これらすべてのパイプに風を送るには、実に5台の送風機と48個の風箱が必要だったという。楽器部分の重量はおよそ70トン。そのスケールの大きさには誰もが圧倒されるだろう。
東京芸術劇場のパイプオルガを正面から見ると三つのタワー(オルガンケース)に分かれている。演奏台がある真ん中のタワーの両脇にそびえるタワーはペダル用のパイプの一部で、これらはペダル鍵盤の音名によって振り分けられているというのが面白い。客席から見て左側にはCから始まる全音音階(C・D・E・F#・G#・A#)のパイプが、右側にはC#から始まる全音音階(C#・D#・F・G・A・B)のパイプが収められているのだ。
「このようなことから、オルガン界では舞台の下手をC(ツェー)側、上手をCis(ツィス)側と呼んだりしています」
パイプの配置はオルガンを制作するビルダーの考えやホールの中での設置位置などによってさまざまだが、ステージ中央に演奏台があり、これを取り囲むようにパイプが並ぶ東京芸術劇場のような配置だと、見た目にも耳にも、左右の広がりが際立つ。先日のコンサードでも顕著だったステレオ感の要因の一つを知り、納得した次第。
ちなみに、三つのタワーを載せた回転台はそれぞれ速度可変のモーターをコンピューター制御で動作している。回転には特に大きな電力が必要というわけではないらしく、わりと頻繁にクルクルと回る姿が見られる。
■アナログとデジタルの融合
「東京芸術劇場のパイプオルガンは、曲の始めに“ガチャン”という音が客席の皆さんにも聞こえると思います。これはストップを切り替える際、始めの音をセットしたときに生じるものです」
そんなノイズも曲が始まる前の、ちょっとした儀式というか、オルガンからの挨拶のようで面白い。なお、そうしたストップの操作は、先も述べたとおり数も多く、また曲中で変更することもあり、いちいち手動で行うのは困難である。そこでこの芸劇のパイプオルガンも、演奏者ごとにストップの組み合わせを記録することが可能で、コンピューター制御で瞬時に呼び出せるようになっている。アナログとデジタルの融合が、こんなところにも。

ストップの組み合わせを記録する装置の端末
ちなみに、芸劇パイプオルガンを形作っているのはすべて天然素材。ふいごやネジ、メカニックには羊や牛の革を使用したり、金属のネジは周りを蝋でカバーしたりしているという。
「だからこそ、パイプオルガンの寿命は長く、建物がある限り、何世紀も生き続けることができるのです」
では、曾宮氏が考える、パイプオルガンの魅力とは何だろう。
「一言では語るのは難しいですが、その要素の一つは“手がかかること”にあるかもしれません。オルガンの周りには、演奏者とお客様のほか、オルガンを作ったビルダー、それを管理・運営する人などすべてのバランスが上手く整うことでいい音が出ます。オルガンを取り囲む人たちによって、オルガンの立ち位置や役目が変わってくるのも面白いところかもしれませんね」
取材の終わりに、曾宮氏が一言、こう呟いた。
「パイプオルガンって、かなり沼ですよ……」
確かに、これはハマり甲斐がある楽器かも。

パイプオルガンの面白さを分かりやすく解説してくれた東京芸術劇場の曾宮麻矢さん
ところで、“パイプオルガン”は日本流の名称で、世界的にはオルガンで通じるらしい。ただ、一口にオルガンと言っても、ハモンドもあればいわゆる電子オルガンもあるし、昔懐かしいリードオルガンもあるので、ここでは基本的にパイプオルガンと表記させていただいた。ちなみに、足踏みオルガンの呼び方でも親しまれるe-onkyo musicのハイレゾ・ライブラリーにも『SOYOGI』(上畑正和ほか)というリードオルガンの隠れた名作もある(お勧めです)。
Organist Interview
「クープランの曲が持つ、エレガントで繊細な感じを楽しんで」
平井靖子

--今日演奏されたモダン面の演奏台には鍵盤がたくさんありますね。
平井 フランス古典を弾くとき、使用する古典用の鍵盤は4段目と5段目(上から1段目と2段目)にあり、主要な鍵盤はこのオルガンの場合はいちばん手前の1段目にあります。3段目はロマン派用なので使用しません。だから、鍵盤がかなり離れてしまうので、けっこう大変なんですよ(笑)。5段目は譜面台の奥にあったりしますからね。
--コンサートとレコーディングでは、演奏時の心持ちも異なりますか。
平井 違いますねぇ。やっぱり録音は残るから、ミスタッチは気になります。ライブの場合は勢いで弾き切るわけですから、自分でもあまり気にしないで次に行く感じですが、録音するときは練習の段階からなるべく違うキーを触らないように気を付けて演奏します。オルガンは隣の鍵盤を少しでもかすると鳴ってしまいますからね。注意してはいるのですが、気持ちが入ってガーッと弾くと、わりとかすりやすい(笑)。かといって、冷静になりすぎると演奏自体が面白くなくなってしまうんです。
--なるほど。そのバランスが難しいところなのですね。レコーディングでも、パッションのある演奏は聴かせたいという想いもおありでしょうから。
平井 そうですね。まぁ、私自身のというよりは、その曲が持っているものを表現したいですから。
--パイプオルガンの道に進まれたきっかけは何だったのですか。
平井 最初はピアノを習っていました。オルガンの先生にソルフェージュを習っていて、その方からは「バッハの頃はピアノがなかったわけだから、当時の感じはオルガンやチェンバロで弾かないと出せないんだよ」と言われて。そんなことをきっかけにオルガンも弾いてみたいと思うようになり、大学もオルガン科に進みました。
--パイプオルガンは他の楽器と比べて、練習するのが大変そうですよね。
平井 そうなんです。私も昔は家では練習できませんでしたから、学校でずっと弾いていました。いまは練習用の小さなオルガンがあります。大きな箪笥(たんす)みたいなもので、中にはちゃんとパイプが入っていて、扉を閉めると音が小さくなりますから、あまり苦情も来ない(笑)。リコーダーを箱の中で鳴らしているような感じですね。
--オルガンは、ビアノとは違って足鍵盤もあり、最初は戸惑われたのでは?
平井 始めた頃は不安でしたね。でも、先生に「こんなの誰でもできるよ」と励まされて(笑)。まぁ、確かに練習するにつれて私もできるようにはなりました。けっこう時間はかかりましたけど(笑)。

--今日の録音はいかがでしたか。
平井 今回弾いたのはフランソワ・クープランの曲です。フランス古典と言われるもので、ルイ14世の時代、ベルサイユ宮殿が栄えていた頃の、私も好きな作曲家です。今日はその中から演奏できて嬉しいです。
--東京芸術劇場のお勧めの客席は?
平井 全体を聴くには1階の真ん中あたり、音の細かい部分を聴くなら2階の両サイドの壁際がお勧めです。壁に跳ね返って、音がよく聞こえるんですよ。
--では、e-onkyo musicのリスナーへ向け、メッセージをお願いします。
平井 このあとで新山恵理さんが録音するのは、同じくフランスの曲でもロマン派なります。同じ楽器を使いますが、私のとは全然違う演奏になると思います。その違いも楽しんでいただきたいですね。時代がロマン派になるほど、オルガンも大きくなっていきました。特に低い音に違いが出るはずで、私はいちばん低い音は使っていません。と言うのも、クープランの時代にはその音がまだなかったから。逆に言えば、私が選んだ曲に低い音を入れすぎると、その曲が持っているエスプリとは違うものになってしまうんですね。でも、新山さんのほうは、32フィート管というすごい低音も含めて目一杯入れると思います。だから、私のほうは大音響という意味では物足りないかもしれませんが、クープランの曲が持つエレガントで繊細な感じを楽しんでいただきたいと思います。

Yasuko Hirai
大阪音楽大学卒業。東京藝術大学大学院修了。その後ヨーロッパ各地の国際アカデミーに参加、研鑽を積む。M.シャピュイ氏にフランス古典を、またF.シャプレ氏にスペイン・バロックを学ぶ。フランス古典期における聖歌の唱法を研究し、オルガン作品(ミサ曲、賛歌、マニフィカトなど)を聖歌と交唱の当時の様式で精力的に演奏活動を行う。1994、95年には田園調布カトリック教会でのミサの儀式の中でF.クープラン作曲「教区のためのミサ曲」「修道院のためのミサ曲」の全曲演奏を行う。NHK-FM「朝のバロック」などに多数出演。現在、聖グレゴリオの家オルガンゼミナール講師、カトリック雪の下教会オルガニスト、白根桃源文化会館オルガニスト、東京芸術劇場副オルガニスト。

■バックナンバー
10/2公開:e-onkyo music Special Issue 1~イントロダクション~
10/9公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part2
10/16公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part3
10/23公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part4
10/30公開:『超絶サウンド!芸劇オルガン』東京芸術劇場×キングレコード 共同制作プロジェクトの全貌 Part5
【遂に配信開始!】東京芸術劇場×キングレコード共同企画
超絶サウンド!世界最大級、芸術オルガンを聴く!

『超絶サウンド!芸劇オルガン』
/川越聡子, 小林英之, 平井靖子, 新山恵理